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第三章‐3

 翌朝、マークに起こされて目が覚める。

「おはようございます。そろそろ起きたほうがいいですよ。もう三十分ほどで朝食です」

「ああ、悪いな。おはよう」

 最近は早起きが習慣付いているので、寝起きは悪くないほうだ。適当に顔を洗って着替え、また第七、第八小隊混合で朝食を摂る。しかし、そうして朝食を食べ終えると、やることがなくなってしまった。確かに、昨日のエリカの説明でも、当直任務の当番以外は基本的にやることがない、という話だったのだ。同室のマークとクォンはどこかに出掛けている。アッシュはチッピィを連れて船室を出た。隣の船室の扉を見る。ひょっとしたら、女性陣の誰かがいるかもしれないが、女性ばかりに囲まれて仲良くお喋り、というのも気恥ずかしい。

(仕方ない。ちょっとその辺を探検――じゃない、散歩でもするか)

 軍艦に乗り込む機会など、そうそうあることではないだろう。こういう暇な時間ぐらい、観光気分を出しても罰は当たるまい。アッシュはチッピィと、適当に狭い艦内通路を歩き出す。

(今日は変なところに入り込まないように気を付けないとな。またあの声のデカイおばさんに怒鳴られるのはごめんだ)

 しかし、当然、アッシュはこの艦の構造を知っているわけではないし、加えて重度の方向音痴だ。立入を禁じられている区画に入り込まずに済むかは、運次第というところだろう。

 アッシュとチッピィは、ふらふらと彷徨い歩いた。梯子や階段では、上に行くとうっかり艦橋に出てしまって怒られる、ということが予想されたので、なるべく下へ向かっていく。

 そうして歩いていると、昨夜ブリーフィングの際に集合した広い格納庫に出た。ここには、現在駐機している大気圏内往還船(シャトル)や、主に宇宙空間での船同士の行き来に使われる小型艇(ランチ)等はないようで、広いスペースのあちこちで運動や模擬戦をしている人がいたり、外周を走っている人がいたりする。どうやら、運動場代わりに使われているらしい。

 その模擬戦をしている人の中に、見覚えのある長い黄金色の髪が、天井の照明を受けて燦然と輝くのを見付けた。そちらへ近付いてみる。思った通り、それはエリカだった。模擬戦の相手は、驚いたことにジゼルだ。エリカの武器はいつものサーベル型の魔装剣、ジゼルの武器は長柄の先に槍の穂先ではなく短い刀のようなものが付いた、アッシュの国でいう薙刀のような武器だった。双方、模擬戦用に、刃の部分にはラバー製らしいカバーを被せている。

 その近くに、二人の模擬戦を観戦しているらしきマークがいたので歩み寄って声を掛けた。

「よぅ。――模擬戦か?」

「えぇ。待機中とはいえ、なにもせずにいると、身体が鈍りますからね」

 アッシュが見たままのことを問うと、マークが頷く。アッシュは二人の模擬戦に目を戻しながら、マークに確認した。

「あんたのとこの小隊長も、近接攻撃型だったんだな。正直、意外だ」

「そうですか? あれでも、我が小隊唯一の前衛なんですよ」

「へぇー。人は見掛けによらないなぁ」

「猪突猛進するのを引き止めるのに、いつも苦労しています」

 マークが苦笑いを浮かべる。

「あぁ、それはなんかわかるような気がする」

 命令コマンドが『突撃』しかないタイプだろう。

「ところで、マークは何型なんだ?」

「僕は射撃型ですね」

 アッシュの質問に答えて、マークは腰に釣ったホルスターを軽く叩いて見せた。そこには、クラシックな雰囲気のオートマチック拳銃型の魔装銃が納められている。

「アッシュは何型ですか?」

「うーん、俺はちょっと特殊かなぁ。得意は防御とか拘束だ」

 尋ね返してくるマークに、答えるアッシュ。マークが軽く首を捻る。

「それは、失礼ですけど、確かに変わっていますね」

「ああ。自分と相性のいい魔法を突き詰めていったら、こんな風になっちまったんだよ。我ながら地味だと思うんだけどな」

「そうなんですか」

 そうして彼らが会話をしている間にも、エリカとジゼルは激しい攻防を繰り広げていた。

 エリカの連続突きを、ジゼルが長柄武器を回転させてことごとく弾き返す。その攻撃をしのぎきると、ジゼルが逆襲に転じた。刃の部分で大きく薙ぎ払う。エリカはそれをバックステップでかわした。大振りの一撃をかわしたので、定石通りに長柄武器の弱点である懐に踏み込もうとするが、ジゼルは身体を回転させて柄頭のほうで足払いを掛ける。エリカはまた飛び退かざるを得ない。ジゼルはそのままくるくると舞うように回転しながら、上中下段を巧みに使い分け、刃と柄頭で交互に薙ぎ払いを仕掛けた。エリカがどんどん後ろへと下がっていく。

(あのツンデレ、意外とやるな。エリカが押されてる?)

 格闘ゲームで鍛えたアッシュの動体視力はそれなりのものだが、二人が互いに細かな攻撃の予兆を捉えて行っている牽制などは、おそらくほとんど見逃しているのだろう。

 ようやくジゼルの回転が止まった。すかさずエリカは一歩踏み込んで、上段から剣を切り下ろす。ジゼルはそれを武器の長柄の部分で受け流した。そのままの勢いで、エリカの剣が下段から跳ね上げられる。彼女の得意のコンビネーションだ。ジゼルは、この一撃もかろうじて受け流す。そして、エリカの三連撃の締めの突きが、稲妻のように放たれた。しかし、ジゼルはこの一撃を待っていたようだ。くるりと身体を回転させて突きをかわすと、回転の勢いを利用して横殴りに叩き付けるように長柄武器を振るった。

 一瞬の静寂。エリカの剣は、ジゼルの横に突き出された格好のまま。一方、ジゼルの長柄武器の刃に近い柄の部分が、エリカの脇腹の手前で寸止めにされていた。そのまま振り抜かれていれば、エリカの身体は大きく吹き飛ばされていただろう。

(エリカが負けた!?)

 アッシュは驚愕を隠しきれない。模擬戦とはいえ、一対一の武器を使った近接戦闘でエリカが負けるところなど初めて見た。

(あのツンデレ、意外とやる、どころじゃねぇぞ……!)

 ただの百合娘ではないらしい。アッシュの驚愕を余所に、エリカとジゼルは勝負が付いたことをお互いに確認すると、それぞれの武器を引いて、互いに礼をする。それから、刃に被せていた模擬戦用のカバーを外し、鞘に納めた。

「今回はあたしの勝ちね」

 ジゼルが満面の笑みを浮かべる。エリカは少し憮然とした雰囲気で言葉を返した。

「……えぇ。ですが、これは訓練ですからね。勝負にはノーカウントですよ?」

 エリカは意外と負けん気が強い。

「あーん。勝負にしておけばよかったー」

 ジゼルがふざけたように言って、エリカに抱き付いた。

「もう、ジゼルったら……」

 それを抱き止めて、エリカが表情を弛める。

「お二人とも、お疲れ様です」

 マークが二人に歩み寄り、どこに持っていたのか、二枚のタオルを差し出した。

「ありがと」

「ありがとうございます」

 二人が礼を言ってそれを受け取り、汗を拭う。

「お疲れ」

 遅れてアッシュも二人に歩み寄った。エリカが少し頬を染める。

「あら、アッシュ。ご覧になられていたんですか?」

「ああ、途中からな。迷惑だったか?」

「いえ、そんなことは。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました」

「いや、いい試合だったよ。惜しかったな」

 アッシュの言葉に、エリカは曖昧に微笑んだ。

「なんか調子いいこと言ってるけど、あたしたちの攻防の凄さ、ホントにわかったの?」

 ジゼルが腰に両手を当てて、微小な胸を張り、偉そうに言ってくる。言われた通り、その一挙一動までも完全に見切れたわけではないので、アッシュは誤魔化さざるを得ない。

「あぁ、いや、まぁ、だいたいな。――ていうか、『勝負』とか言ってたけど、二人はよく勝負してるのか?」

「士官学校時代から、ずっとね」

 あっさりと誤魔化されたジゼルが、素直に答える。エリカがそれを補足した。

「こういった模擬戦や定期試験等は勿論、体力測定や、果ては……、その、ラブレターの数まで、事あるごとに勝負していますね」

「あぁ、それじゃ、前に言ってた、士官学校で首席を争ってた友達って――」

「はい。彼女です」

 アッシュの問いにエリカが頷く。アッシュは昨夜、黒白の頭をばかにされたお返しに、意地悪げに言ってやった。

「でも、結局、首席で卒業したのはエリカなんだろ?」

 それを聞いて、ジゼルがぷぅーっと頬を膨らませる。

「卒業試験ではたまたま、ちょっとだけ点数が低かっただけだもん! もう少し調子がよかったら、あたしが首席卒業だったんだもん!」

 士官学校での最後を飾る大勝負に負けたことを、未だに根に持っているようだ。アッシュは心の中で笑いつつ、これ以上なにか突っ込むのも可哀相だったので、さすがに黙っていることにした。気になっていたことがあったので、ちょうどいいとばかりに話題を変える。

「ところで、ジゼ――いや、シャンティエ少尉殿の使ってるのは、なんていう武器なんだ?」

「これ? シュタリキリークだけど」

「シュタリキリーク?」

「魔装薙刀、です」

 ジゼルの答えが自動翻訳されていなかったので聞き返すと、エリカが繰り返してくれた。

「ふぅん」

(やっぱり、『薙刀』って自動翻訳されるのか……)

「それにしても、そんな長い武器、屋内じゃ邪魔だろ。壁とか天井にぶつからないのか?」

 これは余計な一言だっただろう。ジゼルはまた頬を膨らませる。

「そんな間抜けな真似しないわよ! もう十年以上使ってるんだから!」

「あー、済まん済まん」

 アッシュは適当に謝った。ジゼルはまだぷんぷんしている。それを見ながら、

(それにしても、アリーセのあのばか長いライフルといい、背の低いやつって長い武器を使いたがるのか?)

 などと失礼なことを考えた。

「おはよう、エリカ姫、ジゼル。模擬戦かい? 相変わらず、君たちは本当に仲がいいね」

 後ろから掛けられた声に振り返ってみる。そこにいたのは、アッシュの中ではすっかり気障な優男として定着してしまったフランツ=ロイター少尉だった。

「あら、おはようございます、フランツ」

「おはよ、フランツ」

 エリカとジゼルが気軽に挨拶を返す。アッシュの隣でマークが敬礼した。

「おはようございます、サー」

「あぁ、そう硬くならなくていいよ。待機中だろう」

 フランツがあまり興味もなさそうに、マークに答礼をする。そして、すぐにエリカたちのほうに向き直ってしまった。

「それで、今日はどっちが勝ったんだい?」

「あたしよ」

 ジゼルが微小な胸を張る。フランツが爽やか過ぎる笑みを浮かべた。

「おやおや、エリカ姫はお優しい。友人に花を持たせて差し上げるとは」

「実力よ、実力!」

「手の内を見透かされてしまいました。未熟なことで、お恥ずかしい限りです」

 三人は和気藹々と話に花を咲かせる。士官学校時代のノリなのだろう。アッシュとマークが入り込む余地はない。二人は軽く顔を見合わせる。ここで強引に割り込もうとするほど、空気が読めない二人ではない。

「それでは、次は僕と手合わせなどどうかな?」

「いやよ。射撃型のあんたとじゃ、勝負にならないもん。近付けなければあんたの勝ち、近付けたらあたしの勝ちってだけで、つまんないじゃない」

「手厳しいな、ジゼルは。では、エリカ姫は?」

「そうですね……。申し訳ありませんが、射撃型と一対一で正面から戦うという状況が想定しづらいですから、あまり訓練にならないのではないかと思います」

 エリカにもやんわりと対戦を拒否されて、フランツは肩をすくめた。その挙動がいちいち様になっているのが小憎らしい。手持ち無沙汰になってきたので、そこを立ち去ろうかと思い始めたところで、ジゼルが話の矛先をこちらに向けてきた。

「じゃあ、射撃型同士、うちの副長と対戦してみる?」

「自分ですか? ご命令とあらば、僭越ながらお相手を務めさせて頂きますが……」

 急に話を振られて、戸惑いながらマークが応じる。

「エリカにいいところを見せるチャンスじゃないか。あの気障男をコテンパンにしてやれよ」

 アッシュは彼女たちに聞こえないようにマークに囁いたつもりだったのだが、フランツには聞こえてしまったらしい。フランツが値踏みするようにマークを眺める。そして、その端正な顔立ちを見て、ライバルと認めたようだ。

「君、名前は?」

 年齢はマークのほうが上だったが、勿論、軍隊では階級のほうが優先される。

「マーク=ラピッドファイア准尉であります。サー」

「では、ラピッドファイア准尉。少し付き合ってもらおうか」

 フランツは相変わらず爽やかな笑みを浮かべていたが、目が笑っていない。獲物を狙う狩人の目だ。彼らの間の不穏な空気に気付いていないジゼルが、楽しそうに声を上げる。

「決まりね。んー、正面から撃ち合ったんじゃ、ただの早撃ち勝負だし――、あ、あそこを模擬戦場にしましょ」

 ジゼルが指差すほうを見ると、格納庫の隅にコンテナなどが乱雑に積み上げられている一角があった。彼らはそこへ移動する。

「じゃ、ルール確認ね。スタンさせる必要はないから、身体のどこにでも一発当てたほうの勝ちってことで。あ、観測魔法の使用は禁止とします」

 偉そうに仕切るジゼル。フランツがやんわりと抗議する。

「観測魔法を使えないと、狙撃手(スナイパー)の僕には不利なんじゃないかな」

 見ると、確かに彼の武器はスナイパーライフル型の魔装銃だ。

「あんただけ観測魔法を使ったら、それこそ不公平じゃないの」

「あぁ、彼は使えないのか」

 フランツの口調には、少し嘲りが含まれていたかもしれない。特に広域探査系等の観測結果を脳内で処理するのは、通常の五感による感覚とは全く異なるので、観測魔法の習熟は案外難易度が高いのだ。フランツのその言葉に、ジゼルが頬を膨らませる。

「うちは、あんたのとこと違って分業が出来てるのよ!」

「――構いませんよ。観測魔法を使って頂いても」

 さすがに温厚なマークも、フランツの向ける悪意には気付いたようだ。挑発するように言葉を返した。しかし、フランツは軽く肩をすくめて、その挑発を受け流す。

「いや、条件は対等にしようじゃないか。観測魔法の使用はなしでいこう」

「……イエス・サー」

 エリカがそっとアッシュの袖を引いてきた。声をひそめて言ってくる。

「アッシュ、大丈夫でしょうか? なんだか、雰囲気が……」

「模擬戦だろ。さすがに二人とも、相手に怪我させるような真似はしないよ」

 アッシュはそう答えるが、彼も多少心配になってきた。二人の不安を余所に、マークとフランツはコンテナが乱雑に積み上げられた模擬戦場の中に入って、それぞれの武器を準備する。一人、空気が読めていないらしいジゼルが、楽しげに開始の合図を告げた。

「それじゃ、スタート!」

 マークとフランツはいきなり銃を突き付け合うような真似はせずに、双方とも素早くコンテナの陰に走り込む。そのまま暫くの間は、動きのない状態が続いた。お互い、コンテナの陰を移動しつつ、相手の動きを探っているようだ。

「あ……!」

 いつの間に登ったのか、コンテナの一つの上にフランツの姿が現れた。スナイパーライフル型の魔装銃を構える。マークは上から狙われていることに気付いていない。こういう対戦で、ギャラリーがアドバイスをするのはマナー違反だろう。アッシュは叫びを飲み込む。

「『グレイス・ハンド』、ファイア!」

 フランツのその射撃魔法は、狙撃用にカスタマイズされているらしい。光弾は速くて見えなかった。チュンッと足元で光が跳ね、慌ててマークが飛び退る。観測魔法による照準補正がない為に普段と勝手が違うのか、フランツが舌打ちでもしているらしいのが見えた。

 アッシュからすれば、フランツのその狙撃は観測魔法を使っていないこともあるだろうが、アリーセとサーニャのコンビの狙撃には遠く及ばないように見えた。しかし、高所から一方的に狙われているマークにとってはそういう問題ではないようだ。光弾が跳ねて火花を散らすコンテナの間を駆け抜ける。ようやくコンテナの隙間からフランツの姿を視認出来たマークが、クラシックなオートマチック拳銃型の魔装銃を構えた。

「『ファイア・ブリット』、シュート!」

 赤い光弾がコンテナの上のフランツに迫る。しかし、フランツは意外な身の軽さで、コンテナの後ろ側に飛び降りてしまった。

「『ファイア・シェル』、十発、シュート!」

 マークが追い討ちを掛ける。十発の赤い光弾は誘導型だったらしく、弧を描いてコンテナの裏側へと降り注いだ。だが、いつまでもそこに留まっているほどフランツも鈍くはない。マークには光弾が着弾するところは見えなかったが、手応えがないことを感じ取り、反撃に備えて移動する。二人はコンテナの間を動き回り、互いの隙を探った。暫しの間、膠着状態が続く。

「お……」

 気が付くと、今度はマークの姿がコンテナの上にあった。

「『ファイア・ブリット』、シュート!」

 赤い光弾が眼下のフランツに迫る。しかし、彼はマークがコンテナの上に登っていたのに気付いていたのか、余裕を持ってそれを回避した。

「『グレイス・ハンド』、ファイア!」

 反撃の光弾がマークを襲う。アリーセの音速の五倍近い弾速の狙撃ほどではないとはいえ、フランツの狙撃も音速は超えているはずだ。それをマークが回避出来たのは、偶然以外の何物でもなかった。マークが登っていたコンテナは積み方が悪かったのか、彼の体重が掛かったことでバランスを崩し、崩れ落ちてしまったのだ。当然、マークも落下する。

「マーク!」

 ジゼルが悲鳴を上げ、エリカが息を飲んだ。ドンッガラガラッと凄い音がして、格納庫中の視線を集める。もうもうと立ち上った埃越しに、すぐにマークが身を起こすのが見えた。どうやら酷い怪我はないらしい。アッシュたちは胸を撫で下ろす。そのとき、

「『グレイス・ワーク』、十発、ファイア!」

 フランツのコマンドが響き、十発の白い誘導型の光弾が埃の中に突っ込んでいった。

「っ!? 『嘆きの輪舞』、十発、いけぇっ!」

 アッシュは咄嗟にコマンドを叫ぶ。影色の光弾が十発出現して、白い光弾に向かって飛翔していき、纏わり付くように接触すると、火の点いたマッチを水に浸けたようなジュッという音を立てて、次々に消滅させてしまった。

「――なに、今の?」

 アッシュの奥の手、自己誘導型魔力減衰弾を初めて見たジゼルが、不思議そうに呟く。

「今の変わった魔法にも興味はあるが――、それより、どういうつもりだい?」

 微笑みをその口元に貼り付けて、フランツが振り返った。アッシュは憤慨の声を上げる。

「どうもこうもあるか! 事故があったんだ! 模擬戦なんて中断に決まってんだろ!」

「さすがに民間人は言うことが甘いね。これが実戦でも、そう言い訳するのかい?」

「てめぇ……!」

 しれっと言い放つフランツ。激高したアッシュは思わず拳を握り締める。

「いえ、アッシュ。ロイター少尉殿の仰る通りです。これが実戦なら、僕は死んでいました」

 アッシュを止めたのは、マーク本人だった。ジゼルとエリカが彼に駆け寄る。

「マーク、大丈夫なの?」

「ラピッドファイア准尉、お怪我は?」

「イエス・マム。問題ありません」

 マークは無様に敗北を喫した後なのに、エリカに心配されるのが辛いのだろう。端正な顔を歪めて答える。フランツが一つ息を吐くと、スナイパーライフル型の魔装銃を肩に担いだ。

「高所からの狙撃をするつもりなら、足場の確認ぐらいはしたほうがいいね、准尉」

「イエス・サー。返す言葉もありません」

 フランツの上から目線のアドバイスに、目を伏せてマークが答える。アッシュは不意に思い出して、足元のチッピィに声を掛けた。

「チッピィ、あいつが遊んでくれるってよ」

(チッピィ、遊ぶ!)

 ずっと構ってもらえず退屈していたのだろう。チッピィが嬉しげにひょこひょこと跳ねて、フランツの足に纏わり付いた。

「わっ!?」

 上ずった悲鳴を上げて、フランツが飛び退く。エリカが不思議そうな顔をした。

「どうしました?」

「い、いや、なんでも――、うわっ! あー、済まないが用事を思い出した。失礼させてもらおうかな。では、エリカ姫、ジゼル、また。准尉、よければ今度改めて手合わせしてくれ」

「イエス・サー」

 フランツがチッピィを避けて、足早に立ち去る。アッシュは、その背中に悪態を吐いた。

「ったく、あの気障ヤロウ……!」

「アッシュ、あまりフランツを悪く思わないで下さい。彼は彼なりに真剣に向き合ってくれたということでしょう」

 エリカがフランツを擁護する。しかし、アッシュはさらに言い募った。

「それにしたって、あの状況で攻撃するなんて――」

「いいんです、アッシュ。ありがとうございます」

 マーク本人にまでそう言われてしまっては、アッシュも怒りを収めるしかない。

「済みません。僕も少し風に当たってきます」

 マークも踵を返す。勿論、ここは航宙船の中だ。甲板に出て風を浴びるというわけにはいかない。比喩的な表現だろう。

「マーク、ホントに大丈夫? 一応、医務室に行ったほうが――」

「ノー・マム。ご心配には及びません。失礼します」

 引き止めるジゼルにそう答えると、マークは格納庫から出て行ってしまった。それを見送って、ジゼルは溜め息を吐く。

「フランツはああ見えて、射撃の成績はあたしやエリカも敵わなかったから、いい刺激になるかと思ったんだけど……。逆効果になっちゃったかしら」

「いいえ。ラピッドファイア准尉もそんなに弱い方ではないでしょう。きっとなにかを掴んでくれているはずです」

「――そうね。上官のあたしが信じてあげなきゃね」

 エリカの言葉に、ジゼルが笑みを取り戻した。

(今のエリカの台詞は、マーク本人に聞かせてやりたかったな)

 アッシュはそう思いながら、フランツに置いてきぼりにされて寂しそうな顔のチッピィを抱き上げてやる。

「それでは、ジゼル。私たちも汗を流しに行きましょうか?」

「うん。行こ行こ!」

 エリカの言葉に、一瞬でテンションが上がるジゼル。それを見て、アッシュは内心苦笑してしまった。エリカがアッシュに問い掛けてくる。

「アッシュはどうされます?」

「俺は、あー、もう少しぶらぶらしてようかな」

 そのアッシュの答えに、エリカが少し厳しい目になった。

「また迷子にならないで下さいね」

「う……、気を付ける」

 少し情けない思いでエリカに返事をする。しかし、実際のところ、気を付けたくらいで、迷子にならずに済むかは微妙なところだろう。

「それでは」

「ああ。じゃ、また後で」

 エリカと、その腕に抱き付いたジゼルが歩み去っていく。アッシュは、チッピィを床に下ろして、一緒に運動場代わりの格納庫を後にした。

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