石橋
朝。
彼はいつも通りの朝食をとっていた。
おかずはたいてい、納豆と生卵。
納豆と卵を白米を一緒にかき混ぜて、
流すようにかきこむ。
彼女からも栄養が偏りすぎると注意されたが、
最近は3食、
納豆と卵という時も出てきた。
最後の一口を彼は流し込んだ。
「栄養・・・、気を付けなくてはな。」
彼の口から自然と言葉がこぼれた。
流し込んだ後の茶碗を片付けると、
ゆっくりとテーブルに座り直す。
そして、
メモを見つめながらゆっくりと頭を抱えた。
「1つ目は・・・石橋?」
「石橋さん・・・?」
誰に問うでもなく、
彼は語り掛ける。
「そんな知り合いなんていないしなぁ・・・」
しばらく、考え込むと、
はっと、
思い付いく。
「『石』の『橋』か!』
彼の住んでいる地域には、
石で出来た橋が多くある。
大正~昭和に作られ、
今なお、現役の橋である。
彼の家からもそう遠くない位置に
有名な橋があった。
彼は
そこまで歩いていくことにした。
外に出て、
慣れ親しんだ道を歩く。
彼の妻が18歳のとき、
彼は東京の大学を卒業し、
そのまま東京で働き始めていた。
一人で迷っていた彼女に道案内をしたのが
最初に出会ったきっかけだった。
たまたま同郷ということもあり、
すぐに打ち解けた。
恋人になるのにもさほど時間はかからなかった。
彼女が21歳、彼が25歳のときに結婚。
出産をきっかけに、
2人のふるさとへ帰ってきたのだ。
彼はことあるごとに昔を思い出す。
それが年老いた独り身の男ゆえの悲しさなのか、
愛する人に先立たれた悲しみなのか。
彼はいつも彼女の笑顔に支えられてきた。
「ししし。」
彼の脳裏に彼女の笑顔が心に浮かぶ。
「卑怯だ。」
と思いながらも、
彼の口元は緩んでいた。
目的地についた彼は
予想以上に早くついたことに
驚いていた。
道路脇は坂道になっていて、
そこを降ると、
川の横に小さな公園の様な場所がある。
そこからだと、
見上げる様に『石橋』が見える。
彼は坂道をゆっくり降りていく。
公園では青年が掃除をしていた。
川のせせらぎが聞こえてくる。
彼は坂道にを降り終わると、
青年を横目に、
石橋を見上げた。
彼は目を見開きわ
「おぉ。」
と声をこぼす。
100年以上前に作られた橋に
彼は目を離せなかった。
しばらく見上げていると、
掃除をしていた青年が声をかけてきた。
「観光ですか?」
久しぶりに人と話す彼は、
少し戸惑ってしまう。
「いえ・・・。
・・・観光にくる人がいるんですか?」
「たまーーーにきますよ?」
青年は茶目っ気たっぷりに答える。
「へぇ。」
彼は素っ気ない返しをしたのが申し訳なく、
話題を探す。
「学生さんかい?」
「いえ、今はフリーターです。」
「今時の若者なのに、掃除とはえらいね。
ボランティアかい?」
彼は微笑みながら言葉を続けた。
「そんなもんです。
ここは綺麗にしておきたいんです。」
そう言うと、
青年は石橋の方を見上げた。
幼さの残るその横顔は、
石橋をじっと眺めていた。
石橋を見る目は
何か特別なものを見るようであった。
まるで、
子供が親を見るような。
深い思い入れがあるのだろうか。
彼はぼそりと呟く。
「裕太が生きていれば・・・」
青年が
「はい?」と聞き直す。
「いや・・・。私にも息子がいたんだ。」
「・・・いた?」
青年は気まずそうに聞き返した。
「小学校上がったばかりの頃に交通事故でね。
生きていれば
君くらいの子供がいたかもしれない・・・。」
彼の目が潤んできた。
「すまない・・・」
彼は顔を腕で隠し、
青年に背中を向けた。
「年を取ると涙もろくなっていけないね。
彼の声は少し弾んでいた。
「生きていれば・・・なんて、何年も経つのに」
「何年もなんて、関係ないと思います。」
彼の言葉に青年の言葉が被さってきた。
青年は一つ一つ言葉を選びながら伝える。
「何年経っても、そう思われるのは、
きっと嬉しいと思う。」
青年の言葉に老人のシワがついた口元が
上に上がっていく。
「そうだね、ありがとう。」
「また・・・来ても良いかい?」
「もちろん!」
木漏れ日が彼の笑顔に
降り注いでいた。
しかし、彼の本来の目的は果たせずにいた。
夜。
「そんな簡単には分かんないよー。」
闇夜の彼女は、
昨日と同じようにしししと笑った。
相変わらず彼は、その卑怯な笑顔に
「ふぅ」とため息をつく。
彼は彼女に訪ねる。
「このメモ、
全部周り終わったら、
君が幽霊になった理由もわかるのか?」
「そうかもね。」
また彼女は、ししし
と笑った。
「時間はいっぱいあるでしょう?
ゆっくり見つけてね?」
そう言うと彼女はまたゆっくりと夜の闇に消えていった。
彼の顔はやはり明るいままだ。
また彼女に会えるからだろう。
彼の夜に、
月が戻ってきたからだろう。




