冬に咲く青いバラ(10)
帝都守護竜が雄大に、幾多の悲鳴をドップラー効果させて、空を亜音速で駆け抜けていく。
俺は勇敢なる戦士たちを敬礼で見送る。彼らの無事な帰還を祈る。
はい、現実逃避おしまい。
俺は雪原に残った騎士三十名とお嬢様とデブと閣下と見つめ合う。
「で、なんで閣下まで残ってるんですかね?」
事後処理なら下っ端で済みますよね?
「今年はマクローエンで冬を越す」
帰れ、とはとても言えない雰囲気なので二つ返事でオーケーするぜ!
親父殿の悲壮な顔が思い浮かぶけど、ちょっと地面叩いただけで地震起こす化け物に誰が逆らえるんだよ! 文句あるなら自分で言ってくれよ! 俺は全力で閣下に味方するからな! いのち超だいじに!
帰りは閣下の飛翔魔法だから一瞬だぜ。
俺とお嬢様とデブ抱えてるのに部下の誰よりも早いんだ。バトラとかいうカスとはレベルがちげーわ。
閣下を連れ帰った時のお屋敷の混乱は割愛。親父殿が口に手をつっこんでアワワアワワしてただけだし、義母は仮病で部屋にひきこもるし、ファウストは俺が殴る!
「なんでッ!?」
だからなんで私を殴るんだ野良犬、的なセリフを吐こうとしたファウストが床に沈む。
そんなファウストをキャーキャー言いながら介抱する騎士のお姉さん方がこれまた美人揃いでチクショー!
「ちくしょぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!」
俺は天に向かって咆哮する。遺伝子的にはだいたい同じなのに顔面偏差値に差がつけんな! このクレームはどこに電話すれば改善されるの!?
「リリウス君マジ情緒不安定すぎない?」
「いつもこうなの?」
「あー、だいたいいつもこうだなー」
バトラが思いやりゼロな回答。つまりゼロ回答。
真冬の領主家には様々な仕事がある。街道の除雪や積雪で潰れた民家からの救助や補修資材の手配なんかの仕事が、ブリザードがやってくる度に発生するから大忙し。でも今年は飛翔魔法使える三十人の助っ人がいるから例年よりだいぶ楽だ。
屋敷に逗留する騎士団の精鋭はマクローエンとフォルセを行き来して事件の詳細な報告書を作成している。
その結果判明したのは、マクローエンに向かっていたはずの馬車の多くがうちの領内に入らず、どこかで荷を下ろして南のランダーギアに帰っていったという不思議現象だ。
幸い馬車の持ち主である商人の鑑札は確認できている。真冬で交通や情報が遮断されている今なら、油断している青の薔薇の構成員を芋づる式に逮捕できるかもしれない。
大枠ではあるが事件の全体像が見えてくる頃には、みなさん冬のマクローエンでの過ごし方を理解してきた様子。
ブリザードが吹き荒れると家に閉じこもって怠惰に過ごす。止んだら除雪やらで忙しくして、またブリザードで一回休み。
何の進展も進歩もなく、労力と時間をただひたすらに生きる事に費やす不毛の大地。
俺たちは過酷だが美しいこの土地で生きている、なんて言ったら詩的でしょ? お嬢様、惚れていいのよ?
「俺いま詩人してるぜって感じが鼻につくわね」
「ひでえ」
そして月日はあれよあれよと過ぎていって大晦日、マクローエンのお屋敷でささやかな社交界を開かれた。
ファウストと親父殿によるヴァイオリン・アンサンブルを合図に食事をのせたテーブルが片付けられ、俺たちはパートナーの手を取って入場する。
姉貴のお古であるブルードレス姿のお嬢様は愛らしくて、エスコートできる俺はとても誇らしげな気分で胸を張っていた。
この世界にはスマホもゲーム機もトレカもない。テレビもなければマンガだってない。
でも俺たちはダンスと音楽さえあれば、最果ての地でだって楽しく暮らせている。
「今夜はたくさん踊ろうね」
「はい」
仲良くなってはいけない、それは理解している。
彼女は決して己などに惚れてはくれない、それもわかっている。
身も心も捧げた愛する彼女の恋を成就させんがために、懸命に尽くした俺に待っているのが野良犬みたいな死だって、そんなことは生まれる前から知っている。
でも今は、俺の隣で笑ってくれる君との時間がたまらなく愛おしいんだ……
俺はきっとずっと前から彼女に恋をしていた。
この恋は叶わない。
だけど、今は、何も考えずに君とのダンスを楽しもう。
マクローエン領に入るとすぐに吹雪がやってきた。
視界は真っ白に染まり、伸ばした指先さえも見えぬ視界不良。
連峰の雪洞に逃げ込んでブリザードをやり過ごす。二日三日の内はまだ保つと思われたが六日も治まらぬでは心が弱る。急な避難で食料の持ち出しが充分ではないのも原因だ。
雪洞の奥では騎士団に対抗すべく育ててきた軍用魔獣を一時の食事に替えている。
「ちくしょう、ちくしょう!」
「こいつを殺しちまって、俺らは何のために!」
恨み言を叫びながら斧を振り下ろす者がいた。
「山一つ越えただけでここまで違うのか……」
「マクローエンが貧しい土地とは聞いていたが本当に人の住める環境なのか……?」
失意と寒さから立ち上がることさえしなくなった者もいる。
絶望に心を折られ、自刃する者もいた。
絶望の雪洞において、だが禿頭の巨漢だけが泰然と葉巻を噛んでいる。
彼は決して揺るがない。彼は決してあきらめない。
そのはずだった……
「こいつは無理か……?」
「アルザイン様?」
禿頭の巨漢が笑い出した。
何がおかしいのか、おかしくてたまらないと決して止まらぬ哄笑を吐き出した。吹雪の音がすべてを呑み込んでいっても、狂った笑いを吐き出し続ける。
「神に賽子を振らせるなと言いながら吹雪が止むのおとなしく待つとはお笑い種だ。年は取りたくねえな、ついつい慎重な方を選んじまうのはいくねえ、じつにいくねえ。賽子博打ってのはよぅ、正気でやっちゃいけねえんだ」
すっくと立ちあがったアルザインの全身から暗い闘気が立ちのぼる。
悪逆なる男の横顔には決意が刻まれていた。
「てめえらは好きにやりな」
「俺も好きにやる」
アルザインの姿がブリザードの向こうへと消えていく。
その後を追う者は誰もいない。
やがて冬が終わり、春が来ても絶望の雪洞から外に出られた者は誰一人としていなかった。




