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26.役者

「ルルさんっ!」


 エデンの悲痛な叫び。

 ルルはせめてもの抵抗に両腕で頭を覆い、その場にうずくまる。

 衝撃に備え、固く目を閉じた。


 ――だが、いつまで待っても痛みも衝撃もやってこない。


「……?」


 恐る恐る目を開いたルルは、絶句した。

 彼女に襲いかかった氷狼(フロストウルフ)は、一刀両断にされ絶命していたのだ。そしてその魔物を斬ったのは――


「わしは――小さいおっぱいも、守る……!」


 70年前に竜を倒したという、かつての剣豪その人だった。


「誰が小さいのよ! 私は普通よ、普通!」

「……ぐふっ!」


 全力でツッコむルルだったが、剣豪のプルプル震えた膝が突如地面に崩れ落ちた。


「どうやら、わしはここまでのようじゃ……今ので、腰を持っていかれた……!」

「……まぁ、助かったのは事実なので。ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げ、彼を背中に背負って旅館まで運ぶルル。

 そんな2人を、エデンはじっと見つめていた。


「情けない顔ねぇ」


 いつの間にか、ララがエデンの真下の窓から顔を出して見上げていた。


「……僕は……女の子やプルプルのおじいさんよりも、役に立たないんだ……」

「そうね」


 あっさりと同意し、ララは視線を遠くへ向ける。


「ルルちゃーん! また魔物が来たわよー!」


 遠目に雪男(イエティ)の姿がある。

 ルルは剣豪を旅館の中に下ろすと、再び剣を握って外へ飛び出した。


「もうヤだぁ! 早くノアとエヴァン、帰って来ないかなぁ!?」


 毒づきながら雪男の方へ向かうルルを、エデンはオロオロと見守るしかない。


「あなたは、次も見ているだけなの?」

「だ、だって……僕は……」


 微笑みながらララに問われ、エデンは固く唇を結んで俯く。


「あたし、実は座長の座右の銘、嫌いじゃないのよね」


 『自信があれば何でもできる』

 エデンは弾かれたように、顔を上げた。


「あっ、あああ、あの、ルルさん! 僕……ぼぼ僕も……!」


 震える足で、必死に梯子を下りていく。


「そうこなくっちゃ」


 その背中を、ララは笑顔で見送った。


「そんなに怖いなら、無理しなくてもいいわよ?」

「こ、ここ、こここ怖いです……けど……――」


 先ほどの剣豪よりも膝を震わせるエデン。

 そんな彼を、突如として眩いスポットライトが照らし出した。


「『迫り来る魔物の群勢に取り囲まれ、絶体絶命の大ピンチ! しかし魔法使いエデンは、仲間を守るために勇敢に立ち上がるのであった!』」


 拡声魔法で響き渡るナレーション。その声の主は、ララである。


「……何やってんの?」

「あたし、舞台女優なの。戦うことは出来ないけど、演出なら任せておいて」


 半眼で見上げたルルに、ララはウインクを返す。

 さらに短く呪文を唱えると、エデンの足下に重々しいスモークを出現させた。


「――行くぞ、ルル」


 凛とした声に振り返ると、さっきまでの丸くなって震えていたエデンはいなかった。

 そこにいたのは、スッと背筋を伸ばし、力強い光を瞳に宿した『魔法使いエデン』。


「今こそ魔王軍を撃ち破り、世界に平和をもたらす時だ!」

「……どっかで聞いたセリフだわぁ」


 もちろん、アストリアムの舞台で聞いたのである。


 ルルの呟きを掻き消すように、雪男が咆哮を上げた。丸太のような両腕で巨大な雪塊を掲げ、容赦なく2人へ投げつけてくる。


「【火球】!」


 エデンが放った魔法が、迫り来るそれを粉砕した。その瞬間、ララの演出魔法によって、およそ初級魔法とは思えない過剰な爆発音が響き渡り、派手な火花が撒き散らされた。


「ルル! 援護を頼む!」

「……え? あ、はいはい! 了解!」


 思わず舞台を観ている気分で傍観していたルルは、慌てて我に返る。


「【捕縛】!」


 光の縄が雪男の巨体を絡め取り、その動きを封じ込めた。

 束縛から逃れようと体を捩らせる雪男の背後に、不穏な暗雲がたちこめゴロゴロと遠雷の音が響く。

 エデンは深く息を吸い込み、右手を天高く掲げた。その指先には、バチバチと青白い火花が踊っている。


「【雷・天・落】!!」


 それは雷系の初歩的な魔法に過ぎなかったが、ララが追加した凄まじいフラッシュと、鼓膜を震わせる落雷音の演出によって、伝説の必殺技のような迫力でその魔法は発動された。


 雷撃は見事に雪男の急所を貫き、巨体は雪の上に沈んだ。


「『――こうして、伝説の魔法使いエデンの力によって、世界に再び平和が訪れたのだった』」


 静かに、ララのナレーションが戦いの終わりを告げると同時。

 割れんばかりの拍手が渓谷に響き渡った。


「よっ! いい舞台だったよ!」

「いやぁ、感動しましたねぇ」


 旅館の窓から覗いていた宿泊客や従業員たちである。

 ルルは歓声の中、乾いた笑顔を貼り付けて立ち尽くす。


「……何なのよ、この茶番劇は……」


 そう言って視線を遠くへ投げ――そこに見えた影に、眉を寄せた。


「あれって……?」

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