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冬に咲く青いバラ(04)

 ガーランド・バートランドには相反する二つの心があります。


 貴族としてその在り方を許容する理性。

 合理的ではないものすべてを拒絶してしまう本能。


 理解しつつも嘲笑せざるを得ない己をして滑稽と称するのが、彼という洒落者の本質かもしれません。

 

 孤独を抱えながらも中々本音を見せないこの手の男は、本音をさらけ出した女に理解を示されるとコロっといくタイプですねぇ……

 卵みたいにまるまるしたおじさまは国務官代理補佐のフォルセ子爵という方らしい。


 同じ派閥ではあるけれど、ご挨拶を欠かしてはならない! ご機嫌を損ねてはならない! といった人物ではなく、挨拶に来られたら当たり障りもなくニコヤカに微笑んで会釈するだけでいい程度の人物だ。


 それってつまりほとんど何の権力もない地方貴族ってことね。


「事の起こりは我が領地の農村に、奇妙な魔物が現れたという陳情でした(注意、フォルセ子爵の創作が混じっています)」


「森に現れる魔物は狡猾にして凶悪、領主家に陳情が来るまでの間に数十人という冒険者が餌食となり、それだけの犠牲を重ねてもなおギルドはどのような魔物か把握できておらんのです(注意、フォルセ子爵は犠牲者数を盛っています)」


 座はすでにフォルセ子爵のワンマンショーみたいになってるの。


 おにーさまを囲む部下の方々に、おにーさまを慕って両脇を固める姫君たち、面白そうな雰囲気を嗅ぎつけてやってきた紳士淑女のみなさまに……うん、社交界の参加者ほぼ全員集まっちゃってるわね。


 みんな固唾をのんで真剣に聞き入ってるわ……


「魔物の程度もわからぬまま軍を出すのは下策であるが、民の苦しみを思えば早期解決の他にない! 決意したわたしは騎士団から討伐隊を派遣したのです。しかし狡猾な魔物めは騎士団に恐れをなしてその姿を消し、五度にわたる討伐隊の派遣は空振りに終わりました……(フォルセ子爵による100パーセント創作です)」


「五度目の派遣が空振りに終わった頃、北のマクローエンからリリウスという少年がやってきたのです」


 わー、おにーさまの目が輝き出したー……


「森の魔物は大層な噂になっておるようで、リリウス君の来訪は森の魔物を倒させてほしいというものでした。中々心得たガキ…子供でしたな、死体の引き渡しや詳細な報告書の作成、監視者を付けてもいいと丁重な申し出でした」


「ですがわたしは受け入れるわけにはいかなかった! 領内の問題を他家のちからを借りて解決してはフォルセ子爵家は無能の集まりと誹られるは必定。わたしだけならばよい、民の苦しみを思えばわたしの名誉が地に落ちる程度受け入れもしましょう、だが騎士団にまで汚名を背負わせてるは、彼らに申し訳が立たぬ!(フォルセ子爵はここぞとばかりに男泣き!)」


「涙を呑んで彼の要求をつっぱね、再び出した第六次討伐隊も空振りに。そして冬が来てしまったのです……(子爵最高に悔しそうな演技)」


 子爵のワンマンショーが終わると座が再びざわめき出す。

 かんぜんに観劇の後の空気ね。


「ふ~む、相当に頭の良い魔物だな。亜人の可能性もあるか?」

「オーガであれば一大事ですな、群れとなると一子爵家の戦力で対応できるものではない」

「オーガならば逃げ隠れなどせんだろう」


「タンジェール、何度も騎士団を派遣しているのであれば、どのような魔物か推測くらいはしているのだろう?」


「…………足跡から、軍用魔獣のガイアルビーストに似た四足歩行の大型獣ではないかと」


「ガイアルビーストでそこまでの被害が出るかね?」

「いやいや、猫科の魔物を侮るのはいけませんな。あれらは天才的な狩猟者であり暗殺者、森林内では平地の何倍も手を焼かされる」

「そもそもガイアルビーストと決まったわけではなかろう。上位種……カースドテイルでは?」

「まさか!」

「あのような強力な魔物があの辺りにいるはずがない、瘴気の谷ではないのだぞ!?」


 結論の出ない問答の中、武人としても名高いハイランド候が重々しくうなずく。


「どのような魔物であろうが子爵領の騎士団が六度討伐に赴いて交戦もできないのは異常にすぎる。死霊系、または精霊系とみるべきだ」


「精霊獣」


 おにーさまがそう言うと座のざわめきがピタリと止んだの。


 苦々しい過去を思い出したような顔のお髭の紳士様、吐き気をもよおして席を外すおじいさま、何を意味するのかわかっておられない若い貴公子の方、殿方の反応を見て尋常ならざる怪物だと察する淑女の方々、反応は様々だわ。


 おにーさまが若くして帝国最強の騎士と呼ばれるようになったのは、瘴気の谷からやってきた稲妻の精霊獣を退治したからだって聞いたわ。700人の騎士とその私兵16000人をたいらげた帝国史上最悪の怪物『黄金の獅子』を。


 ハイランド候が凄まじい目つきでおにーさまを睨んでいる。候はたしか精霊獣との戦でご子息を亡くされたはず……


「ガーランド団長、やはりそう見るか?」

「ああ、状況が当時とあまりにも酷似している。この一件を放置すれば万倍の脅威となって帝国を襲うぞ」


 おにーさまが真剣な顔つきで頷き、他の殿方も重々しい決意を張り付けて一斉に頷く。

 怪物は狩らねばならない、誰もが一つの意思の下で決意を固めている。


 ただ一人、妙に慌てるフォルセ子爵を除いて。


「いやいや、そんな大げさな魔物ではないと思うのですが!」


「何をノンキなことを! 六年前もそう軽んじてあれだけの犠牲を払ったのではないか!」


「いやいや、本当にそこまでの相手ではないと思うのです。実際冒険者数組が帰ってこなかっただけで、騎士団に被害は出ていないのですし!」


「戦場に出もしない文官風情が何を知ったふうな口利くか!」

「そうだ、大地のちからを吸い上げた精霊獣がどれほど強大化するか理解しているのか。あの怪物が強大化しそこもとの手に負えなくなった時、帝国の興没を懸けて戦うのは我ら騎士なのだぞ!」


「あわわわ……し、しかし……」


「事は帝国の生き死にまで発展する恐れがある。子爵にも意見はあるだろうが、ここは呑み込んでいただく」


 おにーさまが腰の剣をすらりと抜き放ち、天へと掲げる。


 精霊獣のコアが埋め込まれた神剣アキシオンが黄金の雷光を纏い、その姿はまるで神話に登場する英雄のようだ。


「精霊獣の出現から半年となれば一刻の猶予もない! 騎士団は直ちにこれを討滅すべし!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」」」


 なぜだろうか、子爵が泡噴いて倒れそうなんだけど……

 もしかしてこの人なにか嘘ついてる?


「閣下、閣下ァ! しかしですね、帝都はもうすっかり雪に閉ざされておるのです。冷静に、冷静になりましょう、どうせ春まで行軍はできないのですから、今一度冷静になり状況を整理し直すことで見えてくる物もあるのではないかと!」


「たしかに地上を往くことはできまい」


「で、ですよね……?」


 おにーさまがニヤリと笑う。

 武人の方々もニヤリと笑う。


 子爵だけが泡噴いて倒れそうな顔色をしているの。





 冬のマクローエンは本当に人の住める土地じゃないぜ……


 三日三晩続いたブリザード後の快晴の日、使用人総出で雪下ろしイベントです! なぜか俺までやらされてます! 貴族のおぼっちゃまなのに!


 三階建ての屋敷の天井にのぼってスコップで雪をザクザクやるぜ。


「あははは! あははは!」


 お手伝いしてくれるアルドが超かわいい。

 三日ぶりに外に出られたのでテンションマックスだね。


「おーい、滑るから気をつけろよー!」

「うん!」


 バトラが忠告した傍から……

 アルドが屋根から滑り落ちていった―――ちょ!? ここ三階だぞ!?


「あはははは!」


 めっちゃ楽しそうにしてるけど命の危機だぞ!?

 大急ぎで走る俺とバトラが屋根の端から眼下を覗き込む。


 すると落ちていったはずのアルドを、親父殿が空中で抱き抱えていた。ふぃー、持つべき者は飛翔魔法使える親父殿だな。マジで焦ったぜ。


 アルドお前まだ楽しそうに笑ってるけど今のマジ危なかったからな?


「し…心臓にわりい……」

「滑るって言った端から落ちるやつがあるか!」 


 親父殿が微笑みながら飛翔魔法を使って屋根に着地。

 かる~くやってるけど、これだけ繊細な魔法制御できるの帝国でも数名ってレベルらしい。


「そう怒ってやるな。積雪は深いんだ、落ちたところで死んだりはせんよ」


「父上はアルドに甘すぎる!」

「そーだー! 甘やかしてもいいことねーぞー!」


「ん、そうか? だが可愛いのは事実だからなあ」


 アルドの頬とお髭ジョリジョリする親父殿は子煩悩。

 可愛い子供を叱れない系のダメンズである。


「……春には騎士学いく俺の代わりにアルドを頼むぜ」

「ちょっと目を離すとすぅ~ぐ危険に飛び込む奴の子守りとかハゲる気しかしねえ」

「ハゲるくらいでアルドが健やかに育つならハゲろ」

「てめえに若ハゲに苦しむ気持ちがわかるんか! 絶望しかねえんだぞ!」

「フサフサなくせになんだその説得力……?」


 前世では十七歳から薄毛始まったからな!

 足りない密度を長さで補った結果、あだながハゲワカメだぞこの野郎!


 ある程度の雪下ろしが終わると、使用人みんなして額に汗を掻いていた。


「そろそろいいだろう」


 飛翔する親父殿が魔剣ラタトゥーザを抜き放ち、緑光を帯びた風を魔剣に溜めていく。

 凄まじいちからを感じる。

 余波が屋敷の窓ガラスをビリビリと震わせる。


「破ッ!」


 魔力を十分に蓄積させた魔剣の一振りで、屋根や窓辺に残っていた残雪が一斉に吹き飛んでいった!


 屋敷の周囲数キロメーターの深い積雪も彼方へと飛んでいった。相変わらずトンデモナイ威力だ。


 再び屋敷の屋根に降りてきた親父殿は肩で息する使用人どもにキビキビと指示。子供と女が関わらなければ有能なんですよねぇ……


「屋敷はこのくらいでいいだろう。お前達は小休止後、街道の様子を見てくるように」

「父上!」


 ファウストが飛翔魔法で町の方からやってきた。


「カウンゼラ市の被害は問題ない範囲かと。ですが北の農村の被害は大きく」

「わかった、俺もそちらに行こう。レムレースは?」

「まだ確認しておりませんが、夏に予算を組んで補強したので被害は少ないでしょう」


「リリウス、バトラ、レムレース市の様子を見てきてくれ」


「おけ」

「へへ、まかせとけよ!」


「僕はー?」

「アルドは父ちゃんと行こうなー!」

「では参りましょう!」


 アルドを抱えた親父殿とファウストが凄まじい速度で空を飛んでいった。

 うおー、プロペラ機くらいの速度は出てそうだな! 寒そう!


「じゃ、バトラタクシーひとっ飛び頼むぜ!」

「…………」


 なんだその目?


「お前まさか飛べねえの?」

「逆に、俺が飛んでるとこ見た事あるか?」


 風系統上級の飛翔魔法どころか一番簡単なランプの魔法さえ使えねえぞ。


「俺が……お前抱えて飛ぶのか?」


 はい。


 一時間後、俺は空を飛んでいた。


 へへ、景色が流れるみたいに飛んでいかねえぜ。バトラの奴いつも偉そうにしてるくせいに遅いんだよ、気球かよ。鳩にも抜かされてるじゃねえか。


「おいバトラ、もっと速度でねえのか?」

「…………(バトラは必死な表情で歯を食いしばっている)」


「おいおいバトラさんよぉ、それでも風の魔剣を守護する一族の末裔かい? こんなんじゃ日が暮れちまうよ」

「………………(バトラはゼーハー呼吸を乱しながらも必死な表情で頑張っている)」


「やれやれ、所詮バトラはバトラだな。バトラと呼んでゴミと書くまであるぜ」

「うるせええええええええ!」


 俺はマンションの三階ほどの高さから地面に落とされてしまった。


 殺す気か! 積雪一メートルあるからかすり傷一つ負ってねえけど心は傷ついた! 慰謝料を要求する!


「バトラてめえ何しやがる!」

「てめえこそギャーギャーうるせえんだよ! そもそもだ、お前が自分で飛べりゃ俺がこんな苦労しなくて済むんだよ!」

「使えねえもんは仕方ねえだろ!」

「あー、あー! 開き直りやがったな!」


 雪原のド真ん中で殴り合いをする俺達はとっても仲良し♪


 ショートアッパーで怯んだところに背負い投げかまして、腕の関節キメるぜ。多少の対格差ではレベル二倍の差は埋まらないぜ。俺いまレベル十九あるからな!


「イタタタ! ふざけっ、弟のくせにぃぃぃ!」

「いやいや、実力と年齢は関係ないぜ。いい加減学ぼうぜ」


 俺の名はリリウス・マクローエン、ミスリル銀の短剣を持つ一人前の戦士である。

 安っぽい装備で満足してるバトラとは次元が違うのである。


「≪風よ、弾丸となって我が敵を貫け ライフリング・エア!≫」


 うお、空気の投石みたいな魔法がイタタタタタ! 痛いわボケ! 顔面狙うのやめい!

 たまらずバトラから距離をとるがこいつ兄弟喧嘩で魔法とかマジか……


「やるじゃねえかバトラ、今のけっこう痛かったぜ?」

「≪風よ、弾丸となって再び我が敵を貫け ライフリング・エア≫」


 へ、てめえのその技は見飽きたぜ!

 不可視の弾丸とはいえ顔面狙いだってわかってりゃ避けるのは容易いんだ。ほれほれ、ほーれ当ててみろ! ばーかばーか!


「戦闘センスだけは高いのがムカツクぜ! 俺の最強の魔法ってやつを見せてやるぜ!」


 バトラが両手を組んで魔力を集中し始めた。

 うおおお……強大なちからが集まっていくぜ。馬鹿なのかな?


「隙あり!」


 てゆーか隙しかない。

 バトラの顎に必殺のシャイニングウィザードを叩き込み、地面に崩れ落ちた馬鹿をストンピングで蹴りまくる。


「や…やめろぉ! 詠唱の最中に―――きたねえぞぉ!」

「兄貴がお馬鹿さんなのは知ってたけど、これはさすがにいいわけご無用だぞ!」

「顔は、顔はやめろ! 女子にモテなくなっちまう!」

「どの口でほざいてんだよ!」


 ここで問題です、俺の怒りの焦点は次の内どれでしょうか?


 一、散々顔面狙ってきたくせに顔はやめろとかいう戯言。

 二、ブサイクの分際で顔に怪我さえなければ女子にモテるとか思い込んでるナルシズム。


 さあシンキングタイムだ!


 ……

 …………

 ………………


 正解は全部でした! ブサイクのくせに鏡大好きナルシストとか誰に需要あるんだよ! そのセリフ許されるの、うちだとファウスト兄貴だけだぞ!

 同じ父を持つ身でなんたる格差社会……


 バトラをストンピングで成敗していると俺らの頭上に大きな影……影?


 頭上へと振り仰ぐと巨大なドラゴンが雄大に空を飛んでいるではないか。


「は?」

「は?」


 俺とバトラは揃ってお空を見上げて呆然。


 だって生物の大きさじゃないもん。本で読んだけどドラゴンにも種族差があって一番巨大な地這い竜の成体で全長80メーターの個体差で±10メートル。有翼となるとその半分って話だ。


 しかし頭上を雄大に飛ぶドラゴンは東京タワーくらい大きいぞ?


「バトラ?」

「リリウス?」


 二人して互いの頬をつねり合う……夢じゃねえ!


 超巨大ドラゴンはそのまま屋敷の方に飛んでいった! 最悪だ、屋敷にはまだ姉貴がいるんだぞ。他は割りとどうでもいいけど!


「やべえ、戻るぞ兄貴!」


 再びバトラに抱えられて空の人になる。


 最悪だ、親父殿がいないタイミングでドラゴンなんて―――姉貴無事でいてくれ!

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