第一話 『人間ではなくなった者達』
オータムは人工島の隅々に広がるサイレンの音を追うように夜空を見上げていた。
不吉な残響が消えた頃、彼はサツキと向かい合う。
「どうやら君の仲間が来たようだな。希望を捨てるのはまだ早かったというわけだ」
「私を助けに来たと決まったわけじゃないよ。あなた達の計画を阻止するためかもしれない」
「だとしても、君にとってチャンスであることはたしかだろう。さて、私も行かなければな」
「いちおう言っておくけど、私に人質としての価値はないよ」
「わかっているさ。それに、人質として使うつもりなら、もっとそれらしい扱いをする」
私もそう思う、とサツキは言う。
「あなた達の、特にあなたの私に対する態度は、その意図がわからない。あなた達は何をしようとしているの? 何が目的で、こんなことをしているの?」
さあね、とオータムは軽く頭を振る。
「私にもよくわからないよ。まあ、あえて言うなら、君に我々のことを知ってほしかった、というところだろうか」
「どうして?」
「我々がなぜこの道を進んでいるのか、そこに至るまで何があったのか、それを西日本の人間である君に知ってほしかったのさ。そうすることで私の、いや、我々の人生に何らかの決着をつけることができると思ったんだよ。そうだな……言ってしまえば、遺言みたいなものだろうか」
「遺言なら、私じゃなくて家族に伝えるべきなんじゃないかな」
「言ったはずだ。私に家族などいない。私はずっと、一人だったとな」
「ハル君はあなたのことを知っているよ」
「それが誰なのか、私には覚えがないな。たぶん別の誰かと勘違いしているのだろう」
「本当にそう思っているの?」
「もちろんだ。何を思い、何を信じるかは、私が決めることだ」
「そう」
「ところで、君に一つ尋ねたいことがある」
「なに?」
「君は本当に、自分の祖父を殺したのか?」
「殺したよ。祖父が私の両親を殺して、次は私が殺されると思ったから、だから殺した」
「ふむ。では、その時君は何歳だった?」
「八歳だったと思う。十年くらい前のことだから」
「なるほど。それが事実なら、実におかしなことだ。実に不自然だ」
サツキは小首をかしげる。
「君の祖父は両親を、つまり大人二人を殺した。おそらく殺傷能力の高い凶器を用い、明確な殺意をもって計画的に殺したのだろう。体力もそれなりにあったはずだ。そんな人間が八歳の子どもに殺されるだろうか」
オータムの問いは、今までサツキが考えたこともないようなものだった。
「なにより、両親が殺されて自分も殺されそうになったからといって、幼い子どもが人間を、自分の祖父を殺そうとするだろうか。本当に殺したというのなら、君はどうやって祖父を殺したんだ。その説明ができるか?」
「それは……」
サツキは言葉を詰まらせる。
たしかにオータムの言う通りだった。自分はどうやって祖父を殺したのか、彼女にはまったく思い出せなかった。
確かな記憶がないのに、今の今まで自分が祖父を殺したと一切疑うことなく信じていた。
そんな自分に、彼女はようやく気づいた。
「しっかり思い出すといい。自分の過去を。それは今の君につながる、大切なものだから」
オータムはフレームを装備するため廃校に向かって歩く。
その足音と、遠ざかっていくオータムのうしろ姿が、不意にサツキの心を動かした。
「待って」
サツキは声をかける。
オータムは背を向けたまま立ち止まる。
「……もし、あなたが、私の祖父と同じ立場だったらどうするか、教えてほしい」
「君もまたずいぶんと残酷なことを聞くじゃないか。何度も言ってるだろう。私に家族はいないと。その私に、そんなことを聞くとは」
「答えて」
サツキの言葉が、オータムを振り返らせる。
「そうだな。私がその立場にいたら、君を殺すことはできないだろう。何の罪もなく、世の中のことも知らず、無知で無力で無垢な子どもまで殺してしまったら、私はもう人間ではなくなってしまうだろうから。そうなってまで生きて、なんになる」
「殺さなければ、相手が成長して大人になった頃に、あなたを殺しに来るかもしれないよ」
「その時は、おとなしく殺されたいものだな。そういう死に方も、悪くないだろう」
オータムは背を向けて歩き出す。
サツキは口を閉じたまま、オータムの姿が暗闇の奥へ消えていくのをじっと見つめていた。
オータムの姿が見えなくなると、サツキは夜空を見上げて小さく息を吐いた。
そして前を向き、工房へ歩き出した。




