磯野ー、ベルサークいこうぜー!
俺とフェイがユークリッド大森林のエルフの里……キル・イアル・エスタルト・レーゲン(古代エルフ語で滾々と湧き出る泉の里という意味らしい)に不法滞在してから二週間が経った。
上の森にあるという幻の都ベルサークへの手がかりは何も得られなかった。
「おーい磯野ー! ベルサークいこうぜー!」
みたいに出かける中島的存在がいないのが原因だ。
中島ぇ……お前物語の進行上の重要人物だったんだな、異世界にきて改めてお前の大切さを理解したよ。正直ただの友人Aだと思ってたぜ。
「諦めるのか?」
「諦めたら……そこで試合終了なんだ」
「ふっ、僕の勝ちってわけか」
スラムダン〇風ネタ会話なのになぜかフェイと会話が成立する不思議。
もしかしてこいつの中でベルサークにたどり着けない=僕勝利みたいな不思議な図式が完成しているのだろうか。それはねえよ。誰も勝ってねえやつだよ。
俺らは日中エルフの里を適当にぶらぶらしてるけど、その多くはレテっていう美少女をストーキングしてる。見てて飽きないからね。
悪戯っこなレテは落とし穴を掘ったり他人のお宅にお邪魔してつまみ食いしたりと見ていて飽きない。なによりちょいと危なっかしい。心配で目が離せないというのもある。
「で、どうするつもりだ。地図もなしにベルサークを探してみるか? あぁその場合は僕は遠慮させてもらうぞ、どうせ遭難するのがオチだ」
「ふっ、実は108の策がある」
「ほ~」
くぅぅぅぅぅ、無策を完全に見透かしてやがる!
ああそうだよ何の策もねえよ! だがな、このリリウス君は不可能を可能にする男だぜ。見てろよ、たった一つの冴えたやり方で耳長エルフ嫁をゲッツしてやるから見てろよ!
美少女エルフたちの水浴びを覗きながら俺はそう決心したのである。
あの日、キャバリエ・アントとの交戦の日からレテの周囲では不思議なことが起きた。
掘り途中だった落とし穴が勝手に完成していたり、焦がして黒焦げになったので捨てた料理がいつの間にか消えていたり、梢渡りの最中に足を滑らせて落ちた時に誰かに抱き抱えられて怪我をしなかったりだ。あの時は目をつぶっていたので見えなかった!
レテはそれを誰かが見守ってくれているのだと解釈した。
それが何者かはわからない。どうして姿を見せないのかもわからない。会えたらお礼を言いたいし、その理由も聞きたい。
「どんな人なんだろうな~」
想像の中のその人の存在が日増しに大きくなるにつれて、レテは外の世界を夢想するよりも姿も見えないあの人のことを妄想することが多くなっていた。
そんな日々のいつかに、とある夢を見た。
いや、夢ではないのかもしれない。
ただ暗闇の向こうから声がしたのだ。
「レテ……」
「レテ……わたしの声が聴こえますか? レテ……」
麻の葉で編んだシーツをかぶったようなぼんやりとした暗闇の向こうに曖昧な輪郭が浮かび上がり、でも声だけはハッキリと聴こえていた。
「ああ動かないで。わたしは理由あって姿を見せることができない。心を鎮め、穏やかな気持ちのままでお聴きなさい」
(あの人だ!)
その刹那レテを貫いた衝撃は落雷のように激しく、果実のように心に甘く溶け込むものだった。
「わたしの名はレゴラス、上の森に住む者です」
(レゴラス様……)
「貴女に使命を与えます、上の森を訪れるのです。我ら古き者が都へ来るのです」
(はい)
言葉にせずとも彼には伝わる。
そう確信したかのようにレテは心の中でそう答えた。
(はい、あたし行きます。貴方にお会いできるのならどこへだって……)
「待っていますよレテ……」
レテは夜が明けるとすぐに父にあの夢の話をした。
父は目を真ん丸のお月様みたいに見開いて驚いていた。
「……信じられん」
「嘘じゃないよ!」
「いや、嘘とは言っておらん。レゴラス様という響きにはどことなく高貴なものを感じる、とてもではないがお前の想像から出てきたとは思えん。だが上の森人の方々がどうしてお前に……」
父は悩みに悩んだ挙句、長老を頼ることにした。
里の外れに住む大婆様だ。大婆様はウィルドの父の先生にあたる方で、滾々と湧き出る泉の森番すべての先生でもある偉大な弓者であり賢者である。
その容姿は人でいえば未だ三十代の若さを保つ大婆様はウィルドとレテから夢の話を打ち明けられるとカラカラと快活に笑い出した。
「おやまあ、そいつはめでたいね!」
「……吉事なのですか?」
長命種であるエルフであっても棺桶に片足突っ込むどころか下半身丸々入っててもおかしくない三百歳の長老が満面の笑顔で、レテと見つめ合う。
「レテ、あんたそのレゴラス様に見初められたね」
「「!?」」
「稀にそのような申し出があるのさ。上の御方々も時折こちらまで散策に来られるからね、そんな時にあんたの姿を見かけて気に入ったんだろうさ。わざわざ夢の回廊を使ってお呼びになられるなんて、大方照れておられるのだろうねえ」
まさかまさかのお付き合いの打診だとは思わず父はひどい頭痛に額を押さえていた。
大婆様は時折そのような申し出があると言ったがウィルドは聞いたこともない。百歳程度の若僧では一度も起きないような吉事がまさかお転婆な愛娘に起こるとは……
(不安で仕方ない! 上の方々を怒らせて突き返されるのが目に浮かぶようだ!)
端的に言えばだ、ウィルドめっちゃ苦悩してる。
だってレテは悪戯大好きっこだもん。まさか偉大なるセルトゥーラ王の都で落とし穴掘ったりしないだろうな、と心配で仕方ない。
なにより妻を失ったウィルドはレテを手放したくなかった……
いつかは縁談が来るだろうとは覚悟していたはずだった。だがまさかこんなにも早いとは思ってもいなかったのだ……
「ウィルド、いけないよ。親が子の未来を摘むものではない」
「……娘はどうなるのでしょう?」
「召喚に応じねば諦めてくださるだろうさ。応じれば壮麗なるベルサークで陸まじく暮らすことになるだろうよ。それはレテが決めることだよ」
「レテ、お前の言葉を聞かせてくれ」
大婆様とウィルドの真摯な眼差しがレテを射抜き、レテもまた純粋な恋心だけを宿して二人に向かい、頷く。
「ととさま、おばばさま、あたし行きます」
上の森人からレテを妻にしたい申し出があった。このニュースは人口百数名程度の小集落を瞬く間に駆け抜け、レテの旅立ちの前の晩には盛大な宴が開かれた。
そして旅立ちの朝、集落の者は諸人挙ってレテの出発を見届ける。
一人一人がレテとハグをして別れを惜しむ。元気でね、幸せにおなりよ、嫌になったら帰ってくればいい、色々な気遣いの言葉は切なくて……
(あぁ、あたしは本当に里を出るんだ……)
知らず涙が零れていた……
(不思議ね。あんなに外に憧れていたのに、森の深くに行きたいと思うようになるなんて……本当に不思議)
「ああ、もう! 湿っぽいのをいつまでやってるんだい! 道のりは遠いんだよ、こんなことやってたら日が暮れちまう!」
レテの切ない気分に大婆様が水を差した。年寄りは気が短いのだ。
大婆様がレテの腕を引っ張って強引に旅立とうとした時―――
「待ってくれ!」
ハグ待ちの行列にはいなかったエリオが森の中から飛び出してきた。いったい何をしていたのか、ボロボロな有り様の彼はそのままの勢いでレテに飛びつき、思い切り抱き締める。
「行かせたくねえ!」
里の衆がざわつく。
「エリオ?」
「ほんと言うとな、行かせたくねえ! お前を娶るのは俺だって思ってた。俺はたしかにノロマだし愚図だし頭だってわりいかもしれねえ。だがお前を好きだって気持ちは誰にも負けてねえ!」
「エリオ……」
彼とは同じ年、同じ日に生まれた。里ではそういう者同士を対の子と呼び、無二の友となるか生涯を共にする伴侶とする風習がある。
しかし彼が口にしているのはそういった風習ありきの想いではなかった。
「でも、お前行くって決めたんだよな。お前が言い出したらきかねえの、わかってるから」
レテを突き飛ばし、その両肩を握りしめたエリオが笑う。
涙でくしゃくしゃになった笑顔のままで、七束をまとめた白く輝く花を突き出した。
「餞別だ、やる」
「エリクシールッ、こんなに!」
エリオがぶっきらぼうにそう言い、肩をいからせて里に戻っていくとたちまち男衆に囲まれてしまった。
「こいつ、男を魅せやがって!」
「遅いんだよバカタレ!」
「ノロマ! グズ! だからどこの誰かもわからんやつにかっさらわれるんだよ」
「るせー!」
男衆が身長の低いエリオの頭をぐりぐり撫でまわしながらワイワイ騒いでいるのを遠巻きに見つめながら、レテはもうその輪には入る資格のない自分を知り、少し切ない気持ちになった。
「今ならまだ引き返せるよ」
「いいえ、おばばさま、あたし戻りません」
里へと背を向ける。歩き出す。不思議とその足取りは軽かった。
「だってあたしは、もう旅立っているのだから」
「さあ行こう。上の森は遠いよ」
レテと大婆様は里に背を向け、意気揚々と足を踏み出したのだった。




