隻腕のティト
小一時間近くにも及んだ階層主戦を終えるとグランナイツの面々は膝を着き、今にも倒れそうな顔色で荒い息をしている。
「これが階層主か……!」
「我ながらよく生き延びられたものと……トキムネ君のおかげですね」
「あんたやるじゃない!」
「す、すごいですトキムネさん!」
いやそいつ何もしてないよ。全部リリウス君のおかげだよ?
「ふっ、これからは全部俺様に任せとけよ(イケボ)」
調子のいいやつだなぁ。ムカツクからケツにスプーン刺しとこう。今やるとバトラにバレるかもしれないから後でこっそりな。世界広しといえどケツにスプーン刺す妖精はリリウス君しかいないからね。
「進むか戻るか、確認するまでもないな」
「なんだよ、俺はまだやれるぜぇ!」
膝ガックガクでよく言うぜ。スプーン二本だな。
「一人で行きたいっていうなら止めないさ」
「疲れたー」
「祝勝会やります!?」
「素晴らしい。トキムネ君が参加できないのは残念ですが、秘蔵の一本を空けましょう」
「うそ、やめて、ほんとはもう無理なんだ!」
急にペコペコし始めたトキムネ君のおかげで笑顔を取り戻したグランナイツは緑色に発光する大扉の中に消えていった。こいつも転送ゲートみたいな感じなんですかね?
ステルスコートを脱ぐとあいつらと鉢合わせになるし、少し間を置いてから飛び込むか。
!?
ぞわっときた。
全身が総毛立つ……
「……何かいるのか?」
姿は見えない。
だが俺の全身から危険警報が鳴り響いている。
悪意のように刺す気配ではない。殺意のように下腹にずしんとくる重みではない。
ただ強大な圧力が俺の身体を圧し潰そうとするようなプレッシャーを感じる……
この気配、覚えがある。ラタトナで俺らを踏み越えていった獅子だ……
どこだ、どこから来る?
「ねえ、ぼくのこと見えているんでしょ?」
その少年はいつの間にか俺の目の前に現れていた。
コマ落としのように本来あるべき現れるというシーンだけを省いて出現したかのような奇妙な少年。
透明なまでの白い髪、白い肌、そして黄金の瞳を持つ、隻腕の愛くるしい少年は魔物だ。でなければ化け物だ。そうでなくてはこれほど恐ろしい気分になるはずがない。真っ白なマントを纏う少年が無邪気に笑った。俺はそれが心底恐ろしかった。何よりステルスを解いてないのに!
「見えているよね?」
俺は全力で見えていないフリをして屈伸運動を始めた。ラジオ体操第一ー!
「見えてるでしょ?」
恐ろしいんじゃボケー!
ヤンデレか! ヤンデレなのか!?
ショタっけはねーから、はよどっか行かんかい!
いや、こいつが魔物なら階層境界は潜れないはず。自然な感じを装ってステルスコートを脱ぎ、俺は全力横っ飛びで発光する大扉に体当たりする。やはり転送ゲートだ。
濃霧に包まれた何もない場所に送られ、俺の前後には緑色の発光する二枚の大扉がある。直感でわかる。後ろの方が帰還路だ。
「ねえ?」
化け物ついてきてるー!?
あわわ、あわわ……三十六計逃げるが勝ちじゃボケぇえええええええええ!
ダッシュで背後の扉にスライディングすると景色は一変し、夕暮れの王都のどこかの公園だった……
「だ、ダンジョンの入り口に還れるんじゃなくてランダムテレポートなのね……」
夕暮れの公園では娘連れのパパが肩車してたり奥様方が世間話していたりと実にほんわかしている。俺と同じくらいの少年がアイスクリーム売りからアイスを買ってたりもする。
俺もアイスタイムするか。ちょっとビビリすぎたぜ。
アイス売りの屋台に近づくにつれて俺の顔色はどんどん青ざめていった。
違ったのだアイス買ってたのは別の女の子だったのだ。少年はただその背後にいただけなのだ。振り返った少年が愛らしい微笑みを浮かべると、なぜか心臓がキュっと苦しくなった。
「どうして逃げるの?」
「おじさん、バニラくれ」
「あいよ!」
「どうして見えてないフリをするの?」
やべーよ。
やべー事実が判明したよ、やっぱりこいつの姿俺にしか見えてねえよ。だってアイス屋のおっちゃん俺しか見てねえもん。おっちゃんの瞳の中にこいつの姿ねえもん。鏡映らない系の化け物じゃん絶対。
俺は無心になってアイスをペロペロしながら公園を出ていく。ついてくんな!
やべーちょっとフェイの気持ちわかっちゃった。目的もわからない奴に付きまとわれるのすげえ怖えんだな。
フェイごめんよ今度アイス奢るよ。
とりあえずめっちゃ人込みを選んで早歩きで逃げるよ。
「あ、あそこの水着のお姉さんが!」
馬鹿なのこの化け物!?
そんなアホな手に引っかかるわけねーじゃん、フェイじゃねえんだよ、ってあいつ引っかんなかったわ。さすが修行中。
馬鹿馬鹿しい……(ちらっ)
「ほらやっぱりぼくの声聴こえてる!」
馬鹿じゃん俺超馬鹿じゃん! でも水着のお姉さん見たいもん仕方ないじゃん!
「くそー! 水着のお姉さんはどこだよ!?」
「街中に水着のお姉さんいるわけないよね」
くそー! 俺が馬鹿すぎて死にたいDEATH。
嘘です生きたいです!
へへ、殺さないでくれるなら靴だって舐めますぜこいつ素足だけど。指の股までペロペロしてやんよ。
「いやちょっと男の子に舐められる趣味はないかな?」
「なんで俺の考えてることわかるのん!?」
少年がとても優雅な仕草で一礼をする。その時吹いた強い風にマントがはだけ、少年の全裸が露わになった。くそ、ショタのくせに俺より遥かなご立派様だぜ。
「ぼくの名はティト、君達が言う古き神々の一人だ」
「神の単位は柱じゃねえのか?」
「細かいなあ、ぼくは神だから君達の常識には疎いんだ」
実にうさんくさいな。
神がどうしてダンジョンにいる。
そもそもダンジョンとは何なんだ?
へっへーん、お前が神を自称するなら俺の心中の問いに答えてみろ。別にダンジョンについて疑問があるからこの機会に真実を聞きたいとかじゃないぜ。本当だぜ。あぁ考えれば考えるほど墓穴がくそー! うんこ!
「必死に誤魔化そうとした結果出てきたのがうんこなんだね……」
やめろ俺を憐れむな。
「あのね、ぼくは別に君をどうこうしようなんて考えていないんだ。少し懐かしい気配に誘われてみたら君がいてね、声をかけただけなんだ」
「その話長くなる?」
「わかった。喫茶店にでも行こう」
やるなこいつ。この気遣い神だな神、間違いないぜ。
「そういう納得のされかたは嫌だなあ……」
ティトと名乗る少年神は、やはり俺にしか見えていないようだ。
なにしろウエイトレスから御一人ですかって言われたから間違いない。一人なのにコーヒーを二人分頼むと待ち合わせだと思われたらしく、ちょうどティトのいる向かいの席にカップを置いてくれた。混乱するからその気遣いやめてくれぃ。
「君もお疲れのようだし本題から入ろう。そのロングコートはレザードの物だね?」
予備知識、ステルスコートの本来の持ち主である魔王レザードは大昔天界を滅ぼしたやべー魔法使いです。
「イイエ」
「隠さなくてもいいんだ。ぼくらはレザードが嫌いだけど由来のアイテムを持つ子まで嫌うほど狭量じゃない」
「ぼくらとは神様全般を意味する?」
「一部例外を除けばそうだね」
「嫌いってどのくらい?」
「怯えて逃げ出すか、気配を感じたら問答無用で襲い掛かる程度には嫌いさ」
つまり弱い神は逃げ出し、強い神は殺しにやってくるわけか。
寄ってきたってことはこいつ強い神じゃんやばいじゃん!
「だから怯えなくていいってのに。君は面白い子だねえ」
「レザードと戦いに来るくらい強い神にストーキングされて怯えない人間がつまらないなら、この世はさぞ面白さに溢れているんだろうな」
「そうさ、まさにこの世は面白さに溢れているんだ!」
皮肉が通じないのも神だからか?
精神性が異質すぎてコミュニケーションが怖いぜ。どこに怒りのポイントがあるかわからねえからな。試してみるか……
「ぼくは穏やかな神だから人の子に何か言われたくらいじゃ怒らないさ」
「丸出しのくせに言うねえ」
「……(照れ)」
なぜ照れるし……
やはり神はよくわからん。まさか股間の大きさに自信あるのか? たしかにお目に掛かったことのないレベルのご立派様だけど?
「ぼくはさ、君がとても気に入ったよ!」
「ちんこ褒めたからか!?」
神様チョロすぎぃ!
「君にぼくの加護をあげるよ!」
えっっ、くれるっつって貰えるもんなんですか!?
どこぞのジプシーのババアから生まれつきの物で後から覚えたりできないって聞きましたけど!?
「加護は世界に旅立つ子供らへのぼくらからの贈り物さ。気にいればいつなりとプレゼントするよ」
「ください」
ください。
「脊髄反射で答えるくらいだからよほど欲しかったんだね。さあぼくの加護を与えよう! 願わくばこのちからで君が幸せになれるといいね!」
ティトの指が俺の胸板を突いた瞬間、ティトの姿は消えてなくなった。
あのぅ神様、カフェの代金は俺持ちですか?




