番外編 料理男子リリウス
短話です。
本編のシリアスな空気に耐え切れなかった……
異世界転生してからそろそろ七年だか八年だかが経とうとしている。
六歳の時に転生した記憶に目覚めて今が十二で年明けた二月で……うんだいたい七年だわ。
その間に色々と試行錯誤してきた。
異世界転生ものによくある知識無双しようと企んだのである。
しかしそれは言い換えれば失敗の歴史であった。失敗は成功の母とはいうが失敗は散財と後悔を産むだけで端的に言えばチャレンジし続ける資金が足りなかった。
月のお小遣い銀貨二枚なんだ! 貴族なのに! ねえ信じられる!? 中堅どころの商家のボンボンの方がよほど贅沢してるんだよ!?
マクローエンの町で作らせたホットドッグは不人気な新メニューで終わった。調味料マジ大事。
マスタードはあるんだけど高いんだこれが、トマトケチャップを開発しようとトマトを探したが帝国には存在しなかった。
トンカツを作ったが肉はくせえし油の質も合わないので微妙。
帝国で一般的に使用されるエスカ油はにおいがドぎつくてね。あれ火を吐く魔物から牛乳みたいに搾り取ってる奴だから獣くさいんだ。菜種油みたいのもあるけど一抱えの壺一つで銀貨八枚の高級品でうーん庶民には手が出せねえ。
マヨネーズはね、すでにあるんだ。帝国だと生野菜にマヨつけて食べるのが一般的だね。
俺は料理上手なナイスガイだ。
高校の時ラーメン屋でバイトしてたし一人暮らしが長いおかげで洋食中華日本食だいたい作れる。
しかしこのレシピのほとんどは無価値なのだ。だってさ、調味料売ってねえんだよ! 醤油と味噌はどこで売ってるの!? カレー食いたいけどスパイスの炒めかたなんて知らねえよ!
この世界は基本的に価値ある情報や技術は個人が隠匿している。
レシピは基本的に料理人の頭の中にしか存在せず、弟子が何年もかけてこっそり盗み出すものなんだ。
日本人の心ともいえる醤油や味噌を再現したいと何度願ったことか。しかし作り方なんて知るわけがない。醤油も味噌もスーパーで買う派で製法なんて調べたこともない。大豆が原料ってくらいしか知らない。
安〇先生……調味料が欲しいです。
調味料さえあれば俺はファミレスだって開けるのに……
グランナイツの厨房を預かる俺はみんなからうまいうまいイケルイケルと賛辞を貰いながらも……
「俺の本当の腕はこんなものではない!」
と日々悶々としていた。
この貧乏舌の庶民どもを俺様の異世界料理スキルでギャフンと言わせたい。
外食は高いからリリウス君に作ってもらおうか!なんて不本意なセリフ二度と聞きたくない。
それはつまり金があったら三食外食の方がいいってことじゃないか。ぶっ殺すぞって感じだ。ユイちゃんが皿洗い手伝ってくれてなかったらグランナイツは俺の怒りのスプーンで十回滅びてる。トキムネ君は百回殺してる。
皆が寝静まった深夜遅くまでレシピの研究をしていると二階からトキムネ君が降りてきた。
着流しをだらしなく気崩したトキムネ君は鍛え上げた腹筋がまる見えな有り様で、筋肉フェチの女性ならヨダレを垂らして凝視するほど逞しい戦士の身体つきを惜しげもなく晒している。
これでお顔がもう少し良かったらモテたのに残念だね!
お前の顔面は精悍っつーか野犬みたいで怖いんだよ!
「……ん、なんだリリウスかよ。怖い面してどうした?」
「お互い顔のことは触れないようにしようぜ、残念な結果が待ってるだけだ」
「お前はともかくオレはそこまでアレじゃねえぞ!?」
結論、二人ともブサイクな上に目つきが悪いのでした。
「だからオレはブサイクじゃねえ!」
いやいやしつけーな、お前もブサイクだよ。むしろブサイクオブブサイクだよ、立派なトロフィーで表彰してやるぞこの野郎。
「……もしかして料理の仕込みか?」
「いや、新レシピの開発中」
「ご苦労なこったな~……真面目なところは兄弟一緒か」
バトラと一緒にすんなし。
バトラはあれから修行が足りないとか言い出して暇さえあれば鍛錬してる。カトリたんの技能から着想を得たらしく、チャージ系の技を中心に磨いている。
「ま、頑張れや」
「トキムネ君どっか行くの?」
おい目を逸らすな!
散歩くらいに思ってたのに怪しいお店に行くのかと邪推しちまうだろ。俺も連れてってください!
「いや、別にやましい店に行こうってわけじゃないんだがな……おいなんでガッカリしてる。行きたいのか? 行きたいんだな?」
「トキムネ君のおごり?」
「すまんがオレも手元不如意ってやつでな。ついで言っとくとお前の期待してるエロい店じゃねーから」
トキムネ君は宵越しの金は持たないタイプなので基本的にお金がない。むしろバトラから借金があるくらいで人様におごってる場合じゃない。
しかしアダルティーなお店じゃないならどこに行く気だ?
「いやな、真面目に精進してるお前の前でこういうのは大変心苦しいんだがな」
いやそういう殊勝なイイワケいらないです。本題はよ。
「たまに故郷の味ってのが恋しくなってよ、夜食でも食いに行こうかってな……」
なるほどそういうことか。サムライっぽいトキムネ君はいわゆる脱藩浪人的な存在でこのサン・イルスローゼに流れてきたんだ。
舌が寂しい気持ちはよくわかるぜ。でも俺の故郷異世界だから食いたくてもね……
「お前も来る?」
「ん~~~~~、いく」
塩と砂糖とお酢と野菜ダシによるレシピ開発も煮詰まってきたところなので、新たな着想が欲しい。
ヒントさえあればこのままならない現状から脱却できるかもしれない。
ルー・フー・ルーアンは王都南西の外壁外にある下町の名称で漢字に起こせば東方移民街と書く。
建物と建物の間から吊るされた色とりどりの提灯によって七色に照らされた移民街はエキゾチックな感じでとってもイイネ。今度ユイちゃんとデートに来よう。
「へえ~~~めっちゃ中華」
階段だらけの狭い小路に小料理屋や屋台が立ち並ぶ様は壮観の一言、なにより焼売りのいいにおいが食欲をそそるぜ。めっちゃ懐かしい中華のにおいする~~。
でもトキムネ君は食欲誘う香りの中をずんずん突き進んでいくぜ。
こいつは期待できるな!
「へっ、期待していいのかい?」
「任せろよ」
トキムネ君はこんな時だけ頼もしいぜ。
目当ての店は階段と階段の間にある踊り場にぽつんとある露店だ。
頭のハゲあがった老齢の店主は豆電球みたいな見た目なのに明るく生きてるね、上機嫌な鼻歌を口ずさんでる。
「よお、何かいいことあったのかい?」
「今しがた客が二人も来たせいでさぁ」
愛想笑いする店主につられて俺も愛想笑いを浮かべ、木製のスツールに座る。
日本人の心を持つ俺にとっては座れば何の屋台かは一目瞭然だった。
黒々とした液体の中に無数のネタが浮かんでいる。おでんだ。
「おやっさん熱燗つけて、とりあえず二本な」
「あいよ」
おやっさんがとっくり二本を湯に浸ける。
俺はぼんやり異世界のおでんネタを見つめる。定番の大根やつみれのような練り物に串ものはあるね、でもコンニャクや白滝はなし。
見た事もない野菜の輪切りも多い。うーん異世界おでんだわー。
「おやっさん、酒に合うの適当にみつくろってくれ」
「あいよ」
よく味の染みているおでんネタが五つ載った小鉢を出される。
まずは汁からすするがこいつはうめえや。魚介の味がよくでているね。
「いけるね」
「だろ?」
この後めちゃくちゃおでん食べた。
温めの熱燗とおでんの相性は抜群で酒が進めば会話も進む。
「ずっと疑問だったんだが洗濯物は外に干してるよな?」
「うん?」
「ユイとラトファの下着を見た事がねえって話だよ」
仲間内で下着ドロはやめようね。
俺本気でお前殺しにいくよ? これは嘘じゃない奴だよ?
「ユイなら見られるの嫌だから室内干しにしてるよ」
「ケチくせえな、そのくらいサービスしろよ……どうしてユイに限った?」
「エルフは下着はかないぞ」
「マジかよ!?」
そわそわするのやめろよ。
俺はとりあえずラトファに下着をプレゼントすると決めた。もちろんバトラ経由だから全員幸せコースである。
「ここだけの話クラウには気をつけろよ」
「まさかホモなのか?」
「……いや、あいつたぶんユイ狙いだったろうからお前やばいって話だよ」
なるほど。痴情のもつれは恐ろしいね。
あのメガネ君頭脳もキレる上に戦闘能力だけでもバトラ並みだからな。トキムネ君換算だと七トキムネ君はある。
「怖いなーめっちゃ怖いわー……」
と言いつつおでんのつゆをすする。
懐かしい味だわー、心にしみるわー……
…………
……………
………………………!?
「これ醤油じゃね!?」
「オレの故郷の味食いに来て醤油じゃねえのはまずいだろ。つかお前醤油知ってんの?」
「当たり前だろ!」
「なんだその勢い……」
トキムネ君普段強気なのに強気でいくと腰引けるの早いよね。
ビビリなんだよね。
「そっかそっか。バトラは口に合わなそうな顔してたから誘うのやめてたけど、今度からお前誘って食いにくりゃいいんだな!」
「金は貸さないぞ」
「リリウス様ァ! 返すから、次のクエスト終わったらソッコー返すから熱燗もいっこ頼ませてくれよ! っつかここの支払い持ってくれよォ~~~~!」
ちょ―――抱き着くのやめろや!
故郷の髭面冒険者バーンズ思い出すだろ!
あああああああああああ! そういやあいつに金貸してたの忘れてた!?
とりあえずトキムネ君は今はいいや。
「おやっさん、醤油っておやっさんが作ってるの?」
「いやいや、あっしもたいていの物は作れやすが醤油はね。欲しいんですかい? 大陸のお武家さんなのに料理するんですかい?」
「欲しい! 俺めっちゃ料理作る系男子だもん!」
「珍しいぼっちゃんだ。あぁ醤油なら潰れた酒造を買い取った知人が作ってますよ。俺ら東方人向けの小さな商いですが店でもきちんと売ってやす。場所教えましょうか?」
「ぜひ!」
翌日俺はソッコーで醤油を買いに行った。
味噌もあったぜ!
その日の昼食、俺はクランハウスでめっちゃ鍋振ってる。
醤油屋さんで色々聞いて他の店も紹介してもらって、中華鍋とか食材とか調味料を金貨二十枚分買い揃えた。
故郷の味が懐かしい東方移民のみなさんはコミュニティ内でお金を出し合って、故郷の味の再現に取り組んでいるんだそうだ!
移民の中には土地を買って共同で米を栽培してるやつまでいるそうな。すげえ!
「燃え盛れ! わはは、わはは、わは!」
「すげー楽しそうじゃん、あいつ本気で料理好きなんだな。昔っから?」
「そういえば色々作ってたな、名物料理作って貧しい領地に客を呼び込むとかいって……どうした?」
「泣いた。あいついい奴じゃん」
「…………」
おい、なんで黙るんだバトラ。
リリウス君はいい奴でしょ!?
まあいいや完成したし。
「へい、回鍋肉おまち!」
「和食作ってたんじゃないのかよ!?」
るせーな、お前ら大食いなんだから手間かかるの作ってらんねえんだよ。
煮込んでる魚の酒蒸しはユイちゃんと後でゆっくり食べる。
白米と回鍋肉をスプーン(注きれいなスプーンです)で食べたみんなが一瞬の停止のあとガツガツ食べ始めた。ラトファ以外だけど。
「普通にめちゃうめえな!」
いやどっちなんだよ!?
「フッ、やるな」
お前カッコつけずに褒められないの?
めっちゃガツガツ食いながらカッコつけるのやめようぜ。口元にお米粒ついてるよ?
「ほぅ、これが東方ふうの味付けですか。以前トキムネ君と行った店よりは口に合いますね」
うまいかまずいかで言って! それ判断つかない奴だよ!
でもスプーン進んでるからよし。
「あたしはちょっと苦手かも」
ラトファはエルフだから京都民のような薄い味付けがいいんだよね。
いつものシーザーサラダ用意してあるよ?
「これおいしい~~~~」
内心でガッツポーズ。ユイちゃんの舌に合ったというだけで勝利確定。
ラトファ用には何がいいだろうか今後の課題にしよう。
粉物いけっかな?
「はい、ユイちゃんには特別にカニチャーハンとバンギーの酒蒸しね。君のためだけに用意したんだ」
「ありがと。リリウスも一緒に食べよ!」
美少女の笑顔ほどキュンキュンするものはない。
最近前より言葉遣い柔らかくなってきたし、関係進展の空気してる。
この後トキムネ君が立ち上がってヒイキすんなとかほざいたから汚いスプーン突っ込んでおいた。
後日、ラトファには明石焼きを作ったら不評でなぜかお好み焼きが絶賛された。
エルフ舌がわからない……




