第九話 『失くしたものは』
オータムはサツキが乗っている車椅子を押しながら人工島の外周を通っている大きな車道を歩き、廃校の裏手にある海辺の空地へ向かった。
そこは廃校のグラウンドの五倍以上はある広大な空き地で、その近くには四階建ての立体駐車場がある、もちろん、この駐車場も今ではただの廃墟でしかない。
「かつてこの空き地には、小さいながらも遊園地があったらしい」
「そう」
「しかし今から七十年くらい前に起こった震災で大きな被害を受けてしまってな、再建されることなく更地になってしまったのさ。あの立体駐車場は、遊園地があった頃の名残だそうだ」
「どうしてその時代の人達は、遊園地を作り直そうと思わなかったの?」
「さてね。私にもわからない。まあ、一度潰れたくらいで捨ててしまうのなら、最初からそんなものつくらなければよかったんだとは思うがね」
オータムは空き地に入り、草むらの上に座って何かを探し求めるように地面を探った。
「何をしているの?」
「探し物をしているのさ」
「何を失くしたの?」
オータムは何も答えず、草むらを見つめながらのんびりと手を動かす。
「ミッドナイトは自分が勤めている会社の便器を素手で磨いたことがある」
ふと思い出したようにオータムは言った。
「なぜそんなことをしたか、わかるかい?」
わからない、とサツキは首を振る。
「上司に命令されたからだ。嫌だと断れば解雇すると脅されたそうだ。当時の彼は四十代で、認知症を患った両親の介護をしなければならず、解雇されては生きていけない。彼はな、家と職場を往復するだけの人生を送ってきた。結婚はもちろん恋愛もできず、悩みを打ち明けられる友人もいない。まわりにいるのは彼をなぶり者にして楽しむ連中ばかりだった」
やや日が落ち始めた空に、烏の鳴き声が鋭く鳴り響く。
「ダイクは自動車の整備士として働いていた。彼は両親の虐待に耐えかねて高校生の頃に家を飛び出し、日雇い労働で何年か食いつなぎながら生活し、自動車工場で単純作業の職に就き、整備士の資格を取った。しかし彼が五十代の頃にロボットやAIによってその仕事が行われるようになると、彼はあっさり切り捨てられた」
オータムは草を一本ちぎり取り、少し眺めてから捨てた。
「マーサは看護師だった。人の命を救う職に就くのは彼女の幼い頃からの夢だったらしいが、配属されたのは死を待つばかりの老人が集められた病院だった。死を目前にした老人達の罵声を毎日のように浴び、上司から押し付けられる理不尽な激務に耐え、昼夜を問わず働いた。この職をまっとうすることが、自分の人生の誇りだと信じてな。その結果、マーサは仕事に縛られ続け、誰とも結ばれることなく定年退職を迎えた。誰かの妻になることも、誰かの母親になることもなく、ただ一人孤独に死を待つだけの人間になった」
オータムは立ち上がり、背すじを軽く伸ばして腰をたたく。
「信じられないかもしれないが、私も彼らもかつては普通の人間だった。普通に生きて、普通に死ねると思っていた。それを望んでいた。だが、社会はそれをゆるさなかった」
「マーサって人が言ってたように、社会が壊れていたから?」
「我々はそう思っている。そうとでも思わなければ、やってられないのさ」
だが、とオータムは目を閉じる。
「……西日本の連中は、そうは思わないだろう。全て我々の努力不足だと片づけるはずだ。しかし彼らとて全く責任がないとは言えない。それに彼らは、今も社会を壊し続けている」




