第二話 『殺意の夜』
ハルがサイレンの音を聞いたのは、人工島へつながる橋の手前に広がる港湾施設に侵入した時のことだった。
ハルとリオ、シュウの三人は彼らの先頭を行くキョウカの指示で物陰に身を隠し、自動小銃を構えて臨戦態勢をとる。第五観測所へ侵入するにあたり、彼らが装備しているフレームは自軍のレーダーに探知されないよう設定されていた。にも関わらず敵に感知されたということは、敵は自軍より精度の高いレーダーを使っていることを意味している。
いつ敵の攻撃が始まるかわからない緊張感の中、サイレンは少しずつ遠ざかり、消えた。
静寂がもどった時、ハルが装着しているヘッドギアからキョウカの声が聞こえた。
「行きましょう」
ハルは前進するキョウカを見つつ、周囲を警戒しながら彼女のあとに続いた。
そのうしろをリオとシュウが進んでいく。
「敵は僕達がここへ来たことに気づいたんですね」
ハルが尋ねると、キョウカは「そうね」と険しい声で答えた。
「でもわざわざそれをこっちにも教えてくれるなんて、ずいぶんと親切な連中じゃないの。私達をなめているのか、それともただのバカなのか、どっちかはわからないけど」
橋が見えたところでキョウカは立ち止まる。
道幅が幹線道路並みに広い大型の橋のまん中には、いくつもの支柱が奥へと等間隔に並び立ち、その上をモノレールの線路が通っていた。
「線路を通りましょう。こうなった以上、一刻も早く目的地へ行かなければならないわ」
キョウカはフレームのスラスターを巧みに稼働させつつ線路の支柱を駆け上っていく。
ハルも同様に支柱を上った。今のハルが装備しているフレームは防衛学校在学中から使っているもので、彼の意識や身体能力に同調するようリオがプログラムを構築している。そのため訓練生用のものと比べるとその操作性能は格段に高かった。ハルは自分の手足を動かすのとほとんど変わらない感覚でフレームを操縦できた。
ほどなくしてハルは線路の上に立つ。彼に続き、リオとシュウも到着した。二人もハルと同じく防衛学校時代からのフレームを装備している。
「作戦はわかっているわね」
キョウカが言うと、三人はうなずいた。
「では、これより作戦を開始します。各自、全力で作戦の遂行にあたりなさい」
キョウカを先頭に、ハル達は前進する。
海の上にさしかかったところで、暗闇の中に人工島の姿がぼんやりと浮かび上がった。
彼らの進む先には線路を挟み込むように、二つの巨大なタワーマンションが建っている。その東西には集合住宅が密集していて、いくつもの大型マンションが城壁のように建ち並んでいた。そのためハルには、二つのタワーマンションが人工島への城門のように見えた。
いよいよ敵の拠点に侵入するんだ。
ハルの心が不安にざわめく。
それをごまかすように、ハルはリオに話しかけた。
「やっぱり、リオが組んでくれたプログラムはすごいね。自分の手足みたいに動かせるよ」
まったくだ、とヘッドギアのマイクからシュウの声が聞こえた。
「最初から出し惜しみせず使っていれば、ヒカルもフタバもやられずにすんだかもな」
「黙って」
リオが言う。
それはハルが今までの彼女からは聞いたことのない、重く冷たい声だった。
「今は敵を殺すことだけを考えたいの」
「……リオ。僕達の目的は核攻撃の危険性を排除することなんだ。敵を殺すことじゃない」
ハルはリオを落ち着かせるように言う。
「わかってる。作戦もちゃんと覚えてるよ。でも、敵を殺すことだって目的達成のための手段でしょ。それに私は……あいつらを殺したい。みんなの仇を討ちたい」
本部での脱走を引き止めてから、リオは完全に変わってしまった。
彼女のあどけない顔には敵意と憎悪が色濃く浮かび、瞳には殺意が静かに燃えたぎっていた。
敵を目前にした今、彼女の心は暴発寸前の状態にあるのだろう。
線路を進みながら、ハルは作戦の内容を頭の中で反復した。
人工島に侵入したら二手に分かれ、それぞれ東回り、西回りのルートを進み、人工島の南端を目指す。そこには第五観測所として利用されていた廃校があり、その近くにはモノレールの整備場がある。
整備場は第五観測所の技術室や資材置き場として使われていた場所で、簡易式の人工衛星もそこに配備されているらしい。
もし、敵が戦術核を手に入れたのなら、人工衛星に搭載して西日本へ攻撃してくる可能性が高いだろう。
なのでまずは、整備場へ行かなければならない。
ハルはシュウと共に東回りのルートを進むことになっている。今のリオと離れ離れになるのは不安だったが、命令である以上仕方ない。
それに、キョウカと一緒にいたほうが、リオにとっても安全といえた。
とにかく今は、目的を果たすことだけを考えよう。
核攻撃の危険性を完全に排除し、全員無事に生きて帰るんだ。
そしてできれば、捕虜になっているかもしれないサツキさんを助ける。
作戦にはないけど、やるなとも言われていない。
サツキさんだって、僕達の仲間なんだ。
ふと、昼間に出会った白髪の老人の姿がハルの頭に浮かぶ。
彼に特殊な弾丸を撃ち込んで気絶させた老人だ。
その顔は何度思い返してみても、ハルの記憶にある先生と一致していた。
考えるな、とハルは自分に言い聞かせる。
あの人は敵だ。
あの人は僕を撃った。
ヒカルやフタバを殺そうとした奴らと同じ組織の人間なんだ。
西日本への核攻撃を企てているかもしれない敵なんだ。
自分達の敵である以上、僕はあの人を殺さなければならない。
攻撃を受けることなくハル達は海を渡り切り、人工島の北端に入った。
しかし、進行方向に駅のホームが見え始めた時、彼らを迎え入れるようにホームの明かりが灯った。
キョウカはすぐに立ち止まり、自動小銃を構える。
ハル達も武器を構え、周囲を警戒した。
ホームに続き、線路の両隣に建つ二つのタワーマンションにも明かりがつく。周辺の建物にも次々と明かりが灯った。
まるでハル達の到着が人工島を目覚めさせたかのように、島全体が明かりに包まれた。




