第96話 海を渡るルーキーの活躍
レイジたちがディメテルを倒したという記事は、世界を駆け巡った。
ここは、ザポネから遥か東にあるエデンの島。誰かがカルミナを一周するまでは、ここが世界最東端の場所だと信じられていた島。
様々な色の花が咲き乱れる草原、サンゴ礁が創るエメラルドグリーンの海。まさに、最果てにある楽園の孤島。
「ここを東に行けば、でっけぇ滝に出くわすんだロ? オデ、怖ぇよ」
「デカい図体のくせにだらしがないねぇ。そんな滝、あるわけないだろうに……」
そんな楽園に、似つかわしくないであろう人間が数人。黒髪の花魁はまだしも、忍者、天パの神主、身長210センチのハゲマッチョ。
さらには、健康的な筋肉美が目を惹く金髪の女。機関銃を肩に担いでいるあたり、チームの狙撃手のようだ。
極めつけは、紋付袴の上からトレンチコートをマントのように羽織ったリーゼント男。このバンカラ風の彼が、このチームのリーダーである。
そんな奇妙なチームがここに来た目的は、単なる休息である。一日休めば、また海に出て新天地を目指すつもりだった。
どこまでも穏やかな時が流れるエデンの島。その空を一羽のウミネコが飛んで行った。そのウミネコは、この冒険団を狙っていたかのように新聞を落としていった。
新聞を拾い上げたリーゼントは、一面を見て感慨に浸っていた。
「……アイツも、随分と出世頭になったモンだ。日本円で55億飛んで2000万ってか」
「また、アイツの事を気にしてるんだね」
金髪女が、リーゼントの読んでいる新聞を覗き込みながら言った。
フォードの一味がこれまでに稼いだ額は、推定で4600万ルド以上。とてもルーキーの冒険団とは思えないほどの額。
このチームも新進気鋭の冒険団の一つ。ザポネで大立ち振る舞いを演じたこともまた、海を渡って世間の耳に届くところとなっている。
「そういうアタイたちだって、十分に名声を得たじゃないか」
「そうですぜ、ダンナ!」
「ナメたクチ聞いてんじゃねぇ! 向こうは、大正義の一角を落としたんだぞ……俺たちが、アイツらに後れを取るわけにもいかねぇ」
リーゼントは、声を荒げた。この冒険団は、レイジに対して異常な執着を見せている。
ザポネから海を渡ったのも、レイジを探すため。しかし、そのレイジは、今はカルミナの裏側。そのことは、彼らも知らない。
「少し頭を冷やされよ、……殿。貴殿の悪いクセでござる」
「そうそう。レイジの事になると、荒々しくなる。ダンナの悪いクセっすよ」
「もうグズグズする暇はねぇぞ。お前ら、すぐに出航するぞ!」
上陸から数時間。リーゼントの一派は、せわしなく海へと繰り出す。
◆
シバレーより北北西に約2400キロ。ここは、コスモバレット。宇宙から銃弾を撃たれたかのような跡がある事から、この名がついた。
ここはかつて、高名な魔術師が“スターダスト”の習得のために選んだ地である。その伝説にあやかり、“スターダスト”の習得を目指す者は、例外なく訪れている。
ここに出てくるモンスターも、不気味に笑う土星のような顔や、マッチョなタコ型宇宙人に始まり、グレイ似の3等身モンスター、UFOのような飛行物体……などなど。
落下した隕石に混じって、地球にやってきた事が考えられる。彼らは、クレーターの辺りを中心に生息しているようだ。
そんなクレーターの中には直径200メートルにも及ぶものも。そんな穴を見下ろせば、赤く光る巨大な隕石。
宇宙の神秘を感じられるようなこの地に、隕石がまた一つ落とされた。そう、落とされたのである。
「お主の“スターダスト”……まだ、ホンモノじゃないのう」
「そうですね。僕の求めている威力は、こんなものじゃない。隕石じゃなくて、本当に流星群を……」
隕石を見に来た者が二人。一人は、髭を縛れるほどに蓄えた老人。もう一人は、エルトシャン。
クレーターは、直径25メートル、深さ7メートルほど。落ちてきた隕石の直径は、およそ1.5メートル。
この隕石を落としたのは、エルトシャンだった。並みの魔術師であれば、十分ともいえる宇宙からの攻撃。だが、エルトシャンは、赤く光る岩を不満げに見つめる。
このコスモバレットに落ちてくる隕石の中では、おそらく最小クラス。高みを目指す彼には、小さく見えてしまった。
「先のリーグ、ビデオをちゃんと見たぞ。何がスターダストじゃ! あれじゃ、まだヒヨッコの“メティオ”じゃ!」
「だから、こうして再び戻ってきたんです。本物の流星群を撃ちたくてね」
ブロール・リーグ決勝戦、レイジとの戦いで一度は撃った“スターダスト”。土壇場で決めたものだったが、威力は不十分だった。
エルトシャンは、リーグが終わった後、物足りなさを感じてここに戻ってきたのである。
今日は、未明から特訓を繰り返していて、既に魔力の限界が来ている。
結局、隕石を落とす程度にとどまっているまま。エルトシャンは、一度爺さんの家に戻り、今日の出来を反省する。だが、その糸口も掴めぬまま、いたずらに時が流れていく。
「エルトシャン、少しは肩の力を抜きなされ。ほれ、今日の新聞じゃ。読むか?」
「ありがとうございます」
エルトシャンは、爺さんから新聞を受け取ると一面の記事に驚いた。
「……へぇ。レイジも随分とやるじゃないか」
「確か、お前さんとレイジは、ライバル同士って話じゃったな。どうじゃ、今度会った時……あやつと戦うチャンスが来たときは、勝つ自信があるかの?」
「次も、負けるつもりはありませんよ。完全な“スターダスト”を決めたうえで……ね」
エルトシャンは、拳をグッと握った。
◆
場所は変わり、ビッグマハルはディーニ、その郊外にある一軒家。かつてレイジが修業で世話になった、ファウスト老師とその玄孫エマの家である。
新聞を読んでいた彼女は、女の子らしくなく慌てていた。バタバタと廊下を走ったかと思えば、ノックもせずにファウストの書庫の扉を勢いよく開けた。
彼女を焦らせた今朝のディーニ・タイムス。その一面の記事には、こう書かれていた。
レイジらフォードの一味、ルベールらVFマスク戦隊、並びにオルアースのカトルーアは、大金星を挙げた。
大正義の一角とも言える豊穣を落とした奇跡。この功績は、3組合計で8000万ルドとするには、シバレー政府も足元を見ていると言わざるを得ない。
台風の目となるルーキーは、虹色のエルトシャン、勇者キャプテン・オールAの他にもいる。この事実を我々は改めて認識しなければならない。
「エマや、どうしたんじゃ? そんなに血相を変えて……」
「ねぇ、おじいちゃん! 今日の新聞、読んだ?」
「ああ、読んだとも。レイジ君、随分と頑張っておるの」
ファウストは、エマと目を合わせることなく答えた。それから、彼女の手から新聞を取ると、ハサミで切った。早速、教え子の活躍をスクラップにしている。
その昔、デズモンドに対抗意識を持っていたが、結局は足元にも及ばぬまま冒険家を引退してしまった。一度は老いぼれ、託すことになった夢に、フォードの一味たちが大きく近づいた。
長い長い人生の果てに、悲願を達成してくれるかもしれない。そんな予感に、ファウストは心を躍らせていた。
「レイジ君なら、きっと成し遂げるじゃろうな……ワシの悲願を」
「おじいちゃん……大事な話があるんだけど、いい?」
エマは、気まずそうにファウストに訊いた。
「私……もう、待ってるだけなんてイヤよ! 旅に出て、レイジ君たちに合流して……フォードの一味に力を貸してあげたいの」
「気持ちは分かるが、レイジ君は迎えに来るって約束してくれたんじゃろ?」
「そうなんだけど……またどこかで無茶をしているんじゃないかって思うと……本当に心配で心配で」
エマの目が潤んだ。
殺人鬼J・Jの一件で、身を挺して助けてくれたレイジ。そんな彼が、海を渡っても無理をしている。今日の記事は、暗にそれを伝えるようなものに思えた。
別れてから一か月ほどが過ぎても、迎えに来てくれる様子がない。まだ、仲間に思われていないのかもしれない……そういう不安もあった。
それでも、フォードの一味の戦力になる一心で、彼女も修業の日々を過ごしていた。レイジたちがビッグマハルを出てから、その思いは日増しに強まっていく。
「おじいちゃん、後生の頼みを聴いて」
「急に改まって、どうしたんじゃ?」
ファウストは、ようやくエマの方を振り返った。
「私……どうしても、海を渡りたい! 一日でも早くフォードの一味に会わせてほしいの!」
絶対に譲らないとばかりに、エマは真剣な目でファウストを見つめた。
乙女の意志は強く、ちょっとやそっとでは揺るぎそうにない。
◆
6月29日、シバレー。初夏の日差しが、日増しに強くなる。太陽がコンクリートを焼けば、街は灼熱地獄へと変貌する。
ワイシャツの袖を捲り、ハンカチで額を拭うサラリーマンがスクランブルを横断する季節だ。冷たいジュースがコンビニやスーパーから消え、建物の入り口ではミスト交じりの扇風機が首を振る。
工業地帯にほど近い市街地西部は、今もなおディメテル戦の傷跡を残したままで、一日でも早い普及を目指して作業員が汗を流す。
VFマスク戦隊の拠点では、ディメテル戦の功労者たちが名残惜しそうに会話をしていた。
レイジとルベールの容態も概ね回復、いつでも動いて問題ない状態である。
フォードの一味の新たな足となるジャンク・ダルク号も、長旅仕様に。あとは水や食料、医療品といった物資を積み込むだけである。
「私は、そろそろキャプテンの元に帰るわ。このシバレーにも、アナタたちにも世話になったわね。ありがとう」
「そうだ、カトルーア。……想いが実るといいな」
ルベールは、小指を立てながら言った。
「それって、どういう意味かしら?」
「ま、いろんな意味で……だな。次会うとき、どうなったか聞かせてもらうぜ?」
ルベールは、したり顔で応える。
「いいわ。アナタの方も教えてもらえるのなら……って言いたいけれど、結果は見え見えかもね」
カトルーアは、ルベールがからかっている事を見抜き、皮肉を返した。
「どういう事だよ?」
「女心の分からないルベールじゃ、ダメって事じゃね?」
メレに追い打ちをかけられたルベールは、うなだれた。
「カトルーア……お前は結局、最後まで食えねぇ女だな」
ルベールは、口を歪ませながら言った。
「それじゃ……レイジ、ルベール。またどこかで会えるといいわね。先の戦い、凄く興味深かったわ」
「ああ、お前もいてくれて助かったぜ。また、どこかで……な」
カトルーアは、一足先にレイジやルベールたちと別れることになった。
「バハラ……こっちの事情にも付き合ってもらってすまなかった」
リュイの両手には、抱えきれないほどの図面。
「礼には及びませぬぞ、リュイ氏。……完成するといいですな、“レッドセラフィム改”と“シルバネルラ”」
同じ技師同士、気が合うところが合うのだろう。珍しく、リュイが笑顔になっていた。
図面に記されているのは、先の戦いで無理をさせてしまったレッドセラフィムの改造計画。及び、新たな巨大戦力。
これから先、どんな敵と戦うか分からない。それを見越したうえでの改造である。
「レイジ! 色々と楽しかったぜ」
「ありがとう、こっちも何かと世話になったよ」
「ルベールはん、その荷物はどないしたんや?」
「俺たちも、シバレーを出ようと思うんだ。……また、どこかで会おうぜ!」
「ああ! ルベールたちも元気でな!」
二人は、握手を交わした。別れが惜しいのか、なかなか手が離れない。
「おーい、レイジ! そろそろ行くぜ!!」
フォードが呼ぶと、レイジはジャンク・ダルク号に飛び乗った。
ジャンク・ダルク号が動き出す。ルベールたちが少しずつ遠くなっていく。レイジは、何度も何度も手を振った。
ルベールたちの姿が見えなくなったところで、レイジは室内へと戻る。
「ライバルであり、友達でもある……。出会ってから短い時間なのに、本当にいい関係ですね」
「昨日の敵はなんとやら……って言うじゃねぇか」
フォードは頭の後ろで手を組んだ。
「でも……今日だけじゃない。明日もあさっても……永久だ!」
レイジは、握りしめた拳を見つめながら言った。
てのひらに、微かな煙。ルベールと競い合った情熱が蘇った気がした。
これにてシバレー編完結でございます。次回更新より、外伝の更新となります。
更新の日程が乱れることが多々あった事をお詫び申し上げます。
今回も、激闘に次ぐ激闘を最後まで追いかけた読者の皆様に感謝です。




