マクローエンの悪魔 後編
祭りの会場で子供から目を離したらいなくなる、それは五歳児だろうが十歳だろうが確実に発生するトラブルで過去何千何億のお父さんたちが味わってきた焦りであるのだ。
マジでこの突発イベントに関しては子供の年齢は関係ない。年齢が高くなるにつれて自力で戻ってこれる確率が上がるというだけだ。おおよそ三千人の人々が行き交うお祭り会場で行方不明の五歳児……
泣いてそう……
事態に気づいたルドガーが叫ぶ。
「バトラはこの先の露店を見て回れ。リリウスはこれまで見てきた露店を逆さ順に回ってこい。俺は適当に探し回る!」
妥当な指示内容だが詰めの甘さがあるのがルドガーだ。そういう部分はリリウスくんが補うぜ。
「おい、集合場所も決めておけよ」
「じゃあそこの冒険者ギルド前に集合だ。見つからなくても定期的に見れば状況がわかるだろ!」
「おう!」
「かしこまり!」
兄弟三人が散らばって迷子のアルドを探しに行く。
アルドー、どこだー、兄ちゃんはここにいるぞー!っと。まったく世のお母さんたちの苦労が偲ばれるぜ。
自分よりも遥かに背の高い大人たちが壁のように動き回るバザールで人探し。これは無理だとそっこーで判断して露店の在庫置き場になってる馬車の幌の上までジャンプする。幌と幌を渡りながら大勢の人々の頭上からアルドの姿を探す。
捜索の途中でトンデモナイ痕跡を見つけてしまった。
さっき挑戦した据え物斬りの露店で、ミスリル銀の兜が剣に串刺しにされていた。もし人間が被っていたのなら即死確定のえげつない貫通の仕方だ。本当にえげつない。ゾッとする。見た瞬間に冷や汗がぶわっと出た。
剣の切っ先は粉砕していて剣身の半ばまで砕けていたがそれでも貫通しているのだ。つまり剣の強度などお構いなしに強引にミスリル銀の硬度をぶち破った痕跡なのだ。
どよめく群衆の一人に聞いてみる。
「あれってもしかして五歳くらいの子供が剣を投げてああなったんだったりする?」
「お…おう、あれはすごかったぞ、マジで怖かったぞ」
マジで怖かったんだ!
青ざめた顔色のおじさんはよく見たら足がガクブルしてる。
「こうな、バキャン! ギャリリリリ! って感じのすごい音がしたと思ったら剣がぶっ刺さってた。あの兜も吹き飛んでそこの地面に突き刺さってたんだぜ」
「なんて恐ろしい……」
なあアルドお前はいつもそんなパワーで兄ちゃんたちに石を投げてたのかい? 俺は恐ろしくて仕方ないよ。
お前とは末永く仲良くしたいものだ。なんなら将来的にお前にラスボスを倒してもらうかもしれない。なぁにガロード・アレクシスとかいうケチな悪党さ、マジでお前の敵じゃないと思う。なんなら一撃で倒せるよ。
ここで俺はものすごく嫌な予感がした。乙ゲー転生物でよくあるDLCで追加されるヒーローにお前がいたりしないよな? 二個下だし年齢的にありうるのが怖すぎるよ。ほら、RPG後半で仲間になるキャラって壊れキャラ多いじゃん。お前ぜったいネオ・グランゾン枠じゃん。
「あの、それでその子供はどこに行ったかわかるか?」
「あの子ならそこの出店で両手いっぱいにお菓子を買い漁った後あっちに行ったよ」
おじさんの指差す方向はマクローエン男爵家の屋敷のある方向だ。あー、賞金でお菓子をたくさん買ったからリザ姉貴にあげに行ったのかな? 俺達がこんなに心配しているのになんてフリーダムな弟なんだ。
と…とりあえず追いかけてみるか。
◇◇◇◇◇◇
隊商がやってきたカウンゼラ市はたまの娯楽に浮かれているが冒険者ギルドは平常運転だ。午前中に隊商付きの冒険者数名が顔を出したが依頼票を眺めるだけですぐに帰っていった。
そいつを横目に見ていたバーンズは当然だなと鼻を鳴らせておしまいとした。
マクローエンは冒険者に旨味の少ない土地だ。ダンジョンのような美味しい狩場もなく経済も停滞気味で豪雪によって一年の半分は町の中にこもらざるを得ない。
マクローエン領に一個しかない冒険者ギルド・カウンゼラ支部にいる冒険者はマクローエンで生まれた者だけだ。余所からは来ず、立身出世を求めて余所に出ていく云わばステップアップの第一段階の踏み台なのである。
隊商の護衛ということは冒険者として最低ラインのG~Fランクは卒業しているはずだ。そんな冒険者が目を向けるほどおいしい依頼なんて転がっているわけがない。……んなものが残っているなら自分で受けてるし、他の冒険者が受けている。
朝っぱらからギルドの酒場でダラダラしてる理由はこれだ。出来立てほやほやの美味しい依頼にありつくためだ。時には緊急性の高い依頼にも駆り出されるがそういうところで内申点を稼いでおくと職員からの心証もよく美味しい依頼を回してもらえる。まぁこの辺はおっさん冒険者なりの知恵と工夫ってところだ。
冒険者ギルドの外の広場はバザールの会場だ。そこから聞こえてくる喧騒に耳を澄ませてうとうとと居眠りしていたら……
「おい」
肩をゆすり起こされた。
なんだと見上げてみれば凶悪な面構えの兄貴がいる。この男も自分も昔は中々の男前だと女どもにちやほやされていたが年々親父に似た顔つきになっていく。認めたくはないが血とは侮れないものだ。
「余所のギルドから回ってきた注意喚起だが最近誘拐が流行っているらしい」
「誘拐ね、この世で四番目によくある犯罪だ」
窃盗、強姦、殺人を三大よくある犯罪とするなら誘拐は四番目によくある犯罪だ。
誘拐はかねになる。そこいらをガキが一人で歩いていたらちょいとさらって奴隷商に持っていく。それだけで今晩の飲み代になるのだから悪い奴は簡単にやらかす。被害者とその家族からすればトンデモナイ大犯罪だが咎めるのが難しいのだ。
つまりは領政の立場からすれば被害者の言い分と奴隷商の言い分のどちらが正しいのかわからないのだ。
かね欲しさに子供を売った親がいたとして、ちょいと小知恵の回る奴が「うちの子供が誘拐された、うちの子があの奴隷商のところにいた!」と言われてしまえば正当な理由持つ被害者の完成だ。
奴隷商の側もそういったイチャモンや詐欺の手口に対抗する手段を幾つも有している。そしてその最大のものは私兵の充実であり個人の訴えなんぞ暴力で黙らせる。
遥か西方の国土の三分の二を砂漠で覆われた世界最古の王国『砂のジベール』で生まれた奴隷制度の抱える様々な問題は人類の歴史の分だけ多くの積み重なり、その解決策のすべてを網羅するのは英知の女神アシェラとて不可能だ。当然だが神ならぬ人の身である領主家の手にも余るので、土地の領主はこの手の問題に関わりたがらない。むしろ奴隷商人からかねを受け取ってうやむやにするまである。
まぁ物事をしごく簡潔に言えばこうなる、領境を越えられてしまえば個人のちからで見つけ出すのは不可能だ。
「隊商が誘拐に関わっている可能性が高いそうだ」
「カネの亡者たる商人どもだ、何をやらかそうが驚かねえな。今回の隊商はどこの商業組合だ?」
「ロッソだ」
「あぁ、ロッソか……」
ロッソ商業組合は厄介な組合だ。本拠地をサン・エルグローリー・エンパイアーとし、彼の帝国のワレントン公爵が後ろ盾となる大陸規模の大商会なのだが何かと黒い噂が絶えない。
市井の無責任な噂によれば帝国の暗部と関わっており、工作員の隠れ蓑になっているとか何とか。そんな噂が流れるくらい黒い商会なのだ。
しかし何と言ったものやら……
「食い詰めたゴロツキでもやらかす犯罪にロッソほどの大商会が手を出すかね。一人や二人さらって出る儲けなんざ銀貨数十枚ってところだろ? 割りに合わない気がするね」
こんなことは兄貴だってわかっているはずだ。それでも一定の信憑性があるから俺に話をしたはず、ならばロッソにはこの誘拐には大儲けをする何らかの仕組みがあるはずだ。
「だがその一人や二人がレアスキル持ちだと言ったら?」
「それなら割りに合うな」
レアスキルを持つ奴隷なら高値で売れる。購入者は強力な私兵を欲しがる富裕層だ。商人、裏社会、貴族だって欲しがる高額商品だ。だが問題もある。ロッソはどうやってレアスキル持ちを判別している?
「だが鑑定師が協力するはずがない。奴らはうさんくさいが金目当てのゲスな犯罪の片棒を担ぐ連中じゃない」
「据え物斬りだそうだ」
「……あん?」
「よくあるだろ、見事こいつを斬れたら賞金幾らって出し物だよ。連中はどうも据え物斬りでさらう対象を吟味しているらしい」
「そのギルドはそこまでわかっててどうして奴らを野放しにしやがった?」
「証拠が出なかったんだ。誘拐の嫌疑だけ掛けても誘拐されたガキが見つからなかった。だから手を出せなかった。ギルドが疑惑だけで拘束できるもんかよ」
「調査の甘さのツケを俺達に支払わせる気かよ、気に食わねえ」
「同感だ。だが被害を出すわけにはいかない」
「わかってるよ」
忌々しいがそこは呑み込む。どこぞのギルドの調査不足のツケを支払わされるのは気に食わないがみすみす見逃してやる理由にはならない。自分は立身栄達のために冒険者をやっているわけじゃない、故郷を守るためにやっているのだ。
「じゃあちょいと調べてくるわ。何人か使ってもいいんだろ?」
「使えそうな奴を集めているところだ。それとな、一つ案があるんだがリリウスぼっちゃんに協力してもらえねえか?」
何だろうか、今この瞬間に目の前の男が肉親だと信じられなくなった。
「ぼっちゃんは間違いなく何らかのレアスキル持ちだ。あの年齢であの強さ、どう考えても尋常じゃない。奴らが求める基準を大きく超えているのは間違いない。実行犯と確実に接触できるのは誘拐の対象だ」
「……兄貴、いくら兄貴でも殴るぜ?」
「殴れよ。殴って世の問題が解決すると思うなら殴れ。大人になれバーンズ、たしかにぼっちゃんはエリーヤの子でもあるがマクローエン男爵家の子息でもある。男爵家の嫡子ならば果たすべき責任があるはずだ」
「上の立場になって魂を腐らせたかよ。そこまで言うのならまずはてめえの息子を差し出してから言え、それが道理だろ」
「うちのガキにミスリル銀の兜を斬れるのなら真っ先にやらせている」
兄貴は変わった。昔はきちんとした人間らしい人間だった。
だが余所から出戻ってきて冒険者ギルドのマスターになんかなってから非情に変わってしまった。……いや、きっと出戻ってきた時にはすでに変わっていたのだ。
兄貴が何を経験して自らの心をどれだけ切り崩して切り捨ててこの合理性を手に入れたのかはわからないが、今や古い親愛と友情だけがこの男との仲を取り持っているにすぎない。
「あんたは変わっちまった。まるで親父みたいだ」
「そうかい、以前はあれだけ反発していた親父の気持ちがわかるんだから俺も随分とロクデナシになっちまったもんだ。マクローエンの治安を守護する者に人の情など不要、最良の手を打つためなら妹の息子だろうと使う」
兄は正しい。それはわかっている。だがそれは怪物の強さだ。人々を支配する特権階級という名の怪物の強さなのだ。
「地獄に落ちろ、人でなし」
俺は怪物にはなれなかった。だから従士長を辞めて市井の冒険者になった。
妹の残した甥っ子を、この故郷ごと守ってやりたかったからだ。
◇◇◇◇◇◇
深い森の中に筆で一本の線を引いたみたいな私道はカウンゼラの市街地からマクローエン男爵家本邸へと続く道である。
市内では祭りのような騒ぎが起きているというのに私道に人の姿はない。ここを通る人間は極端に少なく、男爵家ゆかりの人間か彼の家に雇われた兵隊くらいものだ。
そんな私道を鼻歌まじりに歩く子供がいる。マクローエン男爵家の末弟アルドだ。彼は覚えたばかりの最後のファンタジーのプレリュードを口ずさみながらスティックキャンディーをぶんぶん振り回して歩いている。
その屈託のない幸せそうな顔には何の後ろ暗さもない。今も兄貴達は必死になって彼を捜索しているのだが彼自身そういうことが起きているとは欠片も考えちゃいない。そう、彼は五歳児なのだ、思慮が足りないのだ。
「ぼっちゃん、ぼっちゃん」
そんな彼の前に立ちはだかる男達がいる。身なりは商人然としている。年若く、人に好かれそうな笑みを絶やさず、仕事のできそうな若い商人に見える。だが隙の無い身のこなしを見れば只者ではないとわかる。
そう、彼らは諜報員教育を受けた工作員だ。国家から大金を投じられて長年かけて育成された闇の兵隊。
「ぼっちゃん、僕らと遊びませんか?」
「いいよー」
アルドは即答した。だって彼の世界に悪人はいないのだから疑わないのは当然だ。
無垢な魂を持つアルドの世界は幸福で、笑顔を向ければ誰もが笑顔で返してくれる悪意の無い世界だ。
五歳と言えば現代社会でいえば幼稚園の年中だ。善悪を、ましてや工作員が笑顔の裏に隠した悪意を感じ取るにはあまりに経験が足りない。
「じゃあついてきてくれるかな」
「疲れているならおぶってあげよう」
「さあ僕らと一緒にきてくれ」
アルドが怪しい男たちについていく。私道から森の中に分け入り、しばらくと歩き、森と森を隔てる大きな市外壁を縄を使って乗り越えて歩いていく。
やがて森の少し開けた広場みたいな場所にたどり着く。そこには三台の馬車が停まっていた。馬車には彼らと同じような格好をした青年たちがおり、合流した彼らと小さな声で密談を交わし始めた。……油断したのだろう。
アルドはここまで聞き分けのよい良い子だったから油断した。この馬鹿な子供は誘拐されたとも未だに理解しておらず、抵抗どころかこちらの指示をよく聞いてくれるのだと思い込んでしまった。だからさっきからずっと背中を向けている。隙をさらしてしまっているのだ。
「ねえ、ここで遊んでくれるのー?」
「うん、ここで遊んであげるよ。だからもう少しだけ待っ―――」
アルドがベストのポッケからたくさんの小石を取り出す。アルドの小さな手でも何個も掴めるくらいの小さな石ころをぎゅっと握り締めたまま、背中をさらす工作員どもに向けて振りかぶる。
「じゃあ―――あっそぼー!」
投擲した。
アルドの身に宿るSクラスの軍神アレスの加護、そのちからの一つ投擲スキルが投げ放った小石を加速させる。空気中を走る小石が着弾までのコンマ一秒にも満たない時間の中でグングンと加速する。初速の二倍三倍四倍五倍と超抜スキルのちからが許すままに加速を続けた小石は空気にさえその身を削り取られ、まるで惑星に落下する流星と化す。
投げ放たれた七粒の流星は投者の願うがままの軌跡を描いてまるで散弾銃のように六人の男達の鍛え抜かれた肉体へと襲い掛かる。
おぞましい音と悲鳴が静かな森に響き渡る。
◇◇◇◇◇◇
アルドの足跡を追いかけていたら屋敷に向かう途中で森の中に入っていった。まるで目印みたいに点々と落ちているお菓子がなんとも言えない五歳児っぽさを感じる。……童話かな?
森の中の足跡を辿るとなぜか市外壁に登攀用のロープがかけてあった。……何だこれ?
途中から抱え込んだ違和感を抑えつけながら足跡を見逃すまいと慎重に追いかけていると森の中からトンデモナイ音が聞こえてきた。
まるで大砲の着弾音みたいな特大の音は……アルドの石投げの音だよ間違いない。
音の発生場所まで走ると開けた場所に出た。ピアノでも置いていそうな森の中の広場には三台の馬車と知らん男達が六人。……全員倒れている、まさか死んでる!?
アルドが倒れている男達に向けて小石をぶつけている。ぶつける度に悲鳴が聞こえてくるので生きてるわ。ほっとした。
「アルド、何やってんだ!」
「あー、リリ兄もあそぼー!」
「だから兄ちゃんに石を投げるんじゃないよ!」
アルドが投げる石を回避する。連続で回避し続ける。コツは投げられてから避けるのではなくアルドが腕を振り上げた瞬間におおざっぱな軌道を読んで安全なエリアに逃げることだ。
アルドの投擲は弱めのホーミングがかかってるからな。後ろに逃げると命中しやすい。だから活路は前ローリングだ。後ろには絶望しかない。……お前はフロムゲーのボスなの? 攻略方法が完全にフロムボスだよ。
「こらアルド! 俺もそうだが知らない人に石を投げちゃだめでしょ!」
「えー、でも遊んでくれるって言ったよー」
アルドは遊ぶ=石を投げてもいい相手だと認識している。なぜそんなダイナミックな誤解が生まれたかというと……
うん、俺だわ。俺が原因なんだ、うん、自業自得だね……
「とにかく遊ぶの禁止! つかこいつらどこの誰だよ」
「しらなーい」
アルドがすねちゃったよ。可愛いから許すけどさ。
倒れ伏す男の容体を見てみる。腰のベルトに差していた短刀が割れている。どうやらこれがクッションになったおかげで生きているようだ。いやこの表現なんかおかしいな。まるでアルドの投擲をまともにくらったら死ぬみたいな表現じゃないか。
しかし聖銀のナイフを持つ商人ねえ、まぁいるのか? 商人が持つ刃物にしては過剰な気もするが。
なんとなく違和感しかないので馬車を覗き込むと横長の木箱が積まれていて、その中からすぅすぅと寝息のようなものが聞こえている。まさか人間でも入れているんじゃないよな?
「アルド、名探偵リリウスの推理を聞くかい? こいつらはズバリ人さらいだ」
「人さらいってどんな人ー?」
「悪人」
って言ったら悪人って何って聞かれちゃったよ。
子供への教育の難しさを思い知ったぜ。幼稚園の先生はどうやって子供達にこの世の理を教えているんだろうね? やっぱり仮面ライダーとかプリキュアを見せた方がいい?
「ほぅ、こいつはお手柄っすねぼっちゃん」
「あん?」
振り返れば凶悪な面構えの冒険者がいた。大熊みたいな恵まれた体格の背中には持ち手まで鋼でできた大戦斧。へえ、物語なら黒幕登場のシーンだぜバーンズ。
「ようバーンズ、これまた随分と面白いタイミングでの再会だな。まさか冒険者ギルドの仕事だとか抜かさねえよな?」
「そのまさかですよ」
なんだって?
「余所のギルドから警告がありロッソ商業組合のキャラバンを警戒していたんです。レアスキル持ちを誘拐して外国に売りさばくシンジケートみたいなものがいるとかで、ぼっちゃんにご協力願おうと思って。すいやせん、後をつけさせてもらいやした」
全然気づかなかったわ。そりゃあアルドの痕跡を辿るので焦ったけどさ。
「俺に気取らせないとはやるねえ。いい腕してるんだな」
「うっす」
馬車の荷台に上がったバーンズが横長の木箱を開いていく。中身は予想通りの生ものだ。どれも子供ばかりだ。
木箱を開く作業をしているバーンズは俺に背中を見せている。好機ではある。
「なあバーンズ、お前は本当に関わっていないんだな?」
「……買いかぶってもらったところすいませんがね、俺はぼっちゃんが思うよりも数段小物の、地域密着型のしょうもねえ冒険者っすよ」
自分で言ってて情けなくなったのだろう、振り返ったバーンズは何とも情けない面をしていた。
まぁこんな情けないおっさん警戒せんでもいいだろ。
「だろうな」
「ひでえっす。自分から言い出しておいてあれですがね、マジでひでえっす」
半泣きでそう言うバーンズには笑っておいてやった。
まぁなんだ、こんなおっさんが国際シンジケートと関わってるわけがねえよ。だってこいつは昔からうちの近くに住んでた普通のおっさんだったしな。
このあと冒険者ギルドからの応援がやってきて六人の商人と馬車と積み荷である十人の子供を回収していった。夜にはファウスト兄貴がギルドにやってきてあれやこれやと話をしていたな。
隊商に参加していた商人の話ではこの日の夜の内に何人かの商人が姿を消したらしく、数日後にバーンズ率いる冒険者の団体が商人どもを捕まえて凱旋した。この事件の顛末がどうなったかは知らない。だが、まぁ、兄貴や頼もしい冒険者たちが上手いことやったのだろう。
◇◇◇◇◇◇
すっかりお馴染みになった冒険者ギルドの酒場で今日も適当に飲んでいる。飲み仲間のバーンズはさっきからきゅうりばっかり齧っている。強い酒と浅漬けのきゅうり、控えめに言って合う……!
「バーンズ、俺は決めたぜ」
「ほう、なんですかい?」
「とりあえずの目標ってやつさ。俺は聖銀の武器を手に入れる」
ド三流鍛冶師のアルムに聞いたところ聖銀のナイフなら安ければ金貨20枚くらいで手に入るそうだ。高い物、いわゆる名工の鍛造した逸品となると桁が増えるそうなのでまずは安いので装備を更新すると決めた。
あ、アルムに頼んだオーダーメードのショートソードなんだが何となく予感はしていたが微妙な出来だった。別にナマクラとかそういうわけじゃないが普通というかそんな感じ。やっぱ一流の品を見た後だとね、うん、普通の品だとイマイチに感じちゃうのよね。
装備更新の決意表明をするとバーンズが嬉しそうだ。
「いいっすね。がんばって獲物をじゃんじゃん持ってきて稼いでくださいよ、その分俺っちも仲介料で潤うんで」
「クソが」
「うっす」
俺の働きから仲介料を抜くとはなんて腹立つ野郎なんだ。とは思いつつ切るに切れない関係性なのがムカつくぜ。
こんな感じでダラダラ飲んでたらバーンズがこんなことを言い出す。
「そういや渡し忘れてましたね。これっす」
「なんだ?」
鍵みたいな物を投げ寄こされた。貸し金庫の鍵なら嬉しいがこの世界で銀行なんて見たことねえぞ。
「ぼっちゃんの生家の鍵っす。あー、覚えてねえと思うんすけどぼっちゃんが男爵家に引き取られた時にぼっちゃんから預かった物なんすけど、お返しします」
「……そっか、あの時のか」
あれは夢だ。夢でしかない。
でもたしかにあった現実の出来事だったのだろう。
「ご案内は必要ですかい?」
「いいや、覚えてるよ」
今日はこのままあの家に帰ってもいいのかもしれない。酩酊する良い気分に任せてうとうとと櫂を漕ぎ、このまま眠っちまえたら最高だな。
「……ありがとうよ、バーンズおじさん」
いい眠りとはいい酒を飲んでそのままふっと寝ちまうことをいう。by俺。
◇◇◇◇◇◇
冒険者ギルドは喧騒の中にあり、野望に燃える若者たちの暑苦しさを肴に酔えるベテランにとっては実家のように居心地が良い。
マクローエンの冒険者は冬場は西隣のバイエル辺境伯の領地に出稼ぎに出かける。冬場のマクローエンは豪雪と吹雪のせいで町の外に出られないってのもあるが、近年は倒すべきモンスターがいないのも問題だ。
「おい、聞いたか?」
「何がだ?」
「マクローエンの悪魔だよ。この辺りに出たんだって」
「マジかよ、あれっておとぎ話か何かじゃなかったのか……」
冒険者たちの噂するマクローエンの悪魔は実在する。
曰く森でモンスターに囲まれていた冒険者が死を覚悟した時、高らかな笑い声と共に次々とモンスターが死んでいった。あれがマクローエンの悪魔の仕業だとか。
瘴気の谷から這い出してきた魔神級モンスター討伐のために辺境伯が兵を出したところ討伐対象は冷たい死体になって転がってたとか。それもマクローエンの悪魔の仕業だ。
余所の土地からマクローエンに移り住んだ盗賊団が次の週には縄につながれてそっくりそのまま奴隷商に売り渡されていたとか。やっぱりマクローエンの悪魔の仕業だ。
帝国革命義勇軍『青の薔薇』の隠し拠点が壊滅したのももちろんマクローエンの悪魔の仕業だ。何でも山ほども巨大なドラゴンに乗って現れ、一晩で破壊の限りを尽くしたらしい。
マクローエンの悪魔とはいったい何なんだ?
ここバイエル辺境伯領の冒険者ギルドでもしきりに噂になっている。
「おいおい知らねえのかよ、かぁ~~遅れてるなあ。いいか、マクローエンの悪魔ってのは男爵家の五男のリリウス様のことだよ」
そういう時はバーンズも嬉しくなってついつい噂話に参加してしまう。
今日もどこぞで元気に暴れまわっているであろう甥っこの姿を思い浮かべながら余所の町の冒険者にあることないこと吹き込んでいく。そう、彼はそういうしょーもない地域密着型のおっさん冒険者なのだ。




