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第四章‐1

 アッシュは姿見の前で、自分の格好を確認している。正面、右、左、振り向いて背後から。しかし、何度そうして確認してみても、その服装が似合っているのかどうか、さっぱりわからなかった。眼鏡を外して拭き、掛け直して鏡を覗き込むが、それでなにか変わるはずもない。

 ここは、豪華客船マリクレール=アントワーヌの男性用ドレッシングルームだ。彼らは、セレブの集まるパーティに海賊の襲撃に備えた護衛として潜入する為に、貸し出された衣装に着替えているところだった。

 パーティに出席するという任務の性質上、さすがにチッピィは留守番させるしかない。軽巡洋艦ディートガルトで、アリーセが預かってくれている。

 今、アッシュが着ているのは、セレストラル星系の正装だ。正装、といえば、精々高校の制服程度にしか縁のなかった彼にとって、その異星の文化圏の正装は、彼のファッションセンスの理解の範疇を超えていた。その衣装は、金銀のモールや勲章のような装飾が多く、色も鮮やかな青色で、さながら御伽噺の王子様の服のようだ。アッシュには、それが気恥ずかしい。

(なんで、こんなことになってるんだろうな……?)

 確か、自分たちは海賊退治に来たのではなかったか。それがどうして、豪華客船でパーティに出席することになってしまったのだろう。

「アッシュ、どうですか? 準備は出来ましたか?」

 後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこにはマーク=ラピッドファイア准尉が、アッシュのものと似たような赤系の色の正装に身を包んで立っていた。さすがに、金髪碧眼、長身で二枚目の彼は、この王子様のような衣装をビシッと着こなしている。

 アッシュは頼りなげに口を開いた。

「ああ。一応、準備出来たと思うけど……、どこかおかしくないか?」

「大丈夫。よくお似合いですよ」

 マークはそう答えてくれるが、性格のよ過ぎる彼のこと、どんな格好をしていても、お似合いです、と言ってくれそうな気もする。

(誰か、他の人にも確認したいな……)

 そう思うが、ジゼルではマークとは逆に、どんな格好をしていてもばかにされそうだった。ここはやはり、エリカに聞いてみるべきだろうか。

 アッシュは、改めてマークを上から下まで眺めてみた。

「……いいな、マークは。背が高いから、決まって見える」

 同年代の少年の平均よりも小柄なアッシュは、やっかむように言う。

「はは……。ありがとうございます」

 マークはいかにも好青年という笑みを浮かべて、礼を言った。

「それでは、そろそろ行きましょうか。ご婦人方をお待たせするわけにはいきません」

 そう言ってマークは、ドレッシングルームのドアのほうへと歩き出そうとする。着替えている間に思い付いたことがあって、アッシュはその背に声を掛けた。

「なぁ、マーク。ちょっと提案があるんだが」

「なんです?」

 呼び止められてマークが振り返る。アッシュは単刀直入に話を切り出した。

「お互いのパートナーを交換しないか?」

「え!?」

 マークが驚きの声を上げる。本来のペアは小隊単位なので、アッシュとエリカ、マークとジゼル、という組み合わせだ。しかし、アッシュは、マークがエリカに好意を持っているということを知っている。それ故の提案だった。もっとも、この提案は、彼の恋愛を応援してやろうという親切心というよりは、面白半分の悪戯心という面のほうが大きいのも事実だろう。それでも一応、先刻のフランツとの模擬戦を煽ってしまった罪滅ぼしというつもりもある。

「え、いや、しかし……」

 珍しくマークがしどろもどろになった。アッシュは少し意地悪な気持ちで突っ込む。

「なんだよ? エリカとペアを組みたくないのか?」

「いえ! そんなことは全く! 勿論、組みたいですが……、しかし、その……」

 恥ずかしいのだろう。アッシュは、埒が明かないと思って強引に話を進めてしまう。

「俺が適当な理由を付けて、パートナーの交換を提案するよ。まぁ、勿論、彼女たちが了承しない可能性もあるけどな」

「はぁ……」

「その後は……、まぁ、上手くやってくれ」

「え? は? その……」

 アッシュの言葉に、マークがまたしどろもどろになる。アッシュは、くっくっく、と意地の悪い笑いを浮かべた。

「さ、それじゃ、行こうぜ。ご婦人方をお待たせするわけにはいかないだろ?」

 そう言って、アッシュはマークを追い抜くと、ドアのほうに向かう。

「あ、ま、待って下さい、アッシュ。まだ心の準備が――」

 慌ててマークが追い掛けてきた。

 女性用ドレッシングルームに繋がった控え室に移動し、暫し待つ。やがてドレッシングルームのドアが開き、ジゼル=アンリエット=シャンティエ少尉が姿を現した。

「へぇ……」

 アッシュは思わず感嘆の声を上げてしまう。

 元々、その小生意気な性格を別にすれば、小柄で可愛らしい容姿の彼女だったが、まるでプレゼントのように大量のリボンやレース、コサージュで飾られた、少し幼い雰囲気のある濃いピンク色のドレスに身を包んだその姿は、感嘆に値するものだった。アッシュたちのスーツ同様、このように装飾が過多なくらいのものが、今のセレストラル星系のセレブの流行らしい。彼女のいつも通りの巻き髪のツインテールも、そのあどけない魅力に拍車を掛けている。

「馬子にも衣装だな」

 アッシュは言うが、それは厳密には褒め言葉ではない。

「まご、ってなによ?」

 自動翻訳出来なかったらしく、ジゼルが聞いてきた。アッシュは手を振って、言葉を濁す。

「いや、なんでもない。うちの星の褒め言葉の慣用句だとでも思ってくれ」

 ジゼルは少し不思議そうな顔のまま頷いた。

「ふーん。まぁ、褒めてるんならいいけど。――それより、どう? このドレス。ちょっと子供っぽくない?」

「いや、いいんじゃないか?」

「えぇ、とてもお似合いです」

 アッシュとマークが口々に言うと、ジゼルは一転して満面の笑みを浮かべる。

「あったりまえでしょ。素材がいいんだから、なに着たって似合うわよ」

 その言い草に、アッシュは内心苦笑した。

「あんたは……、なんていうか、完全に服が浮いてるわね。一目で借り物だってわかるわ」

 ジゼルが、アッシュの姿を上から下まで眺めやって、そんなことを言う。アッシュは憮然として言い返した。

「ほっとけ。初めて着るんだから、仕方ねぇだろ」

 その言い訳に、ジゼルが、ぷぷーっと笑う。

(くそぅ。このツンデレめ。デレるイベントはまだか)

 アッシュは、もう何度目かになる仕様もない考えを心の中で繰り返した。勿論、実際にそんな恋愛シミュレーションゲームのようなイベントが発生するなどとは信じてはいない。

「申し訳ありません。お待たせしてしまいました」

 そのとき、ドレッシングルームのドアが開いて、エリカ=デ・ラ・メア=ブラウスパーダ少尉が歩み出てきた。

「ふわぁ……!」

 アッシュの口から、おかしな声が漏れてしまう。それほど衝撃的だった。

 ジゼルのドレス姿も十分に感嘆に値するものだったが、エリカのそれは輝きが違う。肩から背中を大きく露出した純白のドレスは、ジゼルのものとは違って装飾が控えめだったが、それがかえって彼女の清楚な美しさを引き立てている。豪華な純白のドレスを纏い、長い黄金色の髪を結い上げた彼女は、まさしく『姫』と呼ぶにふさわしいオーラを発していた。

「このドレス、少し露出度が高くないでしょうか?」

 恥ずかしそうにエリカが尋ねてくる。アッシュは慌てて首を振った。

「いやいや、そんなことない。すげぇ似合ってるよ。なぁ、マーク?」

 マークの反応がない。不審に思って隣に視線を向けると、マークは惚けたような表情でエリカを見つめていた。アッシュはエリカたちに気付かれないように、そっと肘で彼をつつく。それで、マークが我に返った。

「イ、イエス・マム! たいへんよくお似合いです!」

「そうですか? ありがとうございます」

 エリカが優雅に頭を下げる。その仕草までもが、とても洗練されているように見えた。

「うんうん。エリカ、すごく綺麗よ」

 ジゼルも満足そうだ。エリカは微笑んで、皆の顔を見回すと口を開く。

「それでは、参りましょうか?」

「あぁ、待ってくれ。その前に、ちょっと提案があるんだけど」

 アッシュは彼女を引き止めた。エリカが小首を傾げて尋ね返してくる。

「提案、ですか?」

「ああ。あのさ、お互いのパートナーを交換しないか?」

 アッシュがそう言うと、エリカはまるでサーニャのような無表情になって数秒間沈黙し、彼の顔をじっと見つめた。それから、彼女にしては、とても抑揚のない声で問い掛けてくる。

「アッシュは、私よりもジゼルとペアを組みたいんですか?」

「なによ、あんた? そんなに、あたしと組みたいの?」

 ジゼルまで、どこか浮ついた声音で同じことを聞いてきた。

(うわぁ! なんだ、このギャルゲーみたいなシチュエーションは!?)

「いや、そういう意味じゃなくて! 見栄えの問題だよ! 普通より長身のマークと、かなりチビっちゃいジゼ――シャンティエ少尉殿とじゃ、あまりにも釣り合いが悪過ぎるだろ?」

「チビっちゃいとか言うな!」

 アッシュの言葉に、ジゼルが反発する。これまで、特にそういう様子は見られなかったが、実は背が低いことを本人も気にしていたらしい。

 エリカは少し複雑そうな表情をした。ひょっとしたら、彼女の女性としてのプライドを傷付けてしまったのかもしれない。アッシュは心の中で彼女に謝罪する。エリカは躊躇うようにしながらも、彼の提案に同意した。

「そういうことでしたら、私は構いませんけれど……」

「そうね。あたしも、あんたがどうしてもあたしと組みたいって言うんなら、仕方ないから組んであげてもいいけど?」

 少し得意げな満面の笑顔でジゼルが言ってくる。アッシュは、彼女に聞こえないように小声で突っ込んだ。

「いや、どうしても、とは言ってねぇよ……」

「ラピッドファイア准尉のお考えは如何です?」

 エリカがマークに尋ねるが、彼が否定するわけがない。

「イエス・マム! 光栄の至りであります!」

 今にも敬礼しそうな勢いだ。

「じゃあ、決まりだな。交換しよう」

 アッシュは強引に話をまとめる。こう言い切ってしまえば、意外と反対はされないものだ。

「はい。では、ラピッドファイア准尉、よろしくお願いします」

「イエス・マム! 謹んでエスコートを務めさせて頂きます!」

 エリカとマークが頭を下げ合った。

「そこまで言うんなら、組んであげるわ。感謝しなさい」

 ジゼルが得意げな笑顔で両手を腰に当てて、大きなリボンやコサージュで飾られて実際のサイズがカモフラージュされている微小な胸を張り、アッシュに言う。

「はいはい、シャンティエ少尉殿。感謝感激であります」

 アッシュは投げやりに言う。一つ肩をすくめて、控え室のドアのほうを向いた。

「じゃあ、行くか」

「待ちなさいよ」

 ジゼルがアッシュを呼び止める。

「なんだ?」

 アッシュが振り向くと、ジゼルは膨れっ面で言ってきた。

「腕」

「は?」

「腕、出しなさい。ちゃんとエスコートしなさいよ」

 ジゼルの言葉に、マークのほうを見てみると、肘を突き出すようにして、エリカがそこに手を掛けている。

(なるほど。ああやるのか……)

「ほら」

 と、アッシュはマークの真似をして、ジゼルのほうに肘を突き出した。ジゼルは、そこに手を掛けると軽く溜め息を吐く。

「先が思いやられるわ。パーティで恥をかかせないでよね」

 アッシュは少しカチンときたが、上流階級の、しかも異星のマナーなど全くわからないので反論のしようがない。

「……努力する」

 結局、そんな風に下手に出るしかなかった。

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