パートナー・シャッフル 前編
王都ローゼンパームは下層街の酒場は夕刻。
一日の疲れを引き摺る野郎どもが押し寄せて、席一つも余りのない大賑わいを迎えている。
がやがやとうるさい酒場で適当に全員分の食事を注文したクラウが俺をじっと見つめる。
「先日は助かりました。感謝を」
頭を下げてきた。
俺なにかやったっけ?って思ったらユイちゃんの時だな。
アンセリウムとかいう裏社会のやばいオークション会場に乗り込んでユイちゃん買い戻したわ。
「俺も好きでやったことさ」
自然にそう言える俺最高にクールボーイ。
でもモッタイナイからやはりボケとく。
「ユイちゃんが好きだからやったことさ」
ボン……!
ユイちゃんが爆発したぜ……
顔真っ赤にしちゃって可愛いな、絶対まだ男知らねえな。チャンスすぎる。
バトラとかいう脅威が消え去った今、俺とユイちゃんの間に障害は存在しない!
ところでメガネ君のクラウはどうして小刻みに震えているんですかね? もしかしてユイちゃん好きなの?
「そ…そういえばその件ですが……」
「なになに~?」
エルフのラトファが横入りしてきたがナイス。
この世に美少女との会話に勝る優先事項はないのだ。
「あんたユイのこと好きなの? ユイも隅に置けないなあ。で、二人はどこまでいったの?」
めっちゃ昼ドラ見てる時の気分で質問されたぜ。
エルフって基本的に恋愛脳だよね。
ユイちゃんがアワワアワワしながら困ってるからフォローするぜ。
彼女の手に俺の手も添える。その蕩けた目が最高に加虐心そそるぜ、Sっ気皆無だけど。
「リリウス……」
「ユイ、君から言ってほしい。俺達の関係をみんなの前でッッ!」
「えっ!? えええぇ…………その」
「……恥ずかしいです」
その反応、俺的に超ポイント高いです。
ユイちゃんの手を撫でまわして恋人繋ぎするとギュッと握り返してくれた。
愛を感じる。
「なぁんだ、もう熱々じゃない」
「お前は相変わらず手が早いな。こっちに来てから何人目だ?」
「やめろ、俺に安いキャラ付けするな!」
「ユイを泣かせるなよ」
「俺が女の子泣かすと思うのか? 俺いつもフラれる側だぞ?」
「一応確認を取ったまでだ」
「そういやバトラさ、この子とどんな関係なの? 友達?」
「こいつ兄貴」
「五つ下の弟」
俺とバトラが一斉に指を差し合うとみなさんしっくりきたご様子。
「そういえば、かな~り似てるわね」
いや、似てはないよ。
目つきが同じくらい凶悪なだけで似てないよ?
「ええ、本当に似てます。リリウスと初めて会った時も初めてって感じがしなかったの、それでなんですね」
いやユイちゃんとは初めてじゃなかったよ?
地下迷宮で助けた時顔見られてるよ。覚えてないみたいだけど。
「ふむ、バトラの弟君でしたか。どうりで凛々しい顔立ちをしていると」
そのメガネ曇ってるんじゃね?
ちなみにこの場にトキムネ君はいない。
粘液まみれので汚いから入店拒否くらって、泣きながら去っていったんだ。たぶんどっかの井戸で水かぶってる頃だろ。
アホの事なんて忘れてユイちゃんとお話するぜ。
美少女との会話ほどテンションあがるものはない。それが好き好きオーラ出してる子なら青天井さ。
話題は主にオキニの食べ物屋さんだ。
「ハンプシャー・キーのクレープおいしかったな~~~、ドレッシングが本当においしいんです。あれはもう! 絶対! 食べなきゃ損です損!」
ちなみにこの世界のクレープはご飯に属する。サラダとか焼きそばとか肉とか挟んでる。つまり皮の存在は手を汚さないための包み紙なんだ。
「近いうち一緒に食べに行こうよ」
「はいっ!」
「あたしも行きた~い」
「ラトファ」
邪魔するなとばかりにバトラが肘で小突くと、ラトファが悪戯っぽいウインクをした。
都会のエルフは何というか森と違って垢抜けてるぜ。
「バトラと二人でね?」
「よし、明日は休みにしよう」
こっちはこっちでいい感じ。深い信頼で繋がった相棒って雰囲気だ。
そのうち注文した料理が運ばれてきた。
中央文明圏で広く親しまれているマッタルだ。
湯通しした肉をナイフで切り分けて、ソースをつけて食べるというシンプルな料理だ。
パーネルはピラフだな。
チャーハンと混同しがちだけど、炊飯の段階で肉や野菜をぶちこんでダシで炊いたものがピラフだ。
二品とも大皿で数名分きて、しゃもじで豪快によそって食べ始める。
大衆酒場らしい濃いめの味付けだ。
後から運ばれてきたドローレとかいう黄金スープも瞬く間にみんなの胃袋に消えていった。
追加注文した肉と米もすぐに大皿の半分くらいなくなった。
戦闘職種は大食が多い、カロリー消費が多いのも原因だし強い肉体を作るためには食事が必要なんだ。
だから年を取るとデブる戦士も非常に多い。
代謝が落ちてるのにいつまでも若い気分で食べちまうからだ。気をつけよう。
「あまりうまくいっていないのか?」
メシをもりもり食べてるとバトラが近況報告を求めてきた。
もしかして路上でしょんぼりしてたの気にしてるのか? 気遣いまで習得するとかマジで男ぶりをあげてるんだな。あの馬鹿コンビの片割れがなー。
「健康状態は問題なさそうだが金は大丈夫か、きちんとした場所で寝泊まりできているか? 立派な大戦斧を持っているが装備品にかまけて生活を犠牲にしてはいないだろうな?」
おかんか!
いや、リベリアにそんな心配されたことないけど。
「寝床は大丈夫なんだ。空中都市に住んでる年上の悪女のおうちでヒモしてるから」
すげえや、この一言でみんなからの好感度が急低下したぜ。
バトラの弟という事で急上昇した謎好感度がググっと落ちたのが目線の冷たさでわかるぜ。
「ヒモは男の子としてダメじゃないかしら?」
「古い格言に労働に勝る喜びはなしとあります」
「働け」
お前たち一斉にニートの更生みたいなセリフ吐くんじゃないよ。
「労働意欲はあるんだが、悪名が知れ渡ってるせいでどこもクランに入れてくれねえんだよ」
「悪名て……何やらかしたわけ?」
「悪質な冒険者を百人ばっかし全裸にして吊るしただけだよ」
「やはりか……あの義賊、お前が犯人だな?」
「冒険者など脛に傷のある者ばかりです。噂の義賊など諸刃の刃を招き入れる者は稀有でしょう」
「金がないなら貸すぞ?」
バトラはなんで俺にお金を貸したがるんですかねえ……
さてはこいつ金で相当な苦労した口だな?
十七まで貴族のボンボンやってた奴にまともな金銭感覚があるはずがねえ。
散々苦労した挙句にお金の大事さを理解したに違いない。バトラがここまで更生した理由に少し納得。
「わりと小金持ちだからその辺は気にするな」
重めの財布から中身をジャラジャラ出すとみんな目をひん剥いてやがる。
金貨四十八枚に銀貨八十枚、銅貨もそこそこ。
「「「…………」」」
とてもではないが子供の冒険者が稼げる金額ではないので驚かれた。
実際クエストで稼いだわけではない。
「盗みか?」
ちゃうわい、とは言い切れない。
「二十層ボスドロップが金貨四十枚でそいつは相棒と半分こしたな。細かいクエストで小銭も稼いだがほとんどは冒険者からのカツアゲだ、おすすめはDからCランくらいの小銭持ってる連中だ。どうした?」
バトラが笑い出した。
小気味いい、そんな感じで笑ってやがるが面白い話はしてねえぞ。
「散々格下の冒険者を食い物にしてきた連中がお前に食い物にされているのか。因果に応じて報ずるとは、笑えるさ」
何が琴線に触れたのかバトラがクククと笑いも止まらない様子。
バトラのこんな様子は珍しいらしく、仲間たちも目を丸くして見つめている。
「お前は昔からそういう奴だった。いつの間にかミスリルのナイフを買っていたが、あれは俺とルドの小遣いでだろ?」
「その節はお世話になりました」
「あまり恨みを買いすぎるなよ、貯まりすぎれば生命で清算するはめになる」
「心得てるよ、というよりも心構えを正したんだ」
ふと心に浮かんだのは耳障りな嘲笑だった。
幻聴が聴こえる。
あの深い森の光景が浮かぶ。燃え盛る森の光景が……
決して思い出すまいと記憶に蓋をして忘れてきたのに、悪夢に掴まる度に叫び出してしまうあの光景だ。
アクセル、あのハゲ人狼の嘲笑を……滾々と湧き出る泉の惨状を……
何もできなかった無様な俺を……
「ふん、どうやら本当に色々あったらしいな」
大ジョッキを一息で飲み干したバトラがそう言った。
どうやら顔に何か出てしまったらしい。
「王都地下迷宮二十層、いけると思うか?」
「あー……」
唐突だなと思ったがこれも気遣いなのかな。地雷踏んだら話題の変更は基本だもんね。
グランナイツは良いクランだと思う。
チームプレーできてる冒険者は強いって奴の典型だと思う。
地下迷宮もラタトナほどじゃないとはいえ、魔物の質が高い。
特に十層以降は並みの冒険者じゃ歯が立たない。でもそれはチームプレーで乗り切れる。そこは大丈夫。
だからハッキリ言ってあげよう。
「無理じゃね?」
グランナイツでは階層主の大百足は倒せない。
「何が足りない?」
「大百足の再生能力を凌駕する超火力」
「…………」
バトラが黙り込んだが気持ちはわかる。
あの怪物を倒すために必要な物は圧倒的な個のちからだ。
大勢の群れを従える十層の大蟻女王は、チームプレーで乗り切るしかない相手で、それでも俺のフォローがなければ負けていた。
つまり相性のいいボスにさえ実質負けてたのにさらに深層狙うのは無理。
「……お前がいても無理か?」
「いずれは可能になるって言ったら?」
「俺らの目的は同じと見た。俺と来い、共に強くなるぞ」
バトラの差し出した手を……
握り返す。
まさか遠くサン・イルスローゼでこいつと共に戦う日が来るとはな。
人生ってのは本当にわからないもんだ。
帰りにギルドに寄ってルーにシシリーへの伝言を頼み、俺は意気揚々とグランナイツのクランハウスに向かった。なおハウスではトキムネ君が泣きながら洗濯してた。どうやら簡単に落ちない粘液だったらしい。
夜更け、バルコニーへ出た俺とユイは手を握りながら星空を見上げていた。
といっても空中都市の岩塊に含まれたミスリルが大気中の魔力を吸い上げて光っているだけなので、星空モドキだ。
星空は俺をセンチメンタルな気分にさせる。
俺の耳の奥では未だアクセルの嘲笑が殷々とこだましているんだ。
「愚痴…聴いてくれる?」
はいと頷いてくれる彼女の優しさに甘えたい。
そんな気分だ。
「俺負けたんだ。絶対に負けちゃいけない状況で、何百人もの生命がかかった大事な戦いで、圧倒的な暴力に屈したんだ」
ステルスコートさえあれば無敵だと信じていた。
実際に無敵だったし、このちからがあれば何だってできていたんだ。
なのに俺はあの時なにもできなかった。ちからでしか止められない相手に、なにもできなかった。
ちからが欲しい、あの時ほど強くそう願ったことはない。
でもちからなんてどこにも落ちてはいないんだ……
ちからが欲しい。きっとこんな想いをしているのは俺だけじゃないんだ。
「この世界はちからこそすべてだ。色んな人がちからに屈して泣いている。正しい人も優しい人も、暴力には逆らえない。そーゆーのさ、嫌になるんだ……」
「リリウスは世の仕組みを変えたいんですか?」
「いや、別に正しさや優しさが暴力に劣る仕組みを変えたいなんて、だいそれた話じゃない。俺はただ目の前の悲劇を止めるだけの、ささやかなちからが欲しいだけだ」
「ちから…か。私も欲しいな」
ユイが指をギュってしてくる。
すごいちからだ。湖面みたいに透き通った眼差しは、俺には眩しすぎるくらいだ……
「一緒に強くなりましょう。一人より、みんなとなら強くなれますから」
「ここは二人でってところじゃない?」
「……恥ずかしいです」
真っ赤になるユイを見ていると元気が出てきた。
今夜はいけそうな気が……じゃなくて、希望が出てきたって奴だな。
仲間となら強くなれる。愛と友情を育んで絆のちからで人生的に勝利するのも悪くないが、その前にどうしてもぶっ飛ばしてやらないと気が済まないハゲがいる。
「うおおおおおおおおおおおお! やるぞぉ! アクセル、いつかぶっ飛ばしてやるからハゲ頭磨いて待ってやがれー!」
これは決意だ。
何があろうが絶対にこれだけは成し遂げてやる。何があろうとだ!
同時刻、ラトファは隣室からこっそりバルコニーで青春してる二人をデバガメしていた。
「キスするかと思ったのに、ざんねん」
「フッ、あれも色々成長しているようだ」
壁にもたれながら強者のオーラを出しているバトラがなぜかニヤリと笑っている。
「ゆ、ユイ……?」
クラウはハラハラしながらラトファの下から覗いてる。
「ば、バトラ、弟さんは手が早い方ですか!? このまま部屋に連れ込むなんて事はありませんよね!?」
「落ち着け」
「保護者面なんて面倒なことしてるから横からかっさらわれるのよ」
「私はただユイが心配で……」
「ちっくしょ~~~~~~~!」
唐突な大声にびっくりしてみんなしてバルコニーから下を覗くと、トキムネはまだ井戸でごしごし洗濯してた。
其々の夜がこうして更けていった。
Name: ラトファ=レス・リム・エルエ・アシャン・レーゲン(薫風の胞子撒く里)
Age: 27
Appearance: 綺麗系の見た目に反して中身全滅系女子が顔に出てるエルフ
Height: 162
Weight: 57
Weapon: 世界樹の妖精弓(D)
Talent Skill: 弓術C 中庸E 風の導きD
Battle Skill: ニードル・スピアード(C) 大空壁(B)
Passive Skill: イリスの信徒B 片思いC 呑気C 大雑把C
LV: 17
ATK: 278
DEF: 212
AGL: 680
MATK: 481
RST: 502
これといって特筆すべき項目は見当たらない。高い敏捷性も森人という種族ボーナスによるものであり本人の才覚とは呼べるものではない。森人固有の大空属性を魅力と挙げてもいいが大雑把を持つ者が魔法に優れているなど聞いた事もない。
呑気と片思いの組み合わせは高い可能性で失恋する。背中を押す者がいるならば話は別になるだろうが。