♪Eps.16.5(Another Stories of Suite)
「…あっ…」
何故こんなことになっているのか、自分でもわからない。
怒り、悲しみ、妬み、憎しみ。自分の中に潜む感情は、怪物のように暴走して手に負えない。
「やめろっ…!」
「耀…!」
暴れる獲物を羽交い締めにし、邪魔な衣服を千切るように剥ぎ取る。乳白色の絹のような肌が現れると、己の怪物は、溢れて止まない感情を、獲物にこれでもかというほどぶつけた。
ほとんど強姦に近かった行為は、獲物の心を切り刻む。
蚊のように泣く声が、寂しい部屋に響いた。
自分は何をしているんだろう?
護ると決めた大切な人に、何をしている?
…あれは1週間くらい前だろうか。
彼が自分に対して与えた屈辱。やり場のない憤り。
俺は彼にとって、何でもない存在だったのだろうか。出会ってからずっとそばにいたのに。
実際は頼りにもされていなかった。彼の中では、慰めにもならぬということだったのだ。
彼を想う人間としては、やりきれない。
親友って何だろうか。親しくても、踏み込めない彼の心域。
彼の心には、一体何が巣食っているのだろう。
何故俺は、それを知らないのだろう。
「な…んだ…よっ…!」
うつ伏せになった白い獲物は、顔を隠してすすり泣いた。
息が荒い。男の背中とは思えない白くて柔らかな曲線が、激しく上下する。
「耀…」
「脱がせて、何をした…、ハッ、おまえもあいつらと一緒だなッ!」
「違うッ!」
心外だ。
俺は違う。
しかし、衝動でやってしまった行為は、多分、耀の言う奴らのものと同じものだ。
でも俺は、虚栄心と悦楽だけを求めて少年の躰を漁る、そんな下衆な野郎どもとは違う。
「…俺は違う…、一緒にしないでくれ」
「何が違う? 所詮お前も、あいつらと一緒だ、力もない人間をおもちゃにして、説き伏せて、楽しんで終わるだけだ、」
「何故そう言える!?」
俺はただ好きなんだ。耀の性格、仕草、形、全てが。
俺は知っている。耀がどんなに汚れた仕事をしていても、心は少しの不浄もないことを。
水底が見えるほど透き通った海のように、ただ単純に鮮明で美しいということを。
だから別に、彼の過去が何であろうと、無条件で抱き締められる。
それだけなのに。
「耀…」
「近づくな…っ!」
彼は叫び、ベッドの片隅に縮こまった。威嚇する猫のように、全身逆立っているのが分かる。
そんな彼を見て、後悔がじわじわと水位を上げてくる。怒りはもうとっくに鎮まった。
…取り返しのつかないことをした。
もう、どうしようもない。
「好きだ、耀」
「やめろ!」
「何で? 俺は心の底から耀が好きだ!」
「やめろよ…」
耀は頭を抱えた。
「…お願いだから、翔、」
彼はシーツを手繰り寄せ、躰に巻きつけた。窓から差し込む月の光が、彼を柔らかく包み込む。ベタな描写かもしれないけれど、ベッドヘッドに寄りかかって泣く姿は、まるで天使か、神話に出てくる姿そのものだった。
「もう俺と関わるな…俺といるとロクなことがない」
「そんなことない…ッ」
「やめてくれよ…おまえには俺で堕ちて欲しくない…金輪際、そうやって俺に触れるな…」
「…堕ちる?」
意味の分からない言葉だ。
恋に落ちると言うならまだしも、堕落するというとはどういうことなのだろうか。
「耀…」
「おまえのことは、嫌いじゃない、寧ろ好きだ、だから、親友のおまえを失いたくない…、今夜のことはなかったことにするから…」
泣き疲れてぐったりとする彼は、ほとんど掠れる声でそう言った。
そんなこと、今さらできるはずがない。
耀の言葉に、ふつふつと込み上げるものがあった。
(まさか、こいつ…)
「…なぁ、耀…」
俺は泣いている彼の隣に腰掛けた。彼は無反応だ。
「おまえ、人を本気で好きになったことある?」
「……は…?」
「自分を卑下して心に鍵をかけてないか?」
意味が分からないというように、憮然とした顔をする耀。
俺はその顔を覗き込んだ。
「自分が男娼だったから、好いてもらう資格なんてないって思ってるだろ。同時に、好きになることも許されないって思ってるだろ。それは間違ってるからな」
逃げられないうちに、耀を抱きしめる。
そして流れ作業のように、ベッドに組み敷く。
「…俺は耀が好きだ。過去に男娼をやっていたって、誰かと寝てないと生きられない身体であったって、耀が好きなんだ」
濡れた大きな瞳に、月の光が讃えられていた。卵のような肌に、涙が一筋流れ落ちた。
「馬鹿翔…っ、俺は穢れてる、」
「馬鹿、それが間違ってるというんだ。お前は穢れてない。綺麗なんだ」
シーツに蒼白く浮かび上がる美しい少年に、身も心も惹き込まれてしまう。
どうしてこの人が穢れていると言えよう? 欲に憑かれてしまった肉体はともかく、精神は何の穢れもないというのに。
「さっきはごめん…俺が悪かった。カッとなったばかりに、耀のこと…」
耀は、もう何も言わなかった。目を伏せ、言葉もなく涙するだけだった。
「ごめん、好きなんだ…、耀、許してくれ」
おそらく今晩のことは一生許してはくれないだろう。
その晩耀は一言も発することなく、ベッドに丸くなっていた。
俺たちはバラバラになって、一夜を過ごした。




