パートナー・シャッフル 中編
ランク詐欺という因習がある。因業と言ってもいいかもしれない。
中堅どころの冒険者がわざと貧相な装備をし、ランクを偽って新米冒険と一党を組むこの行いはそれ自体に問題があるわけではない。ギルドのルールに違反しているわけでもない。
怪我や老化、心の異常や金欠による装備の売却、何らかの事情によって仲間を失い、上のランクのクエストが辛くなった冒険者など幾らでもいる。
安くても安全な仕事を求めるのは人間として理解できる行動だ。
だが何ら異常もないのに低ランに混じってクエストに出る冒険者もいる。
彼らの目的が蹂躙でさえないのなら、ランク詐欺は忌避されたりしなかっただろう。
女は売れる。男は殺す。
夢を抱いて冒険者になった若者を文字通り蹂躙するランク詐欺には麻薬的な快楽がある。
何度もクエストをこなす内に生まれた信頼を文字通り蹂躙する瞬間の、仲間たちのあの絶望感がたまらなくイイ。
世の中にはそういう暗い愉しみを愛する者どもがいるというだけの話だ。
彼ら悪質な冒険者はこの悪徳をして養殖と呼ぶ。
必死な想いで手に入れた装備や資金を、いずれまとめて収穫するがゆえに養殖。
ギルドは冒険者同士の諍いには無関心を貫き、こうした悪徳が蔓延る現状を静観する。
今日もまた二人、哀れな生贄の少女がやってきた。
夢と希望を抱いて故郷を立ち、この輝ける王都での栄達を願ってやってきて、暗い眼を持つ青年に声をかけられてしまった。
心の中で舌なめずりする青年の外面の良さに騙されて、ギルドには張られていない実入りの良い依頼があるなんて言葉を信じて外に連れ出されてしまった。
そして……
晴天の日、正午前、表通りはあれほど光に満たされているというのに裏通りは暗い影が落ちている。
血塗れた裏通りには倒れ伏す男性が三人。
いずれも刃を抜き、抵抗した後があったが心臓を鎧を貫通して抉り取られている。
いずれの顔にも驚愕が張りついたまま絶命している。
血塗れた裏通りに二人の少女が座り込んでいる。
破れた衣服から零れる乳房を隠しもせず、眼前の蛮行から目を離せずにいる。
「ぐっ…く………」
青年が首を掴まれ宙吊りにされている。
逃れようにも万力の如き剛力から逃れるすべはない。
青年の首をゆっくりと握り潰そうとするのは異国人の少年。
東の大帝国『琉』の民族衣装をまとう、まだ十五になるかならずの少年の眼には憎悪の火が猛っていた。
「お前らのような輩には反吐が出る」
「ぐっ、離…せ!」
「離せば何かできるのか? できるならやってみるがいい」
フェイは言葉通り本当に青年を離した。
自由になった青年は裏通りに落ちていたダガーに飛びつき、フェイへと向ける。
だが青年の目は表通りとフェイを彷徨った。
戦えば死ぬ。
そんな確信が矜持を抑え込み生への道を模索させる。
「覚えてやがれ!」
逃げ出す。矜持をかなぐり捨てて表通りへと走り出す。
その背をフェイの手刀が貫く。
「あ…が……?」
青年の死は、脈動する己の心臓を見つめながらの物となった。
フェイは腕を一振りして血糊を払い落し、身震いしながらへたり込む二人の少女を見やった。
怯える少女らにかける言葉を探すが……見つからない。
(こんな時あの悪魔なら言葉巧みに安心させてやれるんだろうが……僕にそういうのを求めるなよ)
フェイは親切ではない。優しくもない。面倒事を抱え込む気もない。
だが悪人でもない。
彼の倫理観はこの世界において最もフォーマルな物と言える。
悪行を見れば眉を潜め、困っている人を見れば大変だなと理解を示し、だが己の事情を優先する。
今回助けたのはたまたま虫の居所が悪かったに過ぎない。それだけだ。
ふいに脳裏をちらついた燃え盛る里の光景のせいなどではない。
「あんたらに言えるのはただ一つだ。知らない奴についていくな、以上」
「え…?」
「あの……?」
少女たちの戸惑いを置いてフェイは去る。
人生は短く、武の道は遠く険しい。武を志す者はその時間を一時も無駄にはできないのである。女人に溺れるなどもっての他だ。
表通りでは着飾った町娘であふれ返り、彼女らに声をかける同世代の少年の姿だってアリフレているのにフェイの目には入らない。
強者が歩いていれば殺気をぶつけて挑発してやるところだが、中々のってくる奴がいなくて退屈な街だ。
ローゼンパームでは強者ほど慎重だ。
それはつまり強者の上にさらなる化け物どもが存在している事実に他ならない。
(いずれはそういう輩とも武を競うことになるだろう、楽しみだ)
フェイは最近とても調子がいい。
ネームドと呼ばれる強大な魔物を倒し続けたおかげで戦闘感覚が研ぎ澄まされ、着想を得ていた新たな技を技と呼べる段階まで昇華させられた。
一戦ごとに我が身が研ぎ澄まされていくのが手に取るようにわかる。
強大な敵を打ち倒すごとに強さが増幅されていくのがわかる。
それはフェイにとってこの上ない喜びだ。
唯一引っかかる部分があるとすれば、新技の着想は悪魔からもたらされた物ってだけだ。
(今にして思えばあの悪魔との旅路も得るものはあったんだろうな。マンガ…とか言ってた変な技だが試してみれば思いの他使い勝手がいい。魔円斬……使える!)
手のひらに魔力を溜め、刃を鍛えるみたいに圧縮して薄く伸ばして回転させる。
(これだけで絶大な切断力を有する飛び道具になるのだから笑える。あの悪魔は存外機知に富んでいる)
新技を早く試したい。
これは強力なフィニッシュブロウになる。
この技を前提とした戦技をパターン化し、己が強さを次の段階へと進ませる。想像しただけで体が熱くなる。
大通りの向こうから馬車列がやってくる。
奴隷商人の馬車だ。雄々しい一頭のスレイプニルが数珠繋ぎになった四台の馬車を軽々と曳いていく様を横目にちらりと見ていると……
「は?」
エルフを見つけた。大仰な鉄格子の中で膝を抱えて座るエルフを見つけた。
見覚えのあるエルフだ。こんなところにいるはずもないエルフだ。
だって彼女はユークリッド大樹海にいるはずなのに……
フェイは、手のひらで空気を切り裂きながら超回転する魔円斬を―――ぶん投げる。
大通りでの喧騒も遠く離れた小路を少女の手を引いて走る。
息を切らせながらも風のような速さで走り続けたフェイは、少女の身を暗がりに突き飛ばした。
「お前、どうして!?」
暗がりに横たわるエルフの少女はレテ。
あの忌まわしき記憶とともにある滾々と湧き出る泉のレテだった。
「フェ…イ?」
潤んだ瞳で見つめられたせいでフェイがビクっとする。
この反応は想像もしてなかった。
「フェイ!」
涙ながらに飛びついてきたレテを押しのけるなど、できるはずもない。
レテは嗚咽しながら、滾々と湧き出る泉の里の顛末を語り出した。
住居の焼失に加えて多くの男手を失った里は消滅。
生き残りは花吹雪く里に迎えられ、新生活を始めた。
だがレテだけは受け入れられなかった。
花吹雪く里の長老が、滾々と湧き出る泉の轍を踏むを嫌ったからだ。
父ウィルドが激しく抗弁したが結局説得には足らなかった。
「それで僕らの後を追いかけてきたわけか」
「それだけってわけでも、ないんだけどな……」
レテが意味ありげにチラチラ見てくる。理由はさっぱりわからない。
森を出てからはなるべく人族の集落を避けるようにしていたらしい。
最初にたどりついた町で門兵から入市税を求められたが……
レテはそもそもお金の概念を理解していなかった。
「森じゃ使わないもんな」
「お金ってのは聞いたことあったよ、トトノーセ様に見せてもらったことあるもの。金臭くて変なのだと思ってたけどトールマンはあれを集めてるんだね……」
当然ながら税金の概念もない。
町に入るために金を出せって言われてもお金って何?では兵隊もさぞ頭を抱えただろう。
町には入れないながらも行商人や牧場の農奴から道を聞いて、どうにかサン・イルスローゼまでやってきたのだという。三ヵ月の旅路をかなりの大冒険だ。
ローゼンパームまであと少しという場所にある林で、いつものように林の木々を借りて眠っていたら奴隷商人に捕まって、このローゼンパームまで連れて来られたらしい。
「無茶をするもんだ……」
「でもあなたに会えた」
「そりゃそうだろうが、会えない可能性だってあっただろ…………待て」
「どうして僕らを頼ろうと思った?」
「あなたにもう一度会いたかったから、じゃダメなのかな?」
フェイは何もできなかった。
自然な仕草で顔を寄せてきたレテに口づけをされても、何もできなかった。
フェイとレテが合流し、リリウスがグランナイツと合流した同日の昼、そろそろお昼休憩を回そうかってギルドの受付嬢が囁き始めた頃、ものすごい勢いでカトリーエイルがやってきた。
「シシリーぃ!」
「リリウス君ならいないわよ?」
カウンターに勢いよく乗り込んできたカトリーエイルがずっこける。
用事を伝える前に答えが出てきたらこんな反応にもなる。
カウンターを頼りによろよろと立ち上がるとシシリーから書類束で頭を叩かれた。
「良さそうなクランを探しに行っただけよ。すぐに戻ってくると思うわ」
「クラン!? なんで!」
「あら、おわかりにならない?」
カトリーエイルはバツが悪そうに目を泳がせた。
どうやらシシリーは何もかもご承知らしい。そして怒っている。
と思っているのはカトリーエイルだけで、いつも通り呆れているだけだ。
カトリーエイルの少年愛は常に一定量。生意気な少年にも、従順な少年にも、気の合う少年にも、誰にでも等しく同じだけの愛情を注ぐ代わりに、それ以上を与えないのは自らを律するルールゆえ。
いずれ愛せなくなる、いずれ誰か新しい恋人を見つけてもらう、だから踏み込みすぎない。
ブレーキと言い換えてもいい。
ハンスを愛する。
リリウスを愛する。
どちらも等しく同じ分量だけ愛する。
だからリリウスがキレた。
「俺とハンス君、どっちが大事なの!?」
「両方♪」
「カトリたんの馬鹿!」
今まで彼女の下を去っていった何人かも同じ想いだったに違いない。
美しいカトリーエイルに心底惚れ込んでも、自らなど彼女にとっては一時の恋語らいの相手でしかなく、幾らでも代わりのいる代替品だって気づいて去っていく。
愛せなくなったらお別れ。愛しすぎたらお別れ。
砂城ように脆いバランスの恋に、今回はリリウスが耐え切れなくなったというだけの話だ。
「あんたの無駄に覚悟きめた理屈をリリウス君にまで押し付けるな。私からは以上」
「怒ってないの?」
「それは彼に任せるわ」
「……怒ってた?」
「それも彼から聞きなさい。どうせそろそろ戻ってくるから」
カトリーエイルが首をひねる。
オキニのリリウス君はけっこう実力ある方なので、他のクランからすれば欲しがる人材だと思うのに戻ってくるとはどういう意味かって面だ。
「舐められたらおしまいの冒険者が報復するどころかビビって逃げ出すんだもの、あんなの見て加入させようなんてクラン存在しないわよ。危険度ならあんた並みよ」
「あたし危険じゃないよ? 優しい変態だよ?」
「変態の時点でじゅうぶんな危険人物じゃない……」
しかし待てども待てども帰ってこない。
そのうち夕方になってしまった。
「うちかな?」
「どゆこと?」
「リリウス君うちで暮らしてるの。なによその微笑み?」
「我々の業界へようこそシシリー、歓迎するよ!」
「やーよ、そんな魔窟。私はステキなおじさま専門だもん」
とりあえず空中都市の自宅に帰ってみるがいなかった。
この頃になると二人の脳裏に少し危険な五文字が浮かび始めた。
「義賊暴走中かな?」
「情緒不安定になってたし、ありえるわね……」
腹いせ代わりに退治される悪党の悲鳴を想像しながらギルドに戻ると……
「せんぱぁ~い、さっきリリウスさんが訪ねてきましたよ。伝言も預かってます!」
「「間が悪い奴だ!?」」
『新しいクラン見つけたので本日からここでお世話になります。シシリーありがとね』
「……す、捨てられた……」
メモ用紙を見ていたカトリーエイルがふらりと気絶した。
捨てたのが誰で、捨てられたのが誰なのかはどうでもいいシシリーが微妙な顔つきになる。
それはたぶんこれから起きる大騒ぎを予感してのものだ。
Name: レテ
Age: 15
Appearance: 金髪のお転婆エルフ
Height: 164
Weight: 47
Weapon: 世界樹の妖精弓(D)
Talent Skill: 弓術C 肉体強化D 大空魔法特化C 風の導きC
Battle Skill: 精密射撃(E)
Passive Skill: イリスの信徒D 外界に憧れる者A 世間知らずB
LV: 12
ATK: 292
DEF: 347
AGL: 942
MATK: 754
RST: 684
未熟ではあるが伸びしろの高さに目を見張るものがある。弓をサブに持ち替えて支援魔法職に転向した場合、大成する可能性は大いにある。何ら問題のない人物の評価ほど退屈なものはない。




