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外に憧れる者 と 外から来た者

 森で生を受けその生涯を外に出ることもなく森で生き、そして死ぬ。世界のほんの一部でしかないはずの森こそがエルフにとっての世界の最大尺度である。


 時折外の世界に興味を持つ変人も現れるが、森の外に出ていって帰ってきた者はいないと聞く。


「ねー、ととさまー」


 幼い頃、父に森の外について尋ねてみたことがある。

 誰しもが幼き日にそう思うように、レテにとっても父は何でも知っている偉大な賢者だった。だからこの質問にも簡単に答えてくれるものだと……思っていた。


「外に……興味があるのかい?」

「うん!」


 しかし父は教えてくれなかった。

 痛いくらいにレテの小さな肩を握りしめ、みんなと同じことを言った。


「そんな恐ろしいことは考えてはいけない。誰かに言うのもダメだ」

「なんで?」

「外は恐ろしいトールマンの縄張りなんだ」


 人は自らを人もしくは人族と名乗るが多くの亜人はトールマンと称する。エルフや多くの亜人にとって人は恐ろしい魔物も同じ存在である。


「いいね、森からは出てはいけない、いけないんだ」


 父はレテの知りたいことを何も教えてくれなかった。


 だがその迫力は幼いレテに禁忌の二文字を自覚させるだけの効力はあったらしい。だからレテは成長した今もユークリッドの世界樹の麓で暮らしている。

 もっとも、外への憧れは日増しに強くなるばかりだった……





 エルフは狩猟採集民族だ。畑を耕したりせず獲物を狩り果実をもいで暮らしている。


 採集は女の仕事で狩猟は男の仕事。男衆は各自気の合う仲間と共に狩りに出、三日四日かけて戻ってくる。


 滾々と湧き出る泉の里に戻ってきた男衆はみんなしてどや顔だった。一番後ろを歩く一番若いエルフの背には彼の五倍六倍ほども大きな巨大なイノシシが背負われている。これは里の皆にお裾分けしても一週間は肉に困らない量だ。これほどの収穫であれば彼らのあの顔もさもあらんといったものだ。


 男衆の先陣をきって威張り散らす感じで歩いているのがレテの父であるウィルドだ。

 里の者はみんなして「やるじゃないか!」と彼らを囲んで持て囃し、ウィルドの鼻はピノキオのように高くなるばかりだ。


「ととさま~!」

「レテ!」


 最愛の娘が小藪の後ろで手を振っている。

 なんで小藪なんかにいるんだ?トイレか?って普通なら疑問視するところだけど、父は自慢げなので気づかない。そのままレテの方へと歩いていって……


 ズボン!


 落とし穴に落ちた。

 長身のウィルドが首まで埋まる落とし穴だった。


「レテー! お前またこんな悪戯を~~~~~~!」

「あははははははは!」


 レテは父が落とし穴から出てくる前に逃走。

 木々の梢を掴んで木上にあがり、葉を揺らせて逃げていく。実に人間離れした動きだがエルフという種族はこのくらいは子供でも軽々やってのけるフィジカルを持つ。もっともレテのフィジカルは大人でもそうそう掴まえられないほどの身軽さである。


 十五歳になったレテは日長一日森を駆けまわって遊んでいる。一迅の風のように森を渡り、詩歌を口ずさんで、森の外に想いを馳せる。

内心の想いとは裏腹にその行いは普通のエルフと何も変わりなかった。


「次はどんな悪戯にしよっかな♪」


 軽やかに木々を渡るレテはその遥か先に友達の姿を見つけた。

 ノロマのエリオだ。背の高い杉の木の葉に隠れ、弓を立てながら何かに注視しているようだ。


「やっ、なにしてんの!」

「……赤蟻だ」


 人がブラッドホールと呼ぶ、人間大の大きな昆虫系魔物が芝生の上をうろちょろしていた。穏やかではない魔物だ。そして森に常から住む魔物ではない。おそらくは巣立ちした若い女王蟻が新たなコロニーを求めて森にやってきたのだろう。


「こんな里の近くで、珍しいね?」

「巣でも作られてたら厄介だ。森番呼んできてくれよ」


「たった四匹でしょ、あたしとあんた、二人で二匹ずつで簡単じゃない」

「たった四匹じゃなくて巣があったらどうすんだよ……」

「それこそ森番の仕事でしょ」


 エリオは四匹の後をつけて巣を探り出し、森番というエルフの戦士階級に任せると主張。

 レテはこの場で仕留めて後は全部森番に丸投げにしようという方針違いだった。

 どっちも間違いだ、正解はいますぐこの場を離れて大人に通報である。


 ブラッドホールの女王は巣立つ若い女王蟻のためにキャバリエと呼ばれる強力な四体の守護者を特別に生み出す。この四体は若い女王の未来の王配であり、その危険度から管轄は冒険者ギルドではなく領主お抱えの騎士団になるほどだ。……残念ながら二人にはそうした知識はなかった。


「こわいの?」

「……怖いわけがあるか」


 矢を番えるレテへの対抗心からエリオも矢を構える。


 エルフの矢は外れない。例え午睡の中であろうと悪夢の中であろうとその矢は狙い通りの直線を描いて何物をも貫く。偉大なる森の神にして狩猟の神イリスの加護とはそういうものだ。


 射る!


 キゥンと風を切り裂いて飛翔する二本の矢は閃光の速さでキャバリエの外骨格に覆われた頭蓋を横から貫く―――前に四本の腕の内一つで矢を掴み取る。


(うそっ、この距離で外すなんて!)

ベート(クソッタレ)! 今のは完全に油断してたじゃないか!)


 防がれた!


 レテとエリオが驚愕すると同時に四体のキャバリエの複眼が木上のエルフ二人の姿を捉える。


 地面を跳躍した四匹のキャバリエが刃のような節のある手足で木皮を貫き、クライミングするみたいに木を登ってくる。その驚異的な身軽さは最初の跳躍で半分の八メートルを稼ぎ、三秒後にはレテらに近接するほどだ。


「撃ちまくれ!」

「言われなくても!」


 続けざまに放った矢はキャバリエの額に命中。だが貫通するに至らずその固い外骨格を僅かにへこませるに留まる。つまりは初手を防いだのは誘いであり、こいつらは存外頭が良い。


 手斧にも似たキャバリエの腕が振り上げられ、レテの足を割るというその時、不思議な事が起こった。


 たった今レテを害そうとしたキャバリエが何者かに蹴られたみたいに地面に落ちていく。

 次々とあがってくるキャバリエもだ。同じように木上から蹴落とされていく。


「レテ!?」

「あたしじゃない!」


 反射的に叫んだレテだが今がそんな場合じゃないことくらい理解している。


「誰でもいい! そんなんどうでもいいから今は撃って撃って!」


 地面まで滑落したキャバリエが三匹。一匹は腕を木にかけて半ばで留まる。二人のエルフが再び矢を番えようとした刹那、踏みとどまったキャバリエの首が飛んだ。


 矢ではない。明らかに刃物による斬殺だ。


 不可視の刃はそのまま地上に落ちたキャバリエをも斬殺していく。ギィと悲しげに鳴くキャバリエの首が一呼吸の間に三つ落ち、合わせて四つで全滅した。


 この不思議な現象にはレテもエリオも呆然とする他になかった……


「なにが起こったんだ?」


 エリオは青い血を垂れ流す、眼下のキャバリエから目を離せず。

 レテは何者かを探してキョロキョロしていた。


「助けて…くれたんだよね?」


 呼びかけに応えはない。そもそも本当に誰かがいると確信しているわけでもない。


 それでもレテはそう呼びかけずにはいられなかった。妖精にせよ悪霊にせよ想像の埒外の存在にせよ、お礼は言うべきだと思ったからだ。


「ありがとう、助かりました!」


 レテはペコリと頭を下げるとエリオを小突いて、大急ぎで里へと戻っていった。





 時は僅かに遡り、今再び大きな杉の木を上り詰めたキャバリエが手斧のように鋭い腕を振り上げレテの足を割ろうとした瞬間である。


 俺とともに姿もなくレテの隣に潜むフェイが目にも留まらぬ踏み足を繰り出しキャバリエの外骨格に覆われた頑丈な頭蓋を踏み砕く!


 メキィ!と死を確信させられる凶悪な破壊音とともにキャバリエが落下。

 間髪入れずに上がってくる三匹のキャバリエにも同じように踏み足を三連打でくれてやった。だがさすがに三連打では最後の一発の威力が落ちた。落下していたキャバリエの一匹が意識を取り戻し、木皮に手斧腕を振り下ろして落下を食い止めやがった。


「おい、あの手の輩の肌は甲冑と同じだ、剣で狙うなら―――」

「わかってる、関節部だろ?」


 俺とフェイは互いに手を繋いだまま梢から自由落下。重力加速度が許す限りの加速そのままをミスリルの短剣に宿してキャバリエの首を切断する。


 俺の眼はたった今殺した獲物にはない。次の瞬間に殺すべき眼下の獲物にある。


「エルフ美少女を害する者はこの俺が許さない、死ね!」

「九式―――竜爪連!」


 着地する前にミスリルの短剣と武道家の手刀がキャバリエ二匹の首を跳ね飛ばす!


 ミスリルにも劣らぬ超常の切れ味を誇る手刀を繰り出したばかりのフェイが横回転、竜巻の如き後ろ回し蹴りが残った一匹の首を切り落とす!


 これにはさすがに苦笑いしかでてこない、斬撃と同じ切断力を持つ蹴りとかファンタジーすぎる。絶対に食らいたくない!


「単純な攻撃力だけならお前とは張り合いたくないよ」

「暗殺技能者と単純な攻撃力で比べられるのが僕にとってどれほどの屈辱か、お前にはわからんのだろうな」

「わかってるさ、国辱だろ?」

「そこまでは悔しくない……」


 ということは故郷を馬鹿にしたらやべーってことだな。

 理解と同時に切り札にしていたフェイを怒らせる十の方法から祖父を馬鹿にするを完全消去。おそらくは故郷を馬鹿にするよりずっと深く怒るに違いないんだ。だってこいつおじいちゃん大好きっこだもん。


 フェイがじぃっと切り落としたばかりの赤蟻の頭部を見つめている。視線から察するに触角を気にしているようだ。


「どした?」

「こいつは赤鋼蟻の守護者だな」

「くわしく」


 帝国は北極圏だから昆虫系の魔物皆無なんだよね。


「……厄介な魔物ってだけだ。どこか近くに女王蟻が隠れているはずだ、早めに潰しておかないと際限なく増え続ける。なんだその腹立つ顔は!」


 意外だからだよ。


「いや、お前はもっと冷たいやつだと思ってた」

「一宿一飯の恩義がある。例え相手が気づいていなくてもな」


 フェイはその言葉通りにした。


 地面に浅く掘った土穴の中に隠れていた赤ん坊サイズの女王蟻を見つけ、踏み潰した。何度も何度も丹念に卵一つ潰し残すまいと念入りに踏み潰した。


 見ようによっては残酷な行いに見えるかもしれない。だがそれが回り回ってレテやその里の安全に繋がるのだと理解すれば、フェイの行いは律儀で正しい。


 もしかしたらフェイは俺が思っているよりも本当は良いやつなのかもしれない……


「なんだその顔は?」

「いや、出会い方が違えば俺とお前は友になれたかもしれんって思ってな」

「それだけはない」


 即答すんなし。

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