代償
窮地に陥るとその人の真価がわかる、みたいな格言が中国にある。
つまるところチートアイテム頼りで実力を磨いて来なかった俺に似合いの罰がやってきたわけだ。調子に乗り過ぎたってやつだ。
罰を受けるのが俺だけならまだ諦めもつくが、人口百人以上の里まで巻き添えはちょっと……
というわけで俺は再びベルサークに戻ってきた。
「お願いします、あのハゲ人狼をどうにかしてください!」
王の間で透明化を解除して土下座する俺。イデじいさんとセルトゥーラ王はポカーンとしている。
無礼も無礼の無礼者である俺だが勝算はある。
俺はきちんとレテや親族の安全を保証しろとイデじいさんに言っておいたもんね。まさかアクセルが追ってくるとは思わなかったけどさ。
「あの番犬がここまで愚かだとはな……」
「屈辱を呑み込むには彼はまだ若すぎるのですな。王よ、仕置きに向かう暇をいただいてもよろしいか?」
「我が行こう」
「「!?」」
えっっ!? 今なんて言いました!?
最強キャラキター! これで勝つる!
「珍しいですな?」
「たまにはあの番犬と遊んでやるのも一興よ」
「退屈なされているのですな」
「よせよ、種明かしほどの無粋はないわ」
性格の歪みが魂にまで達してそうな邪悪な微笑みをするセルトゥーラ王が手招きをする。手招きされて近づいたら不敬であるとかバッサリされませんよね?
「≪ア・ルカーラ≫」
エルフ王が杖で床をトンと突いたと思えば俺達は森の中にいました。
エルフ王くらいになると転移魔法つかえるんすね……ファラからは伝説の魔法で今では誰も使えないって聞いてたんすけどね。
「ここ、あたしの里の近くです!」
「待て」
レテが駆け出そうとするがエルフ王が着衣の裾を引いて止める。
なんでエルフは下着をつけないんだろうか丸見えだぜ。てゆーか白昼堂々スカートめくりとか王様じつは悪ガキ?
「王様?」
「下の森人は鼻も利かぬのか?」
言われて嗅覚に集中すると微かに焦げ臭い気がする。
王の潜伏魔法を使って貰い、レテの里まで行くと美しい自然と同化した里は炎に包まれていた……
燃え上がる里のあちこちでは殴殺されたエルフの死骸が転がり、凌辱された全裸の娘が良人の亡骸に縋りついて泣いている。
……ここまでやるんですかアクセルさん? 洒落になってねえよ!?
四肢が千切れ飛んだ死体の中には……俺もよく知るエリオもいた。
「エリオ……う…そ……?」
エリオや男衆は勇敢にたたかったのかあちこちに魔法による破壊跡が残されていたが、戦いの結果は一目瞭然だった……
「あの番犬めはここまで思いあがっていたか……」
退廃的で何事もやる気ゼロなエルフ王もさすがにご立腹じゃないですか!
里の守り神だという大樹は轟々と燃え上がり、それを背景にしてアクセルが天へと叫んでいる。
「出てこい小僧ども! お前らが出てこないというなら他の里もこうなると思え!」
「九式―――地竜爪」
「ビンタじゃボケぇぇぇぇ!」
透明化からの先制攻撃を決めるがやはり効かねえ。
ニヤニヤ笑ってるつもりだろうけど牙だらけで怖いんだよ。
「ようやく出てきたか。お前らもひでえよなぁ、こいつらがみんな殺されるまで出てこないなんて本当にひどいやつらだ。これみんなお前らのせいだぞ?」
いやいや俺も悪いけどお前のせいに決まってるだろうが。
テロリストに屈しなかった国が悪いみたいな論法やめてもらえます?
「とことん性根が腐ってやがる。僕も久しぶりに頭にきたぞ」
「お前はやりすぎだよアクセル、ハゲにも悪いやつはいるんだな」
「今度は二人同時に来い! 偉大なるセルトゥーラ王の血族のちからを見せてやろう!」
「愚か者め」
潜伏を解いた王が俺ら二人よりも前に出る。
飾りけのない細剣を一本携え、その目は闘争心ではなく諦観を宿している。
「我一人で十分だ、番犬よ久方ぶりに遊んでやろう」
「王が何故このような場に!?」
「…………」
王の姿が掻き消える。と同時にアクセルの後方に現れ、一瞬だけ遅れて宙を閃光が走った。
空間転移かと思うほどの超加速ですれちがい、光さえも置き去りにしてアクセルの右腕をぶった斬ったらしい。アクセルは噴水のように血の噴き出す右腕を押さえながら、王の背へと拝礼した。これだけのマネをしでかしておきながら!
「何故斯様な惨い仕業を仕手のけたか?」
「こ…こやつらは罪人です! 愚かにも同胞を誑かし我ら栄光のベルサークを荒らし回りま―――うぎゃあああああああ!」
アクセルの左腕が吹き飛ぶ。今度は王は動きさえもしなかった。ただ光が走ってアクセルの腕を切り落としただけだ。
俺やフェイの攻撃では僅かなダメージさえ与えられなかったアクセルが雑魚扱いとは……
アクセルは膝を着いたまま服従の姿勢で動きもしない。
「その件はイデ=オルクに一任し取引を条件に許した。彼奴の命は我が命も同じ、なにゆえ王命を軽んじるか?」
「王よ、私は私は……ただ王陛下のご安寧を思う一心で……」
「その言葉に嘘偽りがないのは理解している。だから問うておる、何故か?」
「武勲を挙げ、ただ一度でいいのです、よくやったと、それでこそ我が孫であると仰っていただきたかったのです……」
いや泣くなよ。可哀想アピールはいいけどお前相当やらかしてるからな。
見ろよこの里の有り様。男は全滅してるし美少女はレイプされて泣いてるし家は燃えてるしもう激ヤバだからからな!? てゆーかお前セルトゥーラ王の孫だったの!?
王様絆されたりしませんよね?
最強キャラがここにきて寝返るとか最悪の展開ですからね、テンプレですけど!?
「何故かと問うておる! 人族が罪人を許せぬはまだよい、だが何の罪もない下の森人へ対しこのような無体を働いたは何故なのだ!」
「…………」
「会話さえ成り立たぬとは手遅れであるな」
「へへへ、いっそ一思いにやっちゃいますか?」
おりょ? なんですかねその困ったお顔は。
せっかくの美貌が台無しですぜ。
「子らを諭すのは慣れておらぬ。皆何くれと教えずともしゃんと育ったでな」
あ、そのお顔はお困りなんですね。
文字通り躾に出てきたがいいがどうすればいいのか困っているのか。てゆーことは手打ちは避けたいんですね、わかります。人口減少が問題ですもんね。
「王様、人の風習にこのようなものがあります。殴り合いです。殴り合えばその真心が通じて友愛が生まれるのです。俺とフェイも敵同士でしたが今では仲良しです」
「僕とお前は今なお敵同士だ」
おいぃぃぃ今いい話してんだから水を差すなよ!
アクセルはこれだけの事をしでかした。ちから無い俺らでは罰を与えることさえできないのなら、せめて王に仇を取ってもらう他にない。
やめろ罪人を見る目はやめろフェイ、自覚はあるんだ!
「一考に値するか……? 番犬よ、我と戦うがいい、もしこの面に一撃見舞えたならば此度の非業を許そう」
「王よッ! なにゆえ私に王を叩くような恐ろしいご命令を与えるのか!?」
「我に忠義を説いたその口で王命に逆らうか! 来いアクセル、その腐り切った性根に喝をくれてやろう!」
エルフ王のアッパーカット!
下あごが消し飛んだアクセルが尻もちを着くが、次の瞬間には再生している。失った腕もだ。
やる気かこいつ!
「それが王のお望みとあらば!」
アクセルの踏み込みは大地が爆ぜるほどのものだった。
極限まで早く、そして禍々しいまでに鋭い爪がエルフ王の残像を薙いだ!
スウェイバックで避けたエルフ王が瞬時にアクセルへと肉薄し、一発拳をくれるとアクセルが百メーターくらいぶっ飛んでいって大樹にめり込む。そこから始まるエルフ王ラッシュ!
戦いの次元が完全にドラゴンボ〇ルです!
エルフ王が一撃放つ度にアクセルの肉体が消し飛ぶ。ケツ穴でさえミスリルソードを通さない肉体が粉々ってどうなってんだ?
消し飛ぶ度に瞬時に再生するアクセルが反撃を試みる。が掠りもしない。
「良い気概だ!」
うお、軽いジャブでアクセルの顔面がえぐいことになった。
そして五分後―――
ハゲ人狼は呆然としながら地面に倒れ、しくしくと泣いている。
そりゃあれだけの猛攻で掠りもしなければ泣きもするさ。一発入れたら許すってのが無理ゲーの再生&破壊のコンボだったからな。
「いっそ一思いに自害せよとお命じください……」
「友愛とは……?」
やめて! 謀ったのかみたいな目で俺を見ないで!
腹に一物あったのは認める嘘はついてないよ!
「あのぅ王様、殴り合いが必要なのであって一方的にボコるのは何か違うのでは?」
「左様であったか。人の風習は理解し難いな」
マンガですからね! 勧めたの俺だけどフィクションを真に受けたらいけませんぜ!
「どうも腑に落ちぬが世とは常そうしたものであろう」
「その御心は?」
「ままならぬ」
こんなに恐ろしい強さのエルフ王の人生哲学が、人生は上手くはいかないって世の中厳しすぎやしませんかね。
エルフ王が指をパチンと鳴らすとあれほど燃え盛っていた森の火事は治まった。
いや魔法で簡単にどうにかできる規模じゃなかったんですけどね、一発ですか。
「そこな小娘よ」
「は、はい何でしょうかセルトゥーラ王様!」
「此度は災難であったな。気を落とすではないぞ」
王はハゲ人狼の耳を掴んでずるずると引き摺りながら森の中へと消えていった。
あれ……?
もしかしてこの後始末は俺ら任せですかね?
王はやっぱり戻ってきたり復興の応援人員を送ってくるなんてことはなかった。エルフ王国に社会福祉はないんですか?