第三話 『互いに生きていれば』
しばらくの沈黙のあと、ハルはひとり言をつぶやくように小さな声で言う。
「夢を、見ていたんです」
「だから君は、泣いていたの?」
夕陽が沈んでいく空を眺めながらサツキは言う。
はい、とハルはうなずいた。
「僕がまだ小さかった頃のことです。仕事で忙しかった両親のかわりに、祖父の兄弟にあたる人が……、前に話した先生という人が、僕の世話をしてくれていました」
「そう」
「先生は僕にとって大切な家族でした。遊び相手になってくれるだけじゃなく、学校に通い始めてからは勉強もみてくれましたし、家の仕事や食事の用意もしてくれました。僕が何か悪さをしても怒鳴ったりせず、ゆっくりと時間をかけて反省をうながしてくれました。両親との思い出より、先生との思い出のほうが多いくらいなんです」
当時も、そして現在も、ハルにとって先生が大切な家族であることはかわらなかった。
「でも両親は、先生とは意図的に距離をとっていました。先生について僕が家の外で話をすることも固く禁じていました。両親は先生をいないものとして扱っていたんです。どうしてそんなことをしたのか、その頃の僕にはわかりませんでした」
その理由がわかったのは、ハルが防衛学校に入学してからしばらくたってからのことだった。
しかし、それがわかっても、なぜ両親にそんなことができたのかはハルにはわからなかった。
「私の祖父も、その先生って人と同じようなことをしていたし、同じような立場にいたよ」
サツキは窓の外に目を向けたまま、淡々とした口調で言う。
「でも、日本再生計画が始まって、祖父の存在が負担でしかなくなると、祖父も私の両親もどんどんおかしくなっていった。それで最後には、私以外みんな死んじゃった。祖父は私達家族を邪魔者としか見なくなったし、両親も祖父を邪魔者としか見なくなった」
邪魔者、という言葉がハルの頭に不気味に響く。
「結局、世の中は邪魔者を排除しあいながら回っていくんだよ。だから日本再生計画は支持されたし、計画を邪魔だと思う人たちは『連合』を結成してこの戦いを始めた」
「僕は、そういう考え方は、間違っていると思います」
「そう」
「そんなことをくり返しても、結局それは目先の問題を片づけているだけで、問題の根本を解決することにはつながらないはずです。互いを排除しあうのではなく、受け入れ合う道を求めるべきだと僕は思います」
「そのために君は、東日本へ行った家族に会いたいの?」
わかりません、とハルは首を振った。
「僕が先生に会いたいのは、ただ話をしたいだけなんです。どうして僕達のもとからいなくなったのか、僕と一緒にいた時に何を思っていたのか、僕や僕の両親のことをどう思っていたのか、そういうことを話したい。そうすることで、何かが変わるかもしれないと思うんです」
そう、とサツキは言う。
部屋の中はその暗さを増し、色彩をほとんど失っていた。
しかしハルの目はすでに暗闇に慣れていて、まったく気にはならなかった。
「会えるといいね」
サツキはベッドから立ち上がると、ハルのほうに目を向ける。
「大丈夫だよ。お互いに生きていれば、いつかきっと会えるから」
そう言うと、サツキは医務室から出ていった。




