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落日の国  作者: 青山 樹
第二章 『国防軍』
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第十六話 『平和のために』

 ハル達は暗い坂道を上り続ける。傾斜が極端に急になる上り坂や、道幅が極端に狭くなった道や急な曲がり角が多くなり、運転が困難になった。

 どうして昔の人はこんな不便な山の上まで住宅地をつくったんだとハルは不満を抱きながら、運転を続けた。

 山の中腹にある住宅地の跡地に到着したところで、トウイチは車を止めるよう言った。


「外に出ようか。君達に見せておきたいものが、ここにあるんだ」


 トウイチは車の外に出る。暗い夜道をトウイチは迷いなく進み、山の斜面に沿ってつくられた月極駐車場の跡地に立った。ハルとリオも彼の隣に立つ。

 そこからは満天の星空と、その光に照らされた街の姿を一望することができた。

 空気がよく澄み渡っているため、月や星々の明かりがしっかりと地上へ届くのだろう。街は山から海にかけてなだらかに広がり、夜の暗闇にその姿をひっそりと浮かび上がらせている。

 街のいたる所にそびえ立つ高層建築物の姿も、実体を得た影のように見えた。空とは対照的に街には一つの明かりも灯っていないが、それでもそこには大都市が存在していた面影が残っていた。


「動乱が起こる前、防衛都市全体には百万人を超える人々が暮らしていた」


 眼下に広がる景色を眺めたまま、トウイチは言う。


「当時この街の夜景は日本三大夜景のひとつとして知られていてな、夜になると街全体が無数の光に包まれていた。それが今ではこの有様だ。人の姿は消え、街は捨てられ、ただ朽ちるのを待つだけとなった。それでも昔と比べてよくなったこともある。人がいなくなったおかげで空気がきれいになり、かつてはくすんでいた星空が輝きを取り戻したことだ」


 トウイチは顔を上げ、空を見上げる。

 リオは少しためらいつつも、トウイチに尋ねた。


「隊長さんは、この街の出身なんですか?」


「そうだ。生まれも育ちもこの街だ。だから私は、二〇九にいられることを感謝している。ここでなら……、故郷でなら、いつ死んでも悔いはない」


 トウイチはハルのほうへ顔を向ける。


「ハル。君はこの戦いを終わらせるにあたり、対話よりも軍事力が必要だと考えているか?」


 ハルが答えようとすると、それを遮るようにリオが言う。


「私はちがうと思います。力だけで相手を倒しても、それは次の戦いを生むきっかけにしかなりません」


「リオ、君の意見は間違ってはいない。しかしそれは、正解でもないんだ。軍事力だけが必要だという意見にも、同じことが言える。対話、つまり交渉と軍事力は一体のものだ。軍事力を背景としなければ交渉は成り立たないし、軍事力だけでは根本的な解決策を見いだせない。特に、実際に血が流れた戦争についてはだ。そのことを忘れてはいけない」


 はい、と二人はうなずく。


「我々は軍人だ。少なくとも、ここにいる限りは軍人だ。我々の目的は軍事力の一端を担うことであり、軍事力の役割は平和への道を切り開き、それを守ることだ。我々は平和のためにここにいる。だから、誇りをもって胸を張れ」


 リオは直立の姿勢をとり、力強い声で「はい!」と返事をする。

 そんなリオに少し遅れて、ハルも返事をした。


「どしたのハル。ぼーっとして」


「いや、その。本当にこの戦いは終わるのかなって、思って」


「もう、何考えてんの。せっかく隊長さんが励ましてくれてるのに」


「別にそういう意図があるわけではないのだが……」


 そう言いながら、トウイチは軽く咳払いをする。


「まあ、当分は停戦状態が続くだろうな。陸地は放射能に遮られているし、空と海は互いに封鎖しあっているから、手詰まり状態だ。もっとも、壁にはいくつかの抜け道もあるらしいが、しょせんは確証のないうわさにすぎない」


 ふと思いつき、ハルはたずねる。


「あの、隊長。東日本の経済が破綻して戦争の継続が不可能になるということは、考えられないでしょうか」


「その可能性は低いだろう。我々の戦いには諸外国の利害も絡んでいる。大陸諸国は日本列島における勢力圏の確立を狙っているからな。それにフレームをはじめとする兵器の大多数は他国からの輸入でまかなっているんだ。金づるを易々と手放しはしないだろう。我々にとっては同胞同士の殺し合いでも、他国にとってはビジネスチャンスでしかないのさ」


「……ひどい話ですね」


「古今東西、戦争というのはそういうものさ。そもそも火種を生んだのはこの国だ。ただ」


 その時、海沿いにある埋め立て地の方向から爆発音が轟いた。

 三人はそちらへ向き、赤々と燃え上がる炎を見る。ほどなくして、トウイチの無線に通信が入った。

 防衛都市の臨海部に設けられている第七観測所が連合による攻撃を受けているらしい。

 それは、人間同士の戦い、人間同士の殺し合いが起こっていることを意味していた。


 今まさに、ハルの目に映る世界の中で、本当の殺し合いが始まっていた。

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