断章 タルジャンジーの尾根の下で(終)
死ぬってのはどんな感覚なのだろう?
死んでなお痛みに苦しむのか。それとも安らかな気持ちになれるのか。幾度となく考えてきた。でも答えはやはり死んでみないとわからない。
推測と未知の領域に至った俺はなんというか不思議な気持ちだ。怒りも悲しみもない穏やかな気持ちで己の死体を見下ろしている。
俗世のすべてから切り離された俺が思うの羨ましいって感情だ。俺の死体にはユイが馬乗りになっている。あのどっしりしたお尻で俺の股間を踏みつけ、グリグリやりながら俺の首を締めている。ちょっとしたアブノーマルAVの光景だな。
「あははは! 死んだんですか? もう死んじゃったんですか? もっと楽しませてください~~~!」
この子いま発情してるよね?
う~~~ん惜しい。俺きっと何か選択肢を間違わねばまだ生きてて彼女と一発お相手をしていたにちがいない。そう考えると増々惜しい。やり残ししかない人生だった。直喩で。
うぎぎぎ、超羨ましい。なんで俺の死体は死後に頬ペロペロされとるねん。不公平すぎる。代われと言いたい。いや中身空だけど。
「う~~ん、つまらない。手順おかしくなっちゃったなあ」
手順とな?
「本当はリリウスの目の前で遊んであげるつもりだったけど? まぁいいか! 待っててねラトリア、すぐに殺しに行ってあげますから」
俺はその言葉を聞いた瞬間にこう思った。
この女は殺さねばならない。
◆◆◆◆◆◆
それは最初ちっぽけな灯だった。風にさえ消えそうな命の残り火であり、あと数分もすれば地の底を流れる大いなる川に沈んでいく……かもしれなかった。
だがちがった。怒りを与えられた灯は大炎となり、すぐ傍をのんきに鼻歌なんて口ずさみながら歩く女を絞め殺してしまった。
女は命乞いをした。彼が生前に望んだことを約束さえした。慈悲を請うた。泣きすがった。炎に慈悲はなかった。
女のけがれた魂を咀嚼し、ぺろりとたいらげてしまった。
己の復讐を終えた炎は天へ向けて咆哮し、町へと向けて歩を進める。……どうやら魂の味を覚えてしまったらしい。
悪霊にとって魂は甘美な食料だ。激情は辛く、思慕は甘く、後悔の多き魂はそれこそ甘露のように尊く甘い。罪の多い魂ほど美味しい。だからまた食べたいと人を襲いその魂を貪る。何度でも!
悪霊は空虚な怪物だ。何しろ彼らには肉体がない。夏夜の風の涼しさも、稲穂の揺れる音も、愛さえも抱けない。
悪霊にとって魂の捕食は唯一の楽しみだ。誰も罪深き魂の甘美さには抗えない。
真っ暗な夜みたいな悪霊に成り果てた彼が祈りの都へと歩を進める。彼は強大な悪霊だ。きっとあの町の誰もが敵わない。食べる毎にちからを増す悪霊はきっと町一つを食べ干して次の町を襲うだろう……
だが彼が町へとたどり着く前に立ちふさがる者がいた。
軽装の男だ。腰巻きとサンダルだけの簡素の出で立ちと日焼けした褐色の肌。顔立ちは美しいがそれは恋の男神ナルシスのように中世的なものではなく、雄々しい英雄の美貌だ。
その手に提げる神槍グングニルを前に悪霊は怯えている。
「おおおおぉぉぉぉぉぉ……」
「堕ちても恐怖は拭えんか。さもあらん、幾度も殺されてきたのだ、すでに魂魄の底という底まで畏れがこびりついているであろう」
彼が必滅の槍を掲げる。悪霊は怯えて後退る。逃げ帰るべき場所などもう無いというのに……
「父よ眠れ、また新たなる時を刻もうぞ」
時の大神の放った槍は必中する。放つ、命中する、殺す、これらサイクルの間にあるのは時間だが彼の大神の権能は『時』。
どうして彼の大神の御業を時が邪魔するというのか。
グングニルに串刺しにされた悪霊は天を仰ぎ、夜のような暗黒の呪いを天上の月へと吐いていった。
◇◇◇◇◇◇
翌々日の正午、フィギング・アルテナ市正門。
祈りの都を訪れたラサイラの学生がチャーター馬車に乗り込んでいる。業者への手配から何からと働いたラトリアはお駄賃を受け取るに留めた。
「本当にいいのかい?」
「はい、あたしはこの町で若先生が帰ってくるのを待ちます」
一昨日の夜に別れたリリウスは結局戻ってこなかった。
昨日は丸一日かけてコパが鑑定眼を使って捜索してくれたが痕跡は何も見つからなかった。S鑑定は過去を視る目だ。工場で別れたリリウスの足跡をたどるなど簡単なのに、見つからなかった。
コパが視たのは工場でのんびりと誰かを待っているふうなリリウスの姿が蜃気楼みたいに消えてしまう光景だ。
何者かが過去を入れ替えてしまった。そう判断する他にない。しかしそんな魔法など聞いたこともない……
だからコパは結論づけた。古代神に匹敵、それ以上の存在が関わっている。死体を消し去るどころか過去そのものを消し去る存在が関わっている。
ただそうした事実を語ったとして誰が喜ぶのか? コパは口をつぐむことを選んだ。
「君のことはリリウス君から頼まれているんだがね。お父上ともどもイルスローゼに移住するほうがいい。大丈夫、彼ならきっと来てくれるよ」
「いえ、この町で待ちます」
ラトリアの決心は固そうだ。これ以上は無粋だろうとコパも折れる。
ちょうどその時放心状態のコンラッドが通りかかった。目はイっちゃってるし何事かブツブツ言ってるしひどい有り様だ。
「コンラッド先生まだ立ち直れてないんですか?」
「飛空艇は国家機密だからね。奪取されたイイワケを考えるのに必死なんだろう」
「クククク、まぁ爆散させてやりましたがね」
銀髪の貴公子が完全に闇落ちしている微笑みで言った。
飛空艇スカイルーシェには遠隔自爆スイッチが付いている。泥棒どもは哀れトライブ海の藻屑に成り果てているだろう。しかし奪われたけど爆破したから問題ありませんで済むほど世の中甘くない。コンラッド・アルステルムは必死になってイイワケを考えている。ペナルティーは絶対に嫌なのである。
ラサイラの一団が馬車に揺られて帰っていく。港のあるヘンデル市には夕方には着くだろう。
彼らを見送ったラトリアは宿の炉に火を入れ、昼食の準備をする。
合間に洗濯物を取り込み、宿泊客の部屋のシーツを交換する。まだ日も高いので今から洗濯して干せば夕方までには乾くだろう。
ラトリアはいつも変わりない、でも彼のいない日常を回していく。
時々悪い予感に囚われそうになるけど頬を叩いて元気を取り戻す。
「ずっと待ってるから」
アルテナ神殿を据えるタルジャンジーの尾根の下、祈りの都で今日も彼女は待っている。
著者による特に読む必要もない解説
リリウス君はステルスコート抜きだとこじらせてしまうんですねえ……
才能的に劣る彼は素の状態ではまともな精神状態でマクローエンから出られません。そうなるとリザと二人で身を寄せ合って生きていくルートに入るのでコジコジしてしまいます。
血縁関係的にはイトコなのでセーフだけどリザはそういう関係を選ばなかったようですね。さす姉。
どうやらリザは最後までファウストを想い続けていたようです。彼女のそれは愛情でした。ファウストのそれは手駒を大切にするものでした。叶わぬ想いを抱えたまま心ならずも嫁ぎ、その先で不幸にあったんですね。
じつは正史ルートでも生きているのに死んだと報告されているだけなのですが、彼女の抱える彼女自身さえ知らない秘密はいずれ判明します。しかしリリウス君は本当に寝取られエキスパートですねえ。
マクローエンから出るとだいたい成功するリリウス君。どんだけデバフかかっとるねんあの貧乏領地。相変わらずトラブルメイカーですが生き抜く才能みたいなものは抜群なんです。
祈りの都編ではリリウス君は帝国を捨てています。その後帝国で何が起きているかを新聞社や旅客から聞き出して断片的にではありますが情報収集もしていたようです。
とはいえやはり政治的なことや彼の知り合いが生きているみたいな情報までは得られず、いつの時点かでスッパリ忘れることにしたようです。
ユイやクラウは正史ルートでは敵側になります。何でそんな連中が味方になってるんじゃ?ってなるとこの後の回答編をお楽しみにってなります。ほぼ書き終えてるので明日には投稿できる……はず!




