マクローエンの悪魔 前編
人間、歳を重ねると色々と余計なことを考えだすもんだ。例えば立派な大人ってなんだろうなあ、とかそんな余計なことだ。
カネを稼いで嫁さん貰ってガキをこさえるのが立派な大人か? 単純な人間ならそれが男の生き様だとかほざくんだろうが俺にはどうしてもそうは思えなかった。別に哲学みたいな小難しいことを考えてるわけじゃない。単に俺の周りにいる連中が幸せそうに見えねえってだけだ。
酒場じゃ嫁の悪口を喚き散らして家に帰れば遅くまでギャンギャン喧嘩してるわけだ。そういうのを見てるからあれが立派な生き方、立派な大人には見えねえってわけよ。
酒場で酒を飲みながらこういう話をしてるとよ、相棒のガウンズがこういうわけよ。
「でもアニキぃ、稼いだカネを全部酒に使っちまうのが立派な大人かよ?」
「痛いとこ突くじゃねーか」
あいつらが立派な大人にゃ見えねえが、それ以上に俺の方がダメな大人ってわけだ。
カネが入れば酒を飲む。酒が入れば博打も打つ。博打で儲かりゃ女のところに湿気込む。いい夢を見て眠ればいつの間にか財布が軽くなってるからよ、仕事を探してギルドに出かける。俺の人生はこんなつまんねえことの繰り返しだ。とてもじゃないが立派な大人とは言えねえや。
ガウンズの言い分は正しい。言われるとムカつくってだけで正しい。
もう随分と酔っぱらってやがるのか目の据わったガウンズが語りだす。
「やっぱ男ならイイ女を捕まえてなんぼっしょ!」
酒が入ると熱く夢を語るのがこいつの悪いところだ。つええモンスターを倒して二つ名持ちの冒険者に成りあがって、ってのがこいつがいつも語るところの定番のストーリーラインで、寄ってくる女のタイプは気分次第で変わる。今日はどうも銀髪ボインちゃんのようだ。
まぁ夢を見るのが悪いとは言わねえよ。ただ昼間っからギルドで酒かっくらってるド三流冒険者の身としちゃあな、もう六月だってのにあまりのギャップに風邪を引きそうだ。
素直に夢を語れるのは若い奴の特権だ。ド田舎でくすぶってる三十代のおっさんには夢なんて眩しくて正視できねえよ。酒を飲んでてギリいけるくらいだ。
少年が語るにはあまりにも欲望でギトギトしすぎている夢を熱弁するガウンズとそのコンサートを聞き流す俺に前に、熊みたいにでけえ男が近寄ってくる。
熊みたいに筋肉質な体つきに首が頭よりも太い大男はこの冒険者ギルドのマスターであり実の兄貴でもある。俺をアニキと呼ぶガウンズとは違ってマジの兄だ。あっちは幼馴染みってだけだ。
「おう、仕事だ」
「あん?」
てっきり飲み会に交ざりに来たのかと思ったが仕事かよ。生憎だがもう酒を入れちまったんだがな……
「わりいが他の奴に回してくれ、見てのとおり酒が入っててな」
「別に今すぐ動けなんて言っちゃいねえよ」
兄貴が苦笑いしてる。俺らの状態なんて一目でわかってんだよ馬鹿野郎ってとこか。
「だがすぐにでも着手してほしい案件だ。最近放置死骸が増えてるのは知ってるよな」
「あん、まぁ何度も見かけているがよ」
酒のせいで回らない頭でも一発で話が見えちまった。
最近カウンゼラ市周辺でモンスターの放置死体が増えている。別に奴らを倒したら倒した奴が埋葬しろなんて面倒な話じゃないが、討伐証明も取らずに放置してあるので冒険者の仕業じゃないなって程度の話だった。
だっただ。その程度の話でしかなくて以前報告した時も領主さまの兵や通りがかりの誰かの仕業だろで終わっていた話だ。……つまり兄貴は一度終わった話を蒸し返してきたわけだ。
冒険者ギルドのマスターが一度終わった話を蒸し返した、その理由なんて脅威度の再評価しかない。
「あちこちに放置された死骸を改めて検分してみたんだが手口がな、こなれてきてんだよ」
「童貞が経験を積んだってわけだ」
良い冒険者は良い冗談を言うもんだ。世の悲惨を冗談抜きで語ろうとすると気分が悪くなって仕方ねえからよ、冗談で包んでやるくらいがちょうどいいんだ。
「ちょろっと女を知った童貞紛いなら可愛いもんだがやっこさん相当にイイブツを持ってるらしくてな、全部一撃で仕留めてやがる」
兄貴が首の前で手を振ってみせている。どいつもこいつも一撃で首を捌かれてやがるわけだ。
まったく寒気がしてきたぜ。
「で、人だと思うのか?」
「そいつを調べるのがお前の仕事だよバーンズ。……切り口から見るに童貞野郎のタッパは随分と低い、あれで人ならガキだな、それも十歳よりも下だ」
「じゃあゴブリンだな」
こう断定した理由は簡単だ。そこまで気合いの入ったガキならナイショでモンスター退治なんて馬鹿やらかす前にギルドの門を叩いてる。そんで俺みたいなオヤジに散々からかわれて泣いて家に帰っていくもんだ。変にやる気を出して町の外に出られても困るからな、わりと本気で心を折りにいく。これに関してはギルドも奨励している正式な冒険者の作法だ。
あの手のガキどもは何の根拠もないのにモンスターを倒せるって変な自信を持ってるんだがまずはてめえの親父にステゴロで圧勝してから来いってんだ。一番弱いモンスターでも絶対に親父よりも強い上にほぼ確実に奇襲で容赦なく殺しにくるんだぜ? 刃物持ってるだけのガキどもなんて十人いてもおやつにしかならねえよ。
ま、想像力の欠如ってやつだろうな。俺のようなベテランの冒険者でもない限りモンスターとのバトルはほぼモンスター側の奇襲からスタートだ。獣ならマシだが亜人系モンスターなら悲惨だぜ、威勢よくクエストに出かけていったまま帰ってこなかった新人の死体を何度持ち帰ったか数えるのも馬鹿らしいくらいだ。
野郎はその場で肉と装飾品に加工され、女はそれはもう悲惨な目に遭う。……新米にはそういう説教もしてやるんだがあいつらは何故か根拠のない自信に裏打ちされた謎の自信をもって無視するんだ。俺達は大丈夫だってな。
兄貴がやけにシリアスな顔つきで首を振る。
「……ギルドの担当も亜人系モンスターだと考えていた。だが仮にゴブリンだとして死骸を食っていないのは何故だろうな?」
「食わない分を置いていってるだけじゃないのか?」
兄貴が渋面のまままた首を振る。その面を見ているだけで俺の酔いは覚めた。
「……食うためでもなく足跡一つ残さずただモンスターを殺戮するだけの怪物の技量が日に日にあがっているんだ、俺は危険度を最大だと見ている」
酔いの覚めた眼で見上げる兄貴の顔は焦燥に満ちていた。得体の知れない怪物の存在に気づいて、助けを求める無辜の民のような顔だ。
「マクローエン最強の冒険者『大熊』バーンズ兄弟への依頼だ、この地に潜む脅威を刈り取れ」
これが俺達冒険者の仕事だ。俺は確かにダメな大人さ、だが人々を安んじるために命を懸けて戦う戦士であること、この誇りを忘れない限りはこのくだらない繰り返しの日々にも腐らずにいられる。
ちょこっと自信をつけるや名声と大金を求めて故郷を旅立つイケイケな若者とは違って、おっさんの持ち味は安心と安定の地味な地域貢献よ。
◆◆◆◆◆◆
領都カウンゼラ市の外は深い森だ。南に天を衝くような大山脈、西は薄くほんの三時間も歩けば平野に出、北と東は延々と続く古く深い森が広がる。
領都を覆う市壁の外は人の手の入らぬ大森林、つまりは街道周辺を除いてはモンスターの領域だ。
森に濃い死の臭いが漂っている。人の侵入を、いや動物も魔物も恐れて近づかないほどに強い死の臭いだ。
木と木の合間にあるドス黒い土の上で大きな魔物が横たわっている。巨大な豹の魔物だ。他者を殺して手に入れた魔法力を強く速く大きくと願い続けてきた精悍な大豹が無力な猫のように横たわり、息絶えている。
後頭部の毛並みが血に濡れている。死因は頭上からの一撃であろう。これほど巨大な豹ならば相応のタフネスを有していたのだろうが一撃で頸椎を切断されては反撃もできなかったにちがいない。
首から下を動かせなくなった豹はそのまま流血と共に命を垂れ流して死んでいったのだろう。
ここには死の臭いが漂っている。それは血と腐肉の臭いだ。
その見かけとは裏腹に丁寧に豹の死骸をチェックしているガウンズが唸る。
「こいつは随分な大物だ、ここいらにいる若い個体じゃねえっスね」
「北か東の森から来たんだろうな」
凍りついた海、別名『瘴気の谷』に近いマクローエンの北部は強大な魔物の巣窟だ。何頭もの強大な魔物が縄張りを作り互いをけん制し合っているような恐ろしい地だ。最強の魔剣を継承する一族マクローエンが幾度となく血を流してきた歴史の果てに討伐ではなく静観と監視を選ぶような禁断の地だ。
東の森はそこまでの危険地帯ではないが人の介入を阻むだけの脅威を有している。
この巨大な豹がどこからきた怪物かは定かではないが、いずれかの地にあっても相当な脅威度を誇った個体であったはずだ。……そんな怪物が死んでいる。死肉を喰らいに来るものすらいない。どう考えても異常だ。
「……けっこうなご馳走に見えそうなもんだが死肉を漁りにくるやつもいねえってか。やっぱこれ普通じゃねえっすね」
「お前の言い分には納得しかねえが一つだけ納得いかねえことがあるぜ」
「そいつはなんですかい?」
「こんな普通じゃねえモンス退治に俺らが駆り出されていることさ」
冗談を吹かせばガウンズが大声で笑い出した。真冬のように心が凍りそうな状況下でも冗談ふかせば笑ってくれるのがこいつのイイところだ。唯一の美点だ。長年の付き合いのある弟分だが本気でここしかイイ部分がない。あとはまぁ並みの冒険者よか腕が立つところくらいか。
げらげら大声で笑っているガウンズにつられて笑っておくが一度冷えた背筋が温まるなんて奇跡は起きない。依然としてこの場は死の臭い漂う恐るべき場所だからだ。
「で、そいつから足取りは辿れそうか?」
「無茶いうなよ、見りゃあわかるとおり足跡一つ残ってねえ」
そいつは残念だと軽口を叩くべきか、よかったと安堵すべきか?
「だが死体はまだ温かいぜ、こいつに腰かけて休んでいたアホがいねえんなら昼までは生きてたはずだ」
「そうかい、じゃあそう遠くまでは行ってねえはずだな」
ガウンズに冒険者のABCを仕込んだのは俺だ。依頼の受け方から獲物の追い方、色々と仕込んでやった。……娼婦に貢ぐ方法だけは勝手に覚えてやがったが。
適当に森を進んでいく。足跡も残さず草すら踏まず、レイスのように存在感の無い敵を追う方法にたしかなものなんてありはしない。ただ血の臭いを目指した。
死臭の先には必ず死骸が転がっている。森狼も闇小鬼も熊も静かに森に呑まれていた。濃く香る死の臭いがしなければただ眠っているだけに見えたかもしれない。
最悪の気分で死臭を追う。当初は雲を掴むような気分で始めた調査だが日の傾き始める頃までやっていれば随分と調子がつかめてきた。
死を撒き散らす怪物はダークゴブリンの足跡を追跡している。奴らは足跡を茂みなどを利用して隠していたが長く冒険者をやっていればさほどの苦労もなく見つけられる。この足跡を追っていけば死骸が見つかった。何度もだ。だから確信できた、怪物の狙いはダークゴブリンの集落だ。
闇小鬼の足跡を追い、気づけば空が赤く染まるような時間になっていた。
領境の山脈の麓に洞窟があった。街道から随分と離れた場所にあるこの洞窟はいわゆる養蜂箱だ。モンスターの住処になりやすい洞窟を崩しておくのではなく定期的に駆除する形で領内の治安維持を効率化する養蜂箱であり、当初はマクローエン男爵家の兵団の仕事だったが近年では冒険者ギルドに委託されている。
洞窟の前に歩哨と思しきダークゴブリン二体が倒れている。いずれも背後から一刺し、頸椎を刺し割られている。
夕焼けの下、陽の届かぬ洞窟の闇が心底から恐ろしくて仕方ない。
ガウンズに視線をやるとこいつも同じふうに感じているに違いないという顔つきをしていた。入れば二度と太陽昇る地上に戻れないという冥府の大門がここだと言われても信じるぜ。違うのだとしても結果は変わらん。入れば死ぬ。
俺達はいったいどんな怪物を追ってきたのか。ヴァンパイアやリッチーのような高位の死霊か、はたまた怪しげな秘術を用いるデス教徒か? その答えがこの中にいる。
ガウンズが戦斧を握り締めながら言う。
「アニキ、行くってんなら俺も行くぜ」
「逸るなよ馬鹿野郎、洞窟でやるよりも帰り道を狙った方が勝率はたけえぞ」
「だがよ、陽が落ちれば同じだぜ」
陽が落ち切るまではさほどの時間もかからない。それまでの間に怪物が洞窟から出てくるか?
一番いいのはこのまま帰ってありのままを報告することだ。俺達には手に負えないと報告して領主さまに兵を出してもらうのが一番いい。……だが得体の知れない怪物を襲撃できる好機が今を逃せば後何度ある?
洞窟に入れば死ぬ。夜闇の中で戦えば死ぬ。タイムリミットは刻々と迫っている。だが俺は決断できなかった。
あぁ酒が残ったまま飛び出してくるんじゃなかった。焦燥に身を焦がしながら俺はただただ決断できない己を呪った。
◆◆◆◆◆◆
暗闇の中に轟く言語ならざる悲鳴の連鎖。パニックを起こして逃げ惑う黒ゴブリンと、そんな哀れな黒ゴブを追い回す俺ガイル。構図は完全に俺が悪者です!
「七体目ぇえ!」
逆手に握った剣がイイ感じに黒ゴブリンの首と頭蓋骨の合間に刺さる。クリティカルヒットの手応えだ。フロムゲーマーならバックスタブの脳内予習は完璧だぜ。
洞窟の中を逃げ惑う黒ゴブに追いつき、またしても剣をぶち込むのである。
「今宵のリリウスくんは経験値に飢えている! さあ俺のレベル上げの糧になるがよい!」
おっす、おらリリウス! 何を間違ったか春のマリアとかいう乙ゲーに転生しちまった可哀想な男なんだがそいつは親御さんと姉貴にはナイショだぜ、入ったら衰弱死するまで二度と出られないサナトリウムにぶち込まれちゃうからね。
そんな俺は相棒の姿を消せるステルスコートと一緒にレベル上げに全集中してるんだ。マジな話ステータスオープンって叫んでも何も出てこない世界観なんだがレベル制は存在する。これはガチだ。システムメッセージもファンファーレも聞こえてこないけどレベルが上がったら自然と理解るんだよ。
レベルが上がった瞬間に全身にパゥワーがみなぎるっていうのかな、ほんの数秒前とは体の軽さとか筋力とかが段違いに上がるからわからないわけがないんだよね。今が何レベルかは不明だが垂直跳びで木の枝に乗れたりするんだぜ、スパイダーマンみたいな動きができちまうんだぜ? こんなんテンション上がってもっとレベル上げようってなるよね。
洞窟内の黒ゴブを全部始末する。子供っぽいゴブリンにしては凶悪さの足りない奴らも何体かいたけど俺は情けはかけないぜ。ゴブリンに情けをかける愚かしさを俺はゴブスレさんから学んでいるんだ。
残念ながら洞窟のゴブリンではレベルは上がらんかった。さっき倒した豹で上がったから別にいいけど、別にいいけど疲れただけだ。安全になった洞窟の中を軽く調べて見るがまぁ汚いもんだ。詳細な説明を省きたくなる汚さだからリリウスくんは華麗にスルーするぜ。
戦利品は持ち帰るのも躊躇われる摩耗した武器十数点とひどい悪臭を放つ食料品の箱数点。囚われた女騎士とか美少女とかは無し。つかえねーと思いつつも実際に発見したらどうすればいいのかわからないので安堵もしてる。そこはね、やっぱりそういう可哀想なのはね、リョナ性癖とかねーし。
可哀想な生ものもなく、戦利品もなく、黒ゴブどもの死体が転がる洞窟を出ると日暮れと呼ぶべき時間に差し掛かっていた。辺りは随分と暗くなり、もう十分もすれば夜になるのだろう。
そんな残り香みたいな夕日に掲げた小剣はだいぶくたびれていた。
「ほんの二週間で随分とへたったもんだ」
まず切っ先が欠けている。刃もあちこちが欠けている。武器ってこんなに簡単に壊れるもんなの? それとも俺の扱い方が下手なせい?
ルドガー兄貴からパクった小剣だし俺の財布は痛んじゃいないがこりゃあ返せない理由ができちまったな。よし、永遠にパクったままにしよう。許せルド。
この森に十分どころかカップラーメンを作るよりも早く暗黒の夜が訪れた。じゃあ真っ暗になったところで時間稼ぎを終了しようか。
ステルスコートをかっこよくバサリと脱いで透明化を解除する。
「見たところうちの兵隊じゃあねえが、あんたらは何者だい?」
茂みの中に猛獣のように腰を落としていつでも飛び出せる姿勢のまま潜む連中がいる。数は二人。ターゲットは洞窟だ。透明化した俺に気づける手合いではない。……なんでそんなことがわかるかって? レベルが上がると自然とわかるようになるんだよ。
「言うまでもないと思うがこいつは警告だ。出てこい、不審人物ではないと俺の前でイイワケをしてくれ」
恐ろしく暗い森の中で茂みの音が鳴る。
立ち上がったのは山賊面のおっさんが二人。熊みたいに太い体格、がっしりした首、髭を生やした凶悪な人相。そして肩には巨大な戦斧を引っかけている。まるで山賊の見本サンプルだ。それも山賊の親玉とかそういうレベルの。
てっきり冒険者だと思ったんだがまさかの山賊かよって感じだ。
「で、あんたらは山賊でいいのかい?」
「……リリウスぼっちゃん、ですかい?」
へ……?
ぼっちゃんだと? 俺は教師でもなければ夏目漱石の創作物でもねえぞ?
二人の中でも一際凶悪な人相の、黒短髪と黒髭で夏場とはいえこの極北のマクローエンで毛皮のベストの下は裸体というTHE山賊おやじがずんずんと足音を鳴らして近寄ってくる。
「うおっ、やっぱりリリウスぼっちゃんじゃないっすか。俺っすよ俺、バーンズっすよ!」
「誰だよ」
マジで知らない野郎なので正直に言ってみたら泣きそうな顔された。良心を攻撃してくるのは反則じゃんよ。
「ひでええええ! ひでえっす! 俺っす、バーンズおじさんっすよ、ぼっちゃんの隣の家で暮らしてた!」
そして山賊リーダーと思しき髭面マッチョおやじが俺との思い出を語りだす。老僕と二人で暮らす俺のところに狩ってきたばかりの鹿肉を持っていった思い出とか、収穫祭に小さな俺を担いで連れていった思い出とかだ。……マジで覚えてねえがたぶんこれは百パー俺の過失だ。
俺さ、転生したと自覚した時には過去の思い出ゼロだったもんよ。ある意味で記憶喪失なんだよ。
山賊リーダーことバーンズが涙ながらに語る思い出を聞き終えた。言いにくいが、これ言わなきゃどうもならねえしな。意を決して言うか。
「すまん、覚えてねえ」
「ひでえっす!」
山賊男の悲鳴みたいな大声が暗黒の森に響き渡る。ゴブリン退治イベントで発生したのが囚われの女騎士や美少女との出会いじゃなくて山賊面のおっさんって俺のろわれてんの?
◇◇◇◇◇◇
森で出会った二人の山賊……
いや山賊のように凶悪な顔つきの冒険者はバーンズとガウンズというらしい。大熊兄弟というチーム名でカウンゼラ市を中心に活動する歴戦の猛者らしい。すまんがマジで知らんわ。
俺はカウンゼラ市への帰りの道中にバーンズから色々と話を聞いている。俺としては冒険者の生の声を聞きたかったってのもあってね。森の歩き方とか魔物の追跡方法とか薬草の見分け方とか、まぁ話題は尽きないね。
「このツルなんすけどマクローエンというかアパム連峰北部にしか生えない薬草でしてね」
バーンズがそこらへんの岩に這ってるツルをぶちっとちぎる。……なんかトカゲの尻尾みたいに暴れてんですけど? とてもじゃないが薬草なんて呼べるものじゃねえ生き物感でてんすけど?
「そいつ生きてんの?」
「がっはっは! なに言ってんすかぼっちゃん、草も木も動物も人もみんな生き物なんすよ!」
「それはそうだけどさ。……いや草ってそんな機敏に動くもんじゃなくねって話で」
「ここいらの草は動く時はけっこう早い奴が多いっすよ」
これ異世界ハラスメントだろ絶対……
この辺りの森けっこう出入りしてんのに未だに見た事ねえんだけど俺騙されてない? いやでも実際に今目の前でツルが暴れてるしなあ。
バーンズがちぎったツルを縦に裂く。裂けるチーズみたいに裂いたら中は細いけどアロエっぽいゼリー質な何かだった。
「こいつは色々と使われていましてね、口内炎に塗ってもいいし傷口に塗り込んでもいい、
塩分もあるんで刻んで鍋に入れてもいいっすね」
「ド地域密着型の知識だな」
「ド田舎の冒険者ってのは多芸多才じゃないと食っていけないんすよ」
なるほど、電気屋なのになぜかスズメバチ退治請け負いますの張り紙を出してる個人店みたいなものか。
このバーンズという男は見た目は山賊だがしゃべりがうまく、物を色々と知っている。ジモティーの自営業おじさんは地元知識に関しては最強の存在だ。なお業種による。
実際適当に森の中を歩いているように見えて、街道に出たなと思ったらカウンゼラ市の市外壁のすぐ傍に出られた。この深い森でこれができるのはベテランの技だわ。俺なら木に登って確認する作業を何度もやらなきゃ帰れないし。
正門はとっくに閉じられていたので衛兵に声をかけて開けてもらった。バーンズがだ。一介の冒険者が声をかけたくらいで開く正門ってなんだよって思いつつも田舎ならではのおおらかさは好き。
市壁を潜り、この先はマクローエン家が管理する領都カウンゼラだ。道の両脇に延々と畑が広がっていて市街地まで十分はかかるけどここはもう町の中なのである。別れ時だ。
「じゃあな」
「え、もしかして今俺と別れようとしましたか? 薄情すぎっすよ!」
だるい後輩みたいな絡み方すんじゃないよ。
「メシおごるっすよメシ、ギルドに寄ってってくださいよ!」
「え~~」
嫌そうに悲鳴をあげてから気づいた。このまま家に帰っても厨房で使用人相手のメシ争奪バトルが待ってるだけだし、正直冒険者ギルドのメシは気になるところだ。
おごりのメシ、見逃す手はねえな。
「じゃあおごってもらおうか。パン一個とは言わねえよな?」
「任せてくださいよ、腹がはち切れるまで食ってもらってかまいやせん!」
なんて頼もしい男だろう。バーンズは見た目からしてケチなことを言いそうにない。何でもどんぶり勘定の気前の良い山賊リーダーっぽさがある。
ガハハ笑いをするバーンズと同じくガハハ笑いをするガウンズの後ろをとことこついていく。いやー、おごりのメシに期待が膨らむな!
冒険者ギルドは市街地についてすぐにある。なんなら最初に見えたでけえ建物が冒険者ギルドらしい。今初めて知ったわ。
「へえ、ここが冒険者ギルドなのか」
「うっす」
満天の星空の下でバーンズが指をさす。
「あれっす、あの看板が冒険者ギルドの証っす」
交差する剣と日本式の竜のように胴体の長い竜が描かれた金属製の看板が軒先にあった。うん、それだけだ。冒険者ギルドだと示すものが他には何もない。……識字率が低い世界だとでっかい文字で冒険者ギルドって書いた看板を掲げておこうとは思わないんだろうな。世の98%の人は読めないわけだし。
正面入り口はやけに重たい両開きのドアだ。勝手にウエスタンドアだと信じていたのに裏切られたぜ。
ギルド内はわりと明るく、光源は魔法球であった。百点だ。
雰囲気は完全に酒場だ。テーブルと椅子と冒険者たちが騒いでいて、奥のカウンタースペースにはワイシャツにベストを制服とするギルド職員が謹厳な顔つきで立っている。花丸だよ!
理想的な冒険者ギルドだよ! 外観で期待を裏切られたと思ったら即座に挽回してくるじゃん。男は外見よりも中身だ、そうだろう?
頼もしい男バーンズが給仕らしき少年を呼びつける。……はい減点、冒険者ギルドの給仕は可愛い猫耳けも娘であるべきなので減点です。
「じゃんじゃん持ってきてくれ、酒も一番良いのだ!」
なんて頼もしい男なんだ……!
え、冒険者ってそんなに儲かるの?
◇◇◇◇◇◇
ギルド飯は想像を超えないまでも普通にうまかった。あばら骨を掴んで齧りつくタイプの肉がジューシーでうまかった。バターやチーズでコクを増していたりソースがかかっているわけでもない肉に塩味のする実を摺り込んだだけの肉だがうまかった。きっと鮮度がよく下処理も丁寧にやったのだろう。
肉がたっぷりのシチューはさすがに脂がくどかったけど腹ペコだったからね、ぺろりといけたわ。でもたぶんこれシチューじゃねえよ、シチューって名乗ったらいけない別のスープだよ。
湯通ししたスライス肉と葉野菜を一緒に巻いて串で留めた物もうまかったよ。刻んだピクルスを使った謎の酸っぱいソースと絡めて食べるんだが普通にうまい。口が脂でくどくなった時はやっぱ酸味よ。
葡萄酒もいい。子供が飲みやすい用に蜂蜜を加えたホットワインでやってきたんだが香りもよければ味もよかった。あー、肉料理とワインのマリアージュは異世界でも変わらないんだなと再認識したわ。脂に疲れた口の中に投入したワインは普段の300%仕事をするんだよ。
「どうっすか、ギルド飯もいけるでしょう?」
「おう、こいつはいい感じだな」
とてもではないがおごられているガキの立場で言っていい発言ではない気もするが別にいいだろ。俺は学んだよ、譲ったり相手を尊重しようとする態度はこの世界では悪なんだよ。
強気に出るのが花丸大正解。もちろん危険なシーンも増えるが俺にはそいつを覆せるパワーがある。コミュニケーションの始まりは一発ぶん殴って教育してからが大正解なのだとうちの使用人相手にしっかり学んだのさ。
そういう意味では最初から俺を尊重してくれるバーンズやガウンズのような男は珍しいタイプだ。これはマジで昔のリリウス・マクローエンと交流があったんだろうな。今のとこ見た目が怖いだけの近所の優しいおっちゃん達なんだもんよ。
けっこう食べたつもりだがまだまだテーブルの上は酒と料理でいっぱいだ。
「しかし盛大に頼んだがこれ本気で食い切れんのか?」
俺はもうけっこうお腹いっぱいだぞ。
「なに言ってんすか、ぼっちゃん若いんだからこれくらい楽勝っしょ」
「若さを万能の魔法みたいにするのやめてくれねえかな……」
人間の限界を若さの一言でジャンプさせようとするおじさん達って普通に存在するよね。あいつらの若さへの篤い信仰心は何なんだ?
バーンズが「これもうめえっすよ!」って言いながら肉巻きを突き刺したフォークを顔の前に近づけてきた。あーんのつもりか? 美女ならともかくおっさんからのあーんは罰ゲームだぞ。つかこいつの使ってるフォークを口に入れたくねえ。
あーんフォークを無視して自分のフォークで肉巻きを食う。マジでうめえ! なんだこれ、パリパリした食感に濃厚なうまみ、齧った断面がミルフィーユ構造になってやがる、マジでどうやって作ったのか想像もつかねえ。
「うっま、これマジでうめえな」
「うっす。ラキシュっす」
料理名発覚。この調子で頼むぜ。
「どういうふうに作ってるのか知ってるか?」
「あたぼうっす」
バーンズが実演してくれたがどうも鉄の棒に肉を巻いてそいつを豚の丸焼きみたいにグルグル回しながら作るらしい。焼けたらロシュパラーというたぶんメープルシロップみたいなものを塗ってグルグル回してイイ感じなところでまたスライス肉を巻いて層を重ねていく材料もさることながら手間暇かかった贅沢な料理だ。
どうも成人式やら結婚式やらのお祝い事の日に食べる特別な料理らしい。
「これも悪くはねえんですけどけっこう手抜きしてるんすよ。本物のラキシュはもっとうめえっすよ」
「マジかよ、俺的には帝都のパーティーで食った料理と同レベルなんだけど」
「へ……? ぼっちゃん帝都に行ったことがあるんですかい?」
「今春にな。けっこう綺麗な町で人も多かったぜ」
適当な話をして適当に笑ってさ、まぁ楽しいメシだったよ。普段は話し相手なんてアルドしかいねえから久しぶりに人間らしい話ができて楽しかったよ。……アルドとは話が通じている気がしねえんだよな。だって五歳児だぜ?
席を立つ。
「じゃあ帰るよ。メシ、ありがとな」
「マジっすか。泊まっていってもいいんすよ」
そいつが善意なのはわかってやれるぜ。だがな……
「バーンズよ、人間が一番無防備な状態が何か知ってるか? 眠っている時だ」
帰る。振り返りはしない。またこいつを傷つけてしまったのかもしれないが……それでもいいのかもしれない。
俺はお前の知っているリリウスじゃない。俺はお前のことを知らないし、お前だって話していて違和感が募ったことだろうぜ。
お前はきっと奇跡を信じているんだろうな。奇跡が起きて俺が優しいバーンズおじさんとの思い出を思い出すようなそんな奇跡を。だが奇跡は起きない。俺はお前の知っているリリウスではないからだ。お前が優しくしてやったリリウスはとっくに死んでいるからだ。
俺達はここで別れるくらいが丁度いいんだ。
「ぼっちゃん、困ったことがあったら俺を頼ってください!」
頼りはしねえよ。それが俺の示せる感謝と優しさだってお前にはわからないと思うけどな。
ここまで考えて思った。これなんか男女の別れ方みたいでキモいなって思ったわ。
◇◇◇◇◇◇
ギルドマスターの執務室はそれなりに上品に作られているが、部屋主のズボラさのせいで足の踏み場もない有り様だ。まるで肉片を食べ終えた骨を床に投げ捨てる安酒場のようにあちこちに丸めた書類が放り出され、部屋主も俺も揃って書類を踏んで歩いている。
「兄貴、調査なら終わったぜ」
「戻ってきたとは聞いていたが早いな。どうだった?」
ギルドマスターが問うているのはどんな怪物だったかという意味であり、だから俺はこう答える。
「聞いて驚け、ここ二週間のあれだがリリウスぼっちゃんの仕業だった」
ギルドマスターは報告を受けたにも関わらずそれを認識できていないようだ。それはそうだろうぜ、俺も目の前で見るまでは信じられなかったはずだ。
「……冗談ではなさそうだ。だが本当に? ぼっちゃんはまだ六つか七つじゃなかったか?」
「七つだよ。七つでネームド級モンスターやらダークゴブリンの巣穴潰しをやらかしてるんだからビビったぜ」
「マジかよ……」
ギルドマスターの驚愕は理解できる。数々の優れた魔剣士を排出してきたマクローエン家と言えど齢七で才覚を示した者は稀も稀……とは言い切れないのがこの一族の異常なところだ。現当主ファウルは幼少期から優れた剣才を示していたが優れた才能ゆえに兄達と折り合いが悪く、家族仲は不仲であった
ファウルの長兄ラキウスはファウルを上回る才覚を示したが残忍というか苛烈というか頑固というか、とにかく大変な子供であった。昨年帝都の学院に旅立った時点でファウルと同等の実力を有していたと衛兵の噂で聞いたが……
ギルドマスターがうなる。
「子供というのはわからんな、ほんのつい先日まで這い這いをしていたかと思えば突然ちからに目覚める。ぼっちゃんもやはりマクローエン本家のお血筋ということか」
「なに深刻そうに言いやがる。なあ兄貴、いいことじゃねえか」
「いいことか?」
「善きことだよ、だってぼっちゃんは自らの運命を自分の手で切り開かなきゃならない」
リリウスぼっちゃんは五男だ。マクローエン男爵家の継承とはあまりに関係がない。そうなれば将来は世に出ていかなければならない。それは貴族の子弟として生まれた者にはあまりにも過酷な、だが世間の誰もが経験してきた苦労だ。
兄貴がそうだなと何かの葛藤を呑み込む。マクローエンの分家の長兄でありながら冒険者になって外に出ていき、出戻ってきた男だ、俺にもわからん葛藤があるのだろう。
「まぁ、そうだな」
「そうさ」
もちろん兄貴だって俺の葛藤を理解できやしない。兄貴の代わりに男爵家の従士長になった俺の思いだ。簡単にわかるなんて言われたらぶん殴っちまいそうだぜ。
ぼっちゃんとの出会いからしばらく、カウンゼラ市近郊ではモンスターの刺殺体があちこちで見つかる事件が起き続けた。この一見不可思議な不審死事件は年を追う毎に距離的にも量的にも加速を続けることになる。
マクローエンには悪魔がいる。そういう噂が立った時はさすがの俺っちも噴き出しちまったね。




