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♭Eps.15














 「…珍しいな。お前が誘いに応じるなんてな」

 運転席に乗った男は、夜道を運転しながら言った。そのゴツい手は、助手席に座る俺の膝に伸び、太ももを妖しく撫でてきた。

 俺はその手に自分の手を重ね、誘い込むように股間の近くに持ってこさせる。昔からよくやってきた、誘惑の仕方だ。

 「……ばかだな、先生。俺がいつ断った?」

 「でもいつも返事くれなかっただろ。…それに、先生って呼ぶのやめろ。さすがに気が引ける」

 男が不安を露わにすると、俺は可笑しくて笑いが止まらなくなった。しばらく笑い転げていると、男は怒り出した。

 「…何が可笑しい!?」

 「あ、ごめんごめん。だって、卒業したって、俺はまだ未成年だよ。それとも、まだ今なら間に合うけど」

 ニコリと笑って挑発すれば、男は顔を赤らめて前を向いた。郊外の暗い一本道を、アクセル全開で突き進む。

 「……馬鹿野郎。ここまで来て、戻れるかよ」

 連れて行かれたのは、町外れにひっそりと建っている、ラブホテルだった。この男は中学校教諭で、俺の元副担任。俺が現役中学生の頃から、この関係はあった。

 この男は昔から、ヤっても泊まらずに、2、3時間で帰してくれる。それは、この男が妻子持ちで、立派な家族を築いているからだ。その背徳感と手軽さが良くて、何度か誘いに乗った。

 「高校に行って、どうだ? 何か大変なことはないか」

 男は俺を部屋に通し、キングサイズベッドに俺を押し倒しざま、そう言った。男はすでに胸元を開けていて、待ちきれないとでも言うように、俺の服にも手を掛ける。

 「先生こそ、どうなの。俺と不倫したくなるほど、奥さんとはうまく行ってないの」

 「バカ、やめろ。ここでアイツのことを出すんじゃねぇよ」

 「ふーん」

 無駄に筋肉のついた男は、乱暴なほどに俺の裸体にキスをしてきた。胸の尖りを執拗に甜められ、吸われ、まだそんなに気分が乗っていないうちに、股間を愛撫される。

 「ま、…やめてよ、先生。早すぎだって」

 「…お前の躰を見てるとムラムラする」

 「それはどうも。でも先生、僕はまだ萎え萎えだよ。ほら見てよ」

 自らズボンのチャックを下ろし、モノを見せつける。覆い被さる男は、それを見てゴクリと唾を呑み込んだ。

 「黒木…」

 「…ね? 焦りすぎだよ」

 「ヤバ…」

 は? と俺が聞き返すと同時に、男は獣のスイッチが入ったように、いきなり激しく抱き始めた。

 「ちょっ、せんせ、駄目だって!!」

 「すまん黒木、もう我慢できねぇ」

 「は、何言って…!? はぁっ…、んぅっ…!! あ、あ、あ、はぁ、はぁ、あ…っ」

 躰を貫くような痛みと、押し寄せる快感に、思考と肉体は切り離され、バラバラになっていく。

 男の質量あるソレが、自分の内部を穿つ。ガンガンに突かれて何が何だか分からなくなった。体育教師なだけあって、運動量は半端ない。

 その晩、意識が飛ぶまで抱かれた。抱かれている時は何も考えなくていい。自分から、もっと、もっとと刺激を求めた。

 このまますべてを忘れて消えることができたら、どんなに幸せなことか――。


 「それじゃ黒木、またな」

 たっぷり2時間情事にふけった後、俺はラブホテルから真一のマンションまで車で送られた。

 時間はまだ夜の10時で、真一はまだ家に帰っていない。

 俺は男にキスをされ、車から降り、見送られた。クタクタに身体を引きずるように家に上がれば、思ったとおり部屋は真っ暗だった。

 電気のスイッチを入れ、バスルームに直行する。口付けられたところすべてを洗い流し、放心状態で湯船に浸かる。

 …また、やってしまった。

 つかぬ間の快感という泥沼から抜け出せない。

 実は、昨日の夕方も、違う男の相手をした。

 真一と出会って身売りをやめたにも関わらず、フラッシュバックは突如襲ってくる。不安を紛らわすためにセックスでその場をしのいでいるとはいえ、現実逃避をすればするほど泥沼にはまり、穢れていく。

 『――僕はずっと心配してたのに…っ!』

 弟の言葉が耳の奥で反芻する。こんなに堕落した姿を見られてしまったら、どんな顔をするだろう?

 嫌悪だろうか。軽蔑だろうか。それとも悲哀だろうか。

 隆次郎のクソ親父が独断で決めた学校の演奏会も、最初は断るつもりでいた。いくら成績が優秀だったとしても、夜の仕事をしていた俺が出ていいものではないだろう。汚名をひけらかすために、わざわざ公に出たい理由が分からない。

 『――僕は今でも耀が好きなんだ…っ!』

 「馬鹿…」

 本当に馬鹿だ。

 こんな俺をまだ好きでいるなんて、本当に馬鹿だ。

 いつまでも兄に執着していないで、もっと他に目を向けるべきだと思う。何色にも染まっていないあいつには、無限の可能性がある。

 俺がいては、それをはばかられてしまうかもしれない。あいつがのびのび成長していくには、能力的にも体裁的にも俺は邪魔な存在なのだ。

 『――せめて、学校にいる時だけでいいから、耀のそばにいたい…っ』

 「…俺はおまえのそばにいたくない…」

 片割れが純粋なほど、自分の汚さをよくよく思い知らされる。

 どんなに努力しても、堕落する前の自分には戻れない。

 だから片割れが隣にいるだけで、眩しくて耐えられなくなるんだ。

 なのに、断ることが出来なかった。隆次郎のとどめの一撃で、俺は押し黙るほかなかった。

 (…結局は、あいつも俺も引きずってるんだな……隆次郎も見兼ねたんだ)

 「う…っ」

 陰湿で牢獄のような部屋が頭に浮かぶ。過去に俺を支配していた、あの男の顔が笑う。

 腰がズキズキと痛んだ。最悪だ。


 風呂を出ると、タイミングがいいのか悪いのか、翔から電話が掛かってきた。

 『おい、耀、ちょっと面白いもの見つけたんだけどっ、』

 「…翔……」

 嬉々とした声音に、俺はついていけなかった。ため息混じりの返事に、電話の主は怪訝そうな声をあげる。

 『…耀、何かあったか? 声暗いぞ』

 「ん…」

 『ちょっとまって、今行く、』

 ぶち、と一方的に電話を切られた10分後、本当に彼はやってきた。玄関に迎えに行けば、彼は息を切らして俺を抱き締めてきた。

 「…耀…っ」

 「……しょ、う…」

 「何かあったか? ごめん、家に上がらせてもらうよ」

 肩を抱かれながら、寝室に向かう。ベッドに並んて座れば、再びガバッと抱きつかれる。

 汗の匂いがした。

 「俺、耀が元気ないと不安になる」

 「ごめん、」

 「何で謝るんだ? 言っただろう? 俺は耀に何かあったら、必ずすっ飛んでいくって」

 「ごめん、違うんだ…」

 こんなにも俺を思ってくれている人がいるのに、裏切った自分に嫌悪する。

 自分は根っからの男娼だ、ただの尻軽だ。自業自得なんだ。

 翔にも気にかけてもらえるような存在ではない。

 「…もしかして、また、始まったのか…?」

 抱きしめられたまま硬直する俺に、翔は恐る恐る問いかけてきた。俺は罪悪感に苛まれながら、縦に首を振る。

 「……まじかよ、おい、……不安になったときは、いつでも俺を呼べって言ったろ…?」

 「ごめん…」

 「ごめんじゃなくて。そんなに俺は頼りない? そばにいても意味がない?」

 違う、と否定しても、翔の怒りは鎮まらなかった。俺をベッドに組み敷き、切ない目で見下されてしまう。

 「耀…」

 黒い瞳が焦げるくらいに直視してくる。後ろめたくなって、思わず目を逸らした。

 「…おまえがそういうことしてるって知って、俺がどう思うと思う?」

 「……」

 「耀を守りたいって思ってる人間に、どう聞こえるか分かるだろ?」

 返事すら出来なかった。頬を手で包まれて顔を正面に持ってこさせられれば、泣きそうな表情の翔がいた。

 こんな表情(かお)、今まで見たことがない。

 胸が疼いた。

 「…もうこんなことすんなよ。…馬鹿」

 翔はそのまま倒れ込むようにして抱き締めてきた。一回り大きい翔は、俺の身体をすっぽり被せてしまう。

 「ごめん……」

 「ごめんじゃないよ。あのな俺は……」

 「?」

 「…やっぱいい」

 翔は首をもたげ、何かを言いたげに口を開いていたが、頭を振ってシーツに顔を打ちつけた。言葉の続きを待っていたが、一向に言う気配はないので、俺は諦めて目を瞑った。

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