第一話 『戦闘』
第七観測所は、防衛都市の南東部に広がる埋め立て地に設置されている。ハル達はすぐ車に乗り込み、第七観測所を目指して山を下りた。
リオは状況を把握するためにレーダーを起動する。しかしディスプレイには何も表示されない。敵による通信妨害が行われているのだろう。観測所との通信もできなかった。
悪い予感が彼らの頭をよぎる。それを振り払うようにトウイチは言った。
「サツキ達は海側のルートを通って哨戒にあたっている。おそらくすでに現地についているはずだ。サツキが参戦すれば、こちらの優位は確実だろう……。しかし、なぜだ。なぜ彼らはここまで侵入できたんだ」
ハルも同じことを考えていた。陸地は放射能の壁によって遮られ、海上は互いの軍によって封鎖されているはずだ。
それに今回の襲撃の意図もわからない。今まで続いていた事実上の停戦状態を破ってまで攻撃をしかける理由が、あるのだろうか。
車の走行音に混じって、観測所がある方角から断続的に爆発音が聞こえてくる。
今も現地では戦闘が行われているのだろう。少なくとも自軍は全滅していないらしい。
ハルはヒカルやフタバのことを考えた。彼らも救援要請を受けて現地に駆けつけているはずだ。すでに敵と交戦しているかもしれない。
つまり、人間同士での殺し合いをしているのだ。
そして自分達も、殺し合いをするために、彼らと同じ場所へ行こうとしている。
そう意識した瞬間、ハルは寒気を感じた。
ひざが細かく震えだし、背中に汗がにじむ。
ハルは心のどこかで人間同士の殺し合いはもう起こらないと考えていた。
五年前の動乱を最後に、日本が様々な意味で分断されてからは大規模な戦闘は一度も起こっていない。戦闘によって国防軍の兵士が死んだことは一切ない、というのが政府の公式見解だった。
だから自分達も大丈夫だろうと思っていた。自分達がいる間も、今までと同じような平穏な状況が続くと楽観視していた。
確かな根拠など、何もないというのに。
生死の境に立つという意識をうまく持てなかったからこそ、この道を選べたのだろうか。
消えてしまった家族にもう一度会いたいという理想を持って、ここにいられるのだろうか。
ハル、と隣に座っているリオがちいさな声を出す。
「みんな、大丈夫だよね……」
「もちろんだよ。大丈夫に決まっている」
声の震えをおさえるように、ハルは腹に力を入れる。
「ヒカルもフタバも簡単にやられたりはしない。シュウなら何があっても確実に最後まで生き残るはずだ。それにヒカル達にはサツキさんがついている。何も心配することはないよ」
サツキに対して若干の苦手意識を抱いていたハルだが、この時ばかりは彼女の存在が何よりも頼もしく思えた。
結局のところ、いざという時に頼りになるのは理想や信念などではなく、確かな実力なのだ。
細長い坂道を下り、道幅の広い大通りに出る。かつてはオフィス街だったらしく、道路の両幅には様々な形や大きさのビルが整然と立ち並んでいた。もちろん今はどのビルも死んだように沈黙し、月や星々の光がオフィス街の虚ろな姿をぼんやりと照らしていた。
目的地に近づいたためか、レーダーがまともに機能し始めた。リオは自分達の現在地を中心にレーダーの範囲を拡大する。間もなくオフィス街全体の地図が表示された。
その時リオは、自分達に向かって近づいてくる何者かの存在を発見した。
「隊長さん、フレームと思われる識別信号を捕捉しました。所属は不明、おそらく敵機だと思います。一機だけですが……、こちらに近づいています」
オフィス街のどこかから爆発音が聞こえた。同時に地鳴りのようなエンジン音も聞こえてくる。
その音は、たしかにこちらへと近づいていた。
「どうやら、相手も我々に気づいたようだな」
トウイチは建物の間に車をもぐりこませ、エンジンを切った。
「私が敵を引きつける。その間に二人はフレームを装備し、迎撃態勢をとれ。ハルは接近戦用の装備をしろ。リオは対機動兵器用ライフルを使って後方から支援するんだ。いいか、殺さなければ殺される。生き残りたいのなら敵を殺せ。それを忘れるな。相手も同じ理屈で戦っているということもだ」
二人が返事をする前に、トウイチは自動小銃といくつかの携帯兵器を身に着け、ヘッドギアのディスプレイをかけて暗視モードに切り替え、外へ飛び出した。
トウイチは夜の闇に身を隠すように素早く動きながら、敵に向かって進んでいく。
トウイチの姿が見えなくなったとき、ハルはリオに言った。
「やるしかないよ。このまま何もしなかったら、何もできないまま殺されるだけだ」
だから、戦うしかない。
こんなところで死ぬわけにはいかないのだから。




