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落日の国  作者: 青山 樹
終章 『落日の国で』
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第三話 『東の空へ願いをこめて』

 ハルの呼吸は、静かに、ゆっくりと落ち着きを取り戻していく。

 彼が握りしめていた拳銃は、その手を離れて地面に落ちた。

 キョウカは立ち上がり、第五観測所として使われていた廃校のほうへ顔を向ける。


「とりあえず、今は傷の手当てをしないと。観測所にはまだ使える医療品があるはずよ。私が取りに行くから、リオさんは二人と一緒にいて。まだ敵が潜んでいるかもしれないから、くれぐれも警戒は怠らないようにね」


 はい、とリオはうなずく。

 ハルは体を起こしながら「大丈夫です」と言った。


「あの人が言ってました。残っているのはもう、自分一人だけだって。でも、リオはキョウカさんと一緒に行って。一人で行動するのは、まだ危険だから」


「危険って……。ハル君、それはどういうことなの?」


 キョウカに尋ねられ、ハルはシュウのことを話す。

 この作戦に参加した研修生全員を殺すよう副司令に取引を持ちかけられたこと。

 先生に海へ落とされたまま所在がわからないこと。


 ハルの話を聞いたキョウカとリオは、深刻そうな表情を浮かべる。

 特にリオは何かにおびえるように恐怖を瞳に浮かべていた。


 ハルの話が終わった時、リオは声を震わせて言う。


「じゃあ、やっぱり、マーサって人が言ってたことは……」


「リオさん、今はそのことを考えるのはやめましょう」


 キョウカはリオの肩をたたく。整備場で調査を始める前に、キョウカはリオからその話を聞いていた。その時はこちらを混乱させるための狂言くらいにしか考えていなかったが、ハルの話を聞いた今、キョウカは言い知れぬ不安を抱いていた。


 この国の運命は、自分達の手が届かないところで不気味に動き始めているのかもしれない。


 それでも、とにかく今は、自分のなすべきことをなさないと。


「ハル君。少しの間一人になるけど、大丈夫?」


「大丈夫です。それにここにはサツキさんもいますから、しっかり守ってみせます」


 キョウカは安心したようにうなずいたが、リオは心配そうに言った。


「本当に大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。でも、足のほうはだんだん大丈夫じゃなくなってきたかな」


「あ、ごめん。すぐ手当てしに戻るから。行こう、キョウカさん」


 リオは走り出し、キョウカはその後に続いた。

 二人の足音が聞えなくなったところでハルは拳銃を握り、耳を澄ませる。

 足はずっと激痛を訴えていて、まともに動けそうにない。せめて物音には注意しようと考えたのだ。

 しかしハルの耳には、絶え間なく波の音が聞こえてくる。

 これじゃ誰かが近づいてきてもわからないなと、ハルは苦笑した。

 その時、ハルのそばから小さな声が聞えた。


 サツキが目を覚ましたのだ。


 サツキはゆっくりと体を起こし、頭を軽く振り。ハルの顔を見て目をまばたかせた。


「あの人は?」


 サツキが尋ねる。その言葉は、ハルにとって予想外の言葉だった。


「あの人は、死にました」


 ちがう。

 その言い方は卑怯だ。


「僕が、殺しました」


 そう、とサツキは無表情のまま言う。


「ごめんなさい。あの人は、ハル君が会いたがっていた人だったんでしょ」


「はい。でもきっと、これでよかったんです。だから、ありがとうございます、サツキさん」


 ハルはサツキに笑顔を見せる。

 サツキは透明な二つの瞳をハルに向けた。

 その瞳を見た時、ハルは心のうちが彼女に見透かされていることに気づく。

 それでも笑顔は崩さなかった。


 サツキはハルのそばに座り、手術着のポケットから何かを取り出して、彼に差し出す。

 それは四つ葉のクローバーだった。


「あの人が私にくれたの。でもこれは、ハル君が受け取るべきだと思う。だから……」


 ハルはかすかに震える手で、差し出されたクローバーを受け取った。

 その瞬間、ハルは遠い昔に先生から教えてもらったクローバーの花言葉を思い出す。

 幸運、約束、復讐。そしてあとひとつ。


 それは、きっと、あの人の最後の願いだったのかもしれない。


 ハルはクローバーを握りしめたまま、声を殺して涙を流した。


 取り戻すんだ、とハルは決意する。


 彼がまだ幼かった頃、大切な家族と一緒にいられるのが当たり前だった日々を。

 あの人はもういない。けれど、これからの未来がそうなるように。

 誰もが大切な人と一緒に生きられるように。悲しみの中で絆が断ち切られないように。

 人が人として生き、そして死ねる世界を、暖かくて優しい世界を、僕はとりもどしたい。


 ハルは涙をぬぐい、クローバーを握った手を空に向けて伸ばす。

 ハルが見上げる空にはいまだ夜の闇が広がり、星々は光り輝いていた。

 それでも東の空は、刻一刻と夜明けを迎えようとしていた。

この話はこれで終わりです。読んでいただき、ありがとうございました。

そして、この作品を評価していただいた方、ブックマークしていただいた方、感想を書いてくださった方に、心からの感謝を申し上げます。


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