第四話 『ミッドナイト』
感情のままに発砲したことで、リオは少し冷静になったのだろう。
彼女は何とか無事にタワーマンションの倒壊から逃れることができた。
しかし一息つく間もなく、リオはミッドナイトとの戦いに臨まなければならなかった。
ミッドナイトは炭素繊維でつくられた特殊なワイヤーを鞭のように操り、執拗にリオを攻撃し、彼女のフレームに確実にダメージを与えていた。
「いぃひゃっあはははははは! いいですねえ、実に気分がいいですよ。一方的に誰かを嬲り者にするのは、じつに気分がいい!」
高笑いを上げながらミッドナイトはリズムをとるように鞭を振るう。
リオはなんとか間合いをとろうともがくが、薄暗い中では高速でうねる鞭の軌道を読むのが難しく、ミッドナイトの攻撃から逃れることはできなかった。
「どうしました。たまには反撃してみたらいかがです。ははは! できないでしょう! できませんよねえ。そんなこと、この私が許しませんよ!」
ミッドナイトはリオの手足を重点的に狙って攻撃をくり返した。
カノジョが銃を向けようとすれば手を打ちすえ、距離を取ろうとすれば足を絡めて転倒させ、立ち上がろうとすれば背中に鞭を思い切り叩きつけた。
「みじめです、みじめですねえ。抵抗することも逃げることもできず、立ち上がることすらできない。抗うことのできない力によって何度も何度もねじ伏せられ、心と魂に無力さを刻み付けられる……。ああ、なんと悲惨なことでしょう!」
ミッドナイトは攻撃の手を止め、懸命に立ち上がろうとするリオの姿をどこか遠い目で眺めた。
「私もそうでした。そんな人生を送ってきました。送らされてきました。西日本にいる連中によって、あなた達の、お前達の、貴様らの、親の、親達によってぇえ! あああああああああああっ!」
ミッドナイトは絶叫し、激しく鞭を振るう。
鞭はリオの体を連続的に激しく強打し、舞を躍らせるように彼女の体をもてあそんだ。
「だから、だから殺すんだ! 俺が、奴らを、ぶち殺してやる! 奴らの、奴らのガキどもをおもちゃにして、嬲り者にして、踏みにじってやるんだ! 俺がされたようになあっ!」
リオが倒れそうになった時、ミッドナイトは鞭を巧みに操り彼女の手から自動小銃を払いのけ、体に鞭を巻きつけて動きを封じた。
「……さて、これであなたに勝機はなくなりました。おとなしく降伏し、私のオモチャになることを誓いなさい。そうすれば、明朝までは生かしてあげましょう」
ミッドナイトはリオに近づき、ヘッドギアを引きはがして彼女の素顔を間近で見る。
「ほう、これはいい……。私好みのなんとも愛らしいロリ顔じゃないですか」
ミッドナイトは薄気味悪い笑みを浮かべる。
その顔に、リオは唾を吐きかけた。
カノジョの目には恐怖などかけらもなく、ぎらぎらとした不屈の光が宿っていた。
「ははは、いいですね。反抗的でなければ面白くない。調教のしがいがあるというものです。それにしても、きれいな目をしてますね。ちょいとひと舐め、いいですかぁ?」
ミッドナイトは舌を出し、リオの目に近づける。
その直後、ミッドナイトはリオの体を大きく放り投げた。
同時に銃声が響き弾丸がリオのフレームに命中する。
発砲したのはキョウカだった。彼女は建物の残骸に身を隠しながら攻撃のチャンスをうかがっていた。
「あなたがそこに隠れていたことなど、私には最初からわかっていましたよ」
ミッドナイトはリオの体から鞭をほどき、キョウカに向けて振り抜く。
キョウカは攻撃をかわしつつ応戦するが、ミッドナイトは人間とは思えないほどの反射速度で攻撃を回避した。
その尋常ではない反射速度と、瓦礫の山を自由自在に移動する機動力を見て、キョウカは敵がサツキと同じフレームの操縦に特化した生体兵器であると判断した。
何か策を講じなければ、こちらが追い詰められるのは時間の問題だ。
しかしキョウカは勝機を見いだせず、次第に劣勢に立たされ、ついに自動小銃を奪われた。
「さてさて、これでいよいよチェックメイトといったところでしょうか」
ミッドナイトは勝利を確信する。
それを打ち砕くように、リオの雄叫びが響き、銃声が鳴った。
ミッドナイトは不意を突かれたが、それでも圧倒的な反射速度で頭部を守り攻撃を防ぐ。
「あれだけ打ちのめしたのに、まだ動けるとは。やれやれ。念のために骨の一本でも折っておきましょうかねぇ」
リオのほうに目を向けた時、ミッドナイトは彼女の異変に気付いた。
彼女はフレームを装備していなかった。
生身の状態で、フレーム用の自動小銃を両腕でしっかりと抱きかかえ、銃口をミッドナイトに向けていた。
「これは――」
言葉が終わらないうちに、何かがミッドナイトの背後から襲いかかる。
それはリオが装備していたフレームだった。
フレームは強化外骨格としてではなく、自律したロボットとして起動し、ミッドナイトを拘束するように両手両足を彼の体に絡めつけた。
直後、フレームは鋭い警告音を立てる。
「伏せて!」
リオは叫ぶとすぐに地面に伏せ、両手で耳をふさぎ固く目を閉じた。
キョウカも即座にリオと同じ姿勢をとる。
ほぼ同時に警告音は消え、リオのフレームは爆発した。




