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さあ商売の話をしよう!

 魔の島編の主軸は主人公リリウスとは何者か?を再認識するものです。

 彼はチンピラ寄りの精神性なので基本的に善人よりも悪人と気が合います。善を尊ぶより実利を重んじ、それでも心の中では善なるものへの憧れがあり、己がそれを持たぬがために善を嘲笑し、後でこっそり手助けしちゃう面倒くさい奴です。

 ヴィルヘルム・マイス〇ーの修業時代ではありませんが、少年時代の苦悩と挫折は成長を志すきっかけとなるでしょう。

 どうも海賊ってのは儲かるみたいですねぇ……


 洞窟街を色々回った結果大きな屋敷の地下で魔法錠で施錠された扉を発見した。魔法錠ってのは特定の魔力パターンを用いた個人認証システムだ。指紋で開く鍵だと思ってれば間違いないね、水晶玉に手をのせるだけだし。


 扉の向こうのたくさんの木箱には金銀銅貨が山盛り積まれていたんだ……


「うひゃー、島の一つや二つ買えそー」

「マジで? もしかして空中都市に家とか買えちゃう?」

「買える買える、親父の家だって三軒買えちゃうよ」


 海賊パネー、そりゃ五大国の縄張りとかいうクソほど危険な海域にも海賊出るよな、儲かるんだもん。真面目に仕事すんの馬鹿らしいわこんなん……ルーデット卿のお屋敷三軒しか買えないのか、この金貨の山で……

 やっぱ空中都市の物価やべーわ。シシリーの家賃いくらなんだろ……


「毛布はねえなあ」


 倉庫というよりも金蔵だわ。お金しか置いてねえもん。


「そーゆーすぐ使いそうな品は船倉か、桟橋の倉庫じゃないかな?」

「ダメな子一号、わかってるなら早く言ってね。絶対あなたの方が詳しいから」

「ラジャ、次から早く言うね!」


 噂のミスリル硬貨発見! 財布を満パンにしとくか。

 海賊はいい奴だ、金を盗っても良心が痛まない。兄弟もいい奴だ、お小遣いをパクっても何ら良心が痛まない。俺冒険者の稼ぎより泥棒の稼ぎの方が多いかもしれない……

 一番悪い奴は俺だな! 最悪!


 桟橋の近くに三つ並んだ倉庫から毛布を見つけて奴隷のみなさんに差し入れする。


「おい、てめえら寒そうだからくれてやんよ!」


 おりゃあ毛布の雨じゃあ!

 高笑いとともに毛布ばらまくと奴隷のみなさんが殺到する。慌てるな、慌てるこじきは貰いが少ないが、しっかり人数の倍は用意している!


「おおっ、ありがたい!」

「ありがてえ、こんな地獄にも良い人ってのはいるもんだな!」

「どなたかも存じませんのに。せめてお名前だけでも……」

「へっ、名乗るほどの変態じゃねーよ! 毛布やるだけだしな!」


 おいこの状況でしっかり後退るんじゃないよ女性陣。そこの美少年は服を脱ごうとするな! そこの大胸筋見せてる野郎は何が目的なんだ!?


「けほっけほっ……」

「おばさん大丈夫ッ!?」


 頭髪に白髪の混ざった痩せたおばさんが咳をし、服脱ぎかけの美少年が背中をさする。


「ここのところ咳が止まらなくてねぇ。でもこんなお情けをいただいたんだ、もうちょっとくらいなら頑張れるよ……」

「もうちょっとって、いつまでここにいれば……」


 へっ、そこまで面倒見れるかよ。精々達者にやれよ!


 と思ってから五分後俺は海賊酒場のキッチンにいた。適当に野菜ぶちこんで温かいの作ろうと思ってたのに料理道を歩み出した魂が手抜きを許してくれない! 俺の右手が、なぜか最高にうまそうなブイヤベースを!


「リリウス君って謎の義賊やってるくらいだし感謝されたいわけじゃないよね?」

「変態が感謝される社会はおかしいでしょー」

「じゃ、なんでこんな事してるの?」

「知らん」


 きっと根っこの方は善人だったりするんだろうぜ、カツアゲで生活してるクズなのにさ。きっと敬老精神とか何かなんだろうぜ。


「なにに怒ってるの?」

「うまく生きられない自分にだろうぜ。俺基本的に人間としての軸がブレてんだ」


 なぜこんな事になったのか。ルルにミスリルソードの加工頼んだだけなのに遥々ウェルゲート海のど真ん中の離島で奴隷にメシ作ってるんだ。本当ならカトリたんとのんびりお正月してたはずだぜ? ほんとになんでこんな事になってるんだ? やっぱりハゲを信じたのが間違いだったの?


「誰の感謝も必要とせず、体が勝手に人助けしちゃうの? 物語の主人公かな?」

「ケツにスプーンぶちこむ主人公は最低だな。変態は社会の隅で勝手にキモチイイしてればいいんだよ」

「そっかそっか、また一つリリウス君をわかっちゃったかも?」


 カトリたんの好奇心どうなってんだ。変態の性質調べてもノーベル賞は貰えねえよ。


 うん、最高にうまいブイヤベースだわ。やっぱ魚の鮮度がいいんだな。

 ハッ、酒場に倒れてる海賊どもが意識を取り戻した気配が!


 ズドドドン!


 俺が振り返るより早くカトリたんが倒してたぜ……

 食器のナイフ投げて頭部が四散するとかどんだけ……


「リリウス隊長のご命令通り、聞かれる前に早く殺しました!」

「容赦って知ってる?」


 聞かれてたら殺せなんて言いませんでしたよ?


「うちの家訓は海賊は殺せなの」


 そりゃ代々フェスタの海軍総督の家系ですもんね。海賊は俺に感謝するように、お前ら専用の殺人マシーンが殺戮を控えてるの俺のおかげだよ。


 たっぷりのブイヤベースが入った寸胴抱えて奴隷部屋に戻る途中、新種の海賊が曲がり角から合流してきた。俺らは透明化しているので気づかれてないけど。


 海賊は全部で四人いるけど、陽気な鼻歌を口ずさむやせ型の海賊はけっこうな手練れだね。気配でわかるわ。


「かしら、ご機嫌でやすね!」

「馬鹿野郎、旦那様っつったろが。いつまで海賊気分でいやがるオレらは堅気になったんだぞ」

「へへへ、そうでした」


 海賊の巣にいるカタギとはいったい……


「へへん、これをご機嫌にならずに何をご機嫌になれってんだ。知りたいか?」

「かしら…じゃなかった旦那様! こんどはどんな儲け話なんすか!」

「教えてくれよ!」

「焦らさないでくださいよぅ!」

「はっはっはっは! 焦らしてやる!」

「「かしらぁ~~~!」」


 こいつら楽しそうに生きてるな、海賊ってストレスフリーっぽい職業だもんな。超縦社会っぽいけど。


 この後ご機嫌な海賊がご機嫌な口調でトンデモナイことを言い出した。


「ガイナックの野郎、アシェル・アル・シェラドを使って金儲けする気だ」


 なんだと!? ガイナック船長がどういうことだ!?


「誰っすか?」

「馬鹿野郎、アシェルってのはアシェラ神殿の巫女だよ。一発金貨十枚の女だよ!」

「一発金貨十枚ってマジすか……」

「マジかよ、そんな女がいるのか……」

「見たこともねえようないい女なんだろうなあ。一度お相手してもらいてえぜ……」


「いや、鑑定屋だぞ?」

「鑑定屋のババアに一発金貨十枚払うんすか!?」


「待て! 常識的に考えてババアのわけがない。ババアに金貨十枚払う男がこの世にいるか? いねえだろ? ヒューイの旦那、ずばりそのアシェルは若い鑑定屋だな!」


「さすがだなジェイムズ、まだ二十歳の美女だって話だ」

「さすがっすジェイムズの兄貴!」

「こんの~~冴えてるぅ~~~!」

「ははは、俺なんか旦那に比べりゃまだまだよ!」

「いやいやさすがだぜジェイムズ!」


 すげえ頭の悪い会話してるなこいつら。でも男子って集まるとこーゆー会話するわ。普段インテリぶってる奴ほどしてるわ。男子って集まるとなぜか知能レベル落ちる生き物なんだよね。

 見てくれよカトリたんのこの冷めた眼差しを……めっちゃ笑ってる!?


「そんでガイナックって野郎が捕まえてる鑑定屋を横取りして儲けようって腹なんだな! さすがヒューイの旦那だ!」

「馬鹿野郎!」


 ジェイムズの兄貴が殴られたー!?

 嘘だろ、お前嘘だろ、さっきまですげえ褒められてたのにいきなり殴られたぞ!?


「馬鹿野郎、てめえ、この野郎! いつまで海賊気分でいやがるんだ! 俺らは、堅気なんだぞ! もう誘拐なんてしない! しないんだ! お天道様の、下を、真っすぐに歩くんだ!」


 ジェイムズの兄貴が胸ぐら掴まれてめっちゃ前後に揺さぶられてる。


「誘拐なんて、てめえ二度と口にすんなよ!」

「すんません」


 そして素直だな兄貴。やっぱ超縦社会なんだな。地元のヤンキーの上下関係思い出すわ。


「そんじゃあ旦那はどうやって金儲けを?」

「鑑定屋を助ける。そんでよぉ、神殿に恩を売ってうちの商品を買ってもらうって寸法だ。アシェラ神殿からの受注なんてすげえことになんぞ、もう売れて売れて売れまくりだぞ!?」

「しっ、神殿が俺らの商品買ってくれるんですか!?」

「あの神殿が…俺らなんか社会のクズの商品を……」

「旦那パネぇ……」

「おめえらオレについてこいよ。今にビッグな世界見せてやるからよ!」

「「「旦那様!」」」


 この愉快な馬鹿ども正直嫌いじゃない……

 へっ、スプーンは勘弁してやるか。堅気みたいだしな。どんな商売してるのか知らないけど。


 四人が奴隷部屋に入っていった。


「こっ、この毛布はさっき親切な人が!」

「盗んだわけでは!」

「ああん? おいバンドルよぉ、てめえこいつらに毛布もやってなかったのか?」

「さーせん、忘れてたっす!」


 ごちん!


「てんめっ、どうせ女でも抱いてて忘れやがったんだろ! せっかく高い金出して買ったんだぞ、死なれでもしたら大損こくだろうが。きちんと世話しろ!」

「さーせん!」

「毛布、はもういいから三食温かい物食わせろ、茶もだぞ。てめえらもなんか欲しい物あったら子分どもに言えよ、黙ってたって誰も持ってきちゃくれねえからな!」


「旦那様いいやつじゃん」

「堅気ってのは嘘じゃないみたいねー」


 ヒューイの旦那の一喝で奴隷の待遇改善されちゃったぜ。

 もしかして骨折り損のくたびれ儲けですか?


 その後ヒューイが奴隷を五人選んで連れ出したので、とりあえず奴隷部屋に皿と寸胴置いてく。感謝の声から背を向けてヒューイと子分と五人の奴隷をストーキングする(バンドル君は罰として奴隷部屋の前で待機する御用聞きになりました)。


 まだ肝心の話を聞いていない。ガイナック船長がアシェルで金儲けか、何ら違和感がないな。むしろ当然の展開だわ。あの悪人面が善人のはずがねえ。


 洞窟街の奥の奥、一時間も歩いた頃に大きな扉があった。

 また魔法錠だ。そんなホイホイ発注できる値段じゃねえんだがな、魔法錠付きの馬車でも通すような大きな扉を二枚、五枚の鉄格子を抜けた先の光景は異様だった。


 木々が生えていた。バナナ、オレンジ、リンゴ……様々な実をつける枝が奥からの風に重く実った果実を揺らせている。


 小麦畑があった。黄金の稲穂が実をつけている。


 泉が、果樹園が、小麦畑が、のんびりと放牧される家畜が、そこに在った。

 真冬なのにだ。洞窟なのにだ。


 楽園のような光景なのに、なぜか俺の危険センサーがピリピリしている……


「この空気、ここはダンジョンだね」

「マジで?」


 見た目は完全に楽園だが、カトリ先生が間違うはずがない。つか俺もこのピリピリした空気は覚えがある。地下迷宮とよく似ているんだ。


 海賊ではない堅気連中が一フロアーぶちぬきの巨大ダンジョンの奥へと進んでいく。あちこちに農耕器具の積まれた馬車の荷台が置かれている。なるほど、奴隷を大量に購入したのは収穫作業のためか。


 これを全部収穫して売ればいったいいくらになる? あの凄まじい量の金はこいつを売って稼いでいたのか……


 だがちょっと待ってくれ。


「ダンジョンならモンスターは?」


 出るでしょ? 出るよね? でも魔物なんてどこにも見当たらない。ダンジョンさんデレてるの? ヒューイの旦那様にデレちゃったの?


「出るね普通なら。あたしもちょっとこの種のダンジョンは見た事ないなー、ダンジョンってもっと悪質な物だから」

「悪質?」

「ダンジョンはその機能として人を殺害するためにあるの。財宝を用意し、人を誘引し、殺す。でもここは人に見返りだけを与えている……?」

「詳しく」

「説明する暇はないみたい。あいつら何かするよ」


 ダンジョンの地面にぽっかりと空いた大きな穴。その前に奴隷を並べたヒューイが、サーベルを抜いた。


 背中から刺して穴に蹴落とす。

 背中から刺して穴に蹴落とす。

 背中から刺して穴に蹴落とす。俺が待てと声をあげる暇もなかった。


「ひぃいいいいいい!」


 逃げ出した奴隷の背中を蹴りつけ、髪を掴んで引きずって刺して蹴落とす。


 もう一人も逃げ出している。さっきの服脱ごうとした美少年だ。


「うああああああああああ!」


 泣き喚きながら顔がぐしゃぐしゃにして逃げ出した美少年がこけた。小麦畑の中で転んだ美少年へと伸びるヒューイの手を……

 叩き落とす! 黙ってみてられるか!


「こいつらっ、どこから!」


 気色ばむ子分どもをヒューイが手で制する。

 どうしてとめる?


「姿の見えない義賊、お前に商談がある」

「俺をおびき出すために殺した?」


 それなら殺してやる。


「これはこいつらを購入した本来の用途だ」

「殺人をお楽しみしちまう変態なのか?」


 そうなら殺してやる。


「そうかそうか、そんな的外れな口利くってこたぁ、まだ何も掴んでねえんだな?」

「…………」


 嫌な相手だ、余裕綽々な面構えを崩しもしない。

 何よりあいつは俺を知っていて、俺はあいつを何も知らない。美女ならともかく野郎の手のひらで転がされるのは気持ち悪い。


「いいぜ、全部教えてやんよ。さあ商売の話をしよう!」


 ヒューイは何もかもを知ってるふうな太々しい面構えでそう言った。


 話し合いにおいて情報は最も重要なファクターだ。相手の目的、互いに許し合えるライン、目指すべき落としどころ、情報があればそうしたものも見えてくる。


 だが何も知らなければ相手の意のままの情報を与えられて、誤認した結論に導かれるだけだ。そんな交渉はすべきではない。ヒューイを怒らせることになっても一度離席して情報収集をすべきだ。


「助けて……」


 背後で震える美少年が俺にすがりついてきた。

 この場でこいつだけさらって逃げるのは簡単だ。だがこいつの代わりに死ぬかもしれない奴隷の顔がチラついてしまう。


 柄ではないが、どうやら引けない状況であるらしい。

 ふと俺の脳裏に蘇ったのは、燃え盛る大樹の森で哄笑するハゲ人狼の異形だった……


 あれから半年、俺も少しは成長したんだろうか?

 罪から目を逸らすことしかできなかった俺にも何かできるようになったのだろうか?


「いいぜヒューイ、吠え面かかせてやる!」


 俺にできるのはいつだって精一杯の強がりを見せるだけだ。

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