断章 タルジャンジーの尾根の下で(05)
ファトラ君がキレちゃった!とかいうやべー報告を受けた俺が急行するとクラウス・ゼミナールの部屋には血だまりができていた。
オリハルコンの槍レヴァティーンに貫かれて虫の息の学生八人が、虚ろな目をして助け出される瞬間を待っている。
十本の槍に貫かれて空中で磔刑に処されるクラウス教授も虫の息……死んでないよな?
浮遊するファトラ君からはすでに魔導王の風格が……
「お前達は僕を怒らせて何がしたかったんだ?」
「……何のことだか」
ほっ、生きてたわ。
クラウス教授が弱々しい目つきで睨みつけている。完全にファトラ君にビビってやがる。
「お前達はいつだってそうだ、虚言を吐いて認めようとしない。お前達はいつだってそれが通じると信じている、僕らが愚か者の相手をしない理由も知らず……」
「本当に知らないのだ……」
「馬鹿どもが! アテナは部長だから他の者よりも頑張らないといけないと言って毎晩遅くまで作業していたぞ。ハーヴィーは何度壊れてもいつも一ミリの誤差もない美しい翼を仕上げてくれた。バージルはみんなが疲れてきたらクソほども笑えない冗談を言ってなごませてくれた。ユージンは僕らの作った翼を文句も言わずに真摯に受け入れて操縦してくれた。あの翼にどれだけの想いが込められていたかを知れぇ!」
「ファトラ君……」
「あいつ俺らをそんなふうに……」
「俺の時だけちょっと悪口だった気もするけど……」
室内で嵐の魔法力を解き放つファトラ君がクラウス教授を尋問してる。それを室外から見守る我らパンピーの図である。
俺も一応ハイクラスウィザードの端くれだが、そんな俺をパンピー枠に数えるくらいファトラ君は別格。
通常ハイクラスウィザードと呼ばれる連中は魔導協会が算出する魔導戦評価値3000越えを指す。学生はおおまかな目安としてここを指標にする事も多い。だがファトラ君は入学時点で60000を越えてる……
遠縁とはいえ太陽の王家の末席。父はオルトスの学長、祖父は魔導協会の会長。ダブルSスキル一つとSクラスの血統スキルを二つ保有。レベルはすでに60。プロフ箇条書きにしただけですでに強いのが見えているファトラ君は魔法大国サン・イルスローゼ最強の魔導師が内定しているのだ。
魔導戦評価13600のクラウス教授がファトラ君に敵うわけがない。
「≪天上のストラよ! 暗がりに潜む忌むべき咎人を暴き出し、裁きの場に引き立てよ 太陽神ストラの末裔たるガランスウィードが真実を問う 汝偽りを述べるべからず、虚言には死を与える! 太陽に慈悲はない! 審判≫」
あのバカ!
ファトラ君の腕から伸びていった白光の鎖がクラウスの胸を突き破って心臓に巻き付く。最悪だな、太陽の王家が秘匿する血統魔法『太陽の審判』だ!
有史以来太陽の王家の権威を支えてきた太陽神ストラの裁きはトンデモナイ欠陥魔法だ。術者にとって都合のよい真実のみを採択する超絶不公平裁判魔法なんだ。つまりくらった時点で死亡確定!
「問う、我らが翼を壊したのは貴様の指示か?」
「お前ら感心してる場合か。ファトラきゅんをとめるぞ!」
魔法否定派総動員でゼミ室に押し入ってファトラ君をとめる、のは無理なので頑張って説得する。超必死!
「ファトラ君、わたしたちの夢は人殺しの先にはないわ!」
「復讐は一瞬、後悔は一生!」
「失くした物はまた作れるんだ!」
「……コクコク(必死に頷いてるだけ!)」
悲報、誰もファトラ君を理解してない。俺がやるしかない。
「始祖ドレイクは復讐を喜ばない!」
「……! たしかに。たしかにそうですね」
一瞬で考え直すファトラ君。彼の中であの馬鹿は神様か何かなの?
このあと迅速な救命活動により犠牲者はなかった。祈りの都はアルテナ本殿があるせいか医療が進んでいるんだ。
そうした色々が済んだ後で俺はアルバスから呼び出された。
「どうして止めた? 止めなければ最高の結果になった」
「派閥争いは大人の都合だ。生徒に手を汚させる理由にはならない」
「青いな」
「若いからな。処罰でもなんでも好きにしろ」
「あまりわたしを見損なうなよ。生徒を守った男を処罰などするはずがない」
「じゃあ今のやり取りは何だったんだ?」
「本音と建前の間にある感情の整理をしたかっただけだ。わたしだって人間だ、最高の結果が目の前に転がってきたなら邪念を抱くこともある」
「邪念は消せ、聖職者に邪念があったらまずいだろ」
「まったくそれを青いと言ってるんだ」
俺とアルバスは師弟関係にあるが教育論は異なっている。
俺は生徒を庇護対象としてその成長を手助けする。アルバスは生徒も大人の魔導師として扱い、権謀術数の類に遠慮なく引き込む。
彼に言わせれば十五の成人を迎えて親元から離れているのだから独立独歩が前提だろうとなる。何事も自己責任で行いやらかしたら生徒に責任を取らせるという貴族的な教育方針だ。これ別に間違ってない。彼は前提として生徒はみな貴族階級にあるとしているんだ。
魔導師の八割は貴族だ。貴族の子弟は実家でエリート教育受けてきているので大半は心構えができている。だが平民の子供に心構えなんて無茶言うなって話だ。
しかしファトラ君は貴族だ。太陽の王家の血が流れる大貴族様だ、すでに子爵位にあるマジモンのおえらいさんだ。つまり理屈の上ではアルバスが正しいがこれは教育論の問題だ。
「お前は聖者だ。だが聖者とて世のけがれと無縁とはいかんぞ」
「具体的に言えよ、それはどんな脅しだ?」
「ただの実体験だよ。今回のケースにおいてわたしがお前に言えるのはそれくらいで、お前は正しいことをした。わたしの愚痴に付き合ってくれてありがとう」
どうやら話は終わりらしい。
退散する前にアルバスが「あぁそれと」なんて言い出しやがった。また仕事が増えるのか!?
「ミルディンに説教したそうだな?」
「あん? それがどうした?」
ランドール殺しを強固に言い張ったあの馬鹿野郎は結局30年の懲役刑になった。返す返すも他人の言葉なんかに意味はねえんだなって思い知った一件だ。
「どうしたも何もさすがに笑ったぞ。たしか『女はハーマイエル一人じゃない』だったか? 死んだ姉の思い出引きずって生きてる奴がよくほざいたな」
「実体験からくる後悔と一般論さ。つかあんたもだろ」
アルバスには二つ年上の婚約者がいた。レイジーっていう才媛で、十の年に引き合わされたこいつはいっぺんで恋に落ちたそうだ。
昔々のとある日に湖畔に二人きりでデートに出かけたアルバスは不自然な落石でレイジーを失い、その責任を問われて実家を追い出されたそうだ。
そして六年前だ。アルバスの親父さんが死の間際に書いてよこした手紙によって兄君の策略と判明し……ま、よくある話さ。跡目争いってのはとかく人が死ぬものだ。
「死んだ女は強いよ。あれらは幻の存在となったことで俗世のけがれをまとわん。比べてしまう気持ちは理解できるが、そろそろ立ち直ってはどうだ?」
「二十年引きずってる奴がよくほざけたな」
「ふん、あれは幻うんぬんを置いてもいい女だったさ」
行けと手振りをするアルバスを置いて教授室を出る。しかしレイジーの話を出すとは珍しいな、相当酒にやられた時くらいしか出てこない話題だ。
アルバスは精神的にタフな大人だが意外にまいってるのかもしれない。わかる、将来を懸けた学長選の最中なのにトラブル続きだ。これでまいらない奴は人の形をした鉄塊だけだ。
格納庫に寄ると後輩達が泣きながら飛行機の残骸を片付けていた。木片を一つ一つ手に取って埋葬するみたいにすぐ外の焼却場に置いていく。みんな落ち込んでる。いつも前向きなファトラ君までだ。
「みんな、まだ五日あるよ! いまから作り直せば最終日には間に合うよ!」
部長のアテナが頑張って励ましているが……
「そうは言うがな」
「予備のエンジンまで壊されてるんだ。無理だよ……」
「この面子で参加できる最後のサミットだったのに……」
「いや、あと一年と五日だ」
悲壮感漂うこの場でドレイクが何か言い出した。まさかの馬鹿発言か? と思ったらみんなハッとしてる。
「俺は諦めねえ、絶対に諦めねえぞ。俺はこの夢を若い頃の思い出で終わらせる気はねえ。スポンサーを見つけて会社を興しこいつで食っていくんだ。世界初の航空会社ドレイク・エアラインだ。独占市場だ、大儲けは確定的に明らかだぞ。お前ら俺についてこい、ドレイク・エアラインの社員として世界が変わる瞬間を最前列で見せてやる! そのための第一歩として来年のローゼンパーム開催に出張するぞ。アテナとモルガンは卒業だが一年だけ俺に付き合え、必ず結果をだしてやる!」
「ドレイク先生!」
「やります、やりましょう!」
「どうせ卒業後の進路なんてこれから考える予定だったんだ。全部先生に捧げますよ!」
「始祖よ、やはりあなたはこれくらいでは諦めませんね!」
「出張費も制作費も全部俺とリリウスが持つ。何度ぶっ壊されたって何の問題もないくらいスペアを作ってローゼンパームに殴り込みだ!」
めっちゃやる気になってる魔法否定派だが最高に聞き捨てならない一言があったな。勝手に俺の財布に手を出してる部分だ。もうけっこうな金額たかられてるから今更だけどな。
こいつらはこれでいい。いつもやる気出してて馬鹿みたいに明るいくらいでちょうどいいんだ。
だがこのままではよくない連中もいる……
クラウス教授は医務室で横になっていた。怪我がひどすぎて絶対安静、神殿に移すことさえも負担になる有り様だ。ざまあ。
医務室には七人の教授がそろい踏み、お見舞いというよりも質疑応答という感じだ。どうやら彼らも状況を把握していないらしい。
「ファトラ・ガランスウィードに手を出したのか、どうして? 眠れる獅子をどうして針で突く必要があった?」
「すでにイルスローゼ大使からクレームが飛んできているぞ。事の詳細を早急に報告せよと市庁舎からは矢の催促だ」
「そもそもどうして彼を入学させた? 厄介事の種になるのは目に見えていたではないか」
「太陽から正式な外交ルートで申し入れがあったのだ。断れるわけがない。だいたい太陽の王子を教室に入れれば箔が付くなどと浮かれていた奴が何を言う」
「仲違いはおやめなさい。いまはクラウス君に話を聞くべき時です」
六人の教授からの圧力の受けたクラウス教授は顔面蒼白。血が足りないせいだな。
三十代の若々しいクラウスはいまは十も老け込んで見える。
「……私はしらない」
「これは驚いた。まさかアルバス派の狂言とでも言う気かね?」
「やりそうではあるが」
「そうだね。ねえ、そこのところどうなんだい?」
コーネリアス教授がギョロギョロした目玉を、入り口につっ立っている俺へと向けてきた。気付いていて見逃してくれていたらしいな。
「我が親友ドレイクの長年の夢を壊す? もしそれが本当だったら明日の今頃にはアルバスはテムズ川を流れる死体に成り果てるね。俺達がファトラ君の危険性を軽く見ていると本気で思っているのか?」
「だよね。狂暴な魔物を飼う者がその恐ろしさを知らないはずがない。でもクラウス君も嘘はついていないと思うんだよね」
「この犯人探しに意味はあります?」
「ないかもね。彼には太陽の密偵衆が張り付いているから遠からず真実にたどり着く。その時僕らのうち誰が行方不明になっているか、そういう形で知るのかもしれない。君はいいね、何のけがれもないことがハッキリしているから安全だ。でも僕らはちがう」
超きっぱり自己保身のための事実確認だって言ったな。
でもコーネリアスの話はこれで終わりではないらしい。本題がまだ残っている。
「仮に真実がどんな形であっても僕らの身の安全を保証してくれるなら、僕らはアルバス君を頭上に戴いてもいいよ?」
「…………」
思わず絶句しちまったぜ。本題があるのはわかっていたが、斜め上だったな。
ファトラ君に言うことを聞かせられるのは俺とドレイクだけだ。俺でさえドレイクの親友でスポンサーっていう間柄だから話を聞いてもらえるだけだ。で、ファトラ君の首輪をきちんと握っててくれるならお礼に学長選勝たせてあげるよときたか。
あれ、俺のこれまでの苦労はいったい……?
「最初からファトラ君に襲わせればよかったのか?」
「いくら彼でもそんなマネはしないでしょ?」
「しますよ。ファトラ君ドレイクの命令なら世界でも滅ぼしますよ」
「「そ…そうなのかぁ……」」
教授陣も愕然。ファトラ君はドレイクの命令ならマジでやると思う。
この嬉しくも複雑な気持ちになる報告をアルバスとドレイク(ファトラ君には彼の口が言ってもらうのが正しい)にして帰路。路上で都市警さんを見かけた。だいぶ疲れているのか、目の下に隈ができている。
「忙しいのか?」
「事件続きでな」
四年に一度のこの時期はサミット客で人口が倍増するせいか、どうしたって騒ぎは起きる。そう語る都市警さんはだいぶお疲れなご様子で、常に目頭をつねっている。
都市警さんはどうやらランドール殺しをまだ追っているらしい。
「ミルディンなら収監されたじゃないか」
「やっこさんが犯人じゃねえってのは先生も承知だと思ったんだがね。上はもう終わった事件なんかに手を割けるかの一点張りだが、どうにも腑に落ちなくてね」
普段なら一日平均10件から13件程度だが、この期間は十倍は軽く起きるらしい。これを50名の都市警察が担当しているんだから平常業務で手一杯。ランドール事件は休み時間返上を追ってるんだとか。警察の鑑だな。
「都市警さんも大変だな」
「ランディだ。先生とは長い付き合いになりそうなんでな、きちんと名前で呼んでもらいたいね」
「リリウス・マクローエンだ。俺は別に名前で呼ばなくていいぜ」
「つれねえなあ先生は」
くつくつと笑うランディ警部と別れて宿に……宿はやめておいた方がいいな。
尾行者がいる。
「……まだ午前中だぞ、アングラは夜に働けよ」
愚痴が出るくらいには気分が悪く、だが状況は完璧だ。元々暴れてるファトラ君を止めるために出てきたから、マジックガンナー兵装を用意してある。
俺はそもそも魔法戦闘能力が奇妙なほど低い。魔法抵抗力と魔力保有量は恐ろしく高いくせにいざ攻撃魔法を使おうとするとてんで言うことを利かない。この謎現象をドレイクはこう評した。
『お前封印されてね?』
何が面白かったのか知らんが『リリウスは封印された』とかいう地味にツボに来るクソワードが一年間教室を席巻した。クラスに俺というオモチャが誕生した瞬間だった。なおそれから半年くらいドレイクをいじめた。あいつ講師だったけど。
いじめひしめく学院カースト最底辺、どげんかせんといかんと決意した俺はドレイクからカツアゲした労働力と資金を使ってこの魔法兵装を開発した。っていうプロジェクトXのお話である。
作ったのはショットガンサイズの拳銃だ。リニア加速方式でミスリルの弾丸を撃ち出すという単純な設計。ドレイクには悪い事をしました、金銭的な意味で……
魔導師が用いる魔法障壁には多くの種類がある。風の壁、炎の壁、以下略……
魔導師どうしが戦う時は壁に弱点を突くのが常道。だから多属性持ちは優秀だって風潮があるんだ。
こうした魔導戦闘において現在いちばんイケてるのがディスペルカーテンだ。マジおすすめ、これ使えるだけでクラスのイケてるグループ確定しちゃうレベル。
ディスペルマジックってのは魔法を禁じる魔法だ。俺ら魔導師は事象干渉力、つまり魔力への優先命令権を握りしめて魔力に命令する。あーしてこーしてこうやってファイヤーボールになーれってやつだ。
ここで問題なのは魔力さんに言うことを聞かせる発言権だ、これを事象干渉力という。普通の魔法は魔力に設計図みたいなものを渡して望み通りの結果を作り出してもらうんだ。
でもディスペルマジックは魔法を作るな!って命令を飛ばして従ってもらうんだ。親和性の面において圧倒的に不利になる、相手の魔力に干渉するわけだから高位の干渉力が必要になる。そこいらの野良魔導師が使えるレベルじゃない。
このディスペルマジックは通常は弾みたいな形にして打ち出す。これが一番最適な形とされている。固めに固めた命令の連続で強制的に従わせるからだ。超高位の魔導師の中には波みたいにして広げていく方式もあるんだ。
ディスペルカーテンはちょうどこの中間に位置する。自分の周囲に絶対に魔法作っちゃダメ空間を生成するみたいにディスペル膜を配置するんだ。これが超イケてる。めっちゃ強いんだ。
で、この荒波の魔導師社会を生き抜いていくために俺が作り出したのがリニアレールガンってわけだ。最近主流のディスペルカーテンをメタった凶悪な物理攻撃ってわけだ。弱点は普通の魔法障壁! 所詮メタ取ってるだけだからな!
みんながカーテン使ってくれてるうちは初見殺しみたいに俺が有利ってわけだ。超イケてる!
尾行者はどうも一人っぽい。混雑する街中を、一定の距離感を保ちながらついてくる。
二つだけ判明した。どうやら衆人環視の中で襲う気はないらしいって事と、諦める気はないって事だ。
サミット開催中の祈りの都はお祭り気分で浮かれている。どいつもこいつもデートしたり友達と遊んでたり楽しそう。そして刺客に狙われる俺。俺だけ可哀想だな! 最悪!
屋台で豚串売ってる知り合い発見。大盛況らしいな、奥さんとイチャつきながら豚肉焼いてるウギギギギ。
「若先生、もしかして一人か?」
「いんや、俺を始末したい正統派の尾行がついてる」
「……ひでえ。どうする気だ?」
「くけけけけけ、暗がりに誘い込んで始末してやるぜ」
「さすがだな。悲しい星の下に生まれながらも堂々と生きている」
さすがの意味がひどいな。
串焼きを食べながら何気な~~くひとけの少ない方へ歩いてく。ビルとビルの間にある細い通路だ。狙撃ポイントがあるからだ。
のんびり歩いて角を曲がり、その瞬間にダッシュでビルの外壁にある非常階段を駆け上がる。三階に陣取り、曲がってきた瞬間ズドンだ。
フードをかぶった細っちい人物がやってきた。俺を見失っていることに気づいてキョロキョロしている。
人間ってのは自分の目線より上は気づきにくいものだ。意識しない限りまず見ない。
魔法銃を放つと尾行者の足が吹き飛んだ。膝から下が消失しても魔法が行使できる奴ってのはまずいない。そーゆーのは暗殺者が受ける訓練だからだ。こいつだわ。……警戒しとくか。
「ヴァーテックス・サンダーボルト!」
即座に反撃してきた!?
ビルの中に横っ飛び。すげえバチバチいってるぜ、こりゃ非常階段で直撃もらったら死んでたな。
次々と魔法が撃ち込まれる。俺はダッシュで逃げる。
ダッシュだダッシュ。ビルの窓をカチ割って隣のビルに移り、壁面をクライミングして屋上へ。屋上からまた別のビルへとジャンプ。ルパ〇みてーだな!
超複雑に動き回ってさっきのビルの反対側に出た俺は魔法連打してる刺客を背後から狙い撃つ。今度は肩を吹き飛ばしてやったぜ。
「プライドアックス!」
寸前まで俺のいた床が魔獣の爪に引き裂かれたみたいに砕け散る。移動だー!
刺客さんどうやら荒事には慣れていないらしい。攻撃魔法の威力は賢者クラスだが足を停めてぶっぱしてるだけだ。初手で足を吹き飛ばしたおかげだな。さす俺いい仕事した。
連打で撃ち込まれる魔法をビルをひょいひょい飛び移りながら逃げていく。魔導戦において飛翔魔法はアウトだ。軌道を読まれたら詰む。
「まだまだ元気だねえ。しばらく待つか」
右腕と右肩と左足を失ってるんだ。ほっとけば瀕死になる。
現場は未だ攻撃魔法が荒れ狂う危険地帯。有視界ギリギリの距離を保ち……
やがて静かになった。
「また勝ってしまったか」
勝利とは虚しいものだ。勝ってもキスしてくれる女の子がいない暗闘だからだ。
現場に戻ると……
「動くな! 大人しくしろ」
「大人しくすれば治療もしてやる。抵抗すんじゃない!」
都市警察の治安部隊が刺客を取り囲んでたぜ。有能。ド派手に魔法まき散らしてたからな、そりゃ都市警さんも来るわ。
刺客は最初の立ち位置、曲がり角を曲がってすぐの位置からだいぶ移動していた。芋虫みたいに這いずって、30mほどの血の一本線を描いている。
刺客の腕から一本の美しいストリーマーが伸び、次の瞬間には都市警察の頭部が四散した。ディスペルカーテン貫通しやがった! どんな干渉力だよ!
「うわああ、ライナス、ライナスー!?」
「退避せよ、野郎やる気だぞ!」
そして逃げていく都市警さん。
ちょうど俺のいる方向まで走ってきた。茶髪で利発そうなおない年くらいの若い刑事はランディ警部の相方だわ。
「先生、ちょうどいいところに!」
「さては俺をとおりすがりのパンピーだと思ってるな?」
「じゃああの化け物のバトル相手はあんたですか!? 勘弁してくださいよ、同僚の頭吹き飛ばされたんですよ!」
「いや、文句は俺に刺客を送るクラウス教授に言ってくれよ」
元凶のクラウスは医務室でおねんねだ。コーネリアスから和解に近い言葉を引き出しているとはいえ、刺客に中止を命じる暇はなかったな。
もう五分ほど待ってから再び顔を出す。うおおおおお! なんか変な魔法が飛んできたぞ!?
「重傷負ってるくせに元気君だな。もう三分待とう」
「ひきょう」
「冷静にゆーな。何もかも失って勝利するなんて馬鹿のやることだ。無傷で圧倒して五体満足何一つ欠けることのない健康な体でのちの人生を有意義に過ごす、それが本当の勝利だと俺は思うんだ」
超名言いったな。なんでおまえら卑怯者を見る目を……
「あのぅ、調書取りたいんで生きてる間に逮捕したいんですが?」
「さすが都市警さんだな! 勇気がある! じゃあどうぞ」
「え?」
俺がどうぞどうぞしてると同僚ものってきた。みんなしてどうぞどうぞする。あんな危険な魔導師に迂闊に近づこうなんて、あんた勇者だよ……
我々は角に隠れながら声援を送る。
「がんばれー!」
「お前ならできる!」
「都市警察の根性を見せる時だぞー!」
「物陰に隠れてるだけの連中がえらそうだなあ!?」
我々は勇者ではない。
卑怯臆病と笑うなら笑え、勇者の屍を乗り越えて太平楽な幸せを掴むのはけっして悪いことではないのだ。
「うぅぅぅぅなんでこんなことに……」
勇者さんがおそるおそる近づいていき、ローファーのつま先で倒れてる刺客の脇腹をツンツンしてる。マジ度胸あるぜ……
10秒くらいツンツン。15秒くらい肩をゆする。顔を覗き込んで確認開始……
「しっ、死んでまぁす!」
「でかした!」
「やるじゃん、見直した!」
「お前さんの度胸には恐れ入ったよ!」
物陰から出てきた俺らがハグしに行く。もう安全は確認されたからだ。
ダッシュで駆け出して、止まる。
アホ面をする若い刑事の背後で刺客がゆらりと立ち上がった。それは何と言えばいいのか、人間的ではない動きだと違和感を覚えた。
重傷を負った人間がゆっくりと立ち上がるか? これだけ多くの敵を前にして? 刺客は帯電する指先を正確に俺へと向けている。
「ヴァーテック―――」
「伏せろ!」
リニアレールガンの引き金を引く。
リニアレールガンの原理は磁力だ。冷蔵庫に張る磁石シールのようにくっつき、反発するS極N極の働きを利用している。基礎原理はこのように単純極まりない。
銃身内で反発するミスリルの銃弾は電磁加速を続け、120cmの短い銃身を飛び出した瞬間には毎秒140mもの超速度に達する。
時速にして1300kmで射出された重さ200gの聖銀の塊は腹部に命中。吸い込まれるみたいに綺麗に着弾し、その物理エネルギーを解放した。
胴体が真っ二つに割れるみたいに吹き飛んでいく。上半身はこの葉みたいに宙を舞い、そして俺と目が合った。何も映さぬ死んだ瞳が俺を見るのと同時に俺もまた刺客の顔面を見ている。ゾッとした。
刺客はもう二週間近く前に死んだはずのコンスタンス・ランドール先生だった……
いや先生は刺客じゃない。死人が誰かを殺すものか、ましてや縁の浅い俺を殺しに来るはずがない。
刺客は死霊術師だ。
◇◇◇◇◇◇
ネクロマンスされたランドール先生と一戦終えてすぐ、俺はやはり宿には戻らなかった。
お祭り騒ぎの町を慎重の歩いてまじない通りへ。ここには馴染みの魔法道具屋がある。亜空間化したまじない通りにある古い道具屋は、表通りにある清潔で新しい店とは趣のちがう特殊な品を扱っている。祈りの都のディープな一面って奴だ。
かび臭い香りのする店内には埃をかぶっているみたいに見える灰色ローブのエルフがいる。女主人のリアナだ。見た目はアラフォー程度だが長命種の中でも老化の遅いエルフでこの見た目は中々に恐ろしいものがある。何が恐ろしいって興味本位で聞ける年齢ではなさそうなところがだ。
「おや、その凶悪な面は…………ドレイク?」
「惜しいな。いや全然惜しくないけど、他人だけど」
リアナはまじない通りに店を構えてもう数百年というトンデモナイババアなので客の顔なんてイチイチ覚えない主義なんだってさ。そんなババアから名前覚えてもらってるドレイクはすげえよ、インパクトの塊だもんな。
そして名前間違えると笑ってごまかすんだこのババア。抱き締めたいな。
「わかってるわかってる、リリークだろ?」
「リリウスだよ」
「そう、リリース」
「合ってたけど訛ったせいで間違えて聴こえていたみたいな空気出そうとするなよ。名前はいいからさ、グロウポーションあるだけくれ」
「ケンカかい?」
似たような物だ。最近周りが物騒だからグロポでレベルを上げておきたい。
リアナはハイエルフの神聖魔法、つまり古き神々の法術に長けている希少な魔導師だ。祈りの都広しといえど神の妙薬が買えるのはこの店だけだ。
一旦奥にひっこんだリアナがひと抱えくらいの木箱を担いで戻ってきた。中身は簡素なガラス瓶に入ったポーション×16本。高級品なので瓶の間には布が詰められている……
綿かと思ったわ。何センチあるんだこの埃。何年しまってたんだ?
「ババア、このポーション劣化してないよな?」
「熟成さ」
さすが神代の術法だな、俺の知らない不思議な作業工程があるらしい。この店に客がいねえ理由がよくわかる。長命種は商売に向いてねえんだ。
明らか沈殿して二層になってるグロポを撹拌しながらババアがこっそり言う。
「これはエライ事になってるねえ……」
だってヘドロ状の沈殿物が上澄みと混ざらねえんだもん。
「熟成した結果より高純度なグロウポーションに進化している。さすがあたし。これを箱で売ってやるよ、銀貨一枚でどうだい?」
「ババアまじ正直者だな」
飲んだら腹痛じゃ済まなそうな危険物が銀貨一枚とはな。だが本来一本金貨五枚のグロウポーションが16本まとめて銀貨一枚か……
クソっ、不思議と悪い取引じゃない気がする! 商売上手だなババア!
結局買ってしまった。
飲むのを躊躇っているとカウンターに肘をついて仕草だけ愛らしいババアが、何もかも見透かすみたいに顔を歪めた。
「厄介事に巻き込まれているみたいだね」
「レベルアップが必要な程度にはな」
「そうじゃないさ」
否定を意味して首を振るリアナはいつになく真剣な表情に見えた。真剣に本気でいやがってる。
「懐かしい香りがするよ。本当にいやな香りがあんたにまとわりついている。むかぁし戦った敵の香りさ」
「昔っていつだ?」
「さて、いつだっただろうね。あたしがダチ公と一緒にフェスタを建国した頃の話だから……」
おいババア!?
「フェスタって建国二千年くらいしてるんだが……あんたマジでいくつなんだ?」
「数えてもいないさ。ただあたしはハイエルフの先祖帰りだからね、時で死ぬことだけはないのさ」
カラカラと笑ったババアがボケている可能性も微レ存。神代の魔法に詳しいとは思っていたがマジモンの古代のババアだったのか。弟子入りもやぶさかではない。
「イル・カサリアが滅びたらしいね?」
「あ、あぁ」
イル・カサリアっていうのは帝国の西にある古代国家だ。先年のドルジアの春に巻き込まれる形で滅びたと風の噂で聞いたが……
「それがどうした?」
「あたしもあの国とは浅からぬ縁って奴でね。あそこの邪神とは何度もやり合ったし仲間も何人もやられたよ」
「邪神? いまの言い方だと神が実在しているみたいに聴こえたぜ?」
「奴らは実在するよ。権力や欲望みたいな何枚もの壁の向こう側にたしかに存在する。善い神もいる、だが悪い神のほうが多いんだ。人とおんなじでさ」
「混乱する話だな。なにしろ俺は神なんて見たことも信じたこともない」
「関われば不幸になる連中さ、見えないに越したことはないよ」
奇妙な言い方だな。まるで見えないこともあるみたいな言い方だ。やっぱり受肉していないゴーストみたいな存在なのか?
「イル・カサリアを背後から操る邪神はとびきりの性悪さ。あいつが拠点とするあの国が滅びたなんて信じがたいってのが本音なんだ」
「国は滅びても邪神は生きていると?」
「それも一つ。もう一つの懸念は大罪教徒が逃げ延びてきたかもしれないって話さ」
「それはなんだ?」
「邪神ロキに身も心も捧げた狂信者さ。邪神から言葉とちからを賜り、その神命を実行する悪の兵隊」
マジか、そんなんいるのか。思わず生唾のんでしまったぜ。
まさか俺を襲っているのはイル・カサリアの落日から逃げ落ちてきた狂信者なのか? 祖国では神兵としてブイブイいわせてたエリートなのに亡命先でこそこそ裏のきたない仕事して食いつないでいる悲しいネクロマンサーなのか?
境遇だけで泣けるわ。
「ま、大罪教徒が今もいんのかは知らないけどね」
「ババア? それ超大事なところですよね?」
「もう長いことこの町から出てないんだ、知らないのは仕方ないじゃないか」
そりゃそうかもしれないけどお役立ちキャラとしては最低品質だな。さすがババア。ちょっと拗ねてるところも可愛いな。クゥ~~ババア結婚してくれ。
「あんた最近よその人間と付き合いはあるかい?」
「香りがついたとすればさっき襲われたからだろ。たしかに余所の連中とも付き合いはあるが、サミット関連のきちんとした連中ばかりだぞ」
「あら、道理でこのあたりも騒がしいと思った」
「え、知らなかったの。ごはん的な意味でババアまじどーやって生きてるの?」
「あんたじゃないんだ自炊してる」
「いやそうじゃなくて町に出ないの?」
「だいたいの物は届けてもらうから、あんまり出ないねえ」
いや入り口の窓ガラスの向こうすら普段と客層がちがうんですが。って思ったら窓ガラスには何も映ってねえ。
ここ噂に聞くところの選ばれし者しか入れない系の幻の店だった? 俺にここを紹介したドレイクは勇者だったの? いや大空には挑んでるけども。
「ババアもしかしてすごい人?」
「あたしゃ亜人だよ」
「いやそんな細かいところどーでもいいから……」
すごい亜人らしい。
邪神ロキってのは聞いたことがない。地球にはいたな、北欧神話の神だ。悪戯大好きなトラブルメイカーだけいつもひどい目に遭ってるしょうもない神様だ。さすがにそいつ本人ではないだろう。
「邪神ロキはとびきり性悪な悪戯小僧さ。気をつけな、あれは秩序の側にいながら混沌に近い」
うん地球のロキとおんなじ奴みたいですね。もしかしてあいつら次元を超越してるのか? 俺でさえ転生してるくらいだ、神なら普通に移動できるんだろうな。
神はすげえよ、何やっても納得できるもん。六神合体ゴッドレンジャーロボになっても俺たぶん驚かないわ。神(笑)で済ますわ。
「見分け方はあるかい?」
「あんたと同じとびきり邪悪なオーラでわかるよ」
ババア!? 急に失礼なことを言い出したな、邪神の眷族と比べられるなんて屈辱だよ!
「高位の神官ならわかるかもね。ああいうのは慣れだからさ、日頃神気を浴びていれば目につくようになるものさ」
「アルテナ神官でいい?」
「最善だね。祈りの都にはアルテナ様がおられるから高位の神官ならわかるさ」
「え、この町にいんの!?」
「そりゃいるさ。ここが何で祈りの都かって少しくらい考えたことはなかったのかい? あたしが住み着いた理由もそれだし」
「ナニソレ考えたこともねえ。え、常識なの?」
「神殿の秘事さ、公表したら病人が押しかけちまうだろ?」
わかる。余命宣告されてる富豪とか王侯が絶対捕まえに来る。癒しのアルテナ神なんて世界最高の薬箱だもんな。しかも回数無限の。
公表すれば権威は高まるが神官が自分の神様困らせるはずがねえ。プライベートが守られているな。
まだ見ぬ処女神アルテナに妄想が膨らむ膨らむ。でもババアより年上かも?なんて考えると落ち着いてしまうぜ。
その後、ババアにグロポを試しに一本ここで飲んで行けと言われた。何かやばい副作用が起きたらこの場で処置してくれるらしい。ババア!?
一本いっとく。
「うおおおお、すげえ、パワーがみなぎってくる!」
「そんなわけが……」
おいババア今そんなわけがないって言いかけた?
でもすげえちからがみなぎってくるぜ。一本3000円の栄養ドリンク飲んだぐらいの爽快感だ。銀貨一枚で栄養ドリンク16本買ったと思えばむしろ安かったな。これスタミナポーションじゃね?
「ふむ、薬効のあるぶぶんはこの沈殿物だと思っていたけど、もしかしたら熟成の結果としてより薬効の高い部分と不要部分に分かれたのかもしれないね」
「制作者がよく理解してないとか最高に怖いな。マジで大丈夫なの?」
「所詮魔素を溶かした水溶液だからね。どうしても不安なら遠心分離器にでもかけな」
俺の懸念は熟成というパワーワード。つまり分離ではなく成分変化。より具体的に言えばこれ腐ってね?
宿に戻ると不審者がいた。いや不審者みたいな容姿のコーネリアス教授とランディ警部だ。一階の食堂で普通に昼飯食ってやがる。
コーネリアス先生が気楽に手招きしてやがる。行きたくねえぇぇ……
「ランドール君の死体に襲われたそうだね。どうだった?」
「どうとはまた広範囲な質問ですね。何をお知りになりたいんですかね」
「第一に死霊術の程度。魔法を使いこなしたって聞いたけどどの程度まで? 都市警からも聞いてるけど門外漢からの報告なんてあてにならないからね。君の口から聞きたいんだ」
「いや俺もネクロマンスはよくわからんのですがね」
ランドール・グールの行使した魔法の名称と俺が用いた戦闘方式を詳細に語る。コーネリアスも学者だから曖昧な説明やぼやかした部分は許されなかった。俺がぼやかしたい部分とはマジックガンナー兵装の詳細だ。
和解したとはいえ俺の命を狙ってた正統派に切り札の性能伝えるとかマジ自殺行為。
「君の発想は面白いね。主流の逆張りはたしかに有効だ」
「そんな俺の弱点は従来通りの由緒正しい属性魔法障壁ってわけです」
「そう単純でもないよね。ランドール君の死体から威力が逆算できなかった。威力が桁違いなんだ、通常の障壁でだって防げないでしょ?」
「先生方、その話は一旦置いてくれ」
警部ナイス。
帽子の下の蒸れた黒髪をがしがしやってる警部が本題に入った。
「まずリリウス先生を襲った犯人は正統派の差し金ではない」
「とこちらのコーネリアス教授が申しているわけか。これまで六度の襲撃があり、中にはクラウスゼミの出身者もいたわけですが?」
「そっちは認めるよ」
認めたぁ……
「でもランドール君の死体を使うのはよくないね。これについてはきちんと確認した、ネクロマンサーは雇っていない」
「はって、誰を雇ったんだ!?」
ああぁぁコーネリアスの口からすらすら名前が出てくる。
いやな確認もしておく。
「コーネリアス先生も高名なネクロマンサーでは?」
「うん、だから僕が話を聞きにきたんだ。死霊術については同盟一の自負があるからね。所感から言えば乱暴な術式だ、美しくない」
この後ものすごく長いウンチクを語られてしまう。学生時代にも思ったがコーネリアスは頭がイカレている。だって我々のこの嫌そうな顔見えてないんだもん。
死霊術、いわゆる死体冒涜の秘術は歴史がとっても長い。それは嫌われ者の歴史だ。ネクロマンサーは俗に3Kと呼ばれている。くさい・きたない・きもちわるいと三拍子そろったマジモンの嫌われ者。コーネリアスはその代表だ。祈りの都でいちばん気持ち悪いおっさんだって断言できる。
これ簡単にいうと死体操ったりゴーストを使役する奴。実際有益な魔法ではあるんだよね、死体は文句言わないから働かせ放題なんだ。
一時間経過~~~
ランディ警部がキレた。
「やめろぉ! あんたはよくメシ食いながらそんな話ができるな!? 事件の話をしろ!?」
「たしかにカレー食いながら聞く話じゃないな」
この宿の人気メニューはカレーライスだ。俺が長年研究したレシピをオヤジさんに渡したところ、改良に改良が重なってジモティーも納得のスープカレーになってしまった。
そしてコーネリアスのお話は途中から完全に趣味の話になってた。死操術による強化は女性よりも男性の方が平均15%大きいってのが通説。で、死体200使って試したらしい。そのお話。
ゼミ生率いて墓荒らしに行って村人から追い払われた話とかさ、犯罪者が武勇伝語ってるようにしか聞こえなかったぜ。
「そうかい? 僕らの間じゃ鉄板のネタなんだけどね」
「3Kは笑いのツボまできついんですね」
「君わかいのによくそんな古い言葉知ってるね。僕らの時代は3Kと言ってよくいじめられたものさ。死霊学部は女子にはモテないからね、耐え切れずに転部した仲間が何人いたやら」
「先生方、そういう話はあとで個人的にやってもらえますかね」
警部がキレかけてるからようやく本題へ。つまりコーネリアスの話は腹が膨れるまでの前座だったんだ。
「とある筋からのタレコミによればイル・カサリアの大罪教徒の仕業らしいぞ。大罪教徒知ってます?」
「知らないね」
「すまんな」
こいつら役立たずかよ。俺も知らんかったけど。
国家の裏で暗躍する執行部隊なんて敵性国家の軍人くらいしか知らない。一警官と教師が知ってる方がおかしいか。
「母国を失い中央文明圏に流れてきたこいつらに仕事をさせている奴がいる。問題は誰が雇っているかだ。都市警さんの出番だな」
「やれやれこの時期の入国管理資料とか徹夜確定だな……」
「僕も学生課を当たってみるよ。君はどうする? よければ僕のうちに来るかい?」
「冗談ぬかせ。現状一番怪しいのはあんただろうが」
コーネリアスというよりも正統派は信じられない。コンセンサスが取れていないだけで、こいつらの中にはアルバスの学長就任を心の底から嫌がっている奴が存在するんだ。総意かもしれんがな。
二階の自室に寄って手荷物をまとめ、宿を出る前にラトリアくらいには声をかけておく。
「若先生はどうしていつも独りになろうとするの。あたしたちがそんなに頼りない?」
「しばらくは帰れない。元気でな」
頭を撫でくり回してやると泣かれちまったな。
「若先生の馬鹿。答えになってないじゃん」
「俺に愛する女性を守るちからがないからさ。ちなみここは笑うところだ」
くっそ、食堂でメシ食ってる近所のおっさんどもだけ口笛吹いてやがる。完全に昼ドラ見てる気分だな。
最低の気分でラトリアを引き剥がし、アルテナ神殿に向かう。
祈りの都がそうと呼ばれる由来となったアルテナ神殿の本殿は、市街地の北部にあるタルジャンジー連山の中腹にある。風光明媚な山奥にひっそりと建つ厳かな神殿は誰もが一度は目にしたいと願いながら、誰もが入山できるわけではない。
山道へと続く門は僧兵に守られ、神殿の許可のない者は出入りを許されない。
許される者は余所のアルテナ神殿で修行をしてきた巡礼者か、本殿務めの神官だけだ。その神聖さを、神秘を、どうしてそこまで守ろうとするのかを疑問視したことはなかった。
だが今ならわかる。リアナは本殿にアルテナ神がいると言った。ならば納得だ。
「神か、本当にそんなものがいるなんてな」
信じたことはなかった。この世界はあまりにも不条理すぎる。実在するならどうして慈悲を与えない? どうして救いの手を差し伸べてくれない?
まさか俺達をなぶっているのか? 苦しむ人々の姿に喜び、腹を抱えて笑っているのか?
俺の苦しみは楽しかったか……?
俺はただ答えが欲しい。
「この絶望に勝る答えを得られたなら……」
俺は答えを求めて本殿を目指した。




