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大賢者イデ=オルク

 俺達は即刻王の前に引き摺り出された。


 エルフ王レウ=セルトゥーラ。美しいが気難しそうな顔つきの王は、虫けらでも見るみたいに俺とフェイとレテを見下ろしている。


 拘束された俺達はただ判決を待つ罪人のように大人しくしているしかなかった。

 何しろ王からやってくる圧力が尋常ではない。太陽の前に引き摺り出され、誰が顔をあげてその輝きを直視できるというのか……


 そんな俺達の隣でハゲ獣人だけが饒舌だ。王へのおべっかばかり使っている。


「さすがは偉大なるセルトゥーラ王! このレテなる小娘を張っておりましたら見事こやつらが釣れました。その英知には敬服するしかありませぬ!」

「なにが張ってだ、レイプ魔の分際で」


 くそっ、殴りやがった。殴る手さえ見えねえぞマジで。


「アクセル」

「はっ!」


 王に名前を呼ばれたハゲ獣人は嬉しそうだ。毛一本生えてない寂しい尻尾をブンブン振ってやがる。


「下がれ」

「はっ……は? しかしこやつらが暴れでもすれば御身が」


 王が退屈そうに顎を上げると、王とアクセルの間に側近が割って入った。


「この場は吾輩に任せ、アクセル殿は下がられるといい」


 側近が睨みを利かせるとハゲ獣人はぐぅの音も出せずにすごすごと退散していった。ハゲ尻尾までしょんぼりしててザマアミロだぜ。


 王と側近、俺とフェイとレテのみとなった王の間で、側近のじいさんが罪状を読み上げる。


「人族のリリウスとフェイは同胞である滾々と湧き出る泉のレテを誘惑し我らが都まで案内させ、宝物殿へ侵入し幾らかの金品を奪った。相違ないか?」


「ええ、それと葉野菜のサラダを少し……」


 側近のじいさんが困惑してる。


「食事かね?」

「はい……」


「君達の目的は何かね、何の望みを抱いてベルサークへと入った?」

「俺はそのぅ、耳の長い少女が好きなので嫁探しに……」

「僕のその付き添いだ」


「つまりかどわかしに来たと? 吾らが同胞を誘拐するつもりだったと?」


 やべえ、ナンパに来たのに誘拐&監禁未遂はやべえよ!


「いや、いやいやいや! 俺純愛派なんで、きちんと口説いてオッケー貰って親御さんに挨拶してから結婚しますよ!」

「こいつ馬鹿だけどそのへんしっかりしてるから誘拐なんてしないぞ!」


「「信じて!?」」


 王が不愉快そうに顔を歪ませた。ひぃ、怖いなあこの王様。


「真偽を確かめよ」

「襲われたという者はおりませんな」


 助かったぜ、やはり普段の行いが良いとこういう時に助かるな!

 王がものすごく長いため息を吐いた。そして虫けらを見るような目に困惑が見える。


「≪シャス・ワイヤ イス アトフリー・サージ・アス≫」

「だから嫁探しですけど」


 う、いま俺無意識に返事しなかった?

 もしかして嘘をつけないようにする自白魔法みたいなの使われたのか? そんな便利そうな魔法聞いたこともないけど?


「数千年の長きに置いてこのようなくだらない侵入者は初めてだ。もうよい、まとめて首を刎ねよ」


 ええっ、誠心誠意白状したのに結局死刑ですか!?


 勘弁してくださいよこんな無邪気な子供殺しても何もいいことはありませんよ! ちょっとエロいだけで無害ですよ!


「殺してしまうのもよいのですがな、王よここは吾輩に任せてもらえませんかな?」

「好きにしろ」


 王のお許しが出てホッと胸を撫で下ろす。


 だが側近のじいさん何が目的なんだ? 俺のケツか? フェイの方が面がいいからそっちの方がおすすめだぞ。


 側近のじいさんは王宮に一室を持っていた。


 部屋に着くなり温かい食事が運ばれてきて、謎の黒い拘束具を解かれた俺達はとりあえずごはんを前にお預けくらう。なんですかねこの状況……?


「君達がただの子供で、さほどの悪人ではないと判断させてもらった。これはアクセルの蛮行からレテ君を助けてくれた礼だと思ってくれ」


 側近さんさすがです、王とは見る目が違いますね。


 食事をもりもり食う。フェイのやつはなぜか躊躇っていたがそのうちメシに手をつけ始めた。レテもよほどお腹が空いてたのか咽び泣きながら食べている。


「美味しいよぅ、美味しいよぅ……」


 レテちゃん頼むからそこのフォークを使ってくれなんて言えない雰囲気だ。側近さんも察したのかハンカチを用意してくれた。紳士かよ。


「毒などは入っていないという定番のセリフも必要ないようだ」

「毒殺に興奮する特殊な変態でなければ先ほど首を刎ねて終わってたでしょう。なにより謝礼で出された食事を疑うのは失礼だ」

「勝手に王宮に出入りしておいて失礼も何もあるかね……」


 ごもっともです、はい。全部俺が悪いです。


 とりあえず居心地悪いんで本題プリーズ。へへ、フェイの尻なら磨いておきやすぜ。


「そういえばまだ名乗ってもいなかったな。吾輩の名前はイデ=オルクという。王の無聊を慰める話し相手だとでも思っておけばよい」

「それは豪勢な話だ、あんたほどの偉大なる賢者をただの茶飲み友達にするとはセルトゥーラ王はよほどの慧眼だな」


 ……あのぅフェイさんせっかく首の皮一枚繋がってる窮地に喧嘩腰はやめてくれない?

 てゆーかこのじいさん有名人?


「エルナヴュート軍記も知らんのかお前は……『放浪の賢者イデ=オルク曰く戦に三つの機運あり、天の運、友の運、金の運、これ揃えれば不敗なり。逆さに読めば機を読み過たせ、不和を招き、準備を失った軍など敵にあらず』このじいさんは策略一つで三国連合を分解させ、古の大戦を終結させた大賢者だぞ」

「ほほぅ」


 なるほど、すごいじいさまなんだな。


「若者に持ち上げられると照れ臭いものだ」

「今のところあんたの機嫌一つで首の皮一枚つながってる状態なんでね。助かるためならおべっかくらい幾らでも使ってやるさ」


 だから何で喧嘩腰なわけ……

 イデじいさんが笑ってなかったら殴ってでも止めてるぞマジ。


「悪びれもせず目の前で言うかよ。その挑むような眼差しも潔く死んでやろうという気概も、この滅びゆく種族の老輩にはどちらも等しく尊く映るものだ」


「この地上において最も強大でちからある種族のセリフとは思えんな」


「君達から見ればそう見えるのかもしれない、だがその内情は朽ちた大樹のようなものなんだ。少し散歩でもしながら話そうか」


 イデじいさんにつれられてベルサークをお散歩する。


 美しき都は一歩毎に新たな発見があり、どこまでの俺のファンタジー心を高ぶらせてくれる。


「あれを見たまえ」


 どこです?

 イデじいさんの指差す方には大樹の根本があり、別にそんだけだ。樹齢はたしかにすごそうだけどベルサークでは珍しくもない。


「あれは我ら上の守り人の末路だ」

「どういう意味だ?」

「くわしく」


「我ら精霊種には寿命は存在しない。だが悠久の時は我らが心を確実にすり減らしていくのだ。我らにとっての死とは、現世に興味を失い、永遠に目覚めぬ眠りにつき緩やかに世界樹の苗床となるもの」


「樹化における平均寿命はどのくらいなのですかね?」


「一万を数える者もいれば千年と経たずに森に呑まれる者もいる。君らとて早死にする者もいるだろう、それと同じだ」


 いやー、千年で早死にってその感覚よくわかんないっすわ。


「最近は森に呑まれる者が特に多い。張り合いがないのであろうな……」

「長命種らしい贅沢な悩みだ。ごたくはいい、さっさと本題に入れ」


 ちょ―――だからマジでお前喧嘩すんな!


「フェイお前マジで今の状況わかってんのか!? このじいさん見た目穏やかだけど俺の危険度センサービンビンなの! ファイアドラゴンの五倍はやべえって警報うーうーしてんの!」

「お前こそ理解しているのか、この大賢者が持ち出すのは相当な厄介ごとだぞ!」

「命大事! 超大事!」

「羊のように唯々諾々と搾り取られる生なら僕は勇敢な死を選ぶ!」

「俺を巻き込むなー!」

「そもそも僕を巻き込んだのはお前だろうがー!」


 再び醜い殴り合いを始める俺とフェイ。

 そして両腕が使える上にフットワークまで使えるフェイに十秒でのされる俺氏……


「おまっ、さては気絶して自分だけ助かろうとしているな! 起きろ、お前のちからはこんなものではないはずだ!」


 いや、リリウス君の本来の実力はこんなものですぜ。

 だから俺を起こそうとするな! イデじいさんにはお前だけで立ち向かえ!


「では本題に入ろう。君らが盗み出したガラクタについてだが、ある条件を達成すれば報酬として差し上げてもいい」


 ん? いまガラクタって言った?

 お宝がいっぱい詰まった頭陀袋をポンと叩いたイデじいさんが優しげに微笑む。その優しそうな笑顔が少し怖いです。


「売れば人生遊んで暮らせる物をガラクタとは剛毅な。僕らに何をさせたい?」

「若い君達にはとても奇妙な話に思えるかもしれないが、現在我ら上の森人はとても大きな問題を抱えている。子が生まれないのだ」


「出生率が下がっている?」


「お前やっぱり気絶したフリしてたのか!」


「そんな生易しい話ではない、この五百年間で一人も生まれていないのだ」


 え?

 もしかしてハイエルフってみんなババアなの?

 見た目完全に美少女なんですけど?


「王はそれが天の計らいならせめて優雅に滅びてみせようと笑うが吾輩は同意しない。我らとてこの大地に生まれた一個の種族なのだ、子が生まれぬと諦め座して滅び去るのを待つよりも例えどんなに見苦しかろうと足掻いて足掻いて足掻ききった果てに滅びたい。いや、何としても滅びだけは回避しどんな形であっても我らという種の存続を願っている」


「つまり人口増加に寄与する方法を探してこいと?」

「それがセルトゥーラ王の意思に背いていてもか?」


「この未練がましさは王とて承知の上。どうせ無駄だろうがやりたければやるがいい、などと気ままな仰せであったがな」


「エルフ王、主体性がなさすぎませんかね?」

「一個の生命に一万の時はあまりにも長すぎる、あの御方はもう疲れ切っているのだ……」


 百年でもボケちゃうのに一万年は想像もつかねえな。

 もしかしてイデじいさんヘルパーさんなの? 老々介護なの?


「あのぅ」


 それまで黙っていたレテがちょこっとだけ手を挙げる。このしんみりした空気を読んでの挙手ですね。


「お話中にごめんなさい。今ふいに思い出したのですが、滾々と湧き出る泉の長老トトノーセ様のお姉さんが都に嫁いだらしいのですが……ええ~と何が言いたいかというと一度なりとお会いしたいなぁと……だ、ダメだったらいいんです、ごめんなさい!」


 レテちゃん純朴でいい子なんだけど空気読む機能付いてないよね。


「トトリアという娘のことだね、覚えているよ」


 その優しい笑顔と覚えているのコンボやめてもらえませんかね。完全に過去系じゃないですか。


「レテ君の前でこういった話をするのは気が引けるが、事実は知識として共有しておくべきだろう。ベルサークにおいて下の森に住む同胞はかつて半端者と呼ばれ忌み嫌われていた者達の末裔だ。我ら純粋ハイエルフ同士の交配によって誕生したものの、精霊種としてのちからを持たぬ定命の生命として誕生した者達が下の森の同胞。そして古いがゆえに子を産ませるちからも、産み落とすちからも失った我らが最後の希望として手をつけたのがかつて半端者として捨てた下の同胞の腹を借りる方法だったのだ。我らも相当の努力をしトトリア君はとても献身的に尽くしてくれたが残念ながら子を宿すには至らず、幾百年か前に大地に還ったよ」


 俺は絶句。つっこみマシーンのフェイも絶句している。


 ご配慮の影がチラリズムしてますけどやべー雰囲気がプンプン臭ってやがる。

 俺の陳腐な想像力ではトトリアちゃんが美しいハイエルフどもにたらい回しに凌辱される程度だけど、大賢者と呼ばれるじいさんの相当の努力が怖すぎる。ファンタジー世界のはずなのにサイエンスフィクションばりの実験されてそう……


「そ…そうだったんですかぁ。そっか、もうお亡くなりに……トトリア様は幸せでしたでしょうか?」

「私の目から見ればとても名誉ある幸福を得ていたと思うよ(ニッコリ)」

「そっかー」


 レテちゃんは信じているようですね。

 俺はとりあえずフェイに視線をやる。こっちも気づいてて顔面蒼白だぜ。


「……やめろ、僕に言わせようとするな」

「言わせねえよ。全力で忘れるぞ」


 レテの精神の安らぎは守られるべきだ。

 俺達には地獄の釜を開く勇気はない。


「え~~と、まとめるとイデじいさん的には純粋種ではなく異種混合のような形であっても種族の存続を希望していて、役立ちそうな方法を調査してこいってことですよね?」


「その通りだ。やってくれるかね?」


 いや、これ強制イベントでしょう?

 断ったら殺されるやつでしょ? やるしかないじゃん。でも一つだけ絶対に約束してもらわないといけない条件があるんだよね。


「報酬の一部前払いとしてレテや親族の安全を保証してくれるなら、お引き受けしましょう」

「我らが同胞の安全について君が改めて願う必要はない」


 どうも罰する気は初めからなかったようだ。アクセルが無法さえ働かなかったらすぐに帰してくれたのかもしれない。


「ちなみに期限は?」

「我らは気の長い種族でね、君らの寿命が尽きるまで待つつもりだよ。なに我らからすればあっと言う間だ」


 いやダメだこいつら牢に入れたまま百年くらい平気で忘れそうだ。

 やはりレテは助けておいてよかったんだ。ナイス俺。

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