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エピローグ その1

エピローグ1



 ーースグルが記憶を取り戻してから、幾日かが過ぎ去った。


「ーーあ、もう行くの? 忘れ物なぁい?」


 エプロンをかけた少女がテコテコと早歩きで玄関に向かってくる。


 スグルはうなずく。


 フィーは、ぴんぴんしていた。右手は元通りだ。それもそのはず、これはあくまでhIEーーhuman interface Elementsーー意思を持たないロボットだ。あの後、叔父が再びやってきて、その場で修理が行われたのだった。ーーといっても輸血なので治療といった方が正しいかもしれない。叔父は、すべてわかっていると言いたげな顔で、にやついた。その表情をみて、やはりスグルはこの叔父が苦手だと思った。コストがかかる生体hIEだが、叔父の資産で賄われた。それもスグルに気に障った。


 劇的に綺麗になった廊下はまるで家族がいた頃のようだ。


「行ってらっしゃい、スグル」


 フィーは微笑みをたたえて言った。


「……行ってきます」


 スグルのぶすっとしている所は相変わらずだったが、もう以前のようにフィーを無視したりはしない。


「もうーーもっと笑顔、え が お!! そんなんじゃ、トモダチ出来ないよっ!」


 むにーー、と頬をつままれる。


「ひゃ……ひゃめてひょ……」


 アハハ、とフィーは笑う。スグルも少しだけ、目元が柔らかくなる。


 スグルは、また学校に通い始めた。


 受験勉強を始めた。将来、医学の勉強をするために、近隣で一番偏差値の高い学校に入校する必要があると感じたからだった。スグルは元々身体の構造に興味を持っていたーーというより、スグルの殺人欲は、そういった知的好奇心による所が大きかったから、その欲求が少しでも抑えられるなら、という考えもあった。



 それに、フィーを修理している時に、相変わらず外国人のような口調で叔父が言っていた。偉人、レオナルド・ダヴィンチは、人体を模写する際に死体を解剖した、と。ただそれは、その時代背景では決して倫理的なものではなかった。だが彼を、悪く言う人間は現代ではいない。その人間性よりも、作品だけが残っているから。ヒトなんて、そんなもんだ、と。


 倫理観という言葉の意味をスグルははっきりと理解していなかったが、ヒトには自分が想像しているよりも、多様なあり方があるのだと思った。


 それを語っていた叔父の瞳は、どこか過去と未来を冷めた視線で見ているような気がした。刹那主義的な叔父でも、きっといろいろと思うことがあるのかもしれないと、そう思った。カナタのように仲良くすることは当分無理だろうが、たまには話を聞いてみるのもいいのかもしれない。


 だがーー


 スグルは胸元を押さえつけた。その制服の裏ポケットにある得物は、まだーースグルは未だ、ナイフを隠し持っていた。


その習慣だけはどうやっても、消せなかった。

 

 それは自分の過去への戒め意味もある。自分が姉にした事を、忘れることも出来ないし、したくもなかった


 だからとことん向き合っていく。自分の欲求、身体、そんなものとーー

 

 いつか、又、芽生えるかもしれないーーそんな恐怖に満たされる夜もある。


 ヒトは簡単に変われない。変わったつもりでも、また同じ場所へ戻ってきてしまうーーその繰り返しに、スグルが耐えられなくなる日が来る可能性だってある。


 スグルはフィーをみた。花が咲いたみたいに晴れやかな笑顔は、やっぱりカナタにそっくりで、スグルはまだ大丈夫だと、なんとなく感じた。


「気をつけてね! おいしい夕飯、作って待っているから!」


「うん。ーー姉さん」


 このhIEが居る限り、何度だって思い出す。カタチの力って凄いな、とスグルは思う。どんなに未来に行っても、そのカタチがすべてをつなぎ止めてくれるーーそんな気がした。


 扉を開けて空を見上げた。


「あーー」


 それと同時に、離陸した直後で低く飛んでいるジェット機が、空を遮る。すべての雑音がかき消される。静寂に似た轟音が、耳に心地よく馴染む。

 

 昔、廃虚のホテルで姉と過ごした静かで穏やかな日々ーーその唯一の音色だった、ジェット機の音。


 手を伸ばした。


 ジェット機の向こう側に、空はあった。


 ーー姉さん。僕、やるだけやってみるよーー


 笑顔に見送られながら、また一歩、歩き出した。



FIN


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