【第1話 1】
刻は大晦日の深夜――。
雪が舞い、肌を刺す寒空の中で、満月が雲に隠れている。
日付が変わるまで、あと半刻ほどか。
日和国、東の京に構える大江戸城。その城下町は降り積もる雪に白く閉ざされ、静まり返った年の瀬の空気に包まれていた。
その中を、お守り隊の若い男二人が白い息を吐いて進む。
雪を踏む足音だけがサク、サクと響く。
腰に差した刀の重みをやけに重苦しく感じながら、二人は長屋の雪道をただまっすぐに歩いていた。
かじかんだ手先の感覚は、とうに無くなっている。
「きたきた! そこのお守り隊、うちへ来なよ」
ガラガラ――引き戸が開くと、小太りの中年の女が顔を出して手招きした。
「今夜は特別に寒いし、夜食を作ったんだよ。食べていきなよ」
二人は顔を見合わせて、「……マジっすか、いいんですか?」
「めっちゃ、いい匂いがしますね! では、お言葉に甘えて」
小屋に入ると、囲炉裏の鍋がぐつぐつと小気味よい音を立てていた。
中年の夫がニヤニヤと木べらを回している。
「お前さんたち、落語の二番煎じってわかるか? 大晦日だしさ、やってみたかったんだよ。――ほれ、さっさとあがりなって!」
二人は互いに肩の雪を払い、腰の刀を壁にかけ、桜の紋が刻印された木札を首から外した。
かじかんだ両手を炭火にかざし、膝を折る。
妻がお椀によそって差し出した。「はい、どうぞ。……お餅も入れたからね」
「すみません。……では、いただきます!」
椀に顔を近づけた瞬間、胡麻味噌の濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。
箸で大根を持ち上げれば、たっぷりと出汁が染み込み、琥珀色に透き通っている。
一口かじると、ブリの脂と味噌のコクがジュワリと口いっぱいに広がり、冷え切った内臓を芯から温めていく。
「……あぁ、美味いっ!」
「こりゃ、五臓六腑に染みますわ!」
男たちは無我夢中で熱い汁をすすった。
番小屋から漂う出汁の香りと、ちろちろと燃える炭の爆ぜる音が雪の冷たさを忘れさせる。
慎ましくも余りある幸せだ。平和な世を願いつつ、彼らは除夜の鐘の音を今か今かと待つ。
同時刻、大江戸城そばの宿――。
胸に黄金の太陽を象った紋章をつけた黒装束の者たちが集結していた。
彼らは懐から取り出した同胞の証――純金製のキセルを口にくわえ、静かに火を点ける。
甘い紫煙が細く立ち昇った。
「俺たちの命……お前にあげたからな、ゴエモンよ」
「この国の未来は、アンタが握ってんだからね」
「さぁ、王手飛車取りだ。どうするよバカ殿どもッ!」
――ド、ガアァァァァァァァンンッッ!!!!
腹の底を殴りつけるような爆発音が、大江戸の安寧を吹き飛ばした。
「な、なんだッ!?」
お守り隊の二人がお椀を放り投げて外へ飛び出した。
視線の先には、地響きとともに、夜空の粉雪を焼き尽くす巨大な火柱が上がっていた。
爆心地は東西南北と中心にある五つの天守閣のうち、西の小天守閣だろう。
「敵襲だ! 出合え、出合え!」
空を焦がす黒煙の下、武装集団が城内へなだれ込む。
途絶えることなく小型爆弾を投げつけ、最新鋭の短機関銃を乱射する
とたんに城のお守り隊、防衛線を粉砕していく。
中央の大天守閣に駆けつけた精鋭部隊の先頭には、八咫烏の隊長格である猿竹ハジメと梅鳥ジュケイの姿があった。その背後から、犬松家当主・犬松ムサシが鋭い視線を炎へ向ける。
「おのれ『黄金の夜明け』のテロリスト共め、大晦日に仕掛けてきおったか!」
「おそらく、石川ゴエモンが大殿様を狙うはずです」
「城内ですが、守護神霊を憑依して戦いますか?」
ムサシは刀の柄に手をかけたまま二人に告げた。
「案ずるな、ここにいるのは影武者だ。ネズミから大晦日が危ないと聞いていたゆえ、大殿様はすでに避難されておる! 」
犬の遠吠えのごとく、そのまま混乱する仲間たちを鼓舞した。
「……お前ら、今こそ日和魂に誓え! 狼藉者どもを一匹残らず成敗せよッ!」
「「「おおーっっ!!」」」
城内が戦火に包まれる中、暗がりを高欄へと抜け出した一人のくノ一がいた。
「……狙い通り、城内の守りは完全に釣られたよ。やっぱり、ターゲットは大江戸城にいなかった」
彼女は懐から信号拳銃を取り出すと、頭上の満月へ向けて構え、静かに祈るように呟いた。
「――頼んだわよ。ゴエモン、お姉さん!」
放たれた信号弾が、雪空に花火のような日輪を咲かせた。
それを確認した遠方の寺院の住職は、伝書鳩を夜空へと放つ。
そして予定通り、重々しい除夜の鐘を鳴らしたのだった。




