技を受け継ぐ者!
フローラを追いかけて石の家に戻ると、すでにフローラは到着してこちらを見ていた。
遅かったな!
と言わんばかりの顔で、フンッと僕に向かって鼻息を吹きかけてくる。
ナツミ「フーちゃん、ありがとねえ!」
「メェ~~。」
フローラはそう鳴くと、ナツミさんに頭をスリスリと擦りつけている。
番匠「なっちゃんのことはお気に入りみたいだな。」
番匠「よしよし。ありがとうな、フローラ。」
番匠さんが手作りの木製リヤカーを外してやると、フローラは再び茂みの中へと消えていった。
さてと。
合戦山から採ってきた山砂と、木材貯蔵壕から見つけてきた彫りかけの馬頭観音。
木型を作るための材料も揃ったし、いよいよ作業開始だな。
タクミ「番匠さん、まずはどうすればいいですか?」
番匠「まずは砂だ! 日が高いうちに一度しっかり乾かしておく。あとで水加減を見ながら型砂に仕上げるんじゃ。日向にむしろを敷くから、そこへ薄く広げるんだ。」
僕たちは六畳ほどの広さになるように何枚かのむしろを敷き、その上へ山砂をできるだけ薄く広げていった。
砂が乾くまでの間に、木型に取りかかろう。
番匠さんが石の家の奥から、何やら見たこともない古道具をいくつも引っ張り出してきた。
ナツミ「それでやるの?」
番匠「これはな、宮大工でもあった住職が残していった道具じゃよ。ワシも住職が元気な頃は教えてもらいながら、宮大工の技術を応用して木型を造っておったんじゃ。」
番匠さんは懐かしそうに道具を眺めた。
番匠「千首坊流は最後にワシが少しだけ受け継いだ、とも言えるかな。」
番匠「タクミ君、クランクケースの設計図を見せてくれ……。」
僕は細かく寸法を書き込んできた設計図を広げた。
番匠「う~む……これは驚いた。ここまで計算してあるとはな……。」
番匠さんは設計図をじっくり眺めながら、何度もうなずいている。
番匠「よし。まずは外寸に近づけよう。」
番匠さんに渡された差し金と、竹を削って作った墨差しを使い、木材に大まかな削り代を書き込んでいく。
番匠「ただし、設計図そのままの寸法じゃ駄目だぞ。」
タクミ「え?」
番匠「鋳物は冷えて固まれば縮む。それに、鋳上がったあと削って仕上げる部分には加工代も必要じゃ。木型はその分まで考えて少し大きく造る。」
なるほど。
設計図通りの形を、そのまま木で造ればいいという訳ではないらしい。
番匠「まあ今は荒削りだからな。細かいことは後じゃ! 設計図の寸法より大きめに残しておけ!」
「はい!」
人の胴体ほどもある木材を前にすると、番匠さんが一本の古びた道具を手にした。
曲がった木の柄の先に、鍬を小さくしたような刃が付いている。
番匠「これは釿じゃ。」
そう言うなり、番匠さんは釿を振り上げた。
「コーン!」
乾いた音とともに木っ端が飛ぶ。
「コーン! コーン!」
まるで木の表面をはつるように、見る見るうちに余分な部分が削り落とされていく。
番匠「こうやって荒削りして、大まかに形を整えるんじゃ。タクミ君、やってみろ。」
「はい!」
ところが、見るのとやるのでは大違いだった。
番匠さんのように気持ちよく木っ端を飛ばすどころか、振り下ろした刃を木材にガツンと食い込ませてしまった。
タクミ「うわっ! 抜けない!」
番匠「ハッハッハ! 難しいだろう。刃を当てる角度は身体で覚えるしかない。」
僕は釿を引き抜くと、もう一度振り上げた。
「ゴン!」
また刺さった。
番匠「それとな、自分の足を切らんように気をつけろよ! 足は必ず釿の軌道から逃がしておくんじゃ!」
タクミ「はい!」
危ない道具なんだな……。
それから僕は黙々と釿を振り続けた。
「コーン!」
「コーン!」
「コーン!」
しばらくすると、少しずつリズムよく削れるようになってきた。
ナツミ「なんかナツ退屈だから、馬頭観音さん彫ってるね。こう見えても図工は得意なんだから!」
タクミ「えっ?」
見るとナツミさんは、いつの間にか鑿と木槌を手にしている。
「コン! コン!」
彫りかけの馬頭観音の前に座り、一人で何やら彫刻を始めてしまった。
大丈夫なんだろうか……。
若干の不安を覚えながらも、僕は番匠さんに教わりながら次の工程へと進んでいく。
番匠「よし。荒削りはこのくらいでいいだろう。次はこいつじゃ。」
番匠さんが手にしたのは、長い柄の先に笹の葉のような細長い刃が付いた道具だった。
番匠「槍鉋という。」
タクミ「槍……鉋?」
たしかに名前の通り、どこか槍のようにも見える。
番匠さんは荒削りした木材に刃を当てると、そのまま手前へスッと引いた。
「シュ――ッ。」
気持ちのいい音とともに、鰹節のような薄い削り屑がクルリと丸まって落ちていく。
番匠「釿で荒く形を出したら、今度はこいつで表面を整えていくんじゃ。」
僕も槍鉋を握り、番匠さんの真似をして木材に刃を当てた。
「シュッ……シュ――ッ。」
削るたびに木の凸凹が少しずつ消え、表面が滑らかになっていく。
その横では――。
「コン! コン! コン!」
相変わらずナツミさんが、楽しそうに馬頭観音を彫り続けていた。
ナツミ♪「トン・テン・カン! トン・テン・カン! トン・テン・カン!……」
またおかしなリズムを口ずさみながら、鑿を木槌で打ち下ろしている。
まあ、楽しそうだし放っておこう。
僕は時々設計図を見て寸法を確認し、新たに墨差しで削る部分を書き込みながら、時には鑿も使って作業を続けた。
夕方まで作業が続き、何となくクランクケースらしい外観になってきた頃には、石の家の扉から西日が差し込んでいた。
番匠「よし!! 今日はここまでにしよう。暗くなると山道に獣が飛び出してくるから、もう片づけじゃ。」
ナツミ「え~~~!! もうちょっとだったのになあ~。」
タクミ「ナツミさん、馬頭観音どれぐらい進みましたか?」
ナツミ「まだ見ちゃだめ~~! 完成までのお楽しみ~~~!」
そう言うと、ナツミさんは造りかけの馬頭観音に毛布をかけた。
「番匠さん、今日はありがとうございました。また明日、よろしくお願いします。」
僕たちは挨拶をして、番匠さんに見送られながらボルティーに跨った。
「ボロロン!!」
もうすぐ日が暮れる山道を走る。
曲がりくねった悪路を、慎重に下っていく。
タクミ「ナツミさん、明日も頑張りましょうね!!」
……。
あれ?
返事がない……。
なんだか背中が重くなってきた。
え……。
ミラーで確認すると、ナツミさんが僕の背中にもたれかかり、気持ちよさそうに寝ている。
寝てる!?
こんなところで寝る人いる!?
僕は慌てて速度を落とした。
カーブで落ちたりしないよな……。
直線に入ったところで、ナツミさんがずり落ちないよう左手でそっと腰を支える。
その瞬間――。
「はっ!! ナツ寝てた!?」
あ……!!
ナツミさんが突然目を覚ました。
ナツミ「タクちゃん今、私のこと触ってたでしょ!!」
タクミ「落ちそうだったから押さえてたんですー!」
ナツミ「でも触ったよね!」
タクミ「触ってたけど……。」
ナツミ「ふーん。まあ、タクちゃんだからいいけどね……。」
……。
何なの。もう……。
……。
「タクちゃんだからいい。」
「タクちゃんだからいいけどね。」
その意味を考えていたら、なんだか変な汗が出てきた。
ナツミ「タクちゃ〜ん。顔赤いんじゃない♡ きちんと走らないと転んじゃうよ〜♡」
ナツミ「ナツミお姉さんが運転しようか〜!」
タクミ「大丈夫でーす! ナツミさんの後ろなんて怖くて乗れません!」
ナツミ「キャハハ! 可愛い♡」
もう〜!
どうしていつも僕のことからかうの〜。
僕は照れ隠しに、スロットルを軽く開けた。
「ブゥオーン!」
「キャー!」
ナツミさんが僕に抱きついてきた。
ナツミ「やったなあ〜! そういう子は、くすぐりの刑です。」
コチョコチョコチョ……。
タクミ「ちょっと待って! タイム! タイム! ほんとに危ないから〜!」
「カァ〜、カァ〜!」
カラスも呆れながら寝ぐらへ帰っていく、夏の夕暮れ。
僕たちも、日が落ちきる前に帰らなきゃ。
つづく




