第1話「フキハラですね」
「……もと工場勤務の職場リーダーだあ?」
「はい…」
───その容姿で?
見た目どうしても17歳ぐらいにしか見えない長袖の黒いセーラー服を着たロングヘアーのスラッとした美少女が、赤いスカーフを揺らしながら、30歳の俺と同じ年齢が書かれた謎の履歴書を持って面接にやってきた…
場所は都内の雑居ビルの最上階で、俺の名にちなんだ『古林春信法律事務所』という文字がデカデカと、窓ガラスに貼られたテナントの一角である。
「名前は…高天原佳澄。職歴と年齢以外はどう見ても17歳のガキなんだが、本気で言ってるのか?」
「……えーと、すみません。信じられないかも知れませんが、書いてある通り実年齢は貴方と同じで、中身はオジさんなんです」
そんな三階しかない寂れたビルには一番下にカフェがあって、真ん中には年齢不詳の魔女が経営している謎のエステサロンが存在してて、中心部から外れたこの場所に好き好んで訪れる奴はなかなかいない。
ましてやこんな平日の昼下がりに、未成年の女子高生がフラッとやってくるなんて、どっかで覗いている神様もビックリして引っくり返っているに違いねえ。
「なんかの訳ありか? 誰かに虐められたりして金に困ったり精神的に参っているって言うなら、それ相応の場所に行った方が良いと思うぞ? もしくはもっと身近の頼れる大人に相談するとかさ」
「……すみません、それも違います」
───まあこんな、都内の端にある法律事務所に訪れるような奴は、大概が人生切羽詰まった訳ありばかりだ。
たまに相談に来る人間の殆どは、なぜか会社のハラスメント被害者ばかりだが、一週間に一人でもそんな上客がやって来ればいい我が事務所は常に閑古鳥が鳴いている。
更には一回の相談料が一時間につき一万円だから、財布も常にすっからかんだし、今日を生きてくだけで精一杯のスリルに富んだ生活を俺は毎日送っているって訳だ。
「……もしかして俺をからかってたりしねえよな? どっかで友達が盗撮してたりとかさ?」
「い、いえとんでもない。決してからかってなどいないですし、ここにいるのは紛れもなく自分一人です」
───と、胡散臭えプロフィールが書かれた履歴書を持ってきた自称30歳独身男性の美少女は、自分は清廉潔白であると、その履歴書に嘘偽りは無いと、来客用のソファーに座りながら正面で真っ直ぐに俺を見ながら、やたら丁寧な言葉遣いで説明するのだ。
そんなたまに訪れるハラスメント被害者達と同じように真剣な目をしてな…
「……依頼人とかでもねえと?」
「はい、すみません…」
「ちっ…金ヅルでもねえのかよ、めんどくせえ…陰気臭えアイツらの方がまだマシだな」
「随分、口が悪いですね…」
「本心ではねえから安心しろ、奴等にも奴等なりの悩みがあるって事は分かってる」
「……奴等? 何の事を言ってるんですか?」
「ちっ、知らねえで言ってんのかよ」
……そんな喉から手が出る程に欲しい相談者は、気の弱い奴等が多いみたいで、職場で大ごとにはしたくないから、こんな寂れた法律事務所に来てコソコソ相談するのが性に合ってるらしい。
馬鹿にする訳じゃないけど、『そんな勇気があるならムカつく相手に一発言い返してやれよな』とも思ったりする。
こんな胡散臭え法律事務所に頼るくらいなら自分の力で立ち上がれってな。
……だけどまあ、彼等がいるから俺みたいな中途半端な弁護士崩れが何とか生きていられるって訳だけどさ…
「……朝起きたら急にこんな身体になっていまして、洋服もこれ一着しかないし、会社に連絡してもイタズラ電話か何かだと勘違いされるし、親もいないし頼れる親戚も友人もいないしで、途方に暮れていた所を『そう言えば誰でも雇ってくれる会社が1つだけあったな』と、いつかのバーで名刺を受け取った貴方の会社を思い出したのです」
「……そのバーの名前は?」
「〝子羊たちの沈黙〟です。映画好きな店長が付けた少しおどろおどろしい名前で、普通の人はあまり立ち寄らないお店ですが、自分のような人間関係に疲れた者にとっては絶好の隠れ家としてヒッソリと有名でして、無口な者達が集まる中、貴方一人だけが元気よくはしゃいでおりました…」
「マジかよ…記憶にねえけど、確かに俺の行き付けの店と同じ名前だ…」
「信じて貰えましたか?」
「まだ証拠が足りねえよ」
そこそこの大学を卒業して法律の知識を手に入れた俺は、意気揚々と弁護士の世界に飛び込んだが、呆気なく理想と幻想は崩れ去った。
収入の差や弁護士同士の競争に大きく打ちのめされ、業界から吹き飛ばされた俺は、こんな街外れの古びたビルに拠点を構えるので精一杯だ。
大手事務所に所属する奴や専門分野を持つ奴等が稼ぐ一方で、元々の能力が低い俺のような半端者は、たとえ弁護士といえども物凄え収入が不安定で、相談に来る奴等の方が遥かに有意義な暮らしを送っているんじゃないかって思う。
ごく稀にある裁判だって物凄えプレッシャーがあるし、病んだ相談者との話し合いで心身共に疲れ果てていたしで、たった一人で頑張るには確かに限界が来ていた訳だが…
ジロリ……
「……うっ」
「嘘じゃねえんだろうな? ガチで友達同士の罰ゲームとかだったら絡む相手間違えてんぞ?」
「う、うそじゃありません。本当です」
「神に誓ってか?」
「神様はいるかどうか分かりませんが、はい…」
生まれつき目付きと口調が悪い俺は弁護士バッジを別な奴等が付けるバッジとよく間違えられた。
通りすがりの知らねえ若い連中に頭を下げられたりするし、客がいねえラーメン屋に訪れれば『今月分は待ってください』と、いらっしゃいませの途中で土下座をされた経験さえある。
「……俺の目を見ても逸らさねえ度胸だけは買ってやるよ」
「人の話を聞く時は目を逸らさないのが社会人の基本ですから」
「……はあぁ」
「溜め息は幸せが逃げるから、やめた方が良いですよ?」
「吐かせるような面倒事がやってきたから、勝手に溢れちまうんだよ…」
目の前の育ちの良さそうな一見清楚な美少女は、どんなに俺が睨んでも口を割ろうとはしなかった。
それから三十分もの長い間ずっと、自分は30歳の同年代のオッサンであると主張を続けて止まなかった。
「……『不機嫌ハラスメント』って言葉は御存知ですか? 略してフキハラって言うんですけど」
「知らねえよ、なんだそりゃ?」
「ため息や舌打ち、更には無言の圧力、不機嫌な表情や態度をわざと周囲に見せて、相手に気を遣わせたり精神的な負担を与えたりする行為をそう呼ぶのですが、今の貴方は正しくそれに該当しますね」
「……随分、詳しいじゃねえか」
「ハラスメント…好きなんですよね追究するの。知ってます? ハラスメントって現時点で47種類も存在するんですよ?」
……やっぱりこんな辺鄙な寂れた法律事務所に訪れるのは、依頼者以外にも変人が多いようだった。
「……仕方ねえ、採用だよクソッタレ。正直猫の手も借りてえくらいだったからな…だがな、お前は正社員でもパートでもねえ未成年だからアルバイトだ。そんで、今日みたいな平日昼間はキチンと学校に行くんだぞ?」
「だから自分は貴方と同い年なんですって、だから学校になんか通えないんですよ!」
「信じられるか、バカやろう」
「信じて下さいよ、ウニ頭で三白眼のヤクザみたいな黒スーツを着た怪しい弁護士さん!」
「やっぱ却下だ、帰れ」
「すみません、嘘です。言葉が過ぎました、ごめんなさい」
───さてさて、正直な話、相談に来る奴等のハラスメントの種類が多すぎて、何がどれに該当しているかよく分からなくなっていた俺は、ついついこんな怪しさの塊みたいな奴を雇っちまった訳だが、なんだか妙に上手く行きそうな気がして仕方ないのは何故なのだろうか?
「……それであの、図々しいのですが出来れば住み込みで…」
「は?」
「実は今日、この見た目からアパートを追い出されましたので…」
「住む場所がねえってのか…?」
「恥ずかしながら…」
……前言撤回、やっぱり波乱万丈な予感の間違いだったのかもしれねえ…
実際にはハラスメントの種類は増え続けて100種類にも昇ると言われていますが、作中ではあえて47種類と表記させていただいてます。
題名がプラス1多いのはわざとです(((・・;)




