冒険者
サン・イルスローゼの十月は帝国と違って雪がちらつきもしない。
昼はあれほど辛かった日差しも夕方まであと一時間という頃になれば柔らかく風もまた涼しい。薬草採集にはよい時間帯だ。
俺達は一緒にポーションの素材となる薬草を探し回り、沼池のほとりで風になびく多く小花を咲かせる草花を見つけた。六角管のような花びらの手触りがやや金属質な、ファンタジー植物だ。
「パルームってこれ?」
「葉脈の形が微妙に違うから擬態した毒草ねぇ」
草のぶんざいで擬態とかするんだ……
「でもこいつがあるってことは……うん、これがパルームだね」
毒草の合間からカトリーエイルが草を根っこから抜き取る。たしか根っこにも薬効があるという話だ。
「擬態植物の近くには本物も咲いてることが多いんだ」
「なるほど」
注意深く採集したつもりでも後で診てもらったら半分は毒草を間違えて摘んでいた。薬草採集も奥が深い。
「見て」
ぬかるんだ地面にひづめの足跡が残されていた。イノシシのような小型の足跡だ。
「モンスター?」
「ビックホーンの子供ね。歩幅がまちまちなのから考えるに怪我をしているのかも?」
足跡見ただけで種族特定しつつ怪我までわかるんですね……
足跡を追跡すると後ろ脚を引き摺る大きめのイノシシ形の魔物が薬草をもしゃっていた。
薬草の群生地にはしばしば手負いの魔物が現れる。人の手によるものか魔物同士の争いか、傷ついた魔物が薬草を食べに来るなら当然横着な狩猟者も待ち構えている。
「ガオ!」
「ガオ!」
薬草をもしゃるビックホーンへと群狼の魔物が襲い掛かる。
一噛みでのどぶえをかみ切られたビックホーンは絶命し、群れはそのまま食事タイムを始めた。
カトリーエイルの潜伏魔法で身を隠した俺と彼女はその光景を最初から最後までずっと見ていた。
やがて腹を満たした群生地の主がどこかでへ消え、俺達は血塗れの薬草を摘む。
「嗅覚の鋭い魔物は本能的に毒気を嫌うの。睨んだとおりここのライナックは全部本物よ」
血汚れた薬草は軽く沼水で洗ってザルに入れて持ち歩く。
薬草の群生地では時折このような光景を目撃した。動物の骨が転がっている付近は薬草のある可能性が高く、また普通の動物が食みに来ていた。
まだリュックの十分の一にもならない量しか採集できていないが、赤く燃える太陽が彼方の尾根に落ちようとしていた。あと数分もしない内に夜が来る。不思議と清々しい気分で夕焼けを見つめていた。
「綺麗だね」
君の方が綺麗だよってのがセオリーかもしれないがそういう気分ではなかった。
自然の怖さを知り、その強さも逞しさもそして生きていく知恵も知った。僅かな時間だったけど俺は冒険をしたのだと気づいた。
「ここは夜でもステキな場所だけど魔物の時間でもあるわ。一旦街道まで降りましょう」
世界の過酷さを知り、その知恵で世界を渡り歩く者。
カトリーエイル、彼女は紛れもなく冒険者だ。
魔物除けの結界が敷設された街道の端で火を焚く。
見れば僅か数十メートル先にもそういった人の手による火が焚かれ、野郎どもの声がする。気付きもしなかったがあの群生地は他の冒険者も入っていたようだ。
「夜間に気をつけるべき最大の魔物は人間だわ」
冒険者同士は互いに争ってはならないというギルドの掟は公然と無視されている。
困窮から殺して奪う輩もいれば、新しい武器の試し斬りをしたいだけの危険な輩もいる。
野営で火を焚くのは構わないが必ず一人は寝ずの番を立てる事、ソロなら寝る前には必ず火を消して移動する事。可能なら魔物除けの結界外に陣を作っておくのが最善。
カトリーエイルの言葉は賢者の吐くそれのようにどれも真理であるように思えた。
俺を少しばかりの反省をした。
「今日カトリーエイルと冒険をするまで俺はとても浅い旅をしていたように思うよ」
これまで様々な旅をしてきた。領地を飛び出し、帝国を飛び出し、まだ見ぬ珍しいものや美しい光景を彼方へ求めた。様々な理由をつけたがその根底は好奇心に他ならなかった。
でもカトリーエイルとの冒険は、身近なところにある危険や草花のささやかな美しさを俺に再認識させてくれた。
遠くにいくわけでも秘境にいくわけでもない、だが驚きはいつも俺の傍にあったんだ。
広く浅くから狭くても深くを知る旅を知り、俺はとてもモッタイナイことをしてきたのだと気づいた。こうして様々なところを旅してきたから気づけた。
マクローエンあの殺伐とした故郷は何もかもが冷たかったがたしかに美しい土地だった。
「今の俺ならあの旅の間に通り抜けるだけだった土地の美しさにも気づけるかもしれない。そう思うとさ、モッタイナイことをしてきたんだなって」
「大人っぽいこと言うね?」
「視点の違いを認識したってだけさ」
ニヤニヤするカトリーエイルに鼻先を突かれて笑われる。
俺はいつだって幸運に好かれている。ファラにリリア、フェイ、旅の仲間にはいつも恵まれているんだ。
「薬草採集なんて、とか思ってたけどおかげで今日は色んなことを知ることができたよ。このお礼に俺にできることがあれば何でも言ってほしい」
「ん? いま何でもって言った!?」
「…………」
「何でも? 何でもいいの?」
はぁはぁするのはやめようぜ。
うーむ、なぜかこのイケてるレディーから同類の香りがする。変態の香りだ。
俺は変態だが変態の餌食になるのは好きくないぞ。
「試しに何をしたいか聞いてもいい?」
「リリウス君の腹筋をナデナデしながら寝たいです」
あぁ筋肉フェチの人か。
うん、そういう世界もあるよね。未成熟な少年の引き締まった、でもさほどの筋肉もない腹部に興味を示してしまう方々も世の中にはいるのだ。
猫の肉球を愛でる行為は市民権を得ているのに、少年のお腹を愛でる行為が後ろ指さされるのは日本もサン・イルスローゼも変わらないらしい。
「好きなだけどうぞ。寝ずの番は俺がやるから撫でながら眠っていいよ」
「少年に番をさせるわけにはいかないよ」
でもお腹は撫でるのね。
「問題ないよ、と言っても心配だろうから二人して起きていようか」
「君は寝てていいんだよ?」
ば、か!
変態の前で安眠できるわけあるか!?
いや、ありかなしかでいえばウエルカムなんだけどさ。この変態さん見かけは女子アナ系の身綺麗な美女だし。
夜明けまで二人で語らい、快眠して体力満タンの馬を王都まで走らせる。
ギルドで薬草を換金し終えるとさすがに眠くなってきたぜ。
「ねえ、安くて問題のない宿を知らない?」
「うち来る?」
おいおいさらっと言ったけどこいつは重大な分岐点だぜマジで。
変態のおうちに泊まり込むか自由の城(有料)を手に入れるか、考えるまでもねえな。
「お邪魔してもいいの?」
「ウエルカムよ」
せめて表情くらい取り繕おうぜ。俺もよくそんな顔してると思うけどさ。
カトリーエイルの寝床は王都でもかなり治安の悪い場所にある。そこらを刃物を持ったゴロツキが普通に歩き回ってるやべー場所での女の一人暮らしなんで物騒な話だ。相当な実力者として知れ渡ってなければできない無謀な行いだな。
「おい、姉御がまた違うガキ連れてんぞ……」
「また一人毒牙に……」
「しばらくあの辺りには近寄らんとこうぜ」
「獰猛な肉食獣ほど食事を邪魔されるのは嫌いなもんだ」
ゴロツキが怯えてるよ! なにやったんカトリたん!?
こいつは相当な変態として知れ渡ってるやつだな!
「ここらへん治安悪そうに見えるけど、良い人ばかりだから安心してね」
いやそれはねえよ弱者から巻き上げた金で生活してる目つきしてんじゃん。絶対あんたにビビってるだけだよ山賊百人のケツにスプーンねじ込んできた俺が保証するぜ。
そういえば何気なくミスリル銀で装備固めてるしもしかして相当な実力者なんじゃ……
とりあえず腹を括って一眠りしてみる。
目を覚ますと……カトリーエイルが俺の腹に頬ずりしながらヨダレを垂らして熟睡していた。うん、さほどの実害はなさそうだな。
世の中には無害な変態と有害な変態しかいないが、彼女は前者であるらしい。