第32話:【修羅場】アイリス vs カノン姫。地下倉庫の女主人争奪戦
隣国バルスカ王国から、カノン姫が「指先の修行(花嫁修業)」という名目で、大量の荷物と共に地下倉庫へ引っ越してきた。
「今日からここが私の第二の王宮ですわ。まずはこのカビ臭い空気を、バルスカ産の香油で清めましょう」
カノン姫が優雅に手を振ると、侍従たちが地下倉庫に高級絨毯を敷き詰めようとする。だが、その前に立ち塞がったのは、眼鏡を冷酷に光らせたアイリスだった。
「お待ちください、姫殿下。この地下倉庫の管理権限はギルド、延いては私の管理下にあります。許可のない内装変更、および香油の散布は、ヴォルガッシュ様の『鼻のコンディション』を狂わせるため、一切認められません」
「あら、ギルドの受付嬢風情が、私の慈悲に意見するつもり? ヴォルガッシュ様の指先は、今や私の耳……いえ、心と繋がっているのです。彼に必要なのは、管理ではなく『癒やし』ですわ!」
「……『癒やし』? 露出狂の魔導師と、肉を焼くトカゲが住まうこの伏魔殿で、何を寝言を。彼に必要なのは、明日を生き抜くための徹底した『スケジュール管理』と『除菌』です!」
バチバチバチッ!!
二人の視線がぶつかり合い、地下倉庫に火花が散る。
「……なぁ、ミレーヌ。あいつら、放っておいていいのか?」
「いいんじゃない? どっちが勝っても、私の脱衣スペースが確保されれば文句はないよ」
「主よ、争いは不毛だ。我の肉にどちらがより多くスパイスを振るかで勝負しろ」
ポチとミレーヌは完全に他人事だが、俺にとっては死活問題だ。アイリスに捨てられれば生活が破綻するし、姫を追い出せば軍隊が来る。
「二人とも、落ち着け! 俺はただ、普通に掃除をして暮らしたいだけなんだ!」
「「ヴォルガッシュ様は黙っていてください!!」」
同時に一喝され、俺は思わず**「自発的土下座」**を決めた。
「ヴォルガッシュ様。ハッキリさせてください」
アイリスが一歩踏み出す。
「貴方の指先を、今まで誰がメンテナンスし、誰が不祥事のたびに頭を下げて回ったと思っているのですか? 貴方には私が、そしてこの『機能的な地下室』が必要なはずです!」
「いいえ! ヴォルガッシュ様!」
カノン姫が俺の手を取り、自分の耳元へ寄せた。
「その神聖な指先を、事務作業や鼻掃除で汚し続けるのは国家の損失です! 私がバルスカ王国の国力を注ぎ込み、貴方を『全大陸指圧聖王』として戴冠させて差し上げますわ!」
聖王ってなんだ。不名誉すぎるだろ。
「……よし、分かった。二人とも、そこまで俺の指を信じるなら……この『詰まり』を解決してみせろ!」
俺は二人の間に立ち、右指を高速回転させた。
「スキル発動――『超高速・両成敗鼻ほじり(ダブル・クリーン)』!!」
「「えっ」」
俺の両手の指が、アイリスとカノン姫、それぞれの鼻腔へと電光石火の勢いで吸い込まれた。
「あ、あばばばばばばばば!? 脳に、脳に直接『平和』が流し込まれてくるぅぅぅ!」
「お、おほぉぉぉ! 事務作業のストレスが、根こそぎ掻き出されて、宇宙が見えますわぁぁ!!」
数分後。
床に並んで、魂が抜けたような至福の表情で倒れ込むアイリスとカノン姫。
「……ふぅ。これで静かになったな」
「師匠、お見事です。女の争いも、結局は『粘膜の汚れ』が原因だったのですね」
ハルパスが感心しながら、二人の顔に優しく加湿器を当てる。
「(……いや、これ何の解決にもなってないよな?)」
結局、カノン姫は「地下倉庫の離れ(物置を豪華に改装)」に住むことで妥結したが、アイリスとの冷戦は終わる気配がなかった。
ヴォルガッシュの不名誉な指先を巡る争いは、国家とギルドを巻き込み、さらに混沌の渦へと飲み込まれていくのだった。




