第19話 呼ばれた理由
「どうして、俺を呼んだんですか?」
そう尋ねると、セレスは少し考えてから口を開いた。
「初めに、魔王様からお聞きになったとおり、私たちは、ある技を持つ方を求めていました」
「刃を扱って、人の姿を変える技、でしたよね」
「はい。魔王様は、その技が、こちらの世界の人々にも役立つのではないかとお考えでした」
「魔王様の髪を整えるためだけじゃなかったんですね」
「魔王様ご自身も、お困りではありましたけど」
セレスが笑う。
あの髪の広がり方を思い出す。本人が困っていたのは、よくわかる。
「この国には角のある者も、耳の長い者もいます。髪の長さや生え方も、それぞれ違います」
「ええ。魔王様の角の周りも、切るときには気をつけました」
「身近な人に髪を切ってもらうことはありますが、角や耳の近くを切るのが怖いという声もあります。うまく整えられず、毎朝困っている人もいますし」
ガルドの耳の上に、広がっていた髪が浮かんだ。
セレスも、髪をきつく結んでいた。
二人とも、どうにかしたいところがあったのだろう。
「魔王様は、誰もが安心して身だしなみを整えられるような技術を、この国に広めたいとお考えです」
「それは、どうしてですか?」
「魔王様は、暮らしを豊かにするには、食べ物や住まいだけでなく、身なりを整えたり、おしゃれを楽しんだりすることも大切だとお考えです」
「おしゃれを楽しむ、ですか」
「はい。角や耳の形を気にせず、自分の好きな髪形にできたら、うれしいと思いませんか?」
セレスが、まとめた髪に手を添えた。
「ユウ様に教わった結び方も、仕事が楽になっただけではありません。鏡を見るのが、少し楽しみになりました」
「そう言ってもらえると、俺もうれしいです」
「そういう技術や文化が広がれば、国の魅力も増します。魔王様は、ほかの国からも、この国に来てみたいと思ってもらえるようにしたいのです」
「暮らしている人も楽しくなって、外から来る人も増える。そこまで考えているんですね」
俺の知っている魔王といえば、ゲームや漫画に出てくる、世界征服を企む悪の親玉だった。
だが、この城の魔王は違う。国に住む人たちの暮らしを考え、外から人を呼ぶことまで考えている。
話を聞けば聞くほど、恐ろしい魔王というより、国のことをよく考えている王様に思えた。
「魔王様って、俺が思っていたより、ずっと立派な方なんですね」
「ユウ様の世界では、魔王というと怖い敵でしたよね」
「はい。だから最初は身構えました。でも、今の話を聞くと、魔王というより賢い王様……賢王って感じです」
セレスがうれしそうに笑った。
「魔王様がお聞きになったら、きっとお喜びになります」
「それは、本人の前で言うのは恥ずかしいので、内緒でお願いします」
「わかりました」
セレスはうなずいた。
……本当に内緒にしてくれるだろうか。
「それで、俺の技術を?」
「はい。ユウ様がお持ちの技術を、こちらでも役立てられないかと」
俺は少し考えた。
「美容師を呼ぼう、と思っていたわけではないんですよね。あのとき、美容師が何か、ご存じなかったですし」
「ええ。お招きする前は、美容師というお仕事のことも、ユウ様のお名前も知りませんでした」
「求めていた技を持っているかどうかで、術式が選んだんですか」
「はい。ただ、その技について私たちが知っていたのは、『刃を扱い、人の姿を変える』という話まででした。髪を整えるお仕事だとは、お会いしてから知りました」
「なるほど。それなら、あの説明になりますね」
初めに聞いたときは、どんな難題を押しつけられるのかと思った。
魔王の髪を見た後は、道具の方が難題だったが。
*
「髪を切るだけじゃなくて、毎日の整え方も役に立つんですね」
「はい。結び方を変えるだけでも、私は楽になりました。同じように困っている人の助けになると思います」
城へ来た日に、セレスと一緒に髪のまとめ方を試した。今朝は自分でも楽にできたと聞いて、俺もうれしかった。
魔王に、セレスに、ガルド。
城へ来てから会った人たちだけでも、髪の悩みはそれぞれ違った。
「でも、角や耳の形が違えば、気をつけるところも変わります。俺も、この世界の人たちのことを教えてもらわないと」
「もちろんです。私たちも、ユウ様に教わるばかりではありません」
「それなら、ありがたいです」
ガルドに鋏の使い方を伝え、俺は鋏の作り方を教えてもらっている。
あんなふうに、お互いの知っていることを持ち寄れば、できることが増えるかもしれない。
*
「……ただ、ユウ様」
セレスが、少し表情を曇らせた。
「私たちの都合でお招きしました。元の世界のことを思えば、すぐに納得していただける話ではないと思います」
店に置いてきた予約帳が、頭に浮かんだ。
莉子ちゃんの卒業式。真帆と、もう一人のスタッフ。いつも来てくれていたお客さんたち。
元の身体を取り戻す手段はないと、セレスから聞いている。
ここで新しい仕事ができるからといって、みんなに会えなくなった寂しさが消えるわけではない。
でも、俺は元の世界で命を落とした。この世界に呼ばれなければ、こうして考えたり、誰かと話したりすることもできなかったはずだ。
魔王の髪を切り、セレスの髪を整え、ガルドと鋏について話した。もう一度、美容師として仕事ができる。
それをありがたいと思う気持ちも、確かにあった。
「……元の世界のことは、今でも気になります。会えなくなった人たちのことも」
「はい」
「でも、俺はあのままだったら、死んでいたんですよね。こうしてもう一度生きて、美容師の仕事もできる。本当にありがとうございます」
セレスは黙って、俺の言葉を聞いていた。
「呼んでもらった理由も聞けてよかったです。俺に何をしてほしいのか、少しわかりました」
セレスは、ほっとしたように息をついた。
「ありがとうございます。これからも、お話しできることはお伝えします」
「俺も、わからないことがあったら聞きます」
「何でもお尋ねください」
そう言われると、聞きたいことはまだある。
ただ、最初から国中の髪を任せられると言われなくてよかった。
今の俺には、美容用の鋏すら、まだないのだから。
「まずは、ガルドさんと鋏の相談ですね」
「はい。道具がなければ、お仕事ができませんから」
「それから、市場も見に行きたいです」
「魚を探しに、ですね」
「覚えていましたか」
「とても気になっていらっしゃいましたので」
鋏の試作も、市場の魚も、どちらも楽しみだ。
まずはガルドからの知らせを待つことにしよう。




