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第一章‐2

 篤志は、企業からプログラミングを請け負うアルバイトのプログラマーだ。しかし、中間試験の期間中である今だけは、さすがにそれも開店休業にせざるを得ない。彼は帰宅すると制服から部屋着に着替えて、珍しくパソコンデスクではなくローテーブルに向かい、キーボードを叩くのではなくノートにシャーペンを走らせていた。ふとなにか忘れているような気がして、自然と手が止まる。テーブルの上に置いた携帯電話が目に入った。現在時刻は十八時八分。ちなみに、この部屋には、時を刻む専用の時計という装置は存在しない。

 電話→連絡という連想で思い出す。そういえば、エリカに連絡を取ろうと思っていたのだった。彼女のアルバイトが何時までだかわからないが、とりあえず連絡してみることにする。

 篤志は右手に巻いている包帯を解いて、『彼女』の右手を外気に晒した。それから、首からぶら提げて肌身離さず持っている、小さな巾着袋をシャツの下から引っ張り出す。その口を開けて中から『彼女』の形見の、爽やかな青色をした、手首から中指の付け根までしか覆わない実用というより装飾用の手袋型の魔装具――魔法を起動、制御する異星文明のコンピューターの一種である『魔装機』を取り付けた装身具――を取り出すと、右手に装着した。これで篤志は、『停滞』と『減衰』の魔法使い、アッシュとなる。

「『風の――」

(アッシュ!)

「うわぁっ!?」

 念話魔法を起動しようとコマンドを唱えかけた瞬間、頭の中に少女の声が鳴り響いた。タイミング悪く、念話が掛かってきてしまったらしい。思わず叫び声を上げてしまう。この、突然頭の中に他人の声が響く念話魔法の通信というのは、何度経験してもなかなか慣れない。

(驚かせてしまって申し訳ありません、アッシュ。エリカです)

 それは、これから通信しようとしていた、まさにその相手、未開惑星における魔法犯罪の抑止等の為にこの星に密かに駐留している、セレストラル星系連邦陸軍辺境警備隊所属、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉からの念話だった。

(あぁ、エリカか。ちょうどよかった。ちょっと話があって、今こっちから念話を掛けようとしてたところだったんだ)

 アッシュは頭の中でエリカに答える。その言葉が終わるか終わらぬかという内に、エリカが少し早口でそれを遮るように言葉を返してきた。

(緊急です。恐れ入りますが、お話は後にして頂けますか?)

 確かに言われてみれば、涼やかな清流のようなその声は、いつもに比べて切迫しているように聞こえる。アッシュは少し緊張して尋ねた。

(緊急? なにかあったのか?)

(はい。密入星者が侵入しました。私たちも確保に向かう準備をしていますが、すぐには出られないんです。申し訳ないのですが、ご協力をお願い出来ませんか?)

 エリカの言葉を聞いて、すぐにアッシュは立ち上がる。

(OK。わかった。任せろ!)

(ありがとうございます。本来でしたら、このようなことを民間の方に頼める筋合いではないのですが――)

(いや。形だけエリカたちの隊の協力員ってことになって報酬を貰ってることに、肩身が狭い思いをしてたんだ。仕事をさせてくれ)

(ありがとうございます。そう言って頂けると、気が楽になります)

 アッシュの返事に、エリカがもう一度礼を言った。アッシュは素早く部屋着から外出着に着替えると、玄関に向かいながら、つぶらな瞳で彼の姿を追っているチッピィに声を掛ける。

「チッピィも来い」

 バフスクは生来魔法が使えるのだ。なにがあるかわからない。戦力は多いに越したことはないだろう。ただ、バフスクの攻撃魔法には、物理的破壊力をなくして、相手に痛みと衝撃(スタンダメージ)のみを与えるようにする為の安全装置(セイフティ)が掛かっていない。チッピィへの命令は慎重にしなければならない、と肝に銘じる。

(アッシュ、散歩?)

 玄関で靴を履くアッシュに、チッピィが嬉しそうに駆け寄ってきた。

「仕事だ。俺の言うことをよく聞くんだぞ」

(わかった、アッシュ)

 アッシュはチッピィと共にドアから飛び出し、もどかしく鍵を掛けると、アパートの階段を駆け下りる。念話でエリカに尋ねた。

(で、場所はどこだ?)

(……先日の事件の、あの島です)

 エリカが少し躊躇うように答える。アッシュにとっては、いい思い出のある場所ではない。それを慮ってのことだろう。

(あの島? もう、あそこにはなにもないんだろ?)

(はい。事件の調査も終了し、建物も撤去されて、なにも残っていないはずなのですが――)

 アッシュの問いに、エリカが推論を口にする。

(事件の関係者にしかわからない、私たちの見落としたなにかが残されていて、調査団が撤収した今になって、それを回収または処分に来た、ということも考えられます)

(そうだな……。とにかく、行ってみればわかるか)

 アッシュは、チッピィを連れて駆け出した。目的の島までは、この街から直線距離でも十キロメートル以上あり、当然のことながら海上に存在する。従って、そこまでは飛行魔法を使って急行するつもりだったが、こんな街中から飛び立つのは人目に付く可能性が高かった。かつて『彼女』と魔法訓練に使っていた、いつもの人気のない川原から飛び立って、川沿いに下って海に出るのがいいだろう。一、二分走って、その川原に到着する。アッシュは周囲を見渡して人の姿がないことを確認すると、飛行魔法を起動した。

「『金鵄(きんし)の翼』!」

 上空へ勢いよく飛び上がる。すぐにチッピィも一声吠えると、彼を追い掛けて、空中を駆け上がるようにして飛んできた。アッシュは、進路を川の下流に取る。そこで、気付いた。

(ん? その密入星者がいる場所がわかってるんなら、なにも飛んで行かなくても直接転移すれば早いんじゃないのか?)

(転移の座標指定が不可能になっています。結界を張られているのでしょう)

(さすがに、相手もばかじゃないってことか)

(はい。明確な目標地点のない適当な座標指定での視界外への転移は危険ですし、飛行魔法で行くのが安全かつ確実です)

 アッシュの疑問に、エリカが答える。

(最初に魔力監視装置で魔力反応を捕捉したときには、密入星者はでたらめな方向に飛行しては短距離転移するということを繰り返していたんです。この短距離転移は、おそらく視界内を目標として行っていたものでしょう。これは危険な行為ですが、追跡を撒く為にしばしば使われる常套手段なんです。その移動範囲などから、目的地があの島ではないかと判断した頃に、魔力反応が消えてしまいました。不可視結界を張ったものと判断しています)

(なるほど)

 相槌を打つアッシュに、続けてエリカが忠告してきた。

(アッシュ。魔力監視装置の分析によれば、どうやら密入星者は一人のようですが、無理せず足止めに徹して、私たちが到着するのを待つようにして下さいね。民間の方に怪我をさせるわけには参りません)

(ああ、了解だ。任せておけ。前にも言ったろ? 足止めだけは得意だって)

 自信ありげに答えるアッシュに、エリカが言葉を続ける。

(危険だと思ったら、ご自分の身の安全を最優先に考えるようにして下さい。その際、密入星者を取り逃がすのも止むを得ません)

(ああ、わかった。ずいぶん慎重だな?)

(貴方は無茶をなさる方ですから)

 そのエリカの言葉に、アッシュは苦笑せざるを得ない。確かに、これまで彼女と共に関わってきた事件では、いつも無茶ばかりしてきたように思う。

 そんな話をしている内に海に出た。辿ってきた川の河口付近に存在する、『夢の国』などと通称される、この国で最大級の遊園地の、ライトアップされた文字通りの不夜城を左手に見ながら右手の目印の海浜公園の沖合いを目指す。

 アッシュは思い至って、魔装機にインストールされている自動翻訳アプリケーションを起動した。異星人が相手ならば、降伏勧告をするときなどに言葉が通じないと話にならない。それ以上に、戦闘が発生する可能性のほうが高いだろう。常駐魔法の防御陣も起動しておく。

「『黒鉄(くろがね)の城砦』!」

 そうして準備を終えた頃、薄暮の海上にぼんやりと細長い島影が見えてきた。指定した対象を外からは透明に見せる不可視結界が張られているらしいとのことだったので、島自体を隠されていたら厄介だと思ったのだが、そんなことはなかったようだ。アッシュは無事に、全長二百メートルを切る小さな細長い島の上空に辿り着いた。しかし、やはり不可視結界自体は島を中心とした一帯に張り巡らされているようで、そこには誰もいないように見える。アッシュは結界壁を探して取り付くと、魔装機の操作端末を開き、結界を解除する為に、その構造式を解析しようとした。ところが、その作業に取り掛かる前に、彼の目の前の結界壁に人一人が通れるほどの穴が開く。

(さすがに接近はバレてるか……。しかし、結界壁に穴を開けたってことは、入ってこいってことか? ずいぶん余裕じゃねぇかよ)

 挑発されている、と感じて、アッシュは少し頭に血を上らせた。

「よし、行くぞ、チッピィ。俺が許可するまでは攻撃は厳禁だからな? 勿論、向こうから攻撃されたら避けるか防御しろよ? いいな?」

(わかった、アッシュ)

 最終確認をして、チッピィと一緒に、その穴から結界内に飛び込む。

 細長い島の一方の端は、まるでアイスクリームディッシャーで抉り取ったように丸く削り取られていた。戦艦の主魔力砲による対地艦砲射撃の跡だ。その抉られた縁の辺りに、何者かが立っている。アッシュは、慎重にその人物に近付いていった。

 距離が近くなって、夕闇の中のその人物の全貌が把握出来るようになる。ひょろりと細長い体躯。茶色の逆立てた短髪。皮肉げな笑みを湛えた緑色の瞳。

「てめぇ……」

「よう、また会ったな。『灰かぶり』のアッシュさんよ。そういや、ここはおめぇさんの出身惑星だったか」

 そこにいたのは、以前、エリカたちの本星であるセレストラル星系第三惑星セレストで戦ったことのある、『彼女』の盗賊の師匠にして兄貴分のラングラン=クレド、通称『緑風』のラングランと呼ばれる、有名な盗賊団の首領だった。

「……ここで、なにしてる?」

 アッシュは、初めて会ったときに彼に言われた台詞を返す。

「こんななんもねぇところで、観光もねぇもんだろうよ」

 ラングランは、相変わらずのにやにや笑いを浮かべてそう答えた。だが、アッシュにはその笑顔が少し寂しげに見える。勿論、聞くまでもなく、アッシュにも彼がここにいる理由は最初からわかりきっていた。ここは、『彼女』が最期を迎えた地だ。

 アッシュは、彼が青い大輪の花の花束を持っているのに気付いた。そもそも花には詳しくないのでわからないが、おそらく彼らの星の花なのだろう。

「軍の連中も引き上げたし、おれさまのほうもなんとか仕事の都合が付いたんでな。ようやくここに来られたってわけだ」

 ラングランは微妙に質問とは噛み合わない答を返してきた。だが、十分にその意図は伝わってくる。アッシュも聞き返すような野暮はしなかった。その代わりに、質問を変える。

「結界に穴を開けて俺を入れたのはどういうつもりだ?」

「まぁ、なんと言っても、おめぇさんはレーナのやつのパートナーだからな。一緒に墓参りってのも悪くねぇかと思ってよ」

 ラングランは一つ肩をすくめると、花束を海に投げ入れた。そのまま、黙祷するでもなく、祈りを捧げるでもなく、ただじっと波間に揺れる花束を見つめている。アッシュも黙ってその花束を見つめていた。やがてラングランが口を開く。

「墓って言やぁ、首都セレストにあいつの墓を作ってくれたろ。ありがとうよ」

 あまりに素直に礼を言われたので、アッシュは思わず言葉に詰まってしまった。

「おめぇさんはなかなか来られねぇだろうから、手入れはこっちでしといてやるよ。それで、この件はチャラだ」

 しんみりした顔でそんなことを言う。しかし、その後、急にラングランはにやにや笑いを復活させ、話を変えてきた。

「それで、どうするよ? こないだの賭けが途中だったな。今なら一対一のハンデなしで勝負が出来るぜ? 当然、おれさまが勝ったら、おめぇさんはおれさまの部下になる。万が一、おれさまが負けたら、おとなしくこの星の辺境警備隊に引き渡されてやらぁ」

 それは、以前戦ったときに一方的に取り決められた賭けの内容だ。アッシュは承諾した覚えはないが、どうやら拒否権はないらしい。

「そっちがそのつもりなら! 『茨の――っ」

 その挑発に乗って、先制攻撃を仕掛けようとしたアッシュだったが、思い直して一つ深呼吸をすると、構えた右手を下ろして、逆に質問を返した。

「――この星に来た目的は、これだけか?」

「あ?」

 虚を突かれたラングランが疑問符を発する。アッシュはわかりやすく言い直した。

「来たついでに、うちの星で盗みを計画してたりしねぇだろうな?って聞いてんだ」

「あぁ、そういうことか。安心しな。おめぇさんの星の上で仕事する予定はねぇよ」

 ラングランは軽く両手を広げる。予想していた返事に、アッシュは用意していた台詞を投げ付けた。

「なら、今回は見逃してやる。さっさとてめぇの星に帰りやがれ」

 その言葉を聞いて、ラングランは片方の眉を上げて驚きの感情を表現する。

「ほう。そいつぁ、どういう心境の変化だ?」

「『彼女』の墓参りに来たやつを取っ捕まえるような真似はしたくねぇってだけだ。だけど、見逃すのは今回だけだからな。次に会ったときは、ふん縛って警察に突き出してやるから覚悟しとけ」

 アッシュは照れ隠しのようにガリガリと頭を掻いた。

「逃げるんなら早くしたほうがいいぜ。今、この星の辺境警備隊がこっちに向かってるところだ。多分、もうすぐにでも到着するぞ」

「そうかい。そんなら今回のところは、おめぇさんの好意に甘えるとするか。ずらからせてもらうぜ。――『ゲート』」

 ラングランは『(ポータル)』タイプの転移魔法を起動する。彼の脇に、緑色の魔力光を放つ光の渦のようなものが現れた。

「一つ借りといてやるよ」

「別に貸しだなんて思ってねぇよ」

 ラングランの減らず口に、こちらも減らず口で返す。それを聞いて、ラングランは愉快そうに目を細めた。

「じゃあ、またな。『灰かぶり』のアッシュさんよ。次に会ったときには、賭けの決着を着けようぜ」

「ああ、望むところだ」

 アッシュの返事ににやりと笑うと、ラングランは光の渦の中に踏み込み、姿を消す。すぐに光の渦自体も消滅した。

 アッシュはそれを見届けて、一つ溜め息を吐く。エリカたちには悪いことをしてしまった。だが、感情的にどうしても納得出来なかったのだ。アッシュはバリバリと頭を掻きむしって、エリカにどう説明するべきか悩み始めた。

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