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♪Eps.16.5(Another Stories of Suite)

 目覚めたら、シャワーの音がしていた。

 慌てて飛び起きれば、ベッドの上はもぬけの殻になっていた。しかも掛け布団は四隅をしっかりそろえてたたんである。いかにも、几帳面な彼らしい。

 彼が帰らぬうちに、ひとこと言っておかなければ。何を? 分からない。ただひとこと、彼に言いたい。

 彼が風呂から出るのを見計らって、何となく待ち伏せした。いざ彼が出てきて驚かれても言い訳ができるよう、それらしい理由を探しながら。

 しかし、その準備も不要だった。くもりガラスのドアから現れた彼は、昨日の儚さはどこへやら、不機嫌そうに眉間にシワを寄せていた。ようするに、いつもの彼だった。ドアの外にいる俺を見るなり、含み笑いをして言った。

 「何覗き見してんだよ。ヘンタイ」

 「耀…ごめん…」

 「何がごめんだよ、おまえも溜まってたってとこだろ? 相手が俺で悪かったな」

 ふん、と鼻で笑い、俺を押しのけて部屋へ行く。そんな彼の後姿を見ていると、モヤモヤと言葉に出来ない感情が沸き起こる。

 なぜそんなに卑屈になるのか。

 「…耀」

 荷物を片付ける彼の背中に問いかける。しかし彼は振り向こうともしない。

 「耀! こっち向けよ!」

 むかついて、彼の腕を鷲掴んだ。勢いあまって壁に耀ごと打ちつけてしまう。

 「…いて…」

 「…ご、ごめんっ、耀…、乱暴するつもりは…」

 後頭部を思い切り打ったらしい彼。俺が謝ると、即座に睨み返してきた。

 ライトブラウンのきれいな瞳が物語っていた、裏切ったやつが何を言うのだ、と。

 軽蔑の視線が痛い。見えないように、耀を正面から思い切り抱きしめた。

 「ごめん……ほんと、ごめん…」

 「……」

 「でも、耀のことが好きな気持ちは嘘じゃないんだ。それだけは覚えていてくれ…本当に、嘘なんかじゃないから……」

 こんなことを言ったところで、耀を傷つけたことは覆らない。傷つけた心は治らない。

 どんなに俺が身体目当てでなく、好きで近づいたんだと説明しようとしても、彼の過去の男たちと違うという証拠もない。弁解も出来ない。

 いったい俺は何がしたいのだろう。耀を拘束している今でも、全然分からない。

 今感じるのは、耀が離れていく恐怖だ。


 「はぁ、なんなの」

 一人で罪悪感に撃沈していれば、やけに明るい声が響いた。大きなため息をつき、呆れた声を上げる主は、俺を見上げては困った顔をしていた。

 「耀…」

 「馬鹿じゃないの。昨日散々俺の身体を犯したくせに、何で謝るんだよ。むかつくわ」

 「いや、だから…悪いと思って…」

 「ハ、何が。俺はそういうことは別に平気だって言ってるだろ。おまえ一人に抱かれたって、別に痛くもかゆくもねえよ」

 そういう意味じゃないと思うんだけど、と言い返そうとしたが、彼が先に口を開いた。

 「……だから、さ、…昨日で分かっただろ? 俺がどんだけ泥に嵌っている人間なのか。どれだけ汚いのか。引いたよな。男相手に発情して、欲しいってよがるんだぜ……」

 彼の声が尻すぼみになった。見れば笑顔で固まったまま泣いていた。

 俺は、胸の奥を矢で突かれた感覚がした。

 

 「耀…!」

 俺は彼の唇を強引に奪った。

 彼には、決定的に欠けているものがある。それを取り返してあげなければ、彼は一生幸せにはなれない。

 「…しょ、う、」

 彼の頬に大粒の涙が伝っている。昨日見せた涙とは同じに見えてまったく違うものだ。

 でも、そんなことが出来るのだろうか? 砂漠のように何もない平原に、彼は一人ぽつんと立っている。誰も手助けは出来ない。でも助けなければ、彼を救えない。

 「ごめ、翔、泣かれても困るだけだよな…、」

 「……いいや、」

 俺は彼の顔を自分の胸に埋めさせた。

 「泣いて。気の済むまで。俺は困らないって言ってるだろ」

 「……っ、」

 「好きだから、耀」


 彼の過去についてはほとんど知らない。だけれど、耀といて感じることはある。

 彼には時々、普遍的な感情が欠如しているところがある。よく分からないが、何かを好きになるとか甘えることを知らない気がする。愛情を十分に与えられずに育ったのだろうか。愛が何かを知らずに、甘えたいときも甘え方を知らずに、今日まで来てしまったのではないか。

 ああ、だから、真一さんは耀にべったりなのか。愛情を持って育てようと、必死なのだ。

 こいつの実親はどんなやつなのだろう。出来るなら、殴りこみにいきたいものだ。

 ああ、それよりも、こいつの弟を見てみたい。その双子の弟とかいうのも耀と同じようなのだろうか。そうしたらその弟も可哀想だ。どちらにしても、耀が育った環境には何か問題があるはずだ。


 「…耀、」

 やはり、こいつから目が離せない。

 自分であんなことをしておきながら、守りたいと思ってしまう自分は、ただ俺のエゴなのか。

 もしそうだとしても、今の彼は見るに耐えない。

 絶対に言わないだろうと思っていた言葉を口にする時が来たのだと、観念せざるを得なくなった気がした。


 「…耀、俺と付き合おう?」


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