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五大国会議

 涼しげな十一月が瞬く間に過ぎていく。


 グランナイツに加入した俺がなぜか料理に走り、バトラはフェイと意気投合して一緒に修行したりと何かと忙しい十一月が過ぎ去って十二月になった。


 その間に俺は俺でかなり悩んでいた……

 以前シシリーたんには「俺は過去を振り返らない男なのさ」なんてカッコつけたけど……


「そんなわけあるかボケぇぇぇ! そんなあっさりした性格になれるなら、そもそも泣きついたり愚痴聞いてもらったりしないんじゃぁあああ!」


 なんて月に向かって叫ぶ夜もあった。


 毎夜おフトゥーンに入る度に、今頃カトリたんとハンス君がナニをしてるのか想像してしまい……


「うがああああ! うがああああ!」


 シーツを噛みながら身悶える夜が続いた……


 ある満月の日、俺はこっそりカトリたんの家に行った。

 ステルスコートを使って遠くからこっそり顔でも見て帰ろう、そう思っただけなんだ。


 満月の夜、カトリたんは屋根の上で寂しそうに膝を抱えて月を見上げていた。

 抱いた膝に爪を立てながらじぃっと月を睨むその姿は寂しげで、なぜか俺まで苦しくなった。


「リリウス君……?」


 一瞬ドキッとしたけど、どうやら見えているわけではないらしい。


 いないよ、俺はいないんだ。

 聴こえるわけもないのにイイワケみたいにそう呟いて、カトリたんの隣に座る。


 隣は見ない。いつも明るい彼女の、こんな寂しそうな姿見ていられるわけがない。


 二人並んで月を見上げる。

 真っ白な月はとても冷たくて、センチメンタルな気分になるよね。


 それだけさ、きっとそれだけの理由なんだ……


「寂しいよ」


 俺もだよ。

 何かが足りないって胸に穴が空いたみたいに、ずっと苦しいんだ。


「どうしてなの?」


 どうしてだろうね。

 家出した理由かな? 愛を信じらなかったのが? それとも目の前にいるのに顔も見せない理由?


 どうしてなんだろうね、俺にだってよくわからないんだ……


「あたし、どうしたらいいかわからないよ」


 俺だってわからないんだ。

 恋愛は男と女のゼロサムゲーム、言葉とかけ引きで最大限の利益(たのしさ)を手に入れるゲームだなんてイイワケを始めたのはいつからだった?


 本気になると傷つくから、のめり込むと痛い目をみるだけだから、フラれた後に「あの女とはもう充分楽しんださ」なんて言い訳を始めたのは本当にいつからだっただろう……


 そんなワケあるか。

 フラれたら傷つくし、遊ばれたら悔しいだけで何も残らない。


 本当の愛が欲しい。誰かの替わりじゃなくて俺だけを愛してほしい。俺だけを特別に愛してくれる人を見つけたい。

 見つけて、その人を心から愛したい。

 俺の持ち得る愛情を一欠片も残さずに捧げたい。

 そう願っていたはずなのに、いつの間にか強がって効いてないフリをするのだけが上手くなっていたんだ……


 グランナイツに加入したこの一月くらいの間に、ユイちゃんとはそれなりに距離が縮んだと思う。

 まだ付き合うとかどうとかなんて話はしてないけど、すごくうまくいってるんだ。


 でもユイちゃんの愛情こもった眼差しを、仕草を、触れあう手の感覚を、感じる度にどうしてかカトリたんを思い出してもやもやする。


 ユイちゃんの透き通る瞳に宿った感情が愛なのなら、どうしてそれはあの変態の瞳とかぶるのだろうか……


 繋いだ手を握る柔らかくて強いちからが愛なのなら、どうしてそれがあの変態と同じに感じるんだろう……


 すでに証拠は積み上げられた。

 俺なんか所詮はいつでも誰とでも替えられる代替品。

 レイシスとかいう本物への憧憬を慰める一時の代替品。

 特別じゃない、俺でもハンス君でも他の誰でもいい代替品だってわかっているんだ。


 無数に積み重なった証拠が変態の虚言と欺瞞を暴き出し、あの女を信じるなって教えてくれる。


 そもそも好きだから一緒にいたわけじゃない、好かれているから一緒にいただけなんだ。


 そりゃ好い女だったのは認めるさ。面も好きだし体もつき好きだし底抜け明るい性格も好きだし笑う時少しだけ首を傾ける仕草も好きだし悩んでるとすぐ気づいてくれるのも好きだしご飯を美味しそうに食べてくれるとこも好きだし……


 俺は本当にどうしちまったんだろうね……


「好きだよ」


 嘘でもそういうのはやめようね、泣いちゃうからさ。

 俺だって好きだよ。いつの間にか好きになっていたんだ。

 離れてみてようやく気づいた、君が好きなんだ。もうどうしようもないくらい好きになっていたんだ。


 俺は何も言わずに立ち去った。

 この気持ちを言葉にすることが、できなかったんだ……





 十二月四日、五大国会議を五日後に控えた王都ローゼンパームの空気はお祭りを前にした熱気にも似ている。


 実際お祭りみたいなものらしい。

 闘技場では各国の腕自慢が武を競うし、公園は各国の郷土料理を出す屋台で溢れかえる。開催中の四日間は王都のあちこちで会議関係ないイベントが開かれるらしい。お偉いさん方が上で色々やってるから俺らも何かやろうぜって感じらしい。


 東方移民街の顔役レイリー・チェン氏も「東方移民の意地を見せつけねばならない!」とか言ってやる気満々だ。移民の静かな暮らしを守りつつも客足が欲しいとか面倒くさいアイデアを求められたので、


「エロい恰好して屋台でも出せばいいんじゃね?」


 って言っておいた。当然却下された。


 彼の女傑と知り合った経緯についてはいずれ語る事もあるだろうが、ネタバレするとトキムネ君のお知り合いだ。経営する娼館のオーナーさんで以前用心棒をしていたらしい。その娼館バトラがぶっ壊したらしいけど何があったのやら。


「あ、バトラさぁ~ん!」


 ギルドに顔を出すとルーが何やら話があるみたいで、大量の書類を持ったままバトラの下へと駆けて……こけた。

 書類が降りそそぐぜ。さすがルーは安い女だな、何の意味もなくパンチラ披露するなんて安すぎるぜ。ほら手貸してやんよ。


「まったくもう、気をつけろよ。怪我してないか?」

「あなたに手助けされるのは複雑ですぅ」


 あれ、俺ルーから嫌われてる?

 特にやらかした覚えないんだけどな。俺の安いはむしろ誉め言葉だよ?


 バトラとルーが話し込む。その間俺らは勝手にクエストシートを見て回る。トキムネ君は迷いなく酒場行くのやめようぜ。


「その件は断ったはずだがな……」

「お願いしますぅ! 頼んでいたクランが義賊に壊滅させられちゃって、本当に困っているんですぅ!」


 ルーがものすごい目で睨んできた。俺もサッと目を逸らした。

 なんか知らねえけど俺のせいで困ってる奴だなこれ。バトラまで睨んできたのであさっての方向向いて口笛吹くぜ。


「この種の依頼は人格的に問題ないクランに優先して依頼されるのだと思っていたがな」

「ルクスアーデさんは良い人です! 疲れている時にキャンディくれたり悩み聞いてくれたりおうちに誘ってくれた事もありました!」


 あぁ、あのロリコンか。

 街頭でお花売りしてたロリに金貨チラつかせて、白昼堂々安宿に連れ込もうとしてたからケツを破壊してやった超絶イケメンだな。


「…………(ちらっ)」

「…………(コクコク)」


 状況をお察ししたバトラが俺と兄弟愛コンタクト。


「それをあの人はルクスアーデさんがハンサムだって理由だけで! 許せない!」


 バトラが、なおも俺への罵倒を続けるルーの肩をポンポンと叩いていてなだめている。

 こいつ優しい奴だな。そういえばアルドの面倒もよく見てたし、年下には無条件で優しくなれるタイプなんだよな。俺にも優しくなれよ。


「ルー、君はもう少し人を見る目を養った方がいい。そいつは変態だ」

「ほへ?」

「だがリリウスを警戒するのは正しい。あいつは悪魔だ」


 だから俺にも優しくしてください!


 とりあえずルーにも説明してやる。段々顔面蒼白になってきたね、わかるわかる、だってお前変態の餌食になりかかってたもんね。変態って怖いよね。


 しょんぼりしちまったルーを置いてバトラに質問です。


「依頼の話だったか?」

「依頼なんてちゃんとしたものじゃないさ。五大国会議の最中は何かと町が騒がしいらしくてな、市内で揉め事を見つけたら仲裁してほしいってだけさ。一応報酬も出るが日当で銀貨二枚だ」


 ショボいな、マクローエン家の子供の小遣いじゃんか。


「別に四六時中見回りしてろってわけじゃないらしいが、それでも都内で待機する必要がある。銀貨二枚のために他のクエストができなくなるのは容認できない」


 クランリーダーなら当然の判断だろうね。

 グランナイツでは報酬の三割を積み立てして残りを均等分配してる。積み立て金はクランハウスの家賃とか各種ポーション代になる。他にも出物の良い装備を見つけたら相談の上購入して必要な奴に使わせるそうだ。良いリーダーしてるんだよねこいつ。


「ボランティアは余裕のある奴に任せるべきだ、と言いたいところだが」

「やるのか?」


 ジロリと睨まれる。

 事情は理解したがお前のせいだって自覚はしておけって目つきだ。俺以外が見たら殺そうとしてる目に見えるけどね。


「ルーには世話になっている。無下にするほど俺も人でなしではないさ」


 しょんぼりしてたルーの顔をパァっと明るくなる。

 バトラなら安心して優しくされていいぞ。こいつツンツンした吊り目の同級生フェチだから。


「バトラさん……!」

「みんな集まってくれ!」


 安い女が持ってきた安い依頼を受けるかって話をしたらみんな口笛ピーピー吹いての大歓迎である。


「いいじゃなーい。ねね、お祭り回ろうよバトラ!」


 隙あらばデートに誘うラトファさんパネー。


「そーいやそんなイベントもあったな。あの酒祭りなんつったっけ?」

「国際酒家サミットですか? 陽光公園を貸し切って世界各国から集めた地酒が楽しめるというものですね。そもそもは赤面王のあざなで呼ばれたフェルロー王(在位574~592)が宮廷で開催していた催しが民間まで下りてきたのが始まりと言われています。たしか……」


 マジで何でも知ってるよね。歩くウィキペディアか何かなの?

 よし俺もボケるか。


「俺とデートしたい人手を挙げてー!」

「「はい!」」


 トキムネ君!?

 事情を聴いてみるとお金ないからたかる気らしい。


「これやっから邪魔すんなし」

「いつもすまねえなあ」


 トキムネ君はその後、クラウと酒を飲む約束を取り付けてた。絶対クラウにおごってもらう気だ。そんで渡した銀貨五枚は夜のムフフに温存する気だな。


 ユイちゃんが手を握ってきた。


「楽しみですね」

「そうだね」


 耳元で囁くユイの表情がどうしてか変態とかぶってしまい、俺は……

 その眩いばかりの輝きから目を逸らした。





 十二月八日、五大国会議参加国の王都入りが始まった。


 ローゼンパームの南西を流れる大河リスグラに入港した船から降り立った各国の大使はサン・イルスローゼ黄金騎士団護衛の下、帯同を許された数名の自国騎士とともに乗車し聖アルテナ大通りを北上、沿道に集まった大勢の市民に見守られながら王宮を目指す。


 異国情緒溢れる民族衣装ラトゥルテに身を包み、宝石を象嵌したターバンを巻くのは南大陸最大の版図を誇る『砂のジベール』の全権大使ムハンマド第六王子。

 若く才気あふれる王子は気さくに沿道の人々に手を振っている。


 華美なドレスではなく勇ましい軍服姿、帯同する騎士さえも容色に長けた女性で固めるのは『ベイグラント統一王朝』のラスト第二王女。

 薔薇騎士団の団長を務める勇ましい女性ながら誰よりもたおやかに微笑み、沿道に集まった人々を魅了している。


 巨大な経済力を背景に躍進を続ける『トライブ七都市同盟』からはサルマン・レスタ市長ご本人の出席である。

 魔導協会が公認する六人の賢者の一角、青の賢者は一際大きな歓声にも応えず、瞑想するように目を閉じたままだった。


 会議参加者の行進をじっと見つめる者がいる。


 ローゼンパームで最も高い聖堂の大鐘楼にのぼり、毎日三回鳴らす鐘の音色で時刻を伝えるファティマの大鐘の隣に立ち、眼下を往く参加者を見つめるのはルーデット卿だ。


 あの日、シュテル騎士団長から二つの要請があった。


 一つ目は旧友ライアードの人物評価。


 二つ目は自重。クラン『トライデント』は会議の間は決して動かぬ事を強制された。要請ではなく強制だ、騎士団から監視役を派遣されて会議の間は一歩も外に出ぬようにと実質上の軟禁処置を受けている。


 これに違反すれば騎士団はトライデントを排除する大義名分を手に入れる事になる。


 騎士団長シュテル殿下からすればトライデントは目の上のたんこぶ。亡命者の群れとはいえ、他国の軍隊が堂々と王都に拠点を構える様を苦々しく思っている事だろう。今日までトライデントが活動できたのは、ルーデット卿の類まれなる政治力が騎士団を抑えつけていたからに過ぎない。敬意を払っていると言いながらも卿がルールを破ればシュテル団長は嬉々として潰しに来るだろう。


 それでも彼は動いた。派遣された騎士が自室の前を固めていると知っていて、抜け穴を使って脱出した。


(私はどうして来てしまったのか……)


 これが危険な賭けなのは理解している。

 絶対に動くべきではないと理解している。


 なのに彼は来てしまった。


 ただ遠くから見ることしかできないのに、長年をかけてここまで大きくした組織を危険に晒してまで来てしまった……


 愛息レイシスの名を騙るニセモノを見るためだけに。


(これが我が身の破滅を狙った罠だとしたらストレリアには拍手を送るしかないな。我が身の破滅を呼び込むと知っていて来ざるを得なかったのだから……)


 海洋国家フェスタの、海の女神クライシェの横顔と三又の槍を金糸で縫い上げた青地の旗を押し立てた馬車がやってきた。


 今年で二十九になる若き総艦長が気さくに手を挙げると、民衆が歓呼の声とともにその名を口にする。ライアード総艦長と。


 若き総艦長の姿を見た瞬間、ルーデット卿の眼に蘇ったのは九歳の利発な少年だった。


『アルトリウス、あなたを僕の船に乗せてあげるよ!』


 刹那、胸に走ったのは若き日の約束と鉛を吸ったような胸の痛み。

 かつて同じ師の船に乗り込み、四つの海を気ままに旅した少年への友情は未だ薄れていないという事か?

 それとも恨みの類だろうか?

 どちらかなど、彼にさえもわからない。


 ライアード・バーネット。

 フェスタの簒奪皇帝ストレリアが掌中の玉のように愛する甥。

 そしてかつては実弟のように可愛がった友であり、だが妻子を処刑した女の甥である。


 胸の中で痛みを発する感情を、友情か怨恨のどちらか一つに分ける事はできない。

 愛しながらも憎み、憎みながらも愛する。

 その矛盾には笑いさえも出てこなかった……


(己の心さえも御せぬとはな……)


 フェスタの馬車には一人だけ奇妙な人物が乗っている。

 真っ青に染めた外套の、一人だけフードを下ろして顔を隠している男だ。


(我が子の名を騙る者はお前か? 姿を現せ、お前はそのためによこされたはずだ!)


 男がフードを取り払った。


 フードの下から現れたのは才気に溢れる顔つきをした、目も眩むような貴公子だ。

 無敵艦隊の軍服に、肩から斜めにかけた藍染めの帆布をアクセントにした貴公子が手を挙げると民衆の声はさらに大きくなる。


 ルーデット卿は貴公子の美貌から目を離せなかった。


 鼻筋の通った高い鼻梁、切れ長のとび色の眼、緩やかにウェーブする髪質の長い髪……

 まるで過去を映し出す鏡のように、己そっくりの貴公子から目を離せるはずもなかった。


 見ればわかると思っていた。

 どんなに精巧なニセモノを用意しようと一目見ればわかる。親が我が子を見紛うはずがない。

 ストレリアがどんな卑劣な罠を用意しようが、必ず打ち砕いてあの高慢ちきな鼻っ柱をへし折ってやる。そういう気分でいた。


 しかし今はもう何も考えられなかった。


「…………レイシス」


 ファティマの大鐘が正午を告げて鳴り響く。


 歯車仕掛けの大鐘楼を動かす聖堂の老父は知るまい。

 カラーンと鳴り響く大鐘の隣に、神の教えを求める哀れな信徒がいるなどと決して知るまい。

 危機察知 スキル解説


 スキルは大まかに分けて三種ある。

 タレントスキル、神々の加護である生来持ち合わせた才能。

 アーツスキル、生涯の過程で習得し得た特別な技術だ。戦闘職種の者はバトルスキルなど呼ぶがね。

 そしてパッシプスキル、その者が特殊な経験を経て発芽する後天的な才能を指す。


 技術スキルと呼ばれるものは我々魔導師が後天的に習得した魔法技術や戦闘技や職人技を指す。コップを掴んで口に運ぶのをわざわざ技術とは言わぬように万人が当たり前に可能ではない特殊な技を指すのだと理解すればいい。


 技能スキルには例えばこんな話がある。ある狩人が手強い獲物と戦い瀕死の重傷を負った、一年の時を経て落命寸前という大怪我から回復した狩人は不安で仕方なかった。こんなにも長い時間山に入っていなかったのだ自分はきっと狩りができなくなっていると。だが不思議な事に山に入った狩人の感覚は今までになく研ぎ澄まされていた。遠くにある小川のせせらぎが聴こえ、梢を渡るリスの数を音だけで把握でき、茂みの向こうにいる獣がどの程度危険なのか手に取るようにわかったのだ。その者が生来持たぬスキルに後天的に目覚める現象を我ら鑑定師は発芽と呼ぶ。

 無論大怪我をしたから目覚めるなんて安易なものではないよ、とある村で一番と呼ばれた狩人は齢八つで山に入った日から六十を数えるまで一度も怪我らしい怪我などした事もないのに発芽していた。彼曰く十代のある日突然山のすべてがわかるようになったらしい。彼はこれをスキルが発芽したせいだなんて考えてもいなかったがね。

 私の経験上これだけは言えるがパッシプスキルの発芽に一定の過程は存在しない。ある者がこうした経験を経てスキルを発芽したのだから私も同じ経験をすれば目覚めるというものではない。ある日突然何の脈絡もなく本人の自覚さえなしに目覚める不思議なちからだと認識すべきだ。理由の後付けくらいはできるがね。


 天性と努力が対極であるようにタレントとアーツには類似性はないが、パッシブは他の二つと類似する特性がある。

 タレントとパッシブは所持しているだけで効果がある。

 アーツとパッシブは使用頻度に応じてその強度を増す。無論減退もするね。

 ここまで講義を受けて気になっている者もいるだろう。そうアシェラ神殿の鑑定師はタレントのみしか鑑定していないではないかと。タレントしか見えていないのなら、どうしてアーツやパッシブの存在をあたかも見えているように話すのかと。

 結論から言えば我ら鑑定師は相対する全ての者の名から能力、健康状態、三種のスキル全てが見えているよ。だが鑑定師がシートに書いて寄こすのはタレントのみだ。

 これの説明はとても簡単だアシェラ神殿正統教義派は神々の加護であるタレント以外の情報を明かすのを教義に反すると考えているからだ。

 ルル君、例えば君が自身の努力により魔導に有益なパッシプスキルを得ているにも関わらず魔法の才能はこれっぽっちもないと紙に書いてよこされたらどうするね? うむ才能などクソ食らえ誰かの言葉に惑わされるなどそれこそ才能のない証差ときたか、非常に好ましい答えだが君に聞くのではなかったな。

 では伯爵はどうかね? そうだね、すっぱりと諦めて別の道を進む者もいるだろう。正統教義派は神々から与えられた才能こそがその者の運命と考え、運命以外の道は邪道とする事で才能以外の情報を与えるを教義違反としているのだ。と言えばもっともな理由ありと考えられるが実際は利権の独占に過ぎない。

 正統教義は人格に影響を与えるスキルの有無を見抜きパラメータを把握すれば政治的軍事的に有利と判断したフェニキア王家が作り上げた虚構の思想に過ぎぬ。アシェラ神殿六千年の本来の歴史はフェニキア王家が神殿の要職を独占した時期から歪められ、奴らは神殿の歴史を四千年と騙り出した。全てのスキルを万人に開帳していた二千年分の歴史を葬り去ったのだ。


 確かに才能の全てを詳らかにしては道に迷う者も出るかもしれない。だが才に目覚めた者にその道を進ませぬのも悪しきとは思わんかね? 有益な発芽を無駄にするは努力の否定ではないだろうか。そうした現状を憂い神殿から離反したのが我ら原典回帰派なのだ。


 才の全てを明かした上で可能性を信じ本人に選ばせる原典回帰派と神々の指し示すままの道を歩かせる正統教義派、どちらを悪しきとするかは諸君らが決めたまえ。私はただ諸君らの栄達を願うのみしかできぬのだから。


 もう時間か、しまったな試験範囲は今日中に終わらせるつもりだったのだが……

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語が嫌な方向へ動き出してる匂いがプンプンします どんな事になっても頑張って読まないと… 更新ありがとうございます!
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