第十三話 『家族』
車から降りてきたサツキは、フレームを装備するためのインナースーツを身に着けたままだった。
隊員の一人はサツキに敬礼し、彼女と入れ替わるように車に乗り込むと、停車場へ車を走らせた。
ハルは覚悟を決め、サツキの前へ行き、彼女と向かい合って敬礼した。
そんなハルの姿を見てサツキは立ち止まり、声をかける。
「こんばんは。こんなところで、何してるの?」
感情のない声でサツキは言う。
ハルは何もこたえられなかった。
いざ本人を目の前にすると思うように口が動かず、声を出すことができなくなってしまった。
そんなハルを見て、サツキは不思議そうに首をかしげる。
「たしか君は、研修生の子だったよね。名前は……、えっと、ハル君で、あってるかな」
はい、とハルはやや裏返った声で答える。
「あんまり夜中に外を出歩いちゃだめだよ。じゃあね」
サツキはハルのそばを通り過ぎる。
ハルは振り返り、サツキの背中に向かって言った。
「あ、あの! 教官殿に、どうしてもお尋ねしたいことがあって、それで……」
サツキは立ち止まり、ハルのほうに振り返る。
「私のことは、サツキでいいよ」
「了解、しました。では、サツキさん……。僕は国防軍に入る前から、あなたのことをうわさに聞いていました。五年前、この街で動乱が起こった時に、あなたがどんな活躍をされたのかも知っています」
そう、とサツキは特に関心なさそうに言う。
「だから僕は、あなたに教えてほしいのです。なぜあなたは戦争に参加しているのですか。戦場で敵と戦って、殺しあう時、あなたはどんなことを、考えているのですか」
「とくに何も」
ハルの問いに対し、サツキはまったく表情を変えることなくそう答えた。
ハルは様々な答えを想定していたが、この答えばかりは完全に想定外だった。
「本当、ですか? 同じ人間同士で殺しあいをして、本当に何もないんですか?」
サツキはハルの目をじっとのぞき込む。
ハルも彼女の目をのぞき込んだ。
本部の建物からもれるわずかな明かりの中であっても、ハルはサツキの瞳から異様な雰囲気を感じとれた。
「私は彼らを自分と同じ人間だとは思ってない。彼らも、私達を同じ人間だと思っていない。だから殺しあうことができるし、だからそのことで何かを感じることもないよ」
「そんな……。その人達のことを、大切に思っている人だって、いるかもしれないんですよ」
「そうだね。でも私はそういところを何も知らないから、そこまで責任はとれないし、感じることもできない。それにふつうは、戦場にいる人は誰でもそういう覚悟を持っているとみなされるものなんだよ」
ハルは反論できなかった。
サツキの言葉はどれも正論だったからだ。
そしてこの時になって、ハルはようやく気づいた。
なぜこんなことを、サツキに尋ねたのかを。
「会いたい人が、いるんです」
ハルは声の震えをおさえこむように、両手を固く握りしめる。
「その人は今、東日本にいるはずなんです。だから東西日本の最前線であるここにいれば、もしかしたらもう一度会えるかもしれない。たとえ敵同士という立場でもかまわない。僕はもう一度、あの人に会いたい。会って、どうしていなくなったのかを話してほしい……」
「そうなんだ。その人に、会えるといいね」
サツキの言葉には、励ましも皮肉も感じられなかった。
「だからもし、戦場でその人がサツキさんや他の誰かと出会ったら、僕は――」
「だめだよ。それ以上は、言っちゃだめ」
サツキの無機質な瞳が、ハルの心に深く突き刺さる。
「君が何を目的にしてここにいるかは、君が自由に決めていい。だけど君は、ここにいる以上は責任と立場を持たなくちゃいけない。それを放棄して、私達に危害を加えるというのなら、私は君を排除しなくちゃいけない」
「……わかっています。それでも僕は、僕の望みをかなえたい。それだけなんです」
「その人は、君にとってどういう人なの?」
「大叔父です。僕がまだ幼かった頃、両親にかわって僕の面倒を見てくれて、いろんなことを教えてくれました。いつからか僕は、その人のことを先生と呼ぶようになりました。他人行儀な気もするけど、それでも先生は、僕の大切な家族なんです。サツキさんにだって、家族はいるでしょう。だからきっと、僕の気持ちもわかって――」
「私に家族はいないわ」
今まで通りの淡々とした口調でサツキは言った。
「私の両親は殺されたの。私の祖父に。その祖父も私が殺した。だから私には、もう家族はいない。みんな死んじゃったから」
サツキはもう一度ハルと目線を重ねた後、彼に背を向けて本部の建物へ入っていった。
ハルはもう彼女を引き止めなかった。
どんな言葉をもってサツキと向き合えばいいのか、ハルにはわからなかった。




