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漢気!ド根性ハーツ ~気合と絆こそが俺の魔法だ!~  作者: 檻牛 無法
外伝2 勇者、その旅立ち
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EP1 気持ちの掴めぬ少年

 とある街の広場より、木刀同士がかち合う音がこだました。一人はガタイの良い白髪の老人。丸メガネの向こうからでも分かる眼光の鋭さは、並みの子供なら泣いて逃げることだろう。

 だが、その対戦相手は怯まなかった。逆立ったブロンドと青緑の瞳が特徴の少年。彼こそが、後にカルミナに名をとどろかせるキャプテン・オールAである。


「踏み込みが浅い! こんな剣では、魔王も倒せぬぞ!」

「……ぬぅ! うらぁ!」

「今度は踏み込み過ぎだ!」


 乱れる汗の粒が、春の穏やかな日差しに照らされて輝く。

 何度も打ち合っているが、子供の力では


「アルフレッド、お前は魔王を倒す使命を持って生まれた勇者なのだ。後10年しかない事を分かっておるな?」

「爺ちゃん……そんなの分かってるって」

 アルフレッドは、仏頂面で木刀を握り直す。爺ちゃんと呼ばれた男の名は、オルエス。かつて“勇将”と恐れられた伝説の冒険者。

 魔王に敵わぬと引退し、後の世代に託すべくこうして稽古をつけていたのである。


「うわっ!」


「アル……大丈夫?」

 亜麻色の長い髪の女の子が、たまらずアルフレッドに駆け寄った。

「また、カトルーアか。俺なら大丈夫……これくらい、どうって事ない!」

 アルフレッドは、ハンカチを渡そうとするカトルーアの手を払いのけた。それから、木刀を杖の代わりにして立ち上がる。

 蓄積された疲れとダメージで、足元がガクガクと震えている。眩暈がして倒れそうなところを、カトルーアは肩を貸してあげた。


「どうって事なくない! 今日もたくさんアザ作って、血まで出ちゃって!」

 カトルーアは、嫌がるアルフレッドの顔を拭いた。


「お嬢ちゃんがこうして来たってことは……?」

「うん! もう、始まるんだよ」


「……なぜ、俺だったんだろう。なぜだ……どうして」

 アルフレッドは、呟きながらカトルーアと一緒に歩く。





「魔法というのは物質でありエネルギーでもある。して……」


「……アル! 起きなさい!」 

 剣の稽古が終われば、間髪入れずに魔法の授業。カトルーアは、頭をふらつかせているアルフレッドを起こす。



「すまない、カトルーア」

 朝から激しく剣を振っていたせいで、よほど疲れたのであろう。


 さらには、魔法の授業に加え、基礎的な数学、多国語、科学、帝王学から兵法学まで。

 勇者に求められるのは、高い身体能力、優れた剣術や魔術だけでは足りない。持っている知識と高いカリスマ性も必要なのだ。

 アルフレッドは、ふと窓を見下ろした。ボールを蹴り合う子供たちの姿が見えた。


「それに比べて、俺は……! ……っ!」

 アルフレッドは、首を横に振った。コンプレックスを振り払いたかった。

 自分と同じ年ごろの子供は、同じ学校に通い、同じことを学び……放課後には気の合う友達とカラスが鳴くまで遊ぶ。

 それに比べて勇者の卵は、オトナに囲まれ、厳しい指導を受ける日々。


 左手に羽ペンを持ち、アルフレッドは知識を紙に書きまとめる。勇者になる男に、他の事を考える時間はない。

 一心不乱に話を聞いては、頭を整理して……。座学が終われば、すぐに実技と演習。

 日の出前から真夜中まで、勇者となる訓練は続く。


 次の日も、その次の日も、朝から剣と魔法と教養と。7歳に寄せられた期待は、英才教育とかいう生半可なものではない。

 遊ぶことを許されぬ毎日、友を作れぬ毎日。普通の家系に生まれていたなら……アルフレッドは、頬杖を突きながら今日も窓の外を俯瞰する。 


「子供と遊ぶのはドクにもクスリにもならんぞ!」

 教師の諫言で、アルフレッドは前を向いた。

 今日も、窓の向こうから子供たちの和気あいあいとした声が聞こえてくる。

 紙の上に涙が落ちる。トモダチのいない幼年時代。誰にも、この苦悩は理解できない。誰にも、相談することは出来ない。これが、勇者の血筋に生まれた者の運命。


「トモダチなら、私がいるじゃない!」

「トモダチ……だと?」

 アルフレッドの目が潤んだ。


「ほら、泣かない!」

「誰が泣くものか。俺は勇者になる男だ。ただ戯れるだけの友とあらば、俺には要らぬ!」

 勇者の卵は、大それた態度で優しさを踏みにじった。


「カトルーアにも、友がいよう。なれば、俺に構う理由もあるまい!」

「アル。私、辛い……」

「なぜ、お前が泣く?」

「辛いけれど、泣くほどの事じゃない! だって、アルの方が何倍も辛いはずなのに……」


 いくら将来有望とはいえ、いくら勇者の素質を持っているとはいえ……。

 年端もいかぬ子どもが苦しんで、打ちのめされている姿は、とても見るに堪えなかった。

 この苦しみを少しでも和らげることが出来るのなら……。少女が願ったところで、何か良い方法がピンと来ることはなかった。




 数日後。今日は、アルフレッドの休養日。桜の丘をアルフレッドとカトルーアが二人で散歩していた。

 殺伐とした日々を離れ、羽根を伸ばせる良い日だったが、カトルーアのせいでアルフレッドの肩身は狭い。


「どうして、お前が一緒なんだ?」

「一人じゃ寂しいかな……って思って」

 カトルーアの純粋な笑顔を見れば、アルフレッドはさらに不服そうな顔をした。

 アルフレッドからすれば、彼女は単なるお隣さんの子供。生まれた年が同じってだけの異性だ。


「俺には、あと10年しか残されていない。この休養日さえも無駄には出来ぬ」

 邪険に扱われたにも拘わらず、カトルーアは笑っていた。


「10年後って……私たち17歳になるときだね。私、オトナになったらなりたいものが二つあるんだ」

「目指すものか……俺には、勇者の道しかないから、考えたこともない。それで、お前の将来の夢を訊こうか」

「一つは、ケンジャってやつ。魔法が何でも使える最高のケンジャになって、アルの役に立ちたいの!」

「そんな事だろうと思っていた。どういうわけか、俺と同じ魔法の授業を受けているだろう」


「……もう一つは?」

 アルフレッドが訊くと、カトルーアは指輪を渡した。それも、子供のオモチャにしては、明らかに高いもの。


「あのね、私……アルのお嫁さん!」

 カトルーアの想いは、本気だった。だが、アルフレッドは呆気にとられた顔だ。


「アルったら、いつも頑張っているけど、苦しそうで……なんだか寂しそう。私がいなきゃ、アルがどうにかなっちゃいそうで……」

「別に辛くなどない。勇者として生きる術を教えてもらっているだけだ。苦しんで見えるのなら、素行を改めねばならないな」


「また、そうやって強がってる! 私、本気だよ! アルの旅に一緒についていって、魔王を倒すお手伝いするの。勇者の仲間なんだから、魔法が何でも使えるケンジャ様は必要でしょ?」

「確かに、賢者は勇者の仲間として不足はない。仮にお前がなれたとしても……それ以上に優秀な人がいれば、迷わずその人を選ぶ」

「だったら、私……諦めないから。絶対に、アルと一緒に旅をするんだ。そして、魔王を倒して平和になった世界を、今度はアルと二人で……」

「聞けば聞くほど分からない……。どうして、そこまで俺と一緒にいたがるのか」


 アルの言葉遣い以上に、カトルーアの未来予想図は子供離れしていた。彼女の方が、ずっとずっと大人だ。

 勇者には優秀な仲間が必要不可欠。幼馴染だから、という生半可な理由で連れていく事など、出来るわけがない。


「俺は17になれば、優秀な6人の仲間と共に旅を始める。それまでに、誰にも負けぬ賢者になればいい。そうすれば、俺と旅することもできよう。結婚の話については、どうして切り出したのか……」

「……アルのバカ。もういいわよ!」

 カトルーアは、怒って先に帰ってしまった。好きにすればいい、としか返す事が出来なかった。

 彼女の怒った理由が分からない。結婚の約束をしてきた理由も分からない。アルフレッドは、首を傾げながら家路につく。




「ど、どうしたんだ……カトルーア。デッカイ本を何冊も持って帰ってきたと思えば、急に部屋にこもりっきりだなんて」

 オヤジは、ドアノブに吊るされた“Don't Disturb”の文字を見つめながら言った。

 夕飯の時間、呼ばれてもカトルーアは一心不乱に本を読み進めている。


「勇者のトモダチも楽じゃないわ……私が、しっかりしなくちゃ! アイツが心置きなく背中を預けられる右腕にならなきゃ!」

 分厚い本の数々は、アルフレッドが学んでいるものと同じ専門書たち。孤独の勇者を支えるべく、彼女は勉強を始めたのだ。

 だが、その意気込みとは裏腹に、専門書の難易度は高く……難しい文章の数々が彼女のやる気を折りにかかる。


「アルだって、これくらいの難しい本で頑張ってるんだから! 私だって……」

 目が滑る。


「頑張れば……」

 瞼が重い。


「どうってこと……」

 顔が上がらない。


「うぅん……」

 気が付けば、朝。気が付けば、カトルーアは机に伏せて眠っていた。

 今日は、なんだか気だるさを感じていた。頬は赤く染まり、額には大粒の汗。

 カトルーアは、ベッドに体を投げるようにして横になった。ひどくうなされ、泣いていた。

 想いを踏みにじられた、その悲しみが今になって込み上げてきたようだ。


 泣いて、泣きじゃくって、泣き叫んで……声も涙も枯れ、それでもなお胸の痛みを取り除くことは出来ない。

 苦しみに苦しんで、また気を失ってしまった。


「大丈夫か、カトルーア」


 気づいたときには、もう昼過ぎだった。

 アルフレッドが、ドアをノックすることもなく彼女の部屋を訪ねてきた。


「アル……どうして」

「魔法の授業がそろそろ始まるから呼びに来た……それだけだ」

 この少年は、別に心配してくれているわけではなかった。それを悟った彼女は、なおさら悲しくなった。

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