第八話 『上官命令』
調整を終えてハルがグラウンドに出た時、サツキはすでに待機していた。
彼女もハルと同じく訓練生用のフレームを装備している。ハルと向かい合った時、サツキは今回の訓練の概要を説明した。武器は一切使用せず、フレームの基本性能だけを使った格闘戦という形式をとるらしい。
「訓練といっても負傷することもあるし、たまに死んじゃうこともあるから、注意してね」
わかっています、とハルはうなずいた。
「じゃあ、始めるよ」
ハルにとって初めてとなる本物の軍人を相手にした実戦訓練が始まった。
その結果は散々なものだった。
ハルは防衛学校に在籍していた頃からフレームの操縦がうまく、その技術は五人の研修生の中でもトップレベルだった。
だからこそ、研修初日にサツキの動きを見て、自分との実力差がどの程度のものなのかが理解できていた。
しかし実際のところ、ハルとサツキの実力差は彼の予想以上のものだった。
サツキはハルの攻撃を的確に見切り、彼の動きを十分に予測し、ほんのわずかな時間のうちに戦闘における主導権を掌握した。
サツキ自身、生身での格闘技の経験を積んでいるのだろう。やみくもに攻撃を続けるハルとは対照的に、サツキは必要最小限の動きだけでハルを翻弄し、何度となくハルを組み伏せた。
彼女と彼女のフレームは完全に一体となっており、重力の束縛から解き放たれているかのようにグラウンドを自由自在に動き回った。
ハルはそんなサツキの動きを目で追うのが精いっぱいで、攻撃をあてることはおろか、自分から触れることすらできなかった。
手も足も出ず、ハルは一方的に圧倒されていた。狩人と獲物といえるほどに二人の実力の差は歴然だった。
訓練の様子を見守っていたヒカルとフタバはサツキの圧倒的な実力を目の当たりにして息をのみ、リオは苦戦すらできないハルの姿を見て両手を固く握りしめた。
ハル自身もサツキとの実力差を痛感していた。
今の自分ではどうあがいても敵わないとわかっていた。
それでも彼は倒れるたびに立ち上がり、サツキに挑み続けた。
フレームの動力が切れるか、自分の体力の限界が来るか、とにかくその時までは絶対にあきらめないと彼は決意していた。
サツキに挑み続けることで、ここにいるための覚悟を示そうとするかのように。
訓練開始からおよそ一時間がたった頃に、サツキは訓練を中止すると言った。
「君の動きや反応は、もうかなりフレームのそれとずれてきている。これ以上続けても意味がないから、今日はこれで終わりにして、もう休んだ方がいいよ」
ハルもそのことは自覚していたが、彼は首を横に振った。
「……えっと、これは上官命令だから。だから、これ以上の訓練は、だめ」
それでもまだハルはあきらめていないらしく、サツキをにらんだまま立ち上がる。
そんなハルを見かねたのか、ヒカルがハルのそばへ駆け寄った。
「ハル。お前はもう休んでろ。これ以上意地になってもしょうがないだろ」
でも、とハルはうめくように言う。
しかしヒカルは相手にせず、サツキに言った。
「教官殿、今度は自分の相手をして頂きたいのですが、よろしいでしょうか」
「うん。いいよ」
「ありがとうございます。リオ、フレームの調整を頼む。フタバはハルを連れ出してくれ」
「待てよヒカル。僕はまだ……」
立ち上がろうとするハルを、サツキはフレームごと持ち上げる。
「上官命令、だから」
淡々とした口調で言うと、サツキはハルをそのまま整備室へ運んでいった。




