何もしない院長 パート167 ― 雑誌掲載記事「地域に残るということ」
全国自治体病院協議会 雑誌掲載
巻頭:施設探訪
◆ はじめに
南方市西部に位置する南方総合病院は、人口減少と高齢化が急速に進む地域において、急性期医療を担う拠点として機能している。本稿では、同院の地域医療への取り組みと、今後の方向性について、院長をはじめとするスタッフへの取材を通じて紹介する。
◆ 高齢化社会における病院の役割
同院では、高齢者救急の増加および在宅医療ニーズの拡大に対応するため、従来の臓器別診療だけでなく、横断的な診療を担う総合診療医の育成と配置を重視している。
裏出副院長は次のように語る。
「高齢の患者さんは、単一の疾患ではなく複数の問題を抱えています。そのため、臓器別の縦割りではなく、“人を診る(全人的)医療”が必要になります」
また、南方大学との連携による「地域診療科構想」を推進し、将来的には病院をハブとして医師を地域へ循環させる体制(地域診療課構想)の構築を目指している。
院長は簡潔だが、力強くこう述べる。
「病院だけでは本当の意味での医療は完結せん。介護と福祉が一緒に動かんと意味がない。そして病院自身がより価値を高め、すべての住民の安全、安心を守る最後の砦であり続ける必要がある」
◆ 地域包括ケアと“つながり”
同院では、医療・介護・福祉の連携による、属性に依らない全世代型地域共生社会の実現を目指している。
看護部長は、「患者の生活まで見ないと医療は成立しない」と語り、地域との接点を重視した取り組みを行っている。
院長は次のように補足する。
「一つの施設で全部やろうとせんことや。方々とつながることこそが大事や」と。
◆ 自治体病院の存在意義
地域における自治体病院の役割について問うと、事務局長は次のように述べた。
「一般民間病院と違い、患者をえり好みせず、受け入れる責任があります。そして最後まで診る覚悟、患者を癒し地域へまた返す使命を全うするをが求められます」
院長もこれに続ける。
「まず断らんことやな。それが一番しんどい。そして、住民が安心して暮らせるための最後の砦であり続ける必要がある。」
◆ 診療所との連携
地域の診療所との関係については、「かかりつけ機能を地域全体で支える」という考えのもと、役割分担と情報共有を重視している。
「一つの医療機関で完結させるのではなく、地域全体で患者を支える仕組みが必要」と副院長は語る。
◆ 職員意識とJCI認証
同院はJCI認証を取得しており、それが職員の意識変化にもつながっている。
看護部長は、
「高い基準を目指すことで、職員一人ひとりがプライドを持って働けるようになりました」と話す。
また、副院長は、「各部署でリーダーシップを発揮する職員が増え、QC活動などの取り組みも活発になった」と変化を実感している。
野上院長:
「認証を受けるまでは、ほんましんどかった。けど、お陰でみんな生き生きとよう動くようになったな」
◆ 人材確保と職場環境
地域の医療を支える上で重要な人材確保については、「離職させないこと」を最重要課題としている。
「地元出身の職員が多い分、働き続けられる環境づくりが重要です。特にパワーハラスメントには細心の注意を払っています」と看護部長。
院長は簡潔に言う。
「病院は人や、人がおらんようになったら病院は終わりや」
◆ 働き方改革とDX
タスクシフトについては、医療クラークや医療事務の活用を進めている。一方で、医療DXについては「まだ途上」とし、今後の課題としている。広域に点在する診療所を念頭に遠隔診療を推進することも検討中と。
◆ 病院経営の方向性
人口減少が進む中での病院経営について、事務局長は次のように述べる。
「収支改善とコスト削減に加え、地域事情に応じたダウンサイジングが必要です。また、医療資源を地域で共有する視点が不可欠です」
◆ 現場から見えるもの
取材では、救急外来、リハビリテーション室、回復期病棟なども視察した。特に回復期病棟では、患者とともに作成したアートが掲示されており、病院の空間づくりにも工夫が見られた。
院長はこう語る。
「病院っぽくない方がええこともある。わしは南方総合が、患者だけやのうて、住民が自由に集まれるサロンのような場所、地域の中心になることを願っとる。」
◆ おわりに
最後に、同院の強みについて院長に尋ねた。
しばらく考えた後、こう語った。
「患者も職員も顔が見えることやな。住民にとっては、困ったときに思い出してもらえる病院やちゅうところやな」
◆ 編集後記
南方総合病院は、最先端の医療技術を競う病院ではない。しかし、地域に必要とされ続けるために何が必要かを、静かに問い続けている病院である。
その答えは、設備や規模ではなく、“人と人のつながり”の中にあるのかもしれない。
地域医療の本質は、制度より先に “関係” でできているのだと確信できた取材であった。




