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ラサイラ魔導学院の馬鹿ども

よかった、いつものギャグ時空に戻ってこれました!

 ウェンドール804年の元日を迎えた俺はこたつの中である。


 王都ローゼンパーム下層街でも城壁の外に裾野のように広がるスラム街のカトリたんのおうちで、二人でこたつでヌクヌクしている。


 以前シシリーの家で発見した水をお湯に変える魔石をバケツに放り込んで熱源にしているが、これがまた微妙だ。こたつの中の湿度がえらいことになっているんだ。

 大人しく火鉢でもつっこんで置くか、からの火鉢がねえ……


「これ温かくていいなあ。リリウス君ってほんとアイデアマンだよね~」


 とカトリたんからは好評なのが悔しい。


 俺の異世界知識はこんな物ではない! もっと素晴らしい物を開発してギャフンと言わせたい!


 しかしアイデアはあれど物作りの技術のない俺ではどうすることもできない。なんか適当なサイズの石ころ拾ってきてくり抜けば作れ……ないか。金型作ってからセメント流し込むか? そもそも金型どうやって作るんじゃい?

 う~~~ん、正月ボケで頭が働かないぜ……


「元日をのんびり過ごすのも久しぶりだなー」

「俺も……」


 のどから閣下が出てきそうになって吐き気が!?

 忌まわしき記憶の蓋が開いていくぞ!?


 うああああ! 一番いいご来光を見に行くぞとか宣言する閣下のお姿が。第一種戦争兵装準備とかいうやべー宣言が! 血塗れの登山道がああ!?


「消えろ! 忌まわしき記憶よ、消え去れぇぇぇぇええええ! 元日に魔物退治とか馬鹿なの!?」


「リリウス君って過去が地雷すぎてどこにも触れちゃいけないよね……」

「俺もそう思うんだ……」


 トイレにダッシュしてソッコー吐いてから戻ってくるとそんなふうにしみじみ言われちまった。全部閣下が悪い。大晦日にアンデッドうじゃうじゃ山行くとか人間の考えじゃねえ。大掃除ってレベルじゃねーぞ。


「気分転換に大市でも冷やかしにいく?」

「大市?」


 元日から一週間はほとんど閉店休業なサン・イルスローゼのお正月だが、その代わり陽光公園に大市が立つ。いわゆるフリーマーケットだ。出店料の銅貨十枚出せばだれでも参加できるので、王都のみなさんは大掃除で出てきた不用品をここで売り買いするらしい。


 お昼過ぎの大市は盛況を通り越して大混雑。マクローエンの領民全員集めたってこんなにはいないぜ。

 ちなみに広大な領地に人口六千人である。ローゼンパームには百万人住んでるよ!


「勝負しない?」

「フッ、面白え」


 つまり最高に笑えるネタアイテム見つけてきた方がウィナーな奴だな?

 最高にくだらないスゴロクとか人生ゲームとか買ってきてお正月を笑って過ごそうってお考えだな?


「乗った」


 この勝負単純に見えて真に試されているのはセンス! 相手を楽しませる力量があるのかを計られ、無いとお察しされたら今後の二人の関係にひびが入るのだ。


 愛って夢のあるメルヘンな言葉だがな、その中身は楽しさや収入に容姿、ありとあらゆる相手のパラメータがその密度になっているんだ。一緒にいて楽しくない男なんてすぐにポイされるもんだ。


「じゃあ一時間後にここに集合ね?」

「へへ、世界崩壊幇助器具とか見つけてきてやんよ」

「リリウス君絶対殺すカウンター兵器見つけてくるね!」


 やべーブツ見つけてきたら俺殺して世界守っちゃうのカトリたん?


 ここに勝負が成立した。


 そして二人ともあえて敗者の扱いには触れなかった。この勝負は敗者の罰ゲーム用アイテムも考慮されているんだな! 裏を掻いたつもりだろうが俺は読んであるぜ!


 俺はさっそく香ばしいにおいを垂れ流す焼き鳥の屋台に向かい、食いながらフリマを回るぜ。


「さあさ安いよ安いよ! 本日採れたて、新鮮な果実はいらんかねー!」

 お前朝市と勘違いしてね?


「ここに取り出したるは家宝のマジックアイテムだよー! なんと賢者ルードバウの鑑定書き付けもある!」

 フリマで金貨二千枚はおかしくね?

 アンセリウムに持ってけよ。


「お…お古の服を売ってまーす! わたしの小さな頃のなので、お子様にどうですかー!」

 はい、いらねー。


 なんだナイスミドルな紳士がダッシュしてきたぞ!?


「全部買います」

「へ…全部ですか!? でもこれわたしの着てたやつですよッ、旦那様みたいな御方のお子様が着るようなやつではないですよ!?」

「いいんだ! 君が着ていたから欲しいんだ!」


 おぃぃい!? 今無駄に気品あふれる中央貴族のご当主様が女児用の服さっそうと大人買いしやがったぞ!?

 さすがは中央文明圏だぜ、同じ変態でも帝国とは違って高度な連中がいやがる……


 ゴミが大半のようでフリマも侮れねえぜ。火鉢見つけたしな。罰ゲーム用のバニガ衣装も見つけたしな、クソ高かったけど。


 元日からの大市は見て回るだけでも中々楽しい。


 祭囃子に誘われて奥の方に向かうと……変なのがいた。

 アコーディオンと小太鼓を一人で器用に演奏して祭囃子を演出する執事服の若い男と、その前にカーペットを広げる白衣の若い女。執事つれてフリマとかいったい何者なんだ?


 広げたカーペットの上には剣やら防具やらはいいとしても、一見すると何に使うのかわからない品が隙間なく置かれている。


「おやおや、少年からは金のにおいがするねぇ?」


 瓶底メガネに白衣のガリガリに痩せた女がげひげひ笑っている。女子力を微塵も感じられない。死んでいる。いったい何マッドサイエンティストなんだ?


「今から最高にくだらない質問をしてもいい?」

「ふぅ~む最高にくだらない質問と念押しされて最高にくだらないはずもないだろう、よいよ?」

「お姉さんは何者でここは何屋さんなんだい?」


 へへ、その蔑みの目線いいねいいねMに目覚めそうだぜ。

 えぇすでに目覚めてるだろって!? まだ目覚めてねえよたぶんな!


「クソくだらない質問をありがとう。我が名は世紀の大発明家ルル・ルーシェ! そしてここは我が自作した究極マジックアイテムを販売する露店なのだよ!」

「してその実態は?」

「いや~趣味で作った粗悪品を売って学費の足しにしようとね。こないだ実家が破産しちゃってピンチなんだ」


 くぅ、さらっと悲惨な事情が混じってやがるぜ。


 学費ってことは王都に二つある魔法学院の生徒さんかな?

 どうでもいいけど素直に白状しておいて青ざめるのはやめようぜ。粗悪品ってのは口が裂けてもいうべきではなかったと理解しているんですね。


「で、どんな物をご所望かな?」

「ハート強えな。粗悪品なんかいらねえよ」

「待ちたまえ!」


 ちょっ涙ながらに縋りついてくるんじゃねえよ! 特に鼻水! ステルスコート様が汚れるだろ!


「我は本日まだ何も口にしていないのだぞ、このままでは魔道の究極に至る前に死んでしまうぞ。それが人類にとってどれだけの損失か君は理解しているのか!?」

「……そんなに優秀なら奨学金とか貰えるだろ?」

「ふっ、我は素行が悪いからそういった援助は打ち切られているのだ。本来こういった場でブツを販売するのも禁止されているしね」


 優秀さはともかく正直者なのはたしかのようだ。だが正直者で得をするのは品行方正な優等生だけ。このお姉さんの場合口が災いの素すぎる。


「というわけで人類の未来のために何か購入していきたまえ。おすすめはこの魔剣だ」


 世紀の大発明家なる瓶底白衣が高らかに短剣を掲げた。

 仄かに赤いダガーは柄ごしらえなんかの装飾の欠片もない打ち刃の持ち手に布を巻いただけのしょっぱい奴だぜ。


「こいつに魔力を込めてみたまえ」


 初見の子供に無茶言うぜ、普通パンピーは魔力操作なんてできねえぞ。この可愛い妖精さんのどこを見てマジックアイテム扱えるとか思ったんだ?

 って腰にミスリルソード差してる目つきの悪い子供がパンピーのはずねえや。


 受け取ったダガーに魔力を注ぎ込むと……


「うおぉおぉぉぉ!?」


 仄かに赤かった刃が真っ赤に燃え上がり、火の花びらが辺りに舞って超危ねえ!

 でもすげえ、こいつ本物じゃねーか! しかも炎のエフェクト光が超格好いいじゃねえか一本くれ!


「すげえじゃんか! これどんな効果があるんだ!?」

「見た通りの効果だ」


 なるほど火属性付与か。いいねいいねアンデッドとかビースト系に威力絶大なやつじゃん。

 問題は威力だな、炎の温度だが……刃に触っても熱くないぞ? たしかに俺の熱耐性なら沸騰したお湯に手を突っ込んでも火傷一つしないけどそーゆー問題じゃねえ、ひんやりしてやがるんだ。


「エフェクト光はフェイクだ」

「はい?」


 何だか嫌な予感がする。


「ふっ、超かっこいいだろう?」

「ゴミじゃねーか」


 放り捨ててやったぜ。


「貴様ッ、我が渾身の作品になんてことを!? 少ない魔力量でこれだけのかっこよさを演出でき、火傷の心配もなければ刃引きもしてあるので安心安全なんだぞ!?」


 魔剣に安心と安全は求めてねーよ。


 これ完全に玩具のライダーソードと同じ品じゃねえか。いや日本のお子様達がクリスマスプレゼントで貰ったら超テンション上がると思うけど。


「やれやれ子供だと思って甘くみてしまったな。ではこれはどうだ、なんとこの槍は投げると一瞬にして光の矢となり敵にぶっささるわけだ」

「マジならすごいんだけどね」


 試しに魔力を込めて近くの木に投げてみる。


 うぉおおおおおおおおお! 青白い光に包まれた槍が輝きながら宙を一直線に飛翔し―――木に刺さったぞ! で、だから何だ!? 完全に投げた威力分の破壊力しか見えねえぞ!?


「最高にかっこいいだろう?」

「あんたまさか……」


 俺もう気づいちゃったよ。ルル・ルーシェが次なる武器を差し出してきたけど俺もう気づいちゃったよ。さてはこいつロマン武器職人だな? 見た目重視のクソ使えない武器ばかり作っちゃう変態さんだな?


「うん楽しかったよ。それじゃ俺はこれで」

「待ちたまえ! まだ早い、結論を出すにはまだ早いぞ!?」

「だってクソ使えないロマン武器しかないんでしょ?」


 おい、そんな傷ついた顔するな。まるで俺が悪者みたいに見えちゃうだろ。

 こんなゴミアイテム掴まされそうな俺は被害者だよ! お願いだからステルスコートから手を離せ!


「むぅ、学院の無能連中みたいなことを言いおって。やれ実用性がないだのやれかっこよさが何になるだのと実利ばかりを捉えたさもしい見方を押し付けようとする」


 その無能連中有能だよ? 超いいこと言ってるよ?

 頼むから機能美って言葉を思い出してくれ! 道具は使えてこそかっこいいんだ!


「よろしい、では実利のあるマジックアイテムを出してやろう」


 今度は変な筒が出てきた。

 卒業証書でも入ってそうな木製の筒だぜ、期待感ゼロだな。


「この筒に魔力を込めればなんと上級光魔法のナ・ウランガが使えるんだ」

「おいおいマジのすごいの出ちまったな」


 あのゴミはこいつのための前座だったのか。


 ナ・ウランガといえば光爆系でありながらアンデッドに絶大な破壊力があるっつークラウの必殺技じゃん。光神ストラを奉ずる太陽教会のアークナイトも使うすげー奴じゃん。


「ただ一つだけ問題があってね、自爆用なんだ」


 死ねよマジで使うと死ぬやつじゃねーか。


 帰る、絶対帰る。


「待て待てこのポーションはどうだ? これは自信作だぞ、なんと通常のスタミナポーションの十倍の効能なのだ!」

「で?」

「飲むと心臓が破裂する」

「十倍の効能も即死効果ついてたら意味ねえよな!?」

「効能が強烈すぎて人間には耐えられないだけだ、濃縮された原液を十倍の水で割れば市販品と同様の効果になるぞ!」


 なぜ濃縮スタミナポーションが世の中に出回ってないのかお勉強になりましたね♪


 医薬品の魔改造はガチでやべえんだよ馬鹿野郎! あれで完成品なんだよ、あの分量じゃないとやばいんだよ思いつきを試す前に気づけ馬鹿! ええい実験台となって心臓破裂した奴の安否が気になり過ぎるが帰る! 絶対帰る!


「ええい持ってけドロボー、こいつをなんと通常のスタミナポーション一個の値段で売ってやるぞ!」


 市販品買うわボケ。

 激安でも死人の出たポーションなんかお断りだわい。


 その後もルルはしつこかった。次から次にゴミを差し出しては買えと迫ってきた。何か買わないと話の進まないイベントなのかと錯覚するほどしつこい。でも負けない、商売Dの名に懸けて絶対に買わない!


「わかった、では我のからだは……?」

「本日一番のゴミじゃ―――」


 いやいやもしかしてメガネを外せば美少女だったりすんの?


 そっとメガネを外してみると顔立ちは悪くないのに五年くらい寝てなそうな深いクマのある目をしていて、綺麗とか可愛いという単語からかけ離れていたぜ。


「ど…どうかね?」

「いらない♪」


 泣くな! 頼むから! 俺が悪者みたいになっちゃってるから!


 やじ馬どもの目つきが冷たいからほんとやめて! てゆーか誰か助けて!?


「それではこういうのはどうでしょう、望む性能の武器をオーダーメイドで作るので資金提供していただくというのは? そして後金は完成品と引き換えとすればいいのでは?」

「それだ、伯爵冴えてる!」


 ルルの背後から口を挟んできた変なあだなの変な執事がどや顔でウゼえ……


 余計なこと言うなよ、最悪スタミナポーション一本分の銀貨三枚をドブに捨てる気になれば切り抜けられたのに特注品となると桁が変わってくるぞ。


「さあ少年己が望みを言うがいい! 最速でパパっと作ってやるぞ!」


 うわーやる気満々で断れる気がしねえぜ。

 だが逆に考えればチャンスかもしれない。工賃が金貨十枚もするので躊躇っていた加工を足元を見ながらやってもらうチャンスかもしれない。俺はまだ粗悪品という言葉を覚えている。つまりここにあるゴミとは違ってきちんとした物も作れるってわけだ。


「例えばだけどこのミスリルの短剣に付着した汚れとかを自動的に綺麗にする魔法とか付与できる?」


 セルフクリーニングなる魔法である。

 悪党始末する度に井戸でじゃぶじゃぶ洗ってるけど冬場はマジ辛いんだ。


「クソを捻り出すほど簡単に可能だ。がミスリルの加工には学院の設備が必要だな、錬金室の予約がどうなっているのかわからないからパパっととはいかんね。我が学び舎までご同行願えるかな?」

「おーけい。依頼料は銀貨で百枚でいいかな?」

「任せたまえ!」


 自信満々だぜ、こいつは期待していいな!


「わはははは! 伯爵、今夜の夕飯は期待していいぞー!」


 本来は銀貨三百枚以上する加工を三分の一の値段で頼んでめっちゃ喜ばれたぜ。


 いやー儲け儲け…………

 不安だ。





 さっそく学院に戻って作業するというルルに同行する。


 前金とミスリルソードを渡して完成したら渡してくれなんて剛毅なマネは無理すぎる。後金の銀貨七十枚とミスリルソードの価値が釣り合ってないんだ。持ち逃げされたら明日からスプーンで魔物と戦う冒険者が誕生しちまうんだ。


 大市を見回っているカトリたんを見つけて事情を話し、魔導学院にレッツラゴー。


 へへっ、魔法大国の魔導学院には興味あったんだ。きっとホグワー〇並みに怪しげな施設なんだろうな楽しみだぜ。


「いやーこんな仕事で銀貨百枚とは笑いがとまらんな!」

「いやまったく、これもお嬢様の日頃の行いのおかげでしょう!」


 白衣をひるがえし意気揚々と学院に向かうルルと俺と、その背後を三歩遅れてついてくるヘンテコ執事。彼はいったい何者なんですかねぇ……


 到着した魔導学院はローゼンパーム空中都市でも一等地にあたる貴族街の端っこにある。正門の鉄柵から生首を吊るしているとか生贄の血で足の踏み場もないとかそーゆーお約束はなかったぜ。残念ながらいたって普通の学校に見える。生首とかあったら回れ右して逃げ出してたけどね。


 学院の敷地内には怪しげな黒いローブ姿の生徒……なんているはずもなく汚れ一つない清潔な普通の制服姿の生徒さんが楽しげに談笑してるぜ。がっかりだけど安心したわ。やっぱ普通が一番だよな。


「あら、ごきげんよう伯爵」

「伯爵じゃないか!」

「伯爵!」


 なんですかねぇ、ルルに見向きもしないのに伯爵だけ大人気なんですけど。


 本当に彼は何者なんですかね?


「この人何者なの?」

「伯爵は伯爵だ」


 その伯爵がわからないんだよ?


 ヘンテコ執事が優雅に一礼する。なんですかね無駄に気品に満ち満ちているんですがね。ルルのダークパワーっぽい根暗オーラと対極に太陽のように輝いてるんですけどね。よく見なくても美形だし。


「わたくしアルステルム伯コンラッドと申します。こちらのルル嬢とはラサイラ魔導学院の同級なのです」


 えぇぇ……本物の伯爵様だったんですかあ……


「ど…どうして伯爵様なのに同級生の執事を?」

「わたくしは執事になる夢がありまして、学業の傍らこうしてルル嬢の執事をしております」


 なるほど、わからん。


「伯爵様ならお金持ちなんでしょ、ルルに金貸してやれば解決するよね?」


 同級生が身体を売ろうとするほど困ってるんだから助けてやれよって話なのに、伯爵がめっちゃ爽やかに笑い出したぜ。


「ははははは! 主にお金を渡す執事がどこにいるのですか? お給金さえもらっていないのに」

「正論すぎて何も言えないぜ……でもお給金が出ないのが不満ならやめて他の子に仕えたらいいじゃない」

「わたくしルル嬢が気に入っているのです」


 おやおやラヴの香りが……


「研究に没頭するあまり三日も四日も部屋に閉じこもり餓死寸前で救出されるようなダメ人間で、気づいたら図書館から借りてきた本に埋もれて死にかけているような手のかかるご主人様はそういません、大変お世話のし甲斐がありますゆえ」


 ラヴのラの字もなかったぜ。

 どうやらこの人も複雑な変態のようですねぇ……


「うんうん伯爵には助けられてるよ。おかげで今年はまだ死にかけてない」


 今年もまだ初日だからですね。


 清潔で近代的なウェスタリア建築の校舎三つを抜けてようやくたどり着いた研究棟の錬金室はドアの横にかけられた予約ボードを見ると四日後まで空きがなかった。


「まいったな、普段なら一室くらいは空いているはずなんだが……」

「名前を見るに三回生の方々ばかりのようですね。おそらくは卒業研究のリテイクに苦しんでおられるのでしょう」


 理系の大学かよって思ったけど理系の大学だったわ。地球における科学技術がこっちでの魔法だもんね。


「では少年、五日後に完成品を渡すから学院に来たまえ」

「オッケー」


 と簡単な返事をしてクールに立ち去るぜ、と思わせといてステルスコート使ってからまた戻ってくるぜ。


 研究棟から出てきたルルは随分とご機嫌そうだ。


「いやー儲け儲け、清めの付与なんぞで銀貨百枚とは笑いがとまらんな! よぅし、まずは食堂で食いまくるぞ! 三日分は取り戻すぞー!」


 この後二人はめちゃくちゃ日替わり定食お代わりした。


 名門校の学食すげえよ! 安くてうまくてボリュームもある。ルルなんて五人分も食べたのに銅貨五十枚とか毎日通うぞ毎日、銀貨一枚で売ってる十回分の食券も買ったしな!


 学生食堂で腹を満たした二人はそのまま女子寮を素通りして林の奥へ……


 えぇぇ、この林カラスとかめっちゃ鳴いてるんですけど……

 まだ午後三時なのに薄暗い林の中は不気味そのもので魔女とか住んでそう、迷いの森とか呼ばれてそう。近代的で清潔な明るい学校の敷地内になんて恐ろしい場所が……うぅぅなんか色々生き物の気配がするぅ……


 不気味な林の中には幾つか建物があったが全部素通りして奥の奥にすげえの発見!


 大理石みたいな乳白色の石材で建てられた正四角の建物には『世紀の大発明家ルル・ルーシュの工房』なる金メッキの巨大看板があったぜ。趣味わりー。


 ん? 茂みに何か落ちてるぞ?


 茂みの中には古めかしい木版の看板が落ちてた。銀サソリ寮とか書いてるぞ? あれか、まさか寮まで魔改造して住んでるのかこいつら!? 以前住んでた連中がどうなったのか気になるぜ生命的な意味で……


 寮内はいたって普通じゃねえ、やばい魔法使いのアトリエだったぜ。


 警備らしき女性形のゴーレムが廊下をうろうろしてるし魔物と魔物を掛け合わせたキメラの薬液漬けもあるし檻の中で魔物飼ってるし悪夢の館かな? そこに落ちてる人骨って元は生徒じゃないよね?


「お嬢様、この後のご予定はいかがなさいます?」

「寝る」


 と言ったと思えばルルは三階の自室のベッドに飛び込んで大の字で眠り始めた。三秒で眠れるとか〇び太くんかよ、ダメさ加減は完全にの〇太くんだわ。腹いっぱい食って寝るだけとか素晴らしいダメ生活してるぜ。


「さて」


 伯爵が何やらキョロキョロしている。変人の奇行なんぞ別に気に留めることでもないが、ちらほら目が合うのが気になるんだよね。

 こいつもしかして透明化してる俺に気づいてる?


「ハッ!」


 伯爵がこっちめがけてナイフを投げてきたぞ!?


 ドカカ!


 とっさにかわしてセーフ。だが間一髪かわさなかったら顔面貫かれてたぞ!? いったいどうしてこんな狼藉を働くのか、俺は無断で部屋に侵入している不審者なだけだぞ!?


「≪哀れなる獣は頸木を与えられ囚われた、四肢を奪われ、牙をも失おうと吠えることをやめぬ獣を飼うことならず。王命は下された! その獣の首を刎ねよ! インフィニィ・デスサイズ!≫」


 やっべ、対物即死魔法じゃん!

 おもっくそ横っ飛びで避けると部屋の壁が細切れになって吹き飛んだ。


 さすがは救国のマリア様がレベル五十で最後に覚える魔法だ、威力がパネえな! なんでそんなもん使えるんだ魔導学院生ハンパねえな!


「≪破滅の雷光 破邪の雷光 雷神の怒りは此処にあり 隠匿せし者を暴き その怒りを以て貫け! ロウフル≫」


 うげぇ! 第三等級とかいう高位魔法に潜伏者用の特攻を加えやがった!


 魔導師と一口に言っても色々いるが魔法詠唱に文言を追加して特攻効果を加えられる魔導師が一番やばい。無詠唱でバカスカ撃ってくる馬鹿はあんまり怖くないが、特攻付きの魔法は殺傷力が桁違いなんだよ!


 だがリリウス君の回避力はすげーぜ。へへん、俺を倒したければ範囲魔法でも使うといいさ。アトリエ壊す勇気があるならな!


「《天に輝くストラの現身よ地上に顕現せよ、ファイアストーム!》」


 伯爵を中心に熱波が押し寄せる。

 範囲魔法やめっ、やめろー!


 一発で壁の石材が泡立って蒸発する高温の範囲攻撃とか逃げ場がねえ死んだ!


 ……………

 ……………………………

 …………………………………死んでない…だと?


 ステルスコートさんが虹色に帯電してるがもしかして防いでくれたのかな?


 思い返してみればダンジョンの転移装置を無効化したり鑑定スキル弾いてたな、今まで試したことなかったけどステルスコート様って魔法抵抗力高いんですかね?

 そーいえば着用時にかかったのって治療系とエルフ王の自白魔法に転移魔法くらいか……

 やっぱエルフ王やべえ。もうベルサークには近寄らんとこ。


「気のせいでしたか」


 ドカカ!


 って言いつつナイフ投げんな! 狙いが精確すぎるわ! なんなのこのヘンテコ執事戦闘能力がダンチでやべえ。


 こりゃこっそり借り暮らしするのは無理だな、寝てる間に始末されるぜ。透明化解除。


「あのぅ伯爵さん」

「おや、あなたでしたか」


 うわぁ白々しいぃ……


「持ち逃げが怖くて様子を見てただけなんで攻撃はやめてもらえませんかね?」

「それなら堂々とそう仰いなさい」

「そうだぞ少年」


 寝ていたはずのルルが起き上がっていた。結界でも張っていたのかファイアストームぶちかましたはずなのにベッド付近だけ無傷とは……


「こそこそついてきてるので一芝居打たせてもらった。悪くは思うなよ」

「ちなみにどうして気づいたの?」

「お嬢様?」

「勘だな」


 ステルスコートを直感で破るとかパネー……


「というのは冗談で神代のマジックアイテムなら学院に残されている物を幾つか解析したことがあるのでね、癖は理解しているつもりだよ。範囲探査魔法を打ち込んだ時に僅かにディスペルバックされる感覚があるのだ。具体的に言えば眉毛一本抜かれた程度の衝撃がね」

「さすがはお嬢様!」

「禁書庫から持ち出した罪で一ヵ月トイレ掃除させられたがな!」

「さすがはお嬢様!」

「ふははははははー!」


 コミカルな連中だと思って侮ってたが、そこいらの冒険者どもとは格が違いすぎる。

 冒険者なんて所詮は騎士にも成れない落ちこぼれ貴族か平民がなるもので、魔導学院生のようなやばい連中こそが将来国家の中核戦力となるのだ。正直サン・イルスローゼ甘く見てたぜ……


「ミスリルの短剣なんぞ持ち逃げして学院卒業をフイにすると安く見られたのは癪だが、仕事をくれた恩で許してやろう。ま、それでも心配なら堂々とここに住めばいい」

「いいの?」


 ここ学院の施設ですよね?


「構わん、別に咎める輩もおらんでな」


 その咎めるべき寮監さんはどこに行ったんですかねぇ……

 普通いるでしょ? いるはずですよね? どこいったの?


 この後詳しく聞いてみたところ銀サソリ寮は学院創設時から存在する由緒正しい男子寮だったが老朽化が進み取り壊しの話があったらしく、改装費用を出すことを条件に卒業までの三年間の私物化を認めさせたらしい。改装といっても錬金術の応用による百パー人件費(自分の労働力)らしいので一年かけてコツコツ作り変えたとか。

 ちなみに人骨はイミテーションらしい。

 よかった死人はいなかったんだね!


 十倍ポーション飲んで心臓破裂した奴だれぇ!?


 気になることは山ほどあるが五日間お世話になります。


 そして翌日、俺は怒声一発で目覚めることになった。


「なんで起こしてくれなかったんだ!?」

「快眠なされておいででしたので」

「くそー! 遅刻だああああああああああ!」


 部屋の外が妙に騒がしいと思って廊下に出てみるとルルがスカートからブラウスをはみ出したまま外に走り去っていった。トースト咥えたまま登校する子初めて見たぜ。


「なんの騒ぎ?」

「授業に遅れそうなので大慌てなのです」


 素行悪いというわりには真面目に授業出てるんですね……


「一コマ目は錬金術史なのですがお嬢様は後一回欠席すると単位をやらないと言い渡されておりまして、ぶっちゃけ留年ギリギリなのです」


 ちなみに遅刻三回で欠席一回扱いになるらしい。

 そんな状況であると知ったうえで起こさないとかドSなの伯爵? てゆーかあなたは出席しなくていいの? 生徒なんでしょ?


「こんなこともあろうかとお嬢様の懐中時計は十五分進ませております、お嬢様の足ならば開始十分前には教室入りできるでしょう。これを教訓に明日からは早起きを心がけてくださるとよいのですが」

「伯爵さんいい性格してるよね……」


 ほんでこの人はなんでまた袖まくりなんて始めたんでしょ。


「つまりわたくしに与えられた時間も十五分余り。キッチンの清掃パジャマとシーツの洗濯これらを十五分でこなすなど不可……いやできる! わたくしは執事だ、執事ならば困難など涼しげにこなしてみせろ!」


 急に自己啓発し始めたかと思えば伯爵が光の速さで洗濯を始めた。外の井戸から汲んだ水を使ってタライで洗濯物を泡々にしていくぜ。


「く! こんなペースで間に合うものか、音を超えろ光を超えろ時間を超えろ! コンラッドお前の本気はその程度かッ!? うおおおおおおおおおおお!」


 凄まじい速度で洗濯を終え、ピンクのパジャマや真っ白なシーツに同級生の下着を物干し竿に吊るしあげやがった。屋上では清潔な洗濯物が風になびいて爽やかな光景だぜ。


 伯爵はそれに満足することなくキッチンを掃除し、十五分どころか十二分で全部終えやがったぜ。


 サン・イルスローゼの変態はどいつもこいつも楽しそうに生きてやがるぜ。

 そういやカトリたん元気してるかな?

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― 新着の感想 ―
なんだこの寒いノリは
[良い点] コンラッドさんの独白が鳥人間コンテスト出場大学生に見えましたよ 更新ありがとうございます!
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