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第1章②卓球もダメだった

 卓球場は熱気が意外と少なかった。冷房が吹き飛ばすか上へ押し上げるかをしていた。

 そこかしこに波のように青い卓球台が整っていた。

 その周りにはサーファーのごとく目を光らせるものから、近所の住人のように興味なくウロウロするものまで色々と居た。その中を、例の少年と父親は白球を追いかけて赤いカバーをつけたコルク棒らしきものを振り回していた。

「どうだ、卓球は?」

「うーん。てっきりボールはオレンジ色だと思っていた」

 息子の覇気のない返答に、父親はため息を噛み殺す。ビーチ版やビーチボールのようにラケットとピンポン玉を卓球台の上に置いて、2人はペットボトルのスポーツ飲料を飲んでいた。

「他にはなにか思ったか?」

「うーん。そうだ」

「なんだ?」

 父親は息子の何かに期待して顔を明るくした。

「卓球台って、緑色だと思っていた」

 その答えに、父親は暗く肩を落とし、その姿は影を落としていた。

 冷房の音が鳴り響き、その中にピンポン玉の音が掻き消えていった。その冷房音の渦には人々の声も巻き込む力があり、この親子のやりとりも全ては消えていった。

少年はそれを肌に感じていた。今の少年にとって全ては深海の闇の中だった。父親の優しさも冷房の心地よさも卓球の楽しさも全ては闇に消えていった。音も光も匂いも、感覚といわれるものは全て少年から消えていた。


ポーン!


 そんな少年の額にデコピンのようにピンポン玉が当たった。

「ツッ!」

 少年は額の痛さを感じながら耳に響く跳ねる音の方向にピンポン玉があるのを見た。それが転がり裸足に当たって止まる。

「ごめんなさい」

 その裸足の主は、少年と背丈が同じくらいの短い髪型のサバサバとした子だった。

「大丈夫です」

 少年は軽く額に手を添えて返事した。

「失礼しました」

 そう言って去っていく子を、少年は見ていた。それは、少年からしたら特に理由のないことだった。特に理由はないが、さきほどの子の方向をただ見ていただけだった。見ることには理由はなかったが、見ないことにも理由はなかった。

先ほどの子が再び卓球台についた。

 それを見て、少年は自分と重ねてみた。それは、さきほど父親との勝負だった。温泉卓球さながらのラケット面を天井に向けての山なりの返球。それでも持ち前の集中力と運動神経で父親に勝った。そんな微笑ましい光景だ。

それに重ねながら少年はその子を見ていた。


 シュッ!

 カッ!

 バン!


 ポーン!


 再び少年の額にピンポン玉が当たった。その玉は少年のどたまに響いた。脳裏に刺激が焼き付き、少年の体全体に雷を走らせた。少年は体の奥底からマグマのように燃え滾ってくるものを感じていた。

「ごめんなさい、またですね」

 そう言いながらかけてくる申し訳なさそうな顔の子に対して、少年は何も言わず動くこともなく表情のない顔をしていた。

「本当に大丈夫ですか?」

 その子は少年に心配そうな顔を見せた。

「あのーすみません」

「なんですか?」

 おどろおどろと口を開けた少年に対して、その子はそろりそろりと訪ねた。

「俺と勝負してくれませんか?」

 冷房の音がヴィンヴィンと響いた。

「――僕は別にいいですけど」

「では、やりましょう」

 不思議そうに見つめられながらトボトボと歩く少年は卓球台についた。その様子を他の人たち、特に少年の父親は不思議そうに見ていた。父親から見たら、野球をやめ勉強もやめやる気を失っていた自分の息子が久しぶりにやる気を起こしていることは不思議以外の何者でもなかった。

 彼らは卓球台をはさんで向かい合った。少年は先ほどと同じ感じに温泉卓球を披露しようとばかりに、手から離したボールをラケットに当ててサーブした。自陣に1バウンド、相手陣に2バウンド目。緩やかにボールが跳ねていった。


 バチコーン!!


 強烈な勢いが少年の額を襲った。それは、対戦者が絶好球をスマッシュして力強くバウンドしたボールが直撃しただけだった。しかし、それは少年にとって前の2発に比べて強力すぎるものだった。

 少年はその後、手も足も出ずボコボコに負けた。


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