男と女の関係って?
妹が家の中をうろついている件。それ自体は、至極全うな事だ。一つ屋根の下に暮らす家族なのだから当然だろう。問題は、人目も気にせず、下着姿だということだ。
美少女、と兄の自分が言うのもなんだが、客観的に見ても凄く可愛いのは確かだ。吸い込まれるような黒目がちの瞳とくっきりした目鼻立ちで、良家の美形子女が集う聖都学院の中でも屈指のマドンナだという話が、一学年上の俺の耳にも入ってくる。透明感のある肌は白く柔らかそうで、肩下まである長い黒髪もサラサラで触り心地良さそう。
名門神無月家の令嬢であり、俺の自慢の妹が、肌も露わな下着姿で、フルーツ牛乳の紙パックを片手に離れの洋館のソファーに座ってテレビを見ているのだ。肌も透けて見えそうなほど布面積の小さい下着姿は半裸と言っても過言ではない。
母は出張で留守、父親はいないも同然、お手伝いさんも今日は休み。屋敷の中、今日一日、俺たち二人だけ。こんな無防備な姿で、男は狼だってことを知らないのかって、何考えてるんだ俺。いや、何やってるんだよ妹。男として、どころか、人としてさえこの妹からは認識されていないのではないかと思ってしまう俺。
いや、ここは黙って鑑賞させてもらうのが兄の役得というものか。家族なんだ、平然としていよう。とびきりの美少女、鑑賞物としてその美を愛でるのも悪くない。まずは、落ち着け、俺。変に狼狽えたら、こいつの術中にはまるだけだぞ。また変な呪いをかけられるのは真っ平ごめんだ。
そんな、自問自答を頭の中で繰り返しながら、俺は、無意識のうち生唾をごくりと飲み込んだ。
「やだ。お兄ちゃん、見てたの? エッチ」
振り向きざま、そう言って、咎めるように唇を尖らせる妹。
「って、今まで気づかなかったのかよ。鮎。な、何してんだ。そんな恰好でっ……」
心ならずも動揺を隠せない俺の様子を横目に、鮎は、クスっと笑った。嘲笑うかのような、悪戯で俺を困らせて楽しんでいるいつもの調子だ。いつもと違うのは、半裸だということ。すっかり女らしくなったボディラインとしっかり膨らんだ胸の輪郭を誇示しているようだ。そもそも、今まで見られていることに気付いていなかったはずがない。
「ふーん。あ、そうか。お兄ちゃんには、刺激が強すぎるのか、こんなわたしの姿。案外うぶなんだね。子供の頃は、一緒にお風呂に入ったこともあるのに。うふふ」
「あ、あの時は子供だっただろ。俺たち、もう、男と女だからな。それに……」
お兄ちゃんには、という言葉が、妙に俺の胸につっかえていた。
「やだ。お兄ちゃん。顔真っ赤だよ。妹を見て、欲情してるの? やっぱり、エッチだ」
「鮎、お前な。冗談でも、そんなこと言ってたら、本当に襲うぞ」
「何言ってるの。お兄ちゃんの変態。わたしたち、兄妹だよ」
うん。俺は今、鮎にからかわれているだけだ。冷静にならなきゃ。ただ、目の前にある艶やかな肌を触ってその柔らかさと温もりを感じたいだけなのだ。まるで、神聖な物のように見えるそれが、血の通っている肌であることを確かめたいだけ。男としてとか、女としてとかじゃない。家族の触れ合いでもない。
『鮎が人間であることを確認するため』
ふと、そんな思いが浮かんで、俺は背筋に冷たい物を感じた。そんなことを考えるだんなんて、兄失格だと思う。
「やだ。お兄ちゃん。そんなにわたしの胸ばかり見て。エッチ。ねえ、襲うんでしょ。いいよ。お兄ちゃんにも一回だけさせてあげる」
「にもって……」
「うん。わたしに彼氏がいること知ってるでしょ」
「って、鮎のイマジナリー彼氏だろ」
「違うよ。ま、そういうことだから、ちゃんと、これ付けてね」
鮎は、そう言って、ビニールの小袋を俺の目の前に突き付けた。俺は、その正体を知って、さらに言葉を失った。まるで、呪符をつきつけられた妖魔の気分。
「分かってるよね。お兄ちゃん。これ」
「うん」
「コンドーム。学校でも習ってるでしょ。これの大切さ」
「……」
もちろん、分かるけど、それは、男と女の関係であって……
「十八代目様がくれたの。いざという時のためのお守りって」
「って、これ、冗談だよな。いくらなんでも……」
「駄目なの? 私が巫女継承者だから?」
鮎の言葉の響きに、俺は、思わず妹の目を見返した。悪戯っぽい色が消え、真顔だった。
「どうして、そんなこと……」
俺は、口ごもるしかなかった。巫女は、太陽神と月を信奉するこの国の宗教儀式の担い手、神聖な職務とされている。神無月家は代々続く巫女の家系であり、俺たち兄妹の母は、その十八代目当主だ。そして、巫女の公務の中で最も重要な儀式は……
「鮎を巫女にさせない。俺が許さない」
口ごもった後で俺はきっぱりとそう言い放った。子供の頃、同じ言葉を繰り返していたことを思い出しながら。
「じゃあ、誰が神無月家を継ぐの? あ、お兄ちゃん。わたしの代わりに巫女になるのって、どう? お化粧して、女装したら凄い美人になりそう。うふふ」
「茶化すなよ」
「茶化してなんかないよ。本気だもん。お兄ちゃんだって、子供の頃は女の子の恰好をしてたでしょ。童巫女姿なんてわたしより似合ってて、羨ましいくらいだった」
まあ、そんな時もあったと回想する俺。巫女の家系に男子は禁忌、産まれた時点で養子に出されるのが通例となっているらしい。ところが、母、亜里沙の気まぐれなのか、そのまま育てられた俺は、幼い頃を女の子の姿で通し、鮎とはまるで姉妹のようだった。そんな写真がいっぱい残っている。世間の目を誤魔化すためだったのだろうか。
「お兄ちゃん、わたしが、巫女になって、見ず知らずの男と儀式したら、妬いてくれる?」
「だから、その話はやめてくれって!」
俺は、つい語気を荒くしてしまった。太陽神に捧げる神事として、巫女は月に選ばれた男と一夜の神聖な儀式を共にするという話を俺は物心ついた頃から知らされていた。母親から直に聞かされていたのだ。姫事と呼ばれるその儀式の内容を理解したのは、だいぶ後、俺自身の性を意識し、同時に鮎を異性と意識し始めた時のことだった。巫女の家系の中で、男子が異端者扱いされている理由も、その時に理解した。
次回:新巫女の姫始めー初競りの儀
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