第六話 『港町の記憶』
やがて三人は臨海部に出た。
そこは様々な企業の工場や営業所、資材や物資の保管所が無造作に立ち並んでいる場所で、頭上には何本かの高速道路が重なり合うようにして伸びていた。
かつてはこの場所から日本のいたる所へ様々な物資が行き交い、人やモノが動き、経済が循環していたのだろう。その面影は今でもまだはっきりと残っている。
そんな景色を眺めながら、ハルは自分達の国はこの場所で終わっているのだと実感した。
ハルと同じく外の様子を眺めていたリオは、小さくつぶやく。
「ほんの五年前まではさ、ここにもたくさんの人がいたんだよね」
そうね、とキョウカがこたえる。
「ここは日本でも有数の大都市だったから。人もモノも、うんざりするくらい多かったわ」
「へぇ……。え? キョウカさんは知ってるの? 戦争が起こる前の、この街のことを」
「ええ。母の実家がこの街にあったから、小学生の時はよく夏休み中に遊びに来たのよ」
「小学生?」
「今でいう初等学校のことよ。…………はぁ、なんだか若い子にこういうことを話すようになると、自分がすごく年を取ったって実感するわね」
「あはは、何言ってるんですか。キョウカさんだって、全然若いお姉さんじゃないですか」
「そうですよ。それにとてもきれいな人だと思います」
ハルは声を大きくして言う。するとリオはからかうように笑みを浮かべた。
「キョウカさん、気をつけて下さいね。ハルは年上のお姉さんが大好物なやつですから」
ハルは顔を赤くし、リオとキョウカは楽しそうに笑った。
「そ、そんなことより、キョウカさん。よければこの街のことを、教えてくれませんか」
「私もあまり詳しくは知らないのだけど、大都市らしくけっこう栄えていたそうよ。昔から港町だったから、外国の文化も早い時期にたくさん伝わってきてね、私達が本部として使っている建物もそうだけど、歴史的に価値のある建物や史跡も多かったらしいわ。過去には戦争で空襲を受けて焼け野原になったり、二十世紀の末には大震災に襲われて壊滅的な打撃を受けたりと大変なこともあったけど、それでもこの街で生きている人達は復興に取り組んで、街をよみがえらせてきた。そう、倒れるたびに、人も街も、立ち上がってきた。でも……」
キョウカは言葉を切る。
その先の言葉が何なのか、ハルにはわかるような気がした。
「……この街では、毎年八月の初めに、とても規模の大きい花火大会が開催されていたの」
車の速度を少し緩めながら、キョウカは話す。
「小学生の頃、私は両親と一緒に毎年のように花火大会を見に行ったわ。海沿いの道には今にもあふれだしそうなくらいの見物客がいっぱいいて、出店もたくさんあって、人がまさに波のように動いてて、暑くてうるさくて、その頃の私は両親とはぐれないよう必死に手を握っていた。とてもじゃないけど花火を楽しめるような余裕はなかったわね。県外から見物人が来るくらい有名な花火大会だったんだけど、私にとってはあまり楽しい思い出にはならなかった。それでもいつか大人になったら、両親に頼ることなく一人で見に来たいって思ったの。そして、叶うなら、私も私の子どもの手を握ってこの花火大会に行きたい。そう思っていた」
キョウカは小さくため息をつき、車の速度をわずかに上げる。
「でもまさか、その前に街が滅びるなんて思わなかったわ。もっと言うと、滅びるきっかけになった最後のお祭り騒ぎに、私が参加することになるってことも」
「最後のお祭り騒ぎって、もしかして、五年前の……」
「ええ。その時私はまだ学生だったけど、そんなことは言ってられなかったから。戦場がどんなものなのか、この身にしっかりと刻まれたものよ。我ながらよく生き残れたと思うわ」
キョウカはフロントガラスの向こうに広がる街の姿を見る。
「ハル君、リオさん。私がここにいる理由は二つあるの。その一つはね、もう一度この街で花火大会ができるよう、この街を復興させることなの」
「とても立派だと思います。もう一つは、何ですか」
ハルが尋ねると、キョウカはわずかに首を横に振った。
「あとで話すわ。それを話すべき場所があるから」
ハルはうなずき、窓の外に目を向ける。
そこには五年前の動乱をきっかけに人が暮らすことを禁じられた街の姿が広がっていた。
それを眺めながら、ハルは思う。
もし、この戦いが終わっても、この街がかつての活気を取り戻せるのだろうか。
そしてなにより、この国がかつての姿をとり戻せるのだろうか。