#92 展開は早く動くもの
#92 展開は早く動くもの
ある日、学校から帰宅すると変なお爺さんが琉嬉の部屋に居た。
あまりにも突然。
突然過ぎる状況。
…なのに琉嬉は驚く事なく冷静にしていた。
帰宅する前から途中で妙な雰囲気を感じていたからだ。
「どこのじいさん?」
琉嬉のベッドをソファ代わりに座って來魅の好きな饅頭を食べている。
「ふむ…美味いなこれ」
「いや。質問に答えてよ」
「すまんな。私はこう見えても妖怪でな…」
「分かってるって。僕の部屋に居るって事は僕のコトも知ってるんでしょ?」
より一層なジト目で座ってるお爺さんを見つめる。
「ふむ…」
「……」
じっと無言で見つめる琉嬉。
「…ふむふむ」
少したじろぐ仕草を見せる老人。
ものの10秒くらい。
そんな短い時間なのに琉嬉の無言のプレッシャーが老人を攻めていく。
「ははっ、そう怖い顔…もしとらんか。まあ落ち着け」
琉嬉のいつもの無表情顔に老人もさすがにちょっと首を傾げる。
「勝手に人の部屋に上がり込んで茶菓子食べて…あんたが何なのか今察したけどさ」
「ならば話が早い」
笑顔になる老人。
そのお爺さんは自分を妖怪だと言う。
来ている服は今となっては逆に目立つこげ茶を基調とした和服。
禿げあがった頭髪に後頭部が普通の人間より少し大きい。
無精髭面で、人間の70歳以上の高齢者に見える。
背丈は琉嬉より少し高い程度の小柄な老人といった佇まいだ。
至って見た目は普通の人間と変わらないが…。
「あんた、ぬらりひょんだろ」
「ご名答さん」
扇子を出して「ひょっひょ」と笑いながら扇ぎ始める。
「…こんな時に來魅はどこ行ったんだ」
「噂には聞いとるよ。100年前の大妖怪の妖狐來魅。人間の家にいるとか聞いとる」
來魅の存在も、封印が解かれている事もこの様子だとおそらく知っているであろう。
――ぬらりひょん。
他人の家に勝手に入り込んで茶菓子などを食べてそのままどこかへ消え去っていくという。
そして、現代では妖怪達の長とも総大将とも呼ばれる。
ともかく、今の時代では大物妖怪の一人ではある…という説が知れ渡っている。
そんな大御所が琉嬉の目の前に現れた、という事だ。
「僕もね、結構いろんな妖怪見て来たけど、ぬらりひょんなんて会ったの初めてだよ」
「ひょっひょ、そうかい」
尚も特徴的な笑い声を出す。
「……で、何の用?」
琉嬉は自分の椅子にドカッと座る。
「直接会いに来たのよ。お前さんに」
「僕に?」
「そうだ」
ゆっくりと頷くぬらりひょんと呼ばれた老人。
マイペースに饅頭を食べ続けている。
「彼方家でも群を抜いて「真霊気」を強く持つ…琉嬉ちゃんにな」
真霊気という言葉に少なからず反応する琉嬉。
彼方家の事も当然知ってる。
そう感じ取る琉嬉。
「…妖怪の総大将とも呼ばれたぬらりひょん様が僕に会いに来たってそれは光栄だねぇ」
椅子を左右にクルクル回しながらも話を続ける。
「ふむ。総大将なんぞ、いつの話だか」
とぼけた仕草をする。
「あ、総大将だったのは本当なんだ」
「そう捉えるか琉嬉ちゃんや」
総大将…真実かどうかは現代世代の霊術者である琉嬉にはよく知らない。
ましてやぬらりひょんの鞍光には伝承なんぞ残ってない。
彼方家の書庫に関連した書物には記してるとは思われる。
それを何となく思い出し、曖昧だが琉嬉は読んだ記憶が薄っすらとある気がしてきた。
そんな大物がついに鞍光にやって来た…?
だが現状目の前にぬらりひょんがいる妙な状況にいまいち実態が掴めてはいなかった。
そもそも、「ぬらりひょん」はここいらの地域の妖怪ではないからだ。
大昔から妖怪魑魅魍魎が沢山いる。
とは言え、妖怪と呼ばれる存在は鞍光だけでもなく、日本中にいる。
ましてや世界中にも存在している。
日本は歴史が長いため、いろんな妖怪も発生し、今に至っている。
その為どれだけの妖怪がいるのか未だに判明してないのも事実。
「ま、確かに大昔は悪事も働いたがな。なんせ、五大家やら名家やらの術者やら一部の妖怪達からの反発やらで…」
「ふーん」
人間相手はおろか、同じ妖怪同士でもいざこざがあったような言い方。
琉嬉は黙ったまま聞いてるが…。
「この話はまたいずれするとしてだな」
話が脱線しかける。
「何を隠そう、私はぬらりひょんそのものだ」
「だから分かってるって」
さらにジト目になる。
「…その目つき、厳しいのう」
「…」
なおも無言でジーッと見つめる。
「ちなみに今のフルネームは新田川初羽乃介という名で通してる」
「うん」
一言頷いたまま、また無言でジーッとしている。
「…なんか本当にすまん」
「率直に言う。お前さん達、半妖共と喧嘩しとるだろ?」
半妖。
おそらくは壬珠達の事だ。
「敵対関係なのは確かだね。で、なんでぬらりのじーちゃんがそんな事をわざわざ僕に?」
「ぬらりのじーちゃん…初羽乃介じーちゃんと呼んでくれても…まぁいいか」
思いがけな言い方されたので逆に驚く。
どっちにしろ自分の姿は爺と言われる姿ではあるので納得はしたまま話を続ける。
「ま、あやつら、妖怪にすら完全に敵対しててな」
「そうなんだ。なんとなくそんな気がしてたけど」
半妖故の意識の差なのだろう。
人間でも妖怪でもない、半端者の意識。
それが双方どちらにもつかない理由なのかもしれない。
「結局、自分達以外を滅するつもりだろうな」
「そんな漫画みたいな…」
「漫画みたいな事…それを現実に起こすつもりなんだろうな」
モグモグと饅頭を食べながら言うぬらりひょん。
「あんまり食べると來魅が怒るよ」
「おっと、そうだったな」
食べるのを突然やめる。
「ようするにあれ?忠告しに来てくれたの?」
「忠告といやあ忠告か」
「それとも結託しようとか?」
「それもありだな」
顎鬚をポリポリしながら言う。
「どっちにしろ、私ら妖怪側にとってもそちら人間さんにとっても厄介なものだろうて」
「厄介すぎんよ」
琉嬉は手元にあったスマホを見ながら呟くように言う。
ぬらりひょんは窓側に顔を向けながら口を開いた。
「世の中も変わったもんだな」
ぷはーっと、口から煙を出す。
「ちょっと、煙草はやめてよ」
「大丈夫だ。電子煙草だ。ほれ」
「電子でもなんでも煙草は外で吸ってくれない?一応乙女の部屋なんだから」
「おお、それはすまんすまん」
ぬらりひょん自ら窓を開けて外に向かって煙を吐く。
「まったく…、何が言いたいのさ」
ぶー垂れる琉嬉。
一方のぬらりひょんの方はマイペースに電子煙草をふかす。
「まああれだ。半妖の強さ…知ってるだろ?」
琉嬉に問う。
その内容は半妖の「強さ」。
「痛い程知ってる」
ぶっきらぼうに答える。
半妖。
人間と妖怪のハーフ。
琉嬉のまわりにも何人かいる。
元は人間で後から妖怪化した、後天性の護、そして緋瑪斗。
ルナフラワードも先祖が吸血鬼妖怪の先天性の半妖。
緋瑪斗はともかく、護もルナも戦闘能力は高い。
「その顔、まさに痛い程知ってるという顔だな」
にやつくぬらりひょん。
「そういうアンタもなんでしょ」
「お互い苦労してるなぁ。ひょっひょ」
再びどかっと琉嬉のベッドに胡坐をかいて座るぬらりひょん。
腕の裾から徐に何かを取り出す。
出て来たのは小さなペットボトルのお茶。
「…風情ないね…ペットボトル茶なんて」
「ペットボトルでも美味いもんだ。今の時代」
一口飲んで、ぬらりひょんの方から口を開いた。
「半妖は手強い」
「その根拠は?」
「妖怪としての霊力、単純な力、そして人間の知性と技術…。
それらを持ち合わせてるからこそ、半妖は手強いと言えるだろう」
ごもっともな意見。
琉嬉も無言のまま頷く。
ただ、ちょっと引っ掛かる事があった。
「…護に人間としての知性あったかな…?」
などと、失礼な事を言い出す始末。
「ひょっひょ。ま、その辺の低級の頭の悪い妖怪みたいにはさすがにないだろうて」
「それもそっか」
「そうそうそう、お前さんの祖父さんに会って来たぞ」
手をぽんっと叩きながらわざとらしく言う。
「え?マジ?」
琉嬉の祖父。
炎良に会ったと言う。
「その昔な、お前さんのじいさんのそのまたばあさんにコテンパンにやられた時期があってな」
「祖父ちゃんの祖母ちゃん…?あー…」
琉嬉は勿論、会った事がある筈はない。
ないのだが、話は炎良からよく聞いている。
歴代の住職の中でも特に妖怪達の中でも有名な人間の術者の一人。
「名は…柳寿だったな」
琉嬉は小さく無言でコクンッと頷きながら、
「………彼方家の歴史の中でも最も有名な人」
ボソッと小さな声で言う。
「琉嬉ちゃん、お前さん、その柳寿さんにそっくりだ」
「それね、よく言われるんだ」
琉嬉自身もよく聞かされてる。
その柳寿に似ていると。
「目つきは…大分違うか」
「柳寿さんがどんな目つきしてたのかは知らないけど。どーせ僕は目つき悪いですよ」
「ひょっひょ」
クスクス笑う。
「よく似てるのは見た目雰囲気だな。背格好もよく似てる」
「小柄だったんだ」
「あの時代の日本人は皆小さい。私もその名残だ」
「…妖怪のくせに?」
「私は基本は人間と変わらん妖怪よ。ひょっひょ」
笑い飛ばすぬらりひょん。
「しかし、柳寿に見た目は似てても中身はまるで違うんだな」
「そう?」
琉嬉も結局一緒になって饅頭を食べ出す。
「あやつはなんでも積極的だった。それに即決、即行動」
「うちの祖父ちゃんみたい」
「それに口も悪くてなぁ。散々罵倒されたものだ」
笑いながら語る。
「口も悪けりゃ、手も出るのが早い」
「…」
手が出るの早い。
そういう部分は自分も引き継いでるかもしれない。
なんとなく心当たりがあった。
「頭がいいのか悪いのか分からんくらい、無茶苦茶さでな。後先考えない性格に見えた」
「…ふふ、妖怪にそんな事言われるなんてとんだご先祖様だね」
さすがに琉嬉も笑ってしまう。
「それに比べてお前さんは可愛げあるな。物静かだし」
「可愛げは分からないけどおとなしいとはよく言われる」
特別話かけなければ琉嬉から話をかける事は少ない。
無口クールなのである。
そんな琉嬉を見てニカッとぬらりひょんが笑う。
「柳寿は良く喋ったな。あれやこれや…」
「うちの祖父ちゃんはやかましさは柳寿さんに似たのかな…」
そこが琉嬉とは正反対のようだ。
「たしか…人間にしては長生きだったか」
「100歳は超えたって聞いてる」
「だよな。うむ。あの当時の人間としては長生きの方だ」
嬉しそうに喋るぬらりひょん。
柳寿は100歳以上生きたようである。
「うちは長生きの家系っぽいからね。祖父ちゃんの父親もまだ生きてるし」
「ひょひょ、それはそれは」
「あんまし表立って出てこないけどね。高齢だし」
「でも元気なんだろう?」
琉嬉は少し首を傾げ、
「病気とかしてないから元気っちゃあ元気」
と、ぶっきらぼうに答える。
「あのさ」
「ん?」
「そもそも、何しに来たのさ。本当に」
今更の質問。
「半妖について話に来ただけなの?」
「それもあるけどな」
小さく笑うぬらりひょん。
「やっぱり気になって直に会いに来たんだよ。お前さんにな」
「それさっきも聞いたよ」
「…直接会って話さないと解からんものあるだろう?」
再び饅頭を頬張るぬらりひょん。
「本当にそれだけ?」
「ああ」
なんだか時間がゆっくり流れているような感覚になる。
ぬらりひょん独特の雰囲気というものなのか、それともなんらかの妖力が発生でもしてるのか。
今まで会った事のない妖怪だけに、変な感覚に陥る琉嬉。
ペースが乱れる…訳でもない。
安心出来るような、そうでもないような感覚。
(なんなんだ…まったく)
「噂に違わず落ち着きがあってクールだな」
いつまでもニヤニヤするぬらりひょん。
楽しそうである。
「得体のしれないじじいが部屋に侵入してても落ち着きはらってる。流石だの」
「十分驚いてるんだけどね。ぬらりひょんまで我が家に来訪するなんて」
「ふぅむ…。驚いてるようには見えんけどな」
「表情があまり出ないねとは言われるよ」
基本的には無表情無口。
それが琉嬉。
「お、そうだそうだ」
「何?」
「部活とやらをやってるそうだな」
「…なんで知ってるの?」
思いがけない「部活」という言葉に驚く。
「というかよく知ってるね部活を」
「現代に生きる妖怪だからな。ひょっひょっひょ」
妙な事を聞きだしたり、飄々としている。
本当に掴みどころがない。
これがぬらりひょんのペースなのだろうか。
「琉嬉ちゃんや」
「ん?」
「お前さんは実に不思議な雰囲気を出してるな」
まじまじと琉嬉の目を見てくる。
当の琉嬉は目線をずらさずにじっとしてる。
「今更何なの?本当に」
「話せば話すほど、落ち着き払ってるし、でもそこでいて普通の少女でもある」
「よく肝っ玉は据わってるとは言われるけどね。って何回似たようなやり取りするの?」
「ひょひょ」
すっかりぬらりひょんのペースに合わされる琉嬉。
少しばかり面倒になって来たのか、多少イラついたような言い方になる。
「見た目雰囲気は本当にそっくりなんだけどなあ」
「そんなに似てる?」
さっきから散々言われてる。
「ああ、似てる似てる。でも動き、仕草、喋り方、表情はまるで反対だ」
ぬらりひょんはさっきからそう言う。
余程見た目は似てるのだろう。
だが琉嬉は大きくため息をついた後、こう言い出した。
「双子でも全部が全部まったく同じなんて事ないよ。ましてや双子でもない直系の子孫だとしたら尚更」
「ふむ…言われてみればそうかもな」
「で、だ」
唐突にぬらりひょんの方が表情を変えた。
ほのぼのした空気から一変する。
「なんなのさっきから?」
「気にはなってたんだが、琉嬉ちゃん。お前さん「真霊気」は使いこなしてるのか?」
きょとんとする琉嬉。
でもこっちもすぐ表情を切り替える。
「あー…その話?」
面倒くさそうに言う。
「しつこいと思ってるだろうが、その力は狙われるものだ」
「そうだね」
淡々と答える。
「たまに妖怪が真霊気と僕を狙ってくる」
「ほう。命知らずなのがいるんだの」
「最近それが面倒だから家に結界張ってるんだけど」
「ああ、そうだな。強力な結界があるな」
「……」
その強力である結界があったのにも関わらず、ぬらりひょんは今琉嬉の部屋にいる。
それを潜り抜けたようだ。
「結界は建物の範囲だけのようだな」
「さすがに家以外の範囲までは結界作れないよ」
「それもそうか」
家の敷地だけに結界を作っている。
だから窓口くらいまでは妖怪等は侵入は出来る…らしいのだが、普段は來魅がいるので普通はそれに恐れをなして
大抵の妖怪は逃げていくのである。
「ま、さすがは大妖怪の一人」
褒めたように言われるとニヤリと笑うぬらりひょん。
「……さっきから笑ってばっかりじゃん。ぬらりのじーちゃんはさ」
「いやなに、楽しいのさ」
「僕と会話して?」
「そうだ」
「そう…」
さすがに呆れてしまった琉嬉であった。
ほんの、20分くらい経った頃。
まだ誰も琉嬉以外帰って来る様子はない。
両親も出かけてるようである。
「そういや妹は帰ってきてないのか」
「あー、悠飛は部活掛け持ちしてるから。というかよく知ってるね妹がいるのも」
「そりゃあな」
この様子だと雪女の力を持ってる事も知ってそうである。
「今日も軽音部に行ってるよ」
「けいおんぶ?」
「音楽の。楽器弾く。バンドとか」
「ほーう」
関心したように頷く。
「てか妹の話は今関係なくない?」
「いやいや、いいじゃないか」
「いいわけないでしょ」
「お前さんは楽器しないのかい?」
「リコーダーくらいしか出来ないよ」
琉嬉は楽器は弾けない。
むしろ、音楽は得意分野でもない。
と言うよりそこまで興味ある訳でもない。
「なあ、琉嬉ちゃん。お前さん、今後どうするんだ?」
空気感が一気に変わった。
琉嬉はぬらりひょんの発言に一瞬動きを止める。
が、またスマホを操作し始める。
「今後…ねぇ…」
今後。
何を示した訊き方なのか。
あれこれ考えをほんのわずかの時間でまとめようとする。
答えは様々なパターンがあり得る。
琉嬉が出した答えは。
「大学は行く」
「ほほぅ?」
「進学しますよってコト」
「…想像してた答えと違ったなあ」
「基本的には僕は一般的な女子高生です」
「だな」
またもひょっひょと笑うぬらりひょん。
「勉強熱心なんだな」
「この前のテストで学年18位になった」
Vサインを決める琉嬉。
「上の上にアップ」
意外と成績が良かった。
「私が思ってた答えと違ったがな」
「どんな答えを期待してたの?」
「……こりゃいい。琉嬉ちゃん、お前さん、なかなか腹の底見せん性格だな」
「切り札を簡単に見せるなってよく言うでしょ?」
「お前さんの切り札は真霊気だろうに」
琉嬉の切り札の真霊気。
最強にして最悪の技。
「切り札にしたくないんだけどさ」
琉嬉にとってはかなりしんどい技でもある。
使うたびに一気に体力、霊力を消耗してしまうからだ。
歩くのもままらない状態にまでなる。
今までは誰かかしらといたから、使用出来た。
「切り札にしたくない…か。そりゃそうさの」
「…真霊気の強さ知ってるの?」
「当たり前だ」
笑いながら言う。
即答するには真霊気の恐ろしさを分かってる素振りである。
日が少し落ち始めて来た。
心なしか、温度も少し下がって来た感がある。
時折通っていくカラスの鳴き声。
普段と変わらない外の物音。
「ま、よく分かった。煮ても焼いても混ぜても食えんやつだなと」
「褒め言葉でいいの?」
「褒めとる」
ムスッとした表情になる。
「てか混ぜてもってなんだよぉ」
「何してもお前さんの本性見せんだろうって」
「そもそも得体のしれない妖怪のじーさんにいきなり会ってペラペラ自分の事喋んないよ」
ジト目で言い返す。
無論、会ったばかりの者。
ましてや妖怪となると、そうそう自分の事を喋る訳にもいかないだろう。
「それもそうか。ひょっひょっひょっひょ」
おもむろにぬらりひょんは立ち上がる。
「お帰り?」
「日が落ちる前に、な」
「子供じゃないんだから」
「で、何が言いたかったの?」
玄関先で琉嬉が改めて問い出す。
質問相手先のぬらりひょんは一瞬黙り込む。
「ふむ…ま、妖怪代表として会いに来ただけ…だな。特に深く考えないで来た」
「お散歩感覚で来ないでよね」
「とんでもない。ひょっひょ」
相変わらず笑い飛ばして誤魔化す。
「差し詰め、お前さんは人間代表といったところか」
琉嬉はしかめっ面をしてこう切り返した。
「人間代表だなんて思ってないよこっちは」
「そらまたなんでだ?」
「人間側の代表は霊術会で十分。僕らはどっちかというと…」
「言うと?」
「連合代表?かな」
「ほーう」
連合代表。
言い得て妙ではある。
琉嬉達ふかしぎ部達は人間こそ9割占めているが、純粋妖怪の來魅や銀杏がいる。
半妖である護や、緋瑪斗。
そして人間でありながら妖怪雪女の力を使う悠飛もいる。
霊状態でも意志力が高いまま存在している惟子までもいる。
鞍光市が生んだ、実にカオス極まりないチームが出来上がっていた。
「かっかっか。そんな集まり見たら他の奴等奇妙がるに違いない」
大笑いするぬらりひょん。
「僕もいまだに信じられないけどさ」
「そういう時代がまた来るかもしれん」
「そんな時代があったの」
「あったさ。何百年も昔。私が生まれるもっと前にも」
「へー…」
ぬらりひょんでさえ生まれる前の時代。
人間も妖怪も共に共存していた時代があったと言うのだ。
「昨日の敵は今日の友」
ボソッとぬらりひょんが呟くように言う。
「何?急に」
「上手い言葉言うもんだ」
「何なの唐突に?」
「琉嬉ちゃんの話を聞いてると、まさにそうだなって」
人間や妖怪が仲良く暮らしている。
そんな夢みたいな話が現実に、今、琉嬉達の中で起こっている。
ぬらりひょんはそれに関心していた。
「いつしか、確執が生まれ別々に暮らしていた。
それが今また垣根を超えて起こりつつある」
「うん」
「でもそれが気にくわない連中もいれば、どちらの存在も認めない奴等もいる」
「……それが、半妖組織「黄昏」…」
非情の面倒な奴等だ。
琉嬉はつくづく感じている。
最近は接触もなく、淡々…でもないが、それなりに時間が過ぎた。
何かしらの準備を整えてるのだろうか。
よくある敵対する悪の組織みたいなイメージしか湧かない。
ゲームのやり過ぎてそういったイメージしか起きてこないからだ。
「よっと」
おもむろに立ち上がるぬらりひょん。
「お帰り?」
「そろそろ帰って悪巧みでもせんとな」
「…正義の味方じゃないから僕は何もしないよ」
「ひょっひょ」
笑いながら琉嬉の部屋から出て行く。
「短いながらも今日は楽しかったぞ」
「そりゃよかった」
ごく普通に琉嬉の部屋の戸から出て行く。
…ふと気付くとぬらりひょんの姿は一瞬でなくなっていた。
妖気も感じない。
まるで空気のよう。
たしかに、普通に部屋の戸から出て行ったはずである。
なのに誰もいなかったかのように、気配がなくなってしまった。
(…ぬらりひょんの力か…)
最初からいなかったかのような。
そんな部屋の空間に落ち着く。
(そろそろ來魅の奴戻ってくるか)
窓を眺める。
「……悠飛も今日遅いな」
この日に限って、家の者がまだ誰も帰って来ない。
妙な感覚に陥る。
自分だけしかこの世界にいない。
誰しもが一度は勝手に思い描く世界。
(妙だ)
時間が止まってる訳でもない。
時計を見るとちゃんと針が動いている。
「おかしい」
二階の自分の部屋から一階へ降りる。
「……」
僅かながら奇妙な霊気の乱れを感じ始める。
「チッ」
強めの舌打ちをしながら駆け足で外へ向かう。
「なんだこの霊気達は」
霊気達。
まるで複数いるかのような例え方。
琉嬉が感じ取った霊気が一つ二つではない。
言ってる意味はある種「正しかった」。
「あっちか!」
原因先を特定したら凄まじいスピードで飛び出して行った。
嫌な気がする。
なんてありがちな感覚。
そう。
何度も体験して来た、いわゆる「勘」。
決して楽じゃないこのもやもやした、焦りにも感じる気持ち、感覚。
「ふざけんなって話だ…!」
「待ってくださいおししょーさまー」
「遅いぞ萩厘」
「うぇえぇ…」
いつぞやの犬神の妖怪・萩厘。
前を歩いているのは琉嬉とも面識がある坊主姿の妖怪の阮醐であった。
「街中じゃ目立ちっすよぉ~」
「そんなもんは百も承知だ」
ドスドスと歩き進む阮醐。
巨体でありがならお坊さんの姿。
目立つこの上ない。
定期的に街中に来ては必要な物を買ったり、気分転換にしに来たりしていた。
今は萩厘の根性を叩き直すために弟子の様に預かっている状態。
萩厘は渋々付き合ってる感覚ではいる…が、結局一緒にいる。
「ししょー。この辺って來魅がいる所じゃねっすか?」
「來魅か…最近会ってないな」
「オレは会いたかないけどねー」
「來魅のやつも今はすっかりおとなしくなって……む?」
急に歩くのを止めた。
「あだっ。ししょー、どうしたんすか…」
その際に萩厘が前方の阮醐にぶつかる。
しかし、すぐに状況の変化があった事に萩厘は気付く。
阮醐が険しい表情に切り替えてた。
「ししょー?」
「なんだ、これまで感じた事ない程の霊気の乱れが…」
霊気の乱れ。
妖怪の中でも霊力の扱いに長けてい阮醐だからこそ感知できる。
「…言われてみれば…」
阮醐は向かう方向を変える。
「ししょー、どこ行くんすかっ」
「何かが起こってるぞ。付いてこい!」
「えー…別に人間の世界でのいざこざでしょ?」
純粋な妖怪である萩厘にとっては別にどうでもいいことではある。
「だからと言って近くにいて見過ごすわけにはいかん」
阮醐は聞く耳持たず、動き出している。
「……その坊さん姿は嘘じゃないってか」
「何か言ったか?」
「いえ!気のせいっす!」
「まぁいい。行くぞ!」
「はぁい…」
琉嬉は大き目な通りに出ていた。
人通りはそれなりにある。
人目が付く様な所に異変があれば何かと騒ぎになっている筈である。
しかし周辺では特に変わった様子はない。
(……いや、何も無い訳じゃない…、何か起きてる)
霊感知力の高い琉嬉。
自分自身の力を疑いなく信用している。
「あっちだな」
通りから繋がる、小さな路地。
住宅地の中を走り抜ける。
途中何らかの公園を突き抜け、少し林の中に入っていく。
そこを通り抜けたら思いがけない風景に出くわした。
「ぬらりのじーちゃん!」
そこには横たわる、老人の姿。
ついさっきまで会話していたぬらりひょん、そのものだ。
「…琉嬉ちゃんか」
「……?!」
自体が掴めない。
大きな霊気の乱れを感じた、その正体。
「ほう。思ったより早い出会いだったな」
若い男の声。
声がした方向へ琉嬉は目線を移す。
琉嬉にとっては見慣れない男が目の前にいた。
背の高い、長髪で、切れ長でありながらどこか見下すような目つき。
銀髪のような、白みがかった色の髪でどこかしら赤い色も混ざっている。
一見、ロックバンドでもやってそうな外見だ。
「お前は…」
すぐ琉嬉には見当がついた。
その男の後ろにいる人物の姿に見覚えがあるからだ。
「来ましたぜ、彼方家のお嬢さんが」
修学旅行先で戦ったグループの一人だ。
「今日はあのでかい姉ちゃんはいないのか」
「でかい…叉羅沙のことか」
叉羅沙と一戦交えていた、加家島という大柄の男。
半妖のメンバー達だ。
琉嬉は確信した。
「お初に目にかかる。私はこう見えても「黄昏」の長をしている、皆神勇英という者だ」
「黄昏…だと」
半妖組織に長と言った。
はっきりと聞き取れた。
「アンタが…リーダー?」
「まあそういう事だな」
異様な空気感。
威圧的…ではないが、何か息苦しくなるような圧力を感じる。
目に見えないプレッシャーというやつだろう。
冷静に話しかけてくるが、何かを待っていそうな雰囲気もある。
「じーちゃん、大丈夫?」
「私は大丈夫だ…だが逃げた方がいい」
「なんで?」
「こやつら、危険だ」
ぬらりひょんですら言う、危険という言葉。
「そっか」
危険なんて十分承知。
黄昏の者達の強さも知っている。
それらを束ねてるリーダーなら尚更強いのだろう。
「簡単に質問するけど、何しに来たの?」
単刀直入過ぎる程のストレートな質問。
「決まってるだろう。邪魔になりそうな存在を抹消するために」
「あっそ。なら話が早い」
琉嬉は答えを聞いた瞬間動き出していた。
数枚の札を宙に舞わせ、皆神の方へ放つ。
「こいつ!」
加家島がガード態勢に入る。
皆神も動き出した。
「ぶっ飛べっ」
琉嬉がありったけの霊力攻撃を仕掛ける。
手持ちの御札で放つ強力な術。
「ぬるいな」
皆神は臆する事もなく突撃してくる。
爆風をくり抜けて来るかのように、すぐ目の前に。
「これで仕留めるとか思ってないよ」
琉嬉はまだ隠し持っていた御札をすぐさま取り出した。
「龍よ!」
まるで雷の稲光。
強烈な霊撃を撃つ。
「ぬおっ」
「ちょ、大将!」
皆神に直撃…したようには見えた。
「それだけで倒せると思ってないよ」
爆風の中間合いに入る琉嬉。
だが、近づいた瞬間、ゾッとする感覚に襲われた。
「?!」
せっかく近づいた間合いを離れる。
「フッ、さすがに察し能力が高いな」
「…なんだってんだ」
でもよく感じる感覚。
皆神から発する妙な不気味な感覚を。
「まさか」
不穏な考えが過ぎった。
「大変な事になった…」
態勢を整えるぬらりひょん。
琉嬉が皆神と激突し始めてしまった。
「ここまで戦闘狂だったとは…」
戦闘狂。
まあ琉嬉の事である。
事情をすぐ飲み込めばすぐ戦いを仕掛けた。
「しかし…」
「どうなされた、老人殿」
「む?」
背後から野太い声。
「おししょー!やばいよ…あれ、琉嬉じゃねっすか?!」
「やはり…琉嬉」
「お前さんは…?」
大きく見上げる。
阮醐と萩厘だった。
「む、もしや…ご老人、ぬらりひょん殿では…?」
「そうだ、私はぬらりひょんだ。だがそんな事話してる場合ではない」
「…奴等は?」
「半妖の者達だ」
阮醐は無言のままだが、頷き理解した。
「ゲゲッ、半妖の奴等ってあの噂の?!」
「面倒な者達がこの街にやって来てたようだな」
阮醐が大きな数珠を取り出した。
「加勢に入るのか」
「琉嬉一人では荷が重いと…萩厘!」
阮醐は懐からスマホを取り出して萩厘に投げ渡した。
「ししょー?」
「來魅をそれで至急呼べ!」
「ええっ?俺が?!」
「早くしろ」
ジロリと睨みを利かす。
「へ、へい…」
まるでどこぞの手下子分。
大人しく言う事を聞いてスマホを操作し出す。
「大将!なんかでっけえお坊さんがいるぜ」
「ほほぅ。妖怪だな」
「でっかいお坊さん…?」
でかいお坊さんと聞いてすぐ反応する。
琉嬉が振り返ると見た事ある顔が目に入った。
「阮醐!」
「助太刀しよう」
じゃらっと数珠の音が鳴る。
「妙なタッグだな」
少し笑みを浮かべる皆神。
「うちもお寺だからお坊さんタッグだ」
「こんな状況で妙な事を言うな琉嬉」
「じゃあ阮醐、アンタはそっちのでっかいやつを」
「オレかぁ?」
加家島が反応する。
確かにデカいと言えばデカい。
2mはないかもだが、長身ではある。
しかし、阮醐の方が遥かに大きいが。
「大丈夫か」
「本気出す」
そう言うとお互い走り出した。
「でぇいっ!」
阮醐が数珠を持った手を振りかざす。
すると大地が割れるような衝撃波が皆神と加家島を襲う。
が、当然二人は避ける。
「避けた後が隙だらけ」
琉嬉の飛び蹴りが皆神に命中…。
「肉弾戦か」
「体格差あるから勝てると思ってないよ!」
蹴った後、弾かれたように宙を舞う琉嬉。
その舞った瞬間に御札攻撃を放つ。
「案外トリッキーだな」
防護壁を張る。
防御した瞬間に皆神も既に動き出してる。
「はやっ」
「持たせん!」
鋭い手刀が琉嬉の腹元にかする。
間一髪避ける。
「服が破れるだろ!」
「そんな趣味はないがな」
「そういう意味で言うっ」
「言う事が案外面白いな」
そのまま格闘戦になる。
「ド派手におっぱじめたな」
「…何を狙いか分からんが、人間ならまだしも妖怪にも迷惑かけるようであれば見逃す訳にはいかんな」
ずいっと阮醐が割って入るように前に立ちはだかる。
「ちっ…なんでオレの相手はでかいのばっかりなんだ?」
加家島は以前、叉羅沙とも戦っている。
叉羅沙も女子としてはかなり背の高い部類。
それを何となく思い出し笑いする。
かれこれ数十分。
戦いは続いてた。
「やるではないか」
「うるさい」
「霊力、体力が尽きそうか」
「黙れ」
息が上がる琉嬉。
対照的に皆神は余裕さが見える。
そこが半妖、つまり妖怪としての体力の差だ。
「大丈夫か琉嬉」
「そっちこそ」
互いに気を遣う。
実際は知り合い程度くらいで大した仲でもないのに。
ましてや人間と妖怪。
だが今はそうも言ってられない。
元々阮醐は人間側に協力的ではある。
「ししょー!繋がりましたよ!」
「真か!」
「何?繋がったって?」
「來魅にだ」
琉嬉は声を発する事もないまま、軽く頷く。
(あいつ、どこで何をやってるんだ)
「今向かうって!」
「あいわかった」
いつの間に連絡取れるようになってたんだ、と。
むしろお前もスマホ持ってるのか、と。
危ない状況ながらも琉嬉は心の中でツッコミを入れていた。
「大将、來魅ってあれじゃねえか?」
「妖狐…観薙來魅か」
無論黄昏の連中も存在は知っている。
最近復活したと言う噂は完全に知れ渡っている。
「ねえ、阮醐」
「なんだ?」
「來魅来るなんてあんなデカい声で言わせてバレただろ」
得意のジト目で見つめる。
「あいやそうだったか」
「天然坊主め…」
なぜか肝心な所で間抜けな部分は発揮してしまった阮醐と萩厘。
どうせなら来る事なんて相手は知らないままの方が良かった。
不意打ちでもかませたかもしれないのに。
「大将。今來魅って言ったぜ」
「そのようだな」
來魅の名で反応する二人。
(伝説の妖狐…、少し待ってみるのもいいかもしれないな)
しばし、無言で状況を見直す琉嬉。
相手から仕掛けてくる様子がない。
何かを待っているかのように。
(…來魅をわざと待ってるのか…なるほど)
何かに納得する。
「阮醐、あいつら來魅が来るの狙ってる」
「舐められたもんだな」
「後悔させてやりたいけどね」
額に汗が次々と出てくる。
相手の不気味さと強さに、緊張しているのだ。
「もう少し私が若ければな…」
自分の力のなさを悔やむぬらりひょん。
「じーちゃん、妖怪なのに年寄りだもんな」
「妖怪とて永遠ではない。それが生きる者の務めよ。
死ぬ機会が早いか遅いかだ」
妖怪が人間に助けられている。
妙な状況。
(すまない…琉嬉ちゃんよ……)




