第四章‐2
全面ガラス張りの、大きなドーム状のホールに入場する。昨日、ディートガルトの窓から見たように、高いドーム型の天井はガラス張りで、満天の星空を望めるようになっていた。床は巨大なスクリーンで、ここから程近いところに浮かんでいるアッシュの住む青い惑星が、宝石のようにきらめく様が映し出されている。
ホール内には軽やかな音楽が流れ、ホールの中央付近ではダンスに興じている人々がいた。この音楽は録音されたものなどではなく、勿論、生の楽団の演奏によるものだ。
ホールの外周沿いには、繊細な料理の数々が並んだテーブルが用意されている。立食形式らしい。テーブルの間を、トレーに飲み物のグラスを乗せたウェイターが行き交っていた。
「おぉ、なんかすげぇな。これがセレブのパーティか……」
「ちょっと。きょろきょろしないでよ。みっともないでしょ」
物珍しげに周りを見回すアッシュを、ジゼルが窘める。
「はいはい」
アッシュは適当に返事をして、尋ねた。
「それで、俺たち、どうすればいいんだ?」
「んー? 別に好きにすればいいんじゃない? 海賊が襲撃してくるまでは、特にやることもないんだし。もっとも、シュタウフェンベルク大尉も仰ってたように、実際に海賊が乗り込んでくることなんか、ないと思うけどね。海賊船がのこのこ近付いてきたら、ディートガルトからの攻撃で、ドカーンよ」
ジゼルが少しつまらなそうに言う。
「確かに、そんなとこだろうけど――、じゃなくて! 好きにしろって言われても、俺、こんなパーティ、初めてなんだぜ? なにをどうすればいいのか、わかんねぇよ」
アッシュは相槌を打ちかけて元々の話題から逸れていることに気付き、さらに尋ねた。すると、ジゼルは非常にわかりやすい選択肢を示してくれる。
「じゃ、とりあえず料理でも食べてれば?」
「……なるほど。そうするか」
アッシュはジゼルを連れて、料理の並んだテーブルに向かった。彼らの他の小隊のペアも、ほとんどがそこに集まっているようだ。
「みっともなくがっつかないでよね」
「わかってるよ」
ジゼルが釘を刺してくるのに返事をして、アッシュは料理を小皿に取って食べてみた。
「うぉぉ……」
軍艦の食事や普段のコンビニ弁当などとは、次元が違う。天にも昇るような美味さだ。アッシュはなんとか自制して、出来るだけ自分では上品に見えているだろうと思う仕草で食べる。飲み物も、ミネラルウォーターや様々なソフトドリンク、アルコール類まで用意されているようだ。セレストラル星系連邦の法では、彼らぐらいの年齢ならば既に飲酒可らしい。アッシュも自分の星でアルコールを飲んだことくらいはないわけではなかったが、特に好きなわけではなかったし、なにより今は一応任務中だ。そう思って、アルコールは避けておいた。
隣のジゼルは、澄まし顔でなにか飲み物を飲んでいる。彼女は自分に比べてずいぶん落ち着いているように見えるので、アッシュは聞いてみた。
「ジゼ――シャンティエ少尉殿は、こういうパーティは慣れてるのか?」
「慣れてるってほどじゃないけど、何回かは経験あるわね」
ジゼルは横目でちらりと、隣で料理を次から次へと食べているアッシュを見て答える。
「ふぅん。じゃあ、実はいいとこのお嬢様なのか?」
「そんな誇るほどの家柄じゃないわよ。ちょっと広い土地を持ってるってぐらい」
続けて問うアッシュに、空になったグラスをウェイターのトレーに戻して答えるジゼル。
「大地主なのか……」
「うちはブドウ農園をやってるの。ワインも作ってるわよ」
新たな飲み物をウェイターから受け取りながら、ジゼルが言った。
(ひょっとして、あれはアルコールなんじゃないのか……?)
彼女は、なんとなく少し上機嫌になってきているような気がする。
(……まぁ、いいか。さっきの話の通り、実際、海賊が乗り込んでくることなんてあり得ないんだろうしな)
「あんたのうちは?」
今度はジゼルが、アッシュの家庭のことを聞いてきた。
「うちは極普通の中流家庭だよ。父親は会社勤めだ」
「つまんない。意外性がないわね」
勝手な感想を述べるジゼル。
「いや、意外性とか期待されてもな……」
アッシュは独白めいた呟きをこぼす。とりあえず、それでその話題には興味を失ったらしいジゼルは、アルコールらしきものをくぴくぴと飲んでいた。アッシュは一つ肩をすくめる。
(そういえば、マークはうまくやってるかな?)
そう思って、マークとエリカの姿を探すが、ぱっと見では見当たらなかった。その代わりになにか人だかりが目に入る。よく見てみると、それはエリカの周りに群れたセレブ男性たちの輪だった。次々とダンスにでも誘われているらしく、彼女は作り笑顔でそれを断っている。その態度は、ジゼルなどよりもよほど堂々としたものだ。こういう社交の場に慣れている雰囲気がある。やはり、先日推測したように、おそらく彼女の実家は名家なのだろう。気の毒なことに、マークはそのエリカの付き人ぐらいにしか見えない。悪いことをした、と思う反面、自分があの立場でなくてよかった、とつい安堵してしまう。
エリカに負けず劣らず、モデル体型のおっとり美人、大隊副官のセラフィーナの周囲にも男性が群がっていた。こちらは断ることを知らないかのように、次々とダンスの申し出を受けているようだ。さらに見回すと、優男のフランツがエリカとセラフィーナを交互に眺めやりながら、どちらを誘おうか迷っているような素振りを見せている。しかし、彼のパートナーである同じ小隊の女性隊員が、彼の腕をしっかりと組んで離さないようだ。恋人なのか遊びの関係なのか、それとも片思いの相手なのかは知らないが、その二人の間になんらかのドラマがあることは、あまり恋愛関係には敏くないアッシュにでも一目でわかる。一見して、あの優男は女性関係が複雑なタイプに見えた。
(女たらしだ、っていうサーニャの評価は間違ってなかったようだな)
アッシュは心の中で笑う。
そうして周りを観察していると、周囲の異星のセレブな人々の会話が耳に入ってきた。聞くともなしに、耳を傾ける。
「こんな巨大な、未開拓の市場ですからな。ここに参入するとなれば、どれくらいの経済効果になるか――」
「そうですね。それに発展途上星ですから、安価な労働力も期待できるでしょうし――」
「いや、しかし、そうすると、今度は我々の連邦のほうの失業率が心配になってきますな。特にカチェーシャの――」
「そんなことよりも、これほど美しい惑星です。手付かずの自然が原住民の手で破壊されずに残っている内に、リゾート開発を――」
「それはもっともですな。物の価値のわからない原住民に台無しにされては堪らない――」
(ちっ! 勝手なこと、言ってんじゃねぇぞ)
アッシュは、密かに毒付いた。セレストラル星系連邦政府が、拡大政策を推し進める帝国主義を取っていなくて、本当によかったと思う。
(うちの星を、異星人共に好き勝手されて堪るか!)
幸いにして、今まで個人的に知り合った異星の人々は、だいたいが善良で友好的だったが、勿論、そうでない人間も大勢いるだろう。彼女らの星が、突然、政策を転換して侵略してこないことを切に祈るばかりだ。これだけの科学力の差がある。そんなことになったら、万に一つも勝ち目などない。それを思うと、この平和が危ういバランスの上に成り立っていると思えてきて、背筋に冷たいものが走る。
そうして自分の星の平和について思いを巡らせていると、
「こうしてても退屈ね。一曲踊りましょっか」
いきなり、ジゼルがそんなことを言い出した。
「は?」
珍しくシリアスなことを考えていたアッシュは、コミカルな現実に引き戻されてそのギャップに目を白黒させる。
「踊ろって言ったの。ほら、行くわよ」
ジゼルは彼の腕を取って、セレブな人々がダンスに興じるホールの中央に向かって歩き出してしまった。恥をかかせるな、と言い含められていたアッシュは、それを振り解くことも出来ない。彼女に連れられていきながら、精一杯の小声で抗議する。
「ちょっと待て! 俺、ダンスなんてわかんねぇぞ!」
「周りに合わせて、適当に動けばいいのよ」
ジゼルが気軽に答えた。二人は、ダンスを踊る人々の輪の中に入ってしまう。もう覚悟を決めるしかない。
「足だけは踏まないでよね」
ジゼルが言ってくるが、確約は出来なかったので、アッシュは曖昧に頷いた。周囲の人々を見て、その真似をしてジゼルの手を取り、逆の手を彼女の腰にまわす。
新たな曲の演奏が始まった。アッシュは必死に周りの様子を観察しながら、それに合わせて動き出す。しかし、ダンスなど、これまでの人生で、小中学校で踊ったフォークダンスぐらいしか経験がなかった。それに、これも自覚している欠点の一つだが、実は彼はあまりリズム感がない。ゲームでも、いわゆる音ゲージャンルは不得意分野だ。
「なーにー、その動き。猫だって、もっと上手く踊るわよ?」
ジゼルが、ぷぷーっと笑う。アッシュは憮然と呟いた。
「猫が踊るかよ……」
「仕方ないわね。あたしの言う通りに動きなさい。――右、右、左、左。二歩下がって、三歩前へ。そう、そこでターン――」
ジゼルの指示通りに身体を動かす。暫くそうしていると、ようやく一曲演奏が終わった。これ以上、こんなことをさせられては堪らない、とアッシュはジゼルの手を引いて、急いでホールの中央から退場する。壁際に設えられた椅子に、どっかりと座り込んだ。両手にウェイターから飲み物を受け取ったジゼルがその隣に座り、片方を手渡してくる。
「あー、面白かった。あんたのダンス、笑えたわ。猫ダンスとでも名付けましょっか。でも、あんたに教えながらだから、倍疲れたわね」
「……俺は、その三倍疲れたよ」
アッシュは、手渡されたグラスの中身を一気に飲み干した。幸いなことに、その中身はアルコールではなかったようだ。




